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LIFE Re plan  作者: ちっこい日の出
高校生編
76/80

75.自縛のツケ



 東砦に入学して、三週間と一日。四月が終わろうとしている。

 小、中学校は学校に向かうだけだった俺が、こうして学校に背を向けるところから一日が始まるようになった。

 

 自転車のペダルが日に日に重くなっていく。元整備士(ひな)が元気になったら油を差してもらおう。そうしたらペダルも一気に軽くなるだろうから。


 寝不足のためか、大口を開けて欠伸をすると、昨晩のことを思い出した。

 

 ひなの人生計画書は、思っていた以上に見てはいけないものだった。

 真面目なものから俗っぽいものまで、さまざまな出来事や目標が書かれていた。

 自分が知らないところで、自分にまつわることが知らないうちに終わっている。そんな項目を見つけたときは、思わず背筋がゾクっとした。

 

 あいつをまた外へ連れ出せるヒントになるようなことがないか、深夜まで読み耽っていたけど、改めて未来を知っていることの怖さを知った気がする。

 うまく立ち回って私利私欲のために使おうと思えば、いくらでも思い通りにできるのだから。


 つくづく、あいつが善良なやつで良かったと思う……


 夏野さん家に到着すると、自転車にまたがったままインターフォンに手を伸ばす。

 

 ゴールデンウィークに入ったら、あいつの部屋まで行ってみよう。そんなことを考えていると、インターフォンに指先が触れる直前、玄関のドアノブが回った。


 今押したら変な空気になるなと思い、指先をピタリと止める。けれど、すぐ頭の中はそれどころではなくなった。

 

 出てくるはずのないやつが出てきた。もちろん、出てきてほしいし、出てくるよう願って家を出た。でも出てこないと思っていたし、出てきたことが信じられない。

 

「おはよーさん」


「あ……?えっ……」

 

 まるで昨日会ったかのような気軽さで右手を挙げると、つま先を地面にトントンと打ちつけて、たたらを踏んだ。

 よろめきながら日向に出てきたそいつは、少し上目遣いで申し訳なさそうに指をいじっている。

 

「ハル……あのな、毎朝……ひゃっ」


 ひなが話し終える前に、気づけば力一杯抱きしめていた。

 後ろで自転車のタイヤがカラカラと音を立てている。

 しばらくじっとしていた彼女は、一度大きく息を吸うと俺の背中に腕を回した。

 最後にくっついた時より、少し痩せて小さくなったように思うけど、間違いなくひなだ。


「馬鹿だお前っ……どんなけ心配したと……」


「……ごめんな、心配おかけしました」


 そうつぶやくと、ひなは嬉しそうに胸の中でゴロゴロと頭を押し付けてきた。

 くそっ、もっと怒ろうと思ったのに、嬉しさが勝つ。卑怯だぞ。


 そのまま話を聞くと、昨日、柊が家に来て、色々と話をしたらしい。

 話すと長くなるらしいから、続きは電車で聞くことになった。

 それならそうと、連絡でもくれたら心の準備もできたのに。


「あれ?昨日の晩メール送ったで?明日から行くよーって……送れてへんかったんかな?」


「マジか……あ、ほんとだ……そっか、昨日は……」


「……?」


 不思議そうに首を傾げるひなに、今更になって申し訳なさを感じてしまう。

 あの計画書は彼女の本音みたいなところでもある。必死だったとはいえ、それを昨夜は許可もなく読んでしまった。

 恐る恐る事情を話すと、ひなの顔は青白くなっていった。


「おっ……おまえっ……なんで読むねんっ!読むなっていつも言うてるやんけ!あほっ!!」

 

「わ、悪かったって……俺だってお前のこと思ってだな……」


「うぐぐっ……変態や!はよ返せ!」


 こいつ、人の気も知らないで……

 今までことあるごとにエッチだのなんだの言われてきたけど、果たしてお前はどうなんだ。

 あの計画書には、俗っぽい項目も結構あったぞ。例えば……

 

「……女湯を満喫する」


「ぐぬっ……」


「どうした顔が赤いぞ……。そんなので大胆な水着とやらを着れるのか?」


「はひぃー!やめてやめてっ!ごめんやって!それ書いた時はまだ男の意識が強かったんやって!!」


 慌てるひなが可愛くて、つい、からかいたくなってしまった。

 悪かったと思ってる。でも、こうして戯れてるのが嬉しかったんだ。いやほんと、許してほしい。


「女の子の体を調べる。痛かった。って書いてあったけど、誰が変態だって?エッチなやつだな」


「あ……ぅ……おっ……?」


 ぶるぶると震えながら息もしていないのか、顔を赤黒くしたひなは、しばらく硬直したあと無言で家に入っていった。

 ガチャリと鍵を閉め、ジャラジャラとチェーンロックを掛ける音がする。


 絶叫するひなが静かになるまで十分。話を聞いて、出てきてくれるまで十五分。

 教室の扉を開けるのと同時に、ホームルームが始まった。



————————————

 


 どんな顔して教室に入ろうかと、悩みながら家を出たはずだったのに、そんなことを考えられないぐらい、時間ギリギリで教室についた。

 結果、息を切らしながら必死の形相で教室に入ることとなった。

 

 久しぶりに登校したクラスメイトが、そんな様子で教室に入ってきたら引くのも当たり前だ。

 ここ三週間の間に席替えをしたようで、自分の席は教室のど真ん中になっていた。

 巴と席が離れたことを悲しむ間もなく、四方八方から好奇の視線が顔をぶん殴ってくる。


「おはよ……その、寝坊した?」


 顔を覆って耐え凌いでいると、いつのまにかホームルームは終わっていた。

 巴の気を使ったような挨拶の言葉さえ、状態異常系の攻撃に思える。


「ちゃうねん……こんなつもりじゃなかったんよ、みんなに挨拶して回るつもりやってん……」


「……まあ、なんだか分かんないけどいいんじゃない?さっきのでみんな毒気抜かれたし」


 指の間から周りを見ると、みんな苦笑いしながらこちらを見ている。

 恐る恐る顔を覗かせると、気軽に挨拶をくれる者もいて、安心して大きなため息を吐いた。

 

「みんなごめんなぁ、心配かけましたぁ……今日からまた来ます……」


「弱々しいなぁ、今日からまたよろしくね、日向!」


 流子が声を上げてくれたおかげで、なんとなく受け入れるような空気ができた。クラスのムードメーカーが味方でいてくれて心強い。馬鹿だけど。

 そんな失礼なことを考えていると、彼女の鞄の上にバスケットシューズが置いてあるのが目に入った。

 

「あ、そっか、部活始まってるんやな」


「そうだよヒナ、部活どうすんの?今度こそ一緒にバスケやる?」


「えっ!?日向バスケすんの?やった!」


「いやいや、やらんよ……。部活かぁ……」


 入学前は軽音楽部に入るつもりだった。

 思い入れもそこそこあるし、大人になってからも付き合いのあった奴らもいる。だけど、軽音楽部には秋がいる。


 さすがに、もう無理かな……


「日向ぁっ!!!」


 少しセンチメンタルになっていたところ、凄まじい声量で名前を呼ばれ、全ての意識を持っていかれる。

 声の主は勢いよく教室に飛び込んでくると、そのまま自分のところへ一直線にやってきて、腰にしがみついた。


「日向っ!日向っ!」


「あ、一華っ!ごめん——」


「日向!ひなた!ヒナタ!」


「お、落ち着いて。一華、ウチ……」


「ひなたひなたひなたひなた!!」


「……そういう鳴き声?」

 

 巴に引き剥がされた一華は、しばらくバタバタと動かしていた手を止めると、俯きながらか細い声でつぶやいた。


「心配……したんですからね……」


 両手で顔を覆うと、次第に小さくしゃくり上げながら泣き出した一華に、胸が締め付けられた。

 今更ながら、いろんな人に心配をかけたと実感が湧いてくる。

 こんなにも自分を大切に思ってくれてる人がいるのに、本当に馬鹿なことをした。


 肩を震わせる彼女を抱きしめると、久しぶりに香ってきた一華の香りに、日常が帰ってきたように感じた。


「一華、ごめんな。いっぱい心配かけました」


「まったくです……おかえりなさい」


「……ただいま。一華」


 涙を指で拭いながら、一華は嬉しそうに微笑んでくれた。

 こうして彼女と見つめ合うのも久しぶりだ。嬉しいけど、吐息のかかりそうな距離に彼女の顔があって、潤んだ瞳で見つめられると妙な気分になってしまう。


 しばらく目が離せないでいると、視線を感じてふと我に返る。

 隣を見ると流子が口に手を当て顔を紅くしていて、巴はニヤニヤと冷やかすような笑みを浮かべている。


「えっ、えっ……?そういう?えっ?女子同士で?」


「付き合ってないんだけどね、満更でもないんだよねぇヒナ?」


「か、からかわんといてぇや!そもそもウチは……」


 そういえば、新しい人生を受け入れようとしている自分にとって、こういう気持ちの矛先はどうなるのだろうか。

 誰とも付き合わないと決めていたので、好きな人が出来ても気持ちだけが宙ぶらりんになっていた。

 その前提が崩れた今、恋愛というものが、なんだか急に現実味を帯びてきた。


 予鈴のチャイムが鳴り一華が教室を出ていくと、巴が心配そうに声をかけてきた。


「大丈夫?まだ顔赤いけど」


「うん……なあトモ、ウチも誰かと付き合ったりするんかなぁ?」


「……どうだろね?まあ、そんなことは自分で決めなよ」


 少なくとも、心揺さぶられる人が三人もいる。

 

 誰が誰を好きになってもいい。そんな当たり前の自由が降って湧いたばかりの自分にとって、久しぶりの授業は、呆れるほど浮ついた考えのまま過ぎていった。



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