55.今日という日から、
「そういや君ら、進路って考えてんの?」
風当たりのいい場所で昼ごはんを食べようと、旧・夏野日向専用教室前に集まって、春樹、一華、巴と四人でお弁当をつついていると、ふと気になったので尋ねてみた。
三年生になって、まだそう日が経ったわけではない。
それでも、教室では進路希望調査だの、高校見学だのという言葉を耳にする機会が増えていた。
お互いに顔を見合わせたのち、箸を止めると、巴から口を開いた。
「私は東砦高校って決めてる。前もそうだったんでしょ?偏差値的にもちょうどいいし……バスケ部強いし!通用するか分かんないけど挑戦してみたいんだ……あとヒナもいるしね」
前世と同じく、巴は東砦高校を受けるらしい。
一つ違うのは、今の彼女はバスケを真剣にやっているところだろう。
東砦高校唯一の取り柄とまでは言わないが、確か県外から入学してきた生徒も在籍していたぐらいなので、巴にとって東砦はおあつらえ向きかもしれない。
自分の存在がオマケみたいに扱われたことについては、後々クレームを入れておこう。
「むふぅ……ほな来年からも一緒やな!」
「ふふっ、よろしくね。でも、ゆうちゃん先輩と試合で当たったら怖いなぁ……」
次に一華へ目を向けると、少し寂しそうな、どこか申し訳なさそうな笑みを浮かべた。
お弁当の卵焼きを箸でつつきながら、一度口を横一文字にした後、迷いを断ち切るようにぽつりと口を開いた。
「私も東砦です。って……言いたいところですけど、将来のこととか考えると……西城高校なのかなぁって……」
「……そっか……そうなると、離れ離れやなぁ」
思わず、素直な気持ちが口から漏れた。
彼女が前世、どういった進路をたどったか、薄情なことに自分は知らない。
だからというわけではないが、もしかしたら同じ進学先を選んでくれるんじゃないかと、恥ずかしながら期待していた。
そんな自分の浅はかさを見抜いてか、一華は優しく目を細め、自身の弁当箱からいつぞやの甘い卵焼きを差し出した。
「大丈夫ですよ日向。さよならじゃないんですから。私、毎週でもあなたに会いに行きます」
「あむっ……それでも、やっぱり寂しいわ……」
差し出された卵焼きを口に入れる。これからの進路は、少なからず将来に影響を与える道となっていく。
それを分かっているからこそ、一華は西城高校を選んだのだろう。
久しぶりに食べた一華の卵焼きは、変わらず優しい味がして、なんとなく名残惜しく感じてしまう。
「それに、いいお仕事に就かなきゃ、日向を養えませんからね」
「あべべ」
「ふふっ……日向は何もしなくてもいいんですよぉ? ただ私と一緒にいてくれたらそれで……うふふっ、うふふふふふ……」
先ほど食べた卵焼きの余韻が、急に甘ったるくなった気がした。
なおも卵焼きを詰め込もうとしてくる一華を押し戻し、春樹に視線を逃す。
そういえば、彼には前世どういった進路をたどったか、教えたことがなかった。
話す機会などいくらでもあったのに、自分の進路が決まり切っていたから、つい意識から外れていた。
「ハルは前は——」
「俺も東砦かな、特にやりたいことも決まってないし」
何気ない口調だった。
まるで、今日の晩ご飯でも決めるような軽さ。
「なっ!?ずるいですよ!あなたなら東砦なんかより、もっと良い高校狙えるでしょう!!」
「いっかちん、ちょっと私は傷ついたよ……」
「いや、本当に行きたいところが無かったんだって!ひなもいるし、東砦だったら楽しそうだなって思ったんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、箸を持つ手が止まった。
春樹の進学先は櫓坂高校だったはずだ。春樹の人生は、高校進学から好転していったはずだった。
もちろん、それまでが不幸だったというわけではないのは知っている。
それでもこれは、自分が関わったから巻き起こったズレだろう。それも春樹の将来を変えるような、大きな改変。
「ま、待って……ちょっと待って……」
「……?どうしました?」
「……ハル、櫓坂とかは?学力的には、多分ぴったりぐらいやろ?」
「櫓坂……そうなのか?あんまり調べてないから分かんないけど」
認知すらしていなかった。櫓坂高校には、普通科の他に情報処理科がある。
前世の春樹はそこでプログラミングについて学んで、卒業後は情報系の大学へ進学した。
その大学で出会った先輩に誘われて、有名なゲームメーカーに就職した。
前世で春樹が選んだ進路。その先にあった大学、仕事、未来を、なんとなく楽しそうだからという理由で変えていいはずがない。
「ほら……櫓坂やったら情報処理科もあるし、将来のこと考えても、ゲーム作ったりとか……」
「んー、ゲームを作るかぁ……あんまピンとこねぇ……」
「あほお前っ!将来のことやぞ軽く決めんなや」
思わず荒くなった口調に春樹が眉をひそめ、場の空気がピンと張り詰める。
しまったと、内心で舌を打った頃には、進学先を薦められるような雰囲気でもなかった。
それでも、絶対に変えてはいけない未来もある。
「……なんでお前にそんなこと言われなきゃならねえんだよ。別に高校入ってからでも、やりたいこと見つけたらいいだろうが!」
「ちゃうっ!櫓坂でしか出来へんこともあるんや!」
「ちょ、ちょっと二人とも、落ち着いて!」
「どこ行こうが俺の勝手だろ!!」
「ほなお前っ!ももちゃんはどないすんねん!」
言ってしまったと、口に手を当てる。一瞬、時間が止まったようだった。
三人ともポカンとした顔でこちらを見ている。そのうちの一人、春樹が戸惑ったように口を開いた。
「ももって……誰だ?」
困惑した表情でこちらを見る春樹に、仕方がないと分かっていても、胸が押しつぶされるような思いがした。
安土百は、春樹の高校の同級生で、彼が就職した会社に後から入社して再会を果たしたそうだ。
高校時代には、特別親しい間柄だったわけではないらしい。偶然が重なって、気づけば一緒にいる時間が増えていたのだと、酒を飲みながら照れ臭そうに話していた。
その後、三年ほどの交際を経て結婚したと報告された時は、二人で死ぬほど喜んで、泣きながら昔話をした。あの日から、今の話を。
そんなことを思い出していたからか、色んな感情と一緒に、涙がぽろぽろと目の端から溢れていった。
久しぶりに思い出した三十歳の春樹の顔は、とても、とても幸せそうだった。
「ごめんっ……っ、ちょっと……あかんなぁ……」
謝って、何になるのだろう。
今の春樹にとって、百という存在はまだ赤の他人だ。
結婚する未来があるなんて言われても、困惑するだけだろう。
それなのに自分は、まだ出会ってすらいない誰かのために、春樹の未来を勝手に守ろうとしている。
気持ちの整理もつかないまま、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
春樹の問いかけるような瞳に何一つ答えを返せないまま、自分たちは教室に帰っていった。
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結局、昼休みの出来事について何一つ分からないまま、部活の時間になった。
ストレッチを終えてグラウンドを二、三周流しながら、昼間のひなの顔を思い出す。
何気なく言った俺の進路にあいつがあそこまで食い下がったのは、多分前世で何かがあったからだろう。
東砦高校に来てほしくないのか。やたらと薦められた櫓坂高校に行かせたいのか。おそらく後者だ。
それも、ただ進学先として薦めているわけじゃない。
あいつの必死さを見る限り、櫓坂高校へ行かなければならない理由がある。
「……ももちゃんねぇ」
口に出すと、なるほど不思議としっくりくるものがある。既視感とはまた違う、何か説明しづらい感覚。
たまにこういう不思議体験があると、ひなが言う前世とやらの存在を再確認する。
だから、あいつがあんな顔して泣くから、何か大切なことなのは分かっている。
帰ったら電話でもするか。それか明日ひなに直接聞いてみよう。そんなことを考えていたら、後輩の泰晴から声をかけられた。
「春先輩、ひな先輩きてますよ」
「……ったく、今かよ……」
「痴話喧嘩ッスか? 困りますねぇ、一年にも示しがつかないッスよ」
「……おーい、杏介! 泰晴、坂ダッシュさせといてくれ!」
背中越しに聞こえてくる謝罪を無視して、タオルを持ってグラウンドの入り口へ向かう。すると、木陰に座っているひなを見つけた。
手には何やら冊子を持っていて、こちらに気づくとそれを鞄に仕舞った。
「どうしたんだ? って、昼のことか……」
「うん……さっきはごめんな」
「別にいいよ。んで? それだけじゃないんだろ?」
俺の言葉を聞くと、何か迷っているように目をうろうろさせた。
言いにくいことなのか、体をよじって悩む姿は、正直クソ可愛い。前世が男ってのは、多分こいつの妄想だな。
「あんな……部活休んだりできる?」
「休むって……いやまあ、記録会終わったばっかだから別にいいけど」
「ほいじゃあ、ちょっと付き合ってくれへん?」
先ほどまでとは打って変わって、力強い目で俺を見るひなは、携帯を取り出して何かを調べているみたいだ。
どこに連れて行かれるのか、見当はつかなくとも、昼の件が絡んでいるのは明白だ。
あと、違うと分かっていても「付き合ってくれ」と言われるとドキッとする。
「真剣に考えてみて欲しいねん」
そんな馬鹿な思考はすぐに引っ込めた。それぐらい彼女の声には、俺の意識を変えるほどの意志を感じた。
差し出された冊子には、男子生徒と女子生徒が手を取り合って歩いている写真がプリントされていて、見出しには「櫓坂高等学校」と書かれている。
「ハルの将来のこと。ここで会うはずの、ハルと結婚する未来がある人のこと」
「……ももって人か?」
こくりと頷くひなは、立ち上がるとスカートについた砂を払う。
歩き出したひなが語ったのは、未来の話だった。
俺たちがいる今から、少し先の未来の話。
おかしなことに、懐かしむような顔をしながら。




