不穏
この話から短編にはない内容になっています。
「午後15時頃、✕✕駅の線路内に男性が立ち入り列車と接触したと思われると乗客より通報があり、駅職員により列車非常停止ボタンが押され、全線緊急停止ました。
その後、消防と警察が到着し✕✕駅職員と線路内を確認しましたが接触したと思われる男性は見つからず。安全確認を行った後、約40分の遅れで運転再開いたしました。」
スマホでニュースの動画を見た末田さんが煙草を吸いながら明らかに嫌そうな顔をしている。
「この手のニュースはどこの駅もあるだろ。。」
「場所が宿舎側なのが気になるんですよ。」
久々に末田さんと飲みにきたが前日に乗客による見間違いで運転見合わせがあったことがどうしても気がかりで何か知っていそうな話し振りだった彼にどうしても聞きたかったのだ。
「…佐伯がいるだろ。」
「佐伯助役ですか?」
「あいつも見えてるだろ。本人は言わないけどよ。あいつに聞けよ。」
末田さんと佐伯助役は昔同じ駅にいたことがあり、社内の飲み会でたまに顔を合わせるとお互いに近況を話す程度の仲らしい。佐々木くんの件でも何やら意味深なことを言っていたのはやはり見えているのか、と納得はした。
「末田さんは見えないんですか?」
そう聞くと末田さんは眉間に皺を寄せてしばらく黙っていたがフーッと煙を吐いてから「今は見えない。けど、」と言った。
その言葉の続きを待って彼をじっと見つめると「昔は見えてた。運転士だった頃。」と話し始める。
彼は30代後半まで運転士をしていた。だが運転していた列車に乗客が飛び込んだことで起きた人身事故のトラウマで運転士を続けられなくなり駅に異動した過去があり、それから約15年、駅改札窓口の職員として働いている。
「”あいつ”はいつもあの線路の端に立ってたよ。なんでずっとあそこにいるのか俺は知らん。ただ俺が事故を起こした日は違った。」
「どこにいたんですか。」
「事故が起きた後、ご遺体の前で俺に背を向けてず首を傾げてた。よせばいいのに、俺はそいつがどんな顔をしてるのか気になって事故の確認を装って見に行ったんだよ。」
私は黙って末田さんの話を聞いていたが、彼は急に黙り込んでしまいそこからはどんなに聞いてもしょうがないさんのことについては何も教えてくれなかった。
ただ、帰り際に彼に一言、
「あの”女”にはあんまり深入りするなよ。」と言われたことが引っ掛かかる。
私は勝手に声だけで男だと判断していた。
一体、しょうがないさんはどんな見た目をしているのだろう。深入りするなと言われたにも関わらずどんどん自分の好奇心が深みにはまっていくような、そんな感覚がした。
その数日後、私は佐伯助役と本社研修に参加していた。
研修のテーマは『自分の勤務駅の歴史を知ろう』という内容でまるで小学生のようだが、佐伯助役は「歴史とか地形とか知っておくと災害時にも役立つし、意外と馬鹿にできないもんだよ。」と笑っている。
手元のタブレットで駅名を検索して開業日や駅が出来た経緯など、普段特別気にしたことがなかった情報を書き出していると検索結果の画像一覧に神社のモノクロ写真が出てきて手が止まる。
「あの辺、神社なんかありましたっけ?」
佐伯助役にそう聞くと「ないんじゃない。」と何だかそっけない返事が返ってきた。写真をタップしてサイトに飛ぶと古い神社や寺を紹介しているブログの記事だった。
先程の写真の概要を見ると駅が出来るより前に大雨の被害で一部崩壊してしまい、復興が出来ずに取り壊された神社であると書かれている。
「神社の跡地に駅なんて建てて大丈夫なんですかねー。まあお祓いとかはさすがにしてるか。」と小さな声でボソッと呟くと佐伯助役は聞こえていないのか黙ってメモをとっていた。
午後17時半、研修が終わって助役と横並びで歩いていると唐突に「もう調べない方がいいよ。」と言われて彼の顔を見ると珍しく真剣な表情でこちらを見ていてドキッとしたが私は「調べませんよー。」とはぐらかした。
しかしながら、助役には私の考えていることはお見通しだったようで短く溜め息を吐いてから「この後、なんか用事ある?明日休みだよね。そこの飲み屋入らない?」と誘われ、言われるがまま助役の後を着いて行き飲み屋に入ってとりあえずで頼んだビールが卓に運ばれてくると彼は話し始めた。
「僕と解散した後、あの神社のこと調べるつもりでしょ。」
「…はい。」
「やめときなよ。どうせ宿舎の”あれ”が気になるんでしょ。」
「佐伯助役は見えてるんですよね?末田さんが言ってました。」
そう言うと「あのジジイ、たまに本当余計なこと言うよね。」と悪態をついてビールを飲んでいる。
「やっぱりこの間あった線路内の人立ち入り疑惑も関係ありますかね?」と聞くとあの日のことを教えてくれた。
「あの日は、監視カメラで宿舎側のホームと線路を確認したけどいつもと変わりなかったよ。あれはただの見間違いなんじゃないかな。しょうがないさんも静かだったみたいだし。」
それを聞いて自分の考えが見当違いだったと知って落胆する。
「今、なーんだつまらないの〜とか思ってるでしょ?いいんだよつまんなくって。本当にあんまり刺激しない方がいいよ。佐々木くん怖がってるし。」
怖がるのも仕方がない。それに、初めて配属された駅におばけがいるだけでも災難中の災難なのに見えてしまうなんて。
そこまで考えてずっと疑問だったことを思い出した。しょうがないさんの姿を誰も詳しく語らないことだ。
佐伯助役も末田さんも、佐々木くんも、見えているのであればどんな見た目なのか誰か一人でも説明しそうなものだが…。今のところ末田さんが不意に言った”女”という情報でしか姿の想像が出来る要素がない。
「女なんですか?」
そう聞くと一瞬、助役が困った顔をする。
「あんまり、答えたくないかも。本当はこんな話しない方がいいんだよ。佐々木くんが言ってた?」
「いえ、末田さんが…。」
そこからなんとなく気まずいような何も質問できないような空気になってしまい、周りが騒がしい中で私たちだけは静かに飲み食いしてその日はすぐに解散した。
神社のことはなんとなく、調べる気にはならなかった。
休み明け、この日私は日勤だった。駅事務所に着くと何やらざわざわとしている。何かトラブルでもあったのか?と近くにいた林田くんにどうしたのか訪ねるとそのまま無言で腕を捕まれて更衣室に引きずり込まれた。
「なに、どうしたの。」
「佐々木くん、夜中に発狂して宿舎の窓ガラス叩き割って謹慎処分です。」
「え!?なんで!?」
驚いて大きな声を出すと林田くんにシーッ!と少し怒られたが謝るとすぐに彼は小声で話を続けた。
「昨日、佐伯助役いなくて事務所の夜勤は高木さんだったんです。ほら、高木さんは佐伯助役が佐々木くんを特別扱いしてるって怒ってたじゃないですか。」
確かに高木さんはいい顔をしていなかった。が、今までは佐伯助役がいなくとも事務所の休憩室で仮眠をとることは渋々だが高木さんも認めていたはずなのに、何故こんなことに。
「佐々木くんがそのことを気にしちゃって、昨日は宿舎に仮眠しに行ったらしいんです。中で何があったかは分からないですけど入ってすぐに窓を割ったそうで…。横の部屋で仮眠中だった警備さんが音に驚いて見に行った時には号泣してて話せる状態じゃなかったって。」
2人でこそこそと話していると更衣室に他の職員が数名入ってきたので一旦話をやめて着替えることにした。
その晩、乗客も減り静かになった頃に林田くんが「今日って皆普通に宿舎使ってるんですかね?」と私に聞いてきた。
「なんで?窓割れてるのは佐々木くんが使った部屋だけでしょ?」
「いや、窓が割れたってことは、宿舎に入ってきてたり…。」
それを聞くと途端に不安に襲われる。確かに今まで外側から覗いていただけだったが、窓が割られたことで侵入経路が出来たとも言える。
ただ、そういうものは壁や窓なんか通り抜けられるのではないか。彼にそう言うとなんとなく納得したような感じでその場でその話は終わった。
終電が終わり事務所に行く。今日の夜勤は佐伯助役だ。
「なんか大変なことになっちゃったね。宿舎さ、あんまりおすすめしないけどどうする?」
彼にそう言われると説得力がある。本当におすすめできない状態になっているのだろう。
林田くんはそれを聞いてすぐに宿舎行かないことを即決していたが、私は好奇心に負けてシャワーだけ浴びて無理なら戻ってきます。と告げて宿舎に入った。
宿舎に入ると意外にも仮眠室を使っている人は数人いるようでこの空間に一人ではないことに少し安堵する。先に仮眠室を確認する勇気は出なかったのでそのままシャワー室に直行してすぐにシャワーを浴びた。
なんだ、いつもと変わらないじゃないか。そう思って仮眠室に入ってしばらくベッドに腰かけていつもどおりスマホでSNSを確認していると違和感を感じる。
今日もしょうがないさんが話し始めた。いつもは外から聞こえるが…。
恐る恐る廊下に出ると近くはないがこの宿舎の部屋のどこかから廊下に反響しているように聞こえる。
それに気付いた瞬間、仮眠室から荷物を抱えて逃げるように事務所に戻った。
事務所のドアを開けるとそこ早く閉めて、と佐伯助役に急かされ急いで閉める。
「ね、だからおすすめしないって言ったでしょ。今宿舎で寝てるの声も聞こえてない人だけだよ。高木さんとかね。」
「入ってきてるじゃないですか。先に言ってくださいよ。」
「入ってきてないよ。割られた窓の外で機嫌良く喋ってるだけだよ。中が見えるから嬉しいんでしょ。段ボールで塞いでもいつのまにか外れてるし。」
「あれ、入ってこないんですか?」
「わかんない。たまに窓に頭突っ込んでるけど。」
事務所の休憩室を覗くと男性職員数名がソファーに座って寝ていた。しかし、事務所が安全地帯でいられるのも時間の問題なのかもしれない。
そう思いながら皆がいる休憩室の床に胡座をかいて起床時間まで時間を潰した。いつ侵入してくるか分からない恐怖で寝る気も起きなかった。




