9.大人の仲間入り
7月22日 21:30
夏休みに入り2日目、夏野家はそれぞれの部屋で寝るまでの時間を過ごしている。
隣の部屋では、姉の夕陽がゲームをしている音が聞こえてくる。
日向も自室で勉強机に向かい、ノートに向かい合っている。
といっても勉強をしているわけではなく、ノートに書かれた自分の人生計画に目を通して、楽しそうにしていた。
「明後日で1年かぁ……とりあえず、やれる事はやったかなぁ……」
人生計画があるといっても子供のうちに出来る事など限られている。
項目は小さい物から大きい物まで様々あるが、今のうちから消せる項目はやりたい事リストみたいな物だ。
しかし、クラスの人間との関係性が変わった事で、これから起こることにズレが生じる可能性もあるだろう。
夏休み中も、もしかしたら何かあるかもしれない。
「せや、明日、誕生日やったわ…2人に言ってたっけ?」
そもそも遊ぶ約束もしておらず、忘れられてるかもしれない。
それはそれで少し寂しいが……慣れている。
夏休みと誕生日が被っているので、学生時代に友人から誕生日を祝われることは少なかった。
メールでも出来たらいいのだが、携帯は中学に上がらないと買って貰えない事になっている。
「寝よ、寝て起きたら10歳や」
ノートと日記を鍵付きの引き出しに入れ、布団に入る。
せんべい布団じゃなくてベッドが欲しい。
————————————
翌朝、10歳になった日向は、父にせがんでコーヒーを入れてもらっていた。
前世では周りから止められても飲み続けたコーヒー、コーヒーであれば何でもガブガブ飲んでいた。嗚呼、コーヒー。
「ひながコーヒーかぁ、苦いでぇ、ほんまに飲めるんかいな?」
「わくわく」
「口でわくわく言うてるやん。一杯だけやで?」
目の前に出されたカップに入った黒曜石のような漆黒の美しい液体は、光を通せば妖しく透き通りまた違った表情を見せてくれる。
鼻を近づけてまた、楽しむ。
大地の力強さを内包したような、優しく、人を虜にする香り、豆を摘んでくれた異国の方の笑顔を、守りたい。
「んお"ぉっ…キグぅぅぅ…ぅ……」
「お父さん?あれ変なもん入ってるんとちゃいますか?」
「いや、普通のインスタントやで」
最近は日向の奇行にも慣れてきた両親だが、目の前の娘の表情は、目を逸らしたくなるようなものであった。
「いただきまーす」
もう余計な前置きはいいだろう。
香りを存分に楽しんだ後、カップに口をつけ、人肌より少し温かいコーヒーを流し込む。
「ブバァァァァァ!!!?!?」
「どわぁぁ!!」
何だこれは、口の中でコーヒー豆を大量に咀嚼したかのような不快感が広がった。
何が起きたのか理解が追いつかぬまま、隣の夕陽のお茶を奪い取る。
「お父さん!分量間違えてるわ!!」
「いや、ちょっと少なめやったけど…」
(味覚が子供やからか…?そもそもコーヒー飲み出したんも中学からやったし……)
「おい」
冷たい声をかけられて恐る恐るそちらを伺うと、びしょびしょになった母が髪をかき上げて、その冷たい瞳に自分の娘を映していた。
「やってくれたなぁボケ」
「ヒェッ」
「ケツ出せや」
逃げ惑う日向は、大人の腕力により組み敷かれ、無惨にもお尻を突き出させられる。
そういえば、うんと昔、幼稚園の頃はこうして怒られた事があったなぁ…
バチーンとお尻を叩かれて、痛いやら恥ずかしいやらで顔が真っ赤になっていたところ、リビングの扉が開き一華と巴が入ってきた。
「ひーちゃん、誕生日おめでとうございます!」
「ハッピーバースデー!」
2人と目が合う。
数瞬、時が止まり、巴が鳴らしたクラッカーの紙吹雪が力なく床に落ちる音さえ聞こえるような静寂がリビングを支配した。
「おぉ、2人とも適当なとこ座ってぇな…ぎゃっ!?お母さん!もうやめてや!」
「ひなちゃん、反省してないでしょ?めっ!やで」
「猫かぶってるやん!!あ痛ぁっ!!」
日向が謝る事により何とかその場はおさまり、2人を改めて歓迎することとなった。
普通、友達の前でお尻ぺんぺんするか?
「ほいで、2人共なんでおるんよ?遊ぶ約束してたっけ?」
「私がひなちゃんのお母さんにお願いしたんだよ。突然来たら喜んでくれるかなぁって、お泊まりセットも持ってきたよ!」
「お尻叩かれてるひーちゃん、かわいかったです」
「うわーありがとうっ!ともちゃんとお泊まりかぁ…ほな何しよっか、ゲームする?あ、ラジコンで遊ぶ?」
「えっとね、今日はね、ひなちゃんの誕生日プレゼント、一緒に買いに行こっかなぁって……どうかな?」
「無視は辛いです」
少し上目遣いで巴が本日の予定を提案してくる。
そんな目でそんなこと言われたら、断る道理など無いだろう。
「めーっちゃ嬉しいお誘いやわ!お母さん、行ってきてもええ?」
「元々巴ちゃんから聞いてたんよ、お父さんが車出してくれるって。せっかくやし、私たちも行くわ」
「ありがとうございます。ひなちゃん、プレゼント何がいい?」
「む、無視はやめて…謝るから無視は…」
地元のショッピングモールに父の車で送ってもらう事になり、家族4人と一華と巴とで、道中は賑やかなものとなった。
目的地に着くと12時に待ち合わせをして3人で行動することとなった。
夏休みという事もあり人でごった返しており、子供が迷子になる理由が子供に戻った今ならわかる。
「すっごい人だねぇ」
「ええか、迷子になったらサービスカウンター行くんやで、お姉さんとの約束や」
「10歳になったからって…」
「で?ひなちゃんは何が欲しいのかな?」
改めて欲しい物と言われると、中々思いつかない。
とりあえず、と歩きだし店を回りながら決めることにしたが、2人のお小遣いの範囲で買える物でいうと小物類か文房具か…
3人で頭を悩ませていると、聞き覚えのある声で後ろから名前を呼ばれた。
「あれ、ひな?」
「んあ?ありゃ、春樹やんか。なんで女児コーナーにおるんや」
春樹が母親の百合子さんと一緒に遊びに来ていた。
にしても女児コーナーは百合子さんの買い物でも無いと思うのだが....
「母さんと来たついでにな、今日誕生日だろ?なんか買ってやろうかなって」
「ほぉ?ほほぉ〜?なんやぁ?おねぇさんに気ぃあるんかぁ?でもごめんなぁ…ウチは心に決めた人がおるんやぁ…子供の恋心を弄んで心苦しいわぁ〜」
「そこの50円の髪ゴムにするか」
「あぁ!?待って!うそうそ、ごめんやんか、許してぇな!」
「てか、俺の方が誕生日早いからな?」
春樹を交えて、皆んなでプレゼント選びを再開しようとしたところ、巴が思いついたと声を上げる。
「じゃあさじゃあさ、3人のお金を合わせて1つ贈り物するってのはどう?そしたらちょっとだけ高い物も買えるかもだし!」
「あ、いいですね。それだったらひーちゃんも欲しい物あるかもしれませんね。一ノ瀬君はどうですか?」
「おっけー、何か思いつく?」
だいたいの予算を聞き、それぐらいなら身につける物でも買えそうだと思った。
しかし、服は両親に十分すぎるほど揃えてもらっているし、帽子やアクセサリーか…
「あ……」
「おっ、何か思いついたな」
「いや、なしなし、別のにする」
「いいじゃん、せっかくだし言ってみてよ!」
「ちょ、ちょっとハル向こう行っといて!」
春樹をぐいっと通路端に追いやり、反対側に2人娘を集める。
「どうしたんです?」
「えっとな…その……最近ちょっと大っきくなって……そろそろ、ブラジャーいるかなぁって……」
「あー、なるほどね…私もこの間買いに来たよ。そっかぁ、ひなちゃんも私とだいたい同じぐらいだもんね」
「それは一ノ瀬君には言いづらいですね…私が代わりに言ってきましょうか?」
「いや…気まずいわぁ……別のにしよ?」
一華は日向を安心させる様にギュッと抱きしめた後、春樹の方へ行き耳打ちをした。
すると春樹の顔がほんのり赤くなったかと思うと、目線がいつもより少し下がるのがわかった。
「うっ…見んといてよ……恥ずかしいわ……」
「あ、ご、ごめん…」
何とも言えない雰囲気になったが、一同は下着売り場の方へ歩いて行く。
何となく春樹の方を見るのが気恥ずかしく、巴の背中に隠れる様にしてついて行く。
「流石に俺は中には入らないぞ」
「ほんまにごめん!ちゃちゃっと行ってくるから!!」
百合子さんに何度も頭を下げながら、自身初となる、ブラジャーを買いに店に入る。
一応お約束も少しはね




