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LIFE Re plan  作者: ちっこい日の出
高校生編
75/80

74.柊の花言葉


 生きる意味があった。

 

 秋と生きると決めたとき、空っぽだった自分に火が灯ったような気がした。


 四季が生まれ、自分にも守るものができて、なんとなく生きてきた人生に意味が生まれた。


 ただのお人好しだった自分が、他人に関心を持つようになったのもこの頃だった。


 だからこんな馬鹿げた身体になっても頑張れた。

 また過去(未来)に戻れるまで、家族三人揃うまで頑張ればいいと思った。

 

 

「……………………………………………………

 ……………………………………………………

 ………………………………………………。」


 

 だから、この人生に意味はない。


 あの日々に戻れないなら、いっそ消えてしまいたい。

 心が砕け散っていく痛みも、どれだけ頑張っても報われない虚しさも、もう感じたくない。

 死にたいとは思わない。だけど、もう生きていることが辛すぎる。


 ——なのに、なんでまだ生きようとしてるのだろう。


 扉が開く音がした。


 誰にも会いたくない。


 もう、生きていたくない。



————————————



 今日、初めて学校をズル休みした。

 制服を着て朝ごはん食べて、行ってきますってママに言って、学校に体調悪いって電話しちゃった。


 もしかして、お家に連絡来たりするのかな……

 だとしたらズル休みってバレるかもしれない。まあいっか……


「あ、そだ、いっかちんにも休むってメールしなきゃ」


 ポケットからケータイを取り出し連絡帳を開くと、冬咲一華の文字の下に、夏野日向と表示されているのが目に入った。

 何の気なしに決定ボタンを押して電話をかける。


『おかけになった電話は、電波の届かない場所にある、または電源が——』


「ま、そうだよね……」


 通話を切っていっかちんに休みのメールを打つと、画像フォルダを見返して、ヒナの写真をさがす。


 意外と少ないな。もっと撮っとけばよかった……


 小さい身体に、大きなものを背負ってるヒナ。

 たまにその重さに耐えかねて、自分自身で立てなくなることがある。

 

 楽しいことが好き。他人が笑ってるのを見るのが好きで、本人もよく笑ってる。

 だからヒナは、すぐ人を笑わせようとする。困ったらこちょこちょしてでも笑わせようとしてくる。


 感受性豊かで、すぐ泣く。自分のことでも他人のことでも心動かされてすぐ泣くから、ちょっと面倒くさい。本人に言ったら、涙目になっていた。


 可愛くてあざとい。愛らしい容姿と、それに見合う努力もしている。

 ヒナ自身、それを分かってて武器にしていることもある。カラッとした性格で隠しているけど、あれは分かっててやっている。


 優しいけど危うい。他人に優しく寄り添う。自分を蔑ろにするほど。自分が我慢すればいいと思ってるのか、見ていて怖くなることすらある。


「放っとけないんだよねぇ、ヒナは」


 初めてあの子の髪の毛を三つ編みにしてあげたとき、照れくさそうに鏡を覗き込んで髪をいじっていた。

 それが嬉しくて家にあった雑誌に、ヒナに似合いそうな髪型のページを見つけては付箋を貼った。

 ふたりで色んな髪型するの、好きだったなぁ……


 辛いのにひとりで抱え込んで、そのことに私が怒って初めて喧嘩したときは、やっとあの子と対等になれた気がして嬉しかった。

 でも、あのときのヒナは怖かった。すごい怒鳴るんだもん。


 中学に入ってすぐ、市川響子からいじめられてた私をギュッと抱きしめてくれたとき。

 私より一回り小さな身体にとても安心して、あの子の優しさに包まれたようだった。

 今でも、私を救ってくれたヒーローだと思っている。

 

 私が県大会でケガをして、試合も納得できないまま負けて呆然としていたとき、隣に座って悔しがってくれた。

 本気で応援してくれてたって分かって、一生友達でいたいって思った。


「おじゃまします」


 ヒナは、生きている。

 まぎれもなく、この世界で生きている。

 

 嘘なんかじゃない。

 私も、いっかちんも、一ノ瀬君も、あの子と関わったみんな、夏野日向と確かに生きてきた。


 あの子がどれだけ否定しようとも、あの子に関わった全ての人が、あの子の生きてきた証になった。

 

 救おうとか守ろうとか、私にできるとも思わない。

 

 でも知って欲しい。私から見たあの子を。

 私から見た、夏野日向がいたこの世界を。


 だから私は扉を開いた。


 この子に会うために。


 生きる意味に、追いついてもらうために。



————————————


 

 時が止まったようだった部屋の扉が開かれ、机の上に積もっていた埃が微かに舞う。

 ツンとした表情の巴がひとり、静かな足音を立てながら部屋に入ってきた。

 

 少女がベッドの上から、暗く淀んだ眼差しを彼女に向けた。膝を抱えて座るその姿は、まるで全てを拒絶してるようにも見える。


 壁のスイッチを押すと、薄暗かった部屋に光が灯る。

 それを鬱陶しそうに顔を伏せる彼女を見つめながら、巴がベッドに近づき隣に腰を下ろす。

 

 それをまた嫌がるように、彼女はより一層膝を抱える手に力を込めた。


 しばらくの無言の後、先に口を開いたのは巴だった。


「ご飯食べてる?」


「……」


 出そうとした言葉が途中で止まったように、力なく開いた口からは吐息だけが漏れ出た。

 再び部屋の時間が止まったように、痛いほどの静寂が部屋に訪れた。


 巴がそっと手を近づけると、少女がその手を酷く怯えたような目で見た。

 呼吸も浅く、その瞳は焦点も合っていない。少女はまるで、今にも崩れそうに揺れる積み木のようで、触れることさえ危うく感じる。


 慎重に、注意深く、壊してしまわないように頬に触れると、驚くほど冷たい。


 

「大丈夫……?」

 

 ——みんな心配してるよ。


「……」

 

 ——触んな。

 

「ねぇ……明日学校行ってみない?」

 

 ——ヒナと同じクラスになれて、嬉しいんだから。


「……もうええやろ、意味ないわ」

 

 ——行っても、どうせ傷つくだけや。


「……あるよ。意味なんて、いくらでもある」

 

 ——みんな、ヒナの生きた証。私見てきたもん。知ってるよ。


「ふっ……何も知らんやろ……」

 

 ——全部、無駄やったんやもん。俺が生きてきた意味も……


「自分でいい……」

 

 ——知ってるよ。大好きだもん。


「……?」


「生きる意味なんて、自分自身でいい。自分の人生の意味に、ヒナ自身が成ったっていい」


 消えかかっていた埋み火に火が灯るように、止まっていた鼓動が脈打つように、日向の心が少し動いた。


「……ウチが?」


 初めて、日向の虚ろだった瞳が巴の両目をまっすぐ捉えた。その瞳には、先ほどと違って小さな光が宿っている。

 巴は立ち上がると、逃がさないとばかりに日向の両肩を掴んだ。

 食い込んだ指の痛みに歪めた顔は、今日見せたどの顔よりも、彼女らしい人間味のある表情だった。


「誰かのためじゃなくて、好きなように生きてさ、好きな人と好きなことして、やりたいことやって、ヒナ自身が自分のために生きればいい!」


「……ちゃうよ、だって……ウチは秋と四季が……」


「違わない。ヒナにとって、家族がいたことは意味なかったの?あんたの中にある思い出は、全部嘘だったの?秋さんも、四季くんも、いっかちんも一ノ瀬君も!私だって!ヒナといっぱい思い出作ったんだから!」


「っ……ト、トモ…………」


 強く、抱きしめられた日向は、思い出していた。

 

 過去を。未来を。今を生きてきたことを。

 

 気持ちよく走り回った春を。

 川に足をさらした夏を。

 夕焼けが綺麗だった秋を。

 肌を寄せ合った冬を。


「勝手に……無かったことにしないでよ、バカっ」


 行き場をなくした自らの手を、そっと友人の背中に回して抱きしめると、巴がそこにいた。

 一度目の人生と、違った出会い方をした親友が確かにそこにいた。


「ごめんトモ……いつもいつも……」

 

「ううん……一緒にいたって、思い出してくれたならそれで充分」


 どちらともなく抱きしめた腕を解き、二人でベッドに寝転がると、巴は他愛もない話をした。

 山も谷もない、いつでもできるようなオチもない話。それを日向は、かけがえのない時間を噛み締めるように、自身の鼓動を感じながら耳を傾けていた。

 

 窓から差し込む光を温かく感じ、少しの空腹感を感じていたころ、巴が優しくつぶやいた。

 

「ねぇヒナ……四季くんのこと、教えてよ」


 日向は、その言葉に少しだけ胸が痛んだ。

 二度と戻らない。その事実を未だ受け止めきれず、日向は言葉を詰まらせた。

 唇を緩く噛みながら目を伏せる彼女の手を、巴がそっと握った。

 「ゆっくりでいい」そう言いたげな巴の暖かさが、重ねた手のひらから伝わってきた。

 

「……四季はなぁ、やんちゃやったなぁ……。言われたことはせえへんし、作ったご飯に文句言うし、怒ったら噛んでくるしな」


 巴がクスクスと笑い、話を催促するように見つめると、日向は思い出に潜っていくように目を閉じる。

 

「早起きやったな……休みの日も早よ起きるから、よう起こされたわ。それから、お菓子が好きやった。特にグミ。抱っこが好きで、ほっぺがぷにぷにで……髪の毛がサラサラで……一緒に寝るのが好きで……ありがとうって言える子で……いっぱい笑う子で……」

 

 穏やかな表情で閉じた目から、一筋の思いが溢れてきた。

 頬を伝った温かい涙は二筋になり、互いに交わることなく別々の場所に落ちてしまう。

 涙など流さなければ、ずっと同じ場所にいられたのに。


「愛してくれた」


 だけど、同じ場所にいたら、落ちた先で思い出を語ることもなかっただろう。

 一つ、また一つとこぼれる涙を大切にすくいながら、彼女は言葉を紡いだ。

 

 生きる力をくれた。


 生きる素晴らしさを教えてくれた。


 愛することの喜びを教えてくれた。


 誰かのために、本気になれることを教えてくれた。

 

「今のウチがあるんは、あの子のおかげやな」


 話が終わる頃には憑き物が落ちたようにスッキリした顔で、しかしまだ、どこかぎこちない笑顔を見せた。

 

 その横顔を見て巴が安心していると、目の前の少女の腹からぐぅと間抜けな音が鳴った。

 そのことに慌てて腹を押さえる様子に、思わず笑ってしまい、日向もつられて笑う。


「なんか食べるもんあるかなぁ、トモはどうする?」


「んー、迷惑じゃなければ。てかあんた、お母さんにも謝っときなさいよ?」


「うっ……みんなに謝らな……」


 二人で一階に降りてきたのを見て、陽子が抱きしめた。

 散々謝って、散々心配されたあと、久しぶりにパンの味を楽しむ。そんな小さな日常に、小さな意味を日向は感じた。

 

 明日から学校へ行こう。


 ひとりの少女の人生が、ゆっくりと始まった。



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