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LIFE Re plan  作者: ちっこい日の出
高校生編
74/80

73.夏ではない日



 あいつを学校に連れ出した日から、今日でちょうど二週間が経った。

 初夏というにはまだ早いけど、春の終わりを感じさせる。そんな季節になってしまった。

 

 祈るような気持ちでインターフォンを押すと、聞きなれたチャイムが寂しく鳴り響いた。

 今日は陽子さんがいるようで、家の中から足音が聞こえてくる。

 玄関を開き顔を出した陽子さんは、少し疲れた顔をしていた。


「おはようございます。ひな、どうですか……?」


「おはよう。そうねぇ……もう、難しいかもしれんわ」


 その言葉に、胸が締め付けられる思いだった。

 良かれと思って迎えに来た。あいつがまた日常に帰って来れるようにと、外の世界へ連れ出した。

 結果は最悪だった。少しだけ残ってるように思えたひなの生きる気力も、粉々になってしまった。

 誰も悪くないってのが、いちばんやるせない。


 強いて言えば、あの日、学校に連れて行ったことを深く後悔している。


「もうほとんど何も話してくれへんし……ど、どこも見てへんあの子の目ぇがな……っ、辛そうでな……ぅ……」


「陽子さん……」


「なんであの子あんなんばっかりっ……いっつもしんどそうでっ、なんか背負って転けてばっかりやんかっ」


「……」


 説明できないことが多すぎて、何から話せばいいかもわからない。

 そんなことを思っていると、涙を拭いた陽子さんが弱々しくも柔らかい表情で笑った。


「ふふっ……ハル君は知(・)っ(・)て(・)る(・)側(・)やもんな、あの子の秘密」


「えっ……」


「ここ引っ越してくるちょっと前、急に人変わったみたいになったんやもん、そらなんかあるって思うよ……。私らには言いづらいことなんやろうけど……」


「えぇ……っと……えーっとね……」


 今まで不思議だった。九歳の女の子に、本人といえば本人とはいえ三十歳の男の意識が入っているのに、ボロが出ないのだろうかと。

 でも、だとしたらどうしても何も言わないのだろうか。

 そんな疑問が顔に出ていたのだろう。あいつによく似た悪戯っぽい顔で、陽子さんはその疑問に答えてくれた。


「変わってもうたけど分かるよ、親やもん。あの子もひなちゃんやって」

 

 陽子さんに釣られて二階の窓を見る。カーテンが閉め切られたその部屋は、外と切り離されたような寂しさを感じる。

 本当は部屋に入って話がしたい。でも、またあいつを傷つけるんじゃないかと思うと、二の足を踏んでしまう。

 

「……ま、親としては悔しいけど、知(・)っ(・)て(・)る(・)側(・)のハル君と一華ちゃん。あと多分、トモちゃんもかな?あの子のこと、おねがいします」


「……はい、頑張ってみます」


 山道の休憩所で、あいつから全てを聞いた日。あの日から返しそびれている人生計画書。

 あれに何かヒントが載っていないだろうか。

 あいつの心を土足で踏み荒らすようなものだけど、あとで怒られてもいい。今は何か手段が欲しい。


「……帰ったら……見てみるか」


 通学路、ひなが隣にいるのが当たり前だったから、高校生にもなってひとりで電車に揺られるのを寂しいと思ってしまう。

 

 あいつと一緒にいたいから、高校も東砦にしたんだけどな……


 学校の最寄駅で電車を降り、改札を通る。

 同じ制服を着た生徒がたくさんいる中、またひとりで歩くのかと思うとため息が出てしまう。


「「はぁ……」」


「「え?」」


 全く同じようにため息を吐いて、同じように声を上げた奴がいた。

 隣を見ると、もしかしなくても同じ悩みを抱えた同級生、冬咲一華がそこにいた。



————————————



「同じ電車乗ってたんだな……」


「みたいですね……。一緒に行きましょうか」


 春樹君と通学時間が同じになるのは初めてだ。

 なんとなく用意をする手が進まなかった私と、いつもより少し早く電車に乗った彼の時間が一緒だったのかな。

 

 日向がああなってから彼は毎朝、家に迎えに行っている。

 羨ましいと思えたらどれだけいいか。毎朝、日向が部屋から出てこないという現実を叩きつけられるんだから、私だったら辛いと思う。


「今日はどうでしたか?顔見せてくれたり……」


「いつも通りだ……。多分、ほとんど部屋から出てないんだと思う」


「……そうですか」


 今までも、彼女が殻に閉じこもるようなことはあった。だけど今回、日向は完全に外との交流を絶っている。

 携帯の電源も切って連絡すら取れないし、どんな状態かもお母さんから聞かされる話でしか分からない。


 食堂で一緒にいたのに、どうしてあげることもできなかったことを、今でも悔やんでいる。

 手を握っても声をかけても、彼女が秋さんから目を離すことはなかった。

 握った手から彼女が壊れていくのが伝わっていて、しっかりしなきゃダメだったのに、私まで辛い気持ちになった。


 もっと早く、無理矢理にでも秋さんと引き離すべきだったのか、それとももっと日向に心の準備をしてもらうべきだったのか。

 多分、彼女はどうしても傷ついたんだろう。

 

 日向に会いたい。会って抱きしめてあげたい。

 

 そんなことをしても、今の彼女にとっては、なんの意味もないんだろう。

 それに、秋さんと向き合うように言ったのは自分だ。

 何が正解だったのかは分からないけど、原因の一端が私にあることは確かだ。


 恨んでいるだろうか。そう思うと、たまらなく怖い。


「そういえば、柊はどうしたんだ?電車いつも一緒なんだろ?」


「ともちんは今日は休むみたいです。お家出る前にメールが来ました」


「……そっか、大丈夫そうか?」


「多分。でも、ちょっとだけ不安です」


 ともちんも、あの日からかなり思い詰めている。

 日向と同じクラスだって分かったときは、すごく楽しみにしていたから、ショックも大きそうだった。

 

 彼女まで学校に来なくなったら、どんな高校生活になるんだろうか。想像もしたくない。

 学校前のこの長い坂も、景色の良い校舎からの眺めも、みんな揃って初めて楽しめるんだから。


 教室に入って行く春樹君の背中は寂しそうで、なんだか普段よりも小さく見えた。

 高校に入ってから、もう百回以上はしてそうなため息を吐きながら教室に入ると、新しくできた友人が挨拶をしてくれる。


「おはよ、いっか!今日も元気ないな!」


「おはようございます……。そういうあなたは元気ですね」


「まあな!いっかの好きな人、まだ学校来れないのか?」


「かなりしんどそうで、まだ……」


 私が振り分けられた一年三組は良いクラスだと思う。あんまりグループというグループが存在せず、男女分け隔てなく接する人が多い。

 そんなクラスメイト達に、こうやって心配をかけてしまうのも心苦しい。


「そっかぁ……早く良くなるといいな!」


「……そうですね」


 日向が壊れていくのがただただ怖くて、見ていることしかできなかった。

 このまま、なにもかも終わるんじゃないかと思うと、不安で仕方がない。

 でも、風前の灯のような彼女に向かって、前を向けと言えるような勇気もない。


 どうすれば良いんだろう。

 どうすれば良かったんだろう。

 

 何もできない自分と、日向を置いて流れていく時間に、胸がざわつくほど焦りを感じる。



————————————

 


 身に覚えのないことを言われて胸ぐらを掴まれて、受験の日の第一印象も合間って、あの日向って子には正直良い印象はない。

 ただ「秋」とあの子が口にしたとき、何故か言い慣れているような気がした。

 だからかあの子が言った「覚えてない」という言葉が、本当に何か忘れているんじゃ無いかと思わせる。


「ねぇ桜、あの日向って子どんな子なの?」


「日向ねぇ、あの子はなんていうかぁ……大変な子かなぁ」


「大変ってなによ……あ、もしかして繊細な人なの?」


「うーん、繊細っていうか……」

 

 桜曰く、クラスの中心的存在で男女分け隔てなく接する。

 明るい性格で、困ってる人がいたら苦手な相手でも放っておかない。

 友達がいじめられるのを庇って壮絶ないじめを受けてた。

 トラウマを抱えながらも教室に戻るために頑張ってた。

 友達の家庭事情に本気で落ち込んだ。落ち込みすぎて学校来れなくなった。

 大人っぽいのに子供っぽい。頭が良い。走るの早い。思ったより胸がおっきい。


 最後の方はよく分からないけど……


「要するにねぇ、日向はがんばってるんだよぉ」


「それ要せてる……?」


「要するにねぇ、日向は他人のために本気になれるんだよぉ」


「言い直したわね……」


 話を聞いてみると、確かに悪い人では無いようだ。

 だとしたら、この前の食堂でのことは何だったんだろう。余裕のないあの子の瞳は、どこか母と重なるところもある。

 だからだろうか、あんな出会いになったのに、放っておけないと思ってしまうのは。


「あとねぇ、日向は謎が多い」


「謎?」


「うん、大人っぽいのに子供っぽい、男の子っぽいのに女の子っぽい。ちぐはぐなんだよねぇ……。でも、何と言っても日向はねぇ、超能力者っぽい」


「はぁ……」


「なんかねぇ、最初からその人のことを知ってるみたいに絡むんだよねぇ。あれは頭の中を覗かれてるねぇ」


 桜はおどけて言ったけど、ウチは少し、背筋に冷たいものが走った。

 それはあの日から引っかかってた違和感に、点と点が繋がるように、パズルのピースがハマったように思えてしまったから。

 

 だけど、そんなことはありえない。事前にどこかで調べたか、よっぽど人をよく見て対応しているかのどちらかだ。

 

『ええなぁ、お前はなんも知らんで……なんも覚えてへんでっ!俺のこと、なーんも知らんねやろ……し、四季のことも』


 あの目。すがるような、それでいてウチではない誰かを見ているような、暗く淀んだ目をしていた。


「しき……式、指揮……。四季……四季……ね」


 不思議としっくりくるその音は、彼女の言い方からして人の名前にも思える。

 むかつく。なんだかあの子に化かされてるみたいだ。

 思わず吐いてしまったため息を見て、桜がクスクスと笑ったことにもムッとする。


「なによ……」


「そのため息の吐き方もぉ、考え込むときおでこ触るのも日向に似てて面白い。ふふふっ」


 信じたくないし信じられないけど、夏野日向には何かがあるんだろう。

 それもウチの知らない、ウチに関する何かを知っている。


 正直、良い印象は無い。だけど会って話してみたいと思ってしまった。

 他人のために本気になれるのなら、ウチに対しても、本気で何かを思っていたのかもしれない。


「夏野日向……」


 会いに行ってみよう。この違和感の正体を突き止めるためにも。

 あの子がウチをどう思っているかはわかんない。

 でも少なくともウチは、夏野日向という女の子に興味を持ってしまった。



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