76.Re plan
「大丈夫か?なんか……ぼーっとしてるぞ?」
午前中の授業をだらしない思考で放棄してしまい、そのまま昼休みになった。
来週のゴールデンウィークが明けて少しすると定期テストがあるというのに、これでは赤点を取りかねない。
少し残念だけど、連休は勉強に充てることになりそうだ。
「柊、どうしたんだこいつ?」
「わかんない。なんか授業中もずっと考え事してたよ」
「疲れてるんでしょうか……日向、どうしたんですかー?」
連休に入ってからのことは、秋に近づくために色々と考えていたけど、部活にも入っていないし計画倒れになってしまった。
こんなところにまでツケが回ってくるのだから、つくづく馬鹿なことをしたと思う。
春樹も一華も頭がいいし、教えてもらうのも悪くはないかもしれない。
もっとも、自分にとっては気が遠くなるほど前に習ったことの復習だから、必要かどうかは分からないが。
「おっ、なんだ?目は合ってるんだけど……」
「なんというか……やっぱりぼーっとしてますね」
勉強会って言ったら、家に来てくれるかな……
いや、来てくれるのは間違いないと思う。だけどなんというか、下心があるみたいに思われないだろうか。
いや、別にそんなものはない。下心とかない。一緒にいたいなぁって思ってるだけ。
「おい、ひな?」
「へっ!?ち、近い近い!なんで近いっ!?」
「混乱してますねぇ……」
いつのまにか目の前にいた春樹を、思わず押しのけて距離を取る。
三人が弁当を持って立っているのが目に入り、慌てて鞄から弁当を取り出すと、平静を取り繕いながら包みを開ける。
「お弁当やなっ、一緒に食べよっか!」
「もう、違いますよ。景色良いところ教えてくれるって言ってたじゃないですか。日向が案内してくれるんでしょ?」
「せっ……せやったわ!ええとこあんで!」
忙しなく弁当を包み直すのを、春樹と一華が不思議そうに見ているのが分かる。
絶対変に思われてる。さっきから心臓もバクバクとうるさい。
余計な気も使わせるだろうし、はやく治ってほしい。
二人の視線を背中に浴びながら廊下を歩いていると、巴が横から肩をぶつけてきた。体格差あるんだから、吹っ飛んだらどうするんだ。
彼女は面白いものでも見るような顔でこちらを見ると、手で口元を隠しながら、後ろの二人に聞こえないよう耳打ちしてきた。
「ねぇ、今更になって二人のこと意識してるんでしょ」
「……どうしたらええかなぁ、トモぉ」
「あら素直、ふふっ……どうしよっか?知らなーい」
「えぇっ、なんでよぉ!」
言うだけで言って、巴は笑いを堪えながら自分を置いていった。
そもそも前を向けと言ったのは巴じゃないか!投げっぱなしは良くない!
そっちじゃないし、こっちの道だし。
ちらりと後ろに目を向けると、春樹と一華は訝しむような顔でこちらを見ている。
そんな二人の視線に、気色の悪い中途半端な愛想笑いを返すことしかできなかった。
「今日は一段と変だな。なんか緊張してんのか?」
「うぅ……ちゃうねん、いや、ちゃうくないねんけど」
「ふふっ、なんですかそれ。ほら、行きましょう」
何の気なしに引かれた手がくすぐったい。
前を歩く一華から目を離せない。縛り一つ無くなっただけで、こんなに二人を意識するなんて思わなかった。
そっちじゃないって、こっちだって。
校舎から出ると、ポカポカと暖かい日差しが気持ちよく、街の方からやってきた風が、木々の匂いを運んできた。
外で食べるには、これ以上ないぐらい良い日だろう。
校庭を横目に歩き、部室棟のさらに裏。そこからフェンス越しに街を一望できる場所がある。
大きな木の植え込みのフチに座って、景色を見ながら弁当を食べたりギターの練習をしていた。
いろんな思い出のある、お気に入りの場所だ。
普段昼休みにはあまり人が来ないのだが、部室棟の角を曲がると、意外なことに先客がいるのが目に入った。
そして一目見た瞬間、誰がいるかも分かってしまった。
「良いとこだな、でも人いるぞ」
「あれ、桜ちゃんじゃない?」
「ちょっ……あかんあかん、あいつもおるっ!」
「んん?日向だぁ!元気なったんだねぇ!」
巴の影に隠れると同時に、桜がこちらに気づいて声を上げた。
恐る恐る顔を出すと、嬉しそうに手を振ってくれている。
問題はその隣。桜とほんとに仲が良いのだろう。食堂でばったり会った時も一緒にいた。
半分ほどになったおにぎりを持ちながら、少し驚いたような顔でこちらを見る女子生徒。
関ヶ原秋と、目が合った。
思わず巴の制服を掴む手に力が入った。その手が小さく震えている。情けない。
謝らないといけないと思っていたのに、目が合っただけでこのザマだ。
この場を離れるべきか、気軽に声をかけるべきか。
思考を行ったり来たりしていると、壁になっていた巴が一歩引いた。
「えっ!?あ、あのあの……」
「いいからいいから、ご飯食べよ!」
笑顔の巴に手を引かれ、断頭台へと連れていかれる。
執行人の二メートルほど隣に腰を下ろし、催促されながら弁当箱を開いた。全然味がしない……
助けを求めるように巴、春樹、一華の順に視線を巡らせる。
巴は早くも景色を楽しみながら弁当を頬張っている。
春樹は苦笑いをこちらに向けつつも、ウインナーを齧っている。
一華は秋と自分を交互に見ながらオロオロしている。
一華だ。この状況で頼るなら彼女しかいない。
「……学校来たんだ」
執行人が首根っこを掴んでくる。終わった。
「あ……えっ、秋っ、ちゃう関ヶ原さん」
「秋でいいわよ、別に」
二の句も出ず、気まずい沈黙の中、昼食が進んでいく。
秋はすでに弁当に視線を戻しており、今は小さいハンバーグを箸に刺して口に入れていた。
刺し箸は行儀悪いって、何回言っても直らなかったなぁ……
「ねえ、夏野さんって超能力者なの?」
「ちょ、超能力……?なんで?」
「……なんでもないわ」
秋は会話を終わらせると、恥ずかしそうにそっぽを向いた。
いきなりこんな不思議なことを言う奴だっただろうか。
彼女の向こう側で、慌てた様子で桜が両手を合わせて申し訳なさそうにしている。
春樹と一華と巴は、今のやりとりを聞いてか、三人とも笑いを堪えながら顔を背けている。
なんだこの状況。
一人取り残されたような気分のまま、今朝頑張って詰めた弁当を食べ進める。
少しだけ場の空気が和らいだためか、冷凍食品のグラタンを美味しく感じた。
もう少し賑やかに昼食を取るつもりだったけど、風の音を聞きながら、静かに食べるのも悪くない。
「この前はごめんな」
「……むかついたわ」
「うっ……ごめん……」
「色々聞きたいことはあるけど……もうお昼終わっちゃうわね」
「うそっ!えらいこっちゃ!」
気づけば他のみんなは昼食を食べ終わっていて、自分だけ弁当を広げているような状態だった。
急いで口に入れてお茶で流し込むと、予鈴のチャイムが校庭まで聞こえてくる。
「いそがしい人ね……」
「う、うっさいわ……ん?」
ハンカチを取り出そうとポケットに手を入れると、別のものに手が当たる。
何かと思い取り出すと、形容しがたい謎の物体がキーホルダーの形をしている。
制服のポケットに入れっぱなしだったのか。
「えっ、マニータちゃん?夏野さん好きなの?」
「あほ、誰がこんな……ブーメランみたいな……」
「パンダでしょ、じゃあなんで持ってるのよ?北海道限定のレア物じゃない」
「いや知らんけど……」
話のタネにでもなればと購入したゲテモノキーホルダー。
それを秋に向かって山なりに放ると、彼女は落としそうになりながらも、危なっかしく受け取った。
運動が苦手なのも、前世と変わりなさそうだ。
「ひひっ……お前が好きやから買ったんや」
困惑したような顔に背を向け、三人と一緒に校舎へ歩いてゆく。
気持ちの良い気候と、見慣れたはずの学校に、なんとなく、新しい日々を楽しみに思った。
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二十時十九分。
風呂から上がって髪を乾かし、寝る前のルーティンを終わらせる。
ストレッチで程よく眠くなった身体で机に向かい、鞄から五冊セットのノートを取り出した。
そういえば部活をどうするか決めてなかった。春樹も一華も入ってなかったけど、二人はどうするんだろうか。
強制でもないし、今はいいかな。
放課後に自由があるっていうのも悪くない。
そのままどこかに出かけても良いし、巴の部活を見にいくのも楽しそうだ。
透明のラベルを剥がし、五冊のうちの一冊を取り出す。赤いノートを机に置き、表紙にデカデカと「人生計画書」と書いた。
「どうしよっかなぁ……」
新しく買ったボールペンで、ノートをトントンと叩きながら、わざとらしく首を傾げて考える。
何から書こうか。やりたいことも、やらなくちゃいけないことも、また時間をかけて書いていこう。
「むぅ……じゃあ、とりあえず……」
おぉ、このボールペン書き心地いいな。
次からもこれにしよう。持つところプニプニで可愛いし。
『秋と仲良くなる』




