8.喧嘩の果てに
保健室にて、事の顛末を担任に話し終えるころには、5時間目が終わり放課後となっていた。
担任からのお小言から解放され保健室を出て、春樹と廊下を歩く。
「ハァ…失敗したなぁ…」
「ほんと、何で先生に言わなかったんだよ」
「あんまり大事にすんのもなぁって、一華、矢面に立たすのも可哀想やし。」
「藤宮と柊、心配してたぞ」
「連れていって、それこそ喧嘩なったら危ないかなって…アホなことしたなぁ……」
教室に入ると一華と巴が2人の帰り支度をしてくれていた。
しばし無言の後、日向が話しかけようとするのに被せるような形で、一華が声をかけてきた。
「ひーちゃん、ケガ」
「うん…」
「ほっぺた、殴られちゃったんですか?」
「ええよ、こん『よくないです!!』……」
「…どうして1人で行ったの!!友達だったら…!ッッあんなの買い直せばいいのに!!ひーちゃんのバカっ!!!」
「いっかちん!ごめん、ひなちゃん。でもね、言っとくけど私も怒ってるからね!!」
走り去った一華を追って、巴も日向のランドセルを置いて教室を去っていった。
呆然と2人を見送りながら、自分は今、どんな顔をしてるだろうか?
女子って面倒くさいなぁ、一華も巴も怪我しなかったじゃないか、別に膝をちょっと擦りむいて口の端を切っただけじゃないか、今回は無茶したけど、次は上手くやればいいじゃないか。
「ひな、帰ろっか」
「うん……あ、ウチちょっと寄って行くとこあるから、ハル、先帰っ…」
「…?」
「いや…ごめん、ちょっと手伝って……」
ーーーーーー
草木を掻き分け、フェンスをよじ登ると、薄暗い森が広がっている。
日向は春樹を連れて校舎裏の森に来ていた。
「あんま、遠くにはいってないと思うねん。多分、こっちの方やと思うねんけど」
「結構暗いなぁ、見つかるといいけど…でも折られちゃったんだよな?」
「せや、あのボケほんま、頭おかしいんちゃうか」
借りてきた懐中電灯を持ち、それぞれ少し離れたところを探す。
薄暗い森で木の枝や落ち葉が散乱する中、折れた鉛筆一本を探すのにどれだけの時間がかかるだろうか?
「ハル、ごめんなぁ…さっきのことも、ほっぺた、痛い?」
「もう謝らなくていいよ。でも昼のことは反省しろよ?藤宮と柊にも、明日謝っておけよ?」
「うん…」
1時間ほど探しただろうか、6月で日が長いとはいえ、下校時間を過ぎてもなかなか帰らないと家族も心配するだろう。
焦る気持ちと苛立ちが募り、行き場のない感情がどんどん胸を締め付けている。
また他人に迷惑をかけている。
やっぱり、1人でいた方が気楽だったかもしれない。
「なぁ、もう…」
「あった!これだろ!!でも、完全に折れちゃってるな…」
彼の手を見ると件の鉛筆があった。
小さくお礼を言い受け取るが、真ん中で折れて千切れそうになっている。
少し手で戻してみようと曲げ直すと、パキッと音を立てて真っ二つになってしまった。
「ありがとうハル。これ持って明日2人に謝りに行くわ」
「うん」
「あぁ、でも直してからやな。帰ったらボンドでくっつけるわ」
「そうだな」
「なぁハル……2人とも、許してくれるかなぁ…」
折れた鉛筆が、まるで2人との関係のように思えて。
弱気な思いを口に出した瞬間、抑えていた感情が両目からぽろぽろと溢れて落ちていった。
勝手に突っ走って。友達の信頼を裏切って、独りよがりの大馬鹿野郎だ。
こんな自分の手を、2人はまた取ってくれるだろうか?
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翌日、日向は教室の前で二の足を踏んでいた。
どんな顔して話しかければいい?というかそもそも喋ってくれるのだろうか?無視されたらどうしよう?無視されたらその場で砂になろう。
そんな考えが頭の中を支配し、教室内を覗いては隠れてを繰り返していた。
「ひな、邪魔だよ」
「わひゃっ!ハル、おったんかいな」
「一緒に登校したじゃん…」
「今タイミング見計らってんねん!邪魔せんといて!」
(そう、タイミングや。こういうのは2人の会話が途切れたと共に流れよく話しかけるのがベストであり最善を尽くしている自分への自信が大切であることを自覚した上での行動であれば尚こちらからのアプローチを……)
「早く行けって」
「ちょぉ!?ちょちょちょ!ちょっと待って!ほんまにアカンか…ら……」
必死に抵抗するが、春樹にグイグイと押されて身を乗り出す形で、強引に2人の前に連れ出された。
数瞬目が合い、逸らす。
彼女たちの顔を見るのが怖くて、その事を誤魔化すように引き攣った笑いを浮かべながら、重たい口を開く。
「えっ…と……いっ……」
「何ですか?」
依然として静かに怒っている一華に、もはや頭の中が真っ白になり、二の句が継げない。
春樹と2人が何か話しているが、水の中から輪郭のない音を聞いてるかのようで、自らの心臓の鼓動だけが耳障りな程うるさく聞こえる。
あぁ、本当にもうダメかもしれない。
じんわりと目の前がボヤけるのをそのままに、絞り出すように2人に話し始める。
「ごめんなさぃ…2人に相談しないで、1人で行ったことも…危ないことして……心配かけたことも……信頼を裏切ってごべんなざぃ……」
「……」
「ちゃんと出来なくでごめんなさぃ…」
もっと上手く伝えるつもりだったのに…
何でこんなに言葉が出てこないのだろう、もしかしたら呆れられたかもしれない。
先ほどから悪い事ばかり考えてしまう。
どうしたら良いのだろうかと、固く握りしめていた両手を2人がするりと解いて握ってくれた。
優しい手の温もりを感じ、自然と顔を上げると一華と巴が少し困ったような、しかし優しい微笑みを向けてくれていた。
言葉はなくとも、2人の声が聞こえるようだった。
「ごめんね」
最後にもう一度伝え、2人を力いっぱい抱きしめた。
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「ほら、青葉くん謝りなさい」
「ごめん…」
あの後、青葉は担任と一緒に教室に入ってきた。
朝のHRを潰し、今回の騒動を担任の口からクラスへ伝えると、何となく一部の男子と女子の間に溝ができてしまったように思う。
そして今は、〇〇さん謝りましょうのフェーズに入っている。
「ちゃんと弁償します、すいませんでした」
「許さないです」
ピシッと教室の空気が鳴った。
「え、えぇっと、藤宮さん…」
「私と弟の大事な物だったんです。こんな事言いたくないけど、青葉君のこと大嫌いになりました。それに、私の大事な友達を傷つけて…絶対に許せないです」
青葉を睨みつけながら、叩きつけるように言葉をぶつける。
日向が驚いたような顔で自分を見ているのに気づき、ニコッと笑顔で返す。
その温度差がまた、何とも言えない恐怖を感じさせた。
「なので、謝らなくていいです。私には」
すると、今度は教室中の視線が日向に集まる。
少し雰囲気に気圧されながらも、青葉がこちらに向かって頭を下げてきた。
「昨日はごめん」
「……いや、ウチも悪かった。殴って、貶して、ごめんなさい」
張り詰めた空気のままHRが終わり、1時間目が始まるまでの休み時間、教室はいつもより静かで、皆自分たちのグループで集まって話していた。
「いやぁ、あんなに怒ってるいっかちん久しぶりに見たねぇ!皆んな顔引き攣ってたよ!」
「そりゃ怒りますとも!私言う時はいいますよ!」
「びっくりしたわぁ…普段からは想像できひんくて……ちょっと、怖かった」
日向が先ほどを思い出しながら怯えた様な視線を向けると、一華は目を細めて微笑みかけた。
「ひーちゃん、かわいいね」
「と、ともちゃぁん……助けてぇやぁ」
「いっかちん、何か顔がこわいよ」
「あっ、せや、いっちーこれ」
日向はそう言うと、ランドセルから昨日の夜に直した鉛筆を取り出した。
やはり元通り綺麗にはならず、真ん中で継いだ跡が目立つ。
「……それはひーちゃんが持っててください」
「えっ、でも…」
「いいんです!友情の証だと思って!それに…弟と新しいのを買いましたので!」
そう言うと一華はどこから取り出したのか、同じ物を天高く掲げた。
日向と巴は呆れ果てた顔をした後、どちらともなく声を出して笑った。
セミ鳴き出した6月末、夏休みが目前に迫っている。
拝啓
病室でセミの鳴き声を聞いていた私へ
紆余曲折ありましたが、新しく親友と呼べる人が2人出来ました。
キュートアグレッション




