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LIFE Re plan  作者: ちっこい日の出
中学生編
54/58

53.日向と秋


 

 最近買った栗色のクリップ。金色のどんぐりがあしらってあって、なんかいいなぁって思って買った。

 色付きのリップクリームも、買ってみた。色はコーラルピンク。

 ……お化粧とか、ちょっとでも覚えておけばよかった。

 とりあえず、今できる目一杯のオシャレをしてから、母に借りたコーデュロイ生地のキャップをかぶる。


「んっ……あ、そか……クリップ先つけちゃった」


 一度クリップを外して帽子を被ると、後ろで髪をまとめて鏡を覗き込む。

 照れ臭さを我慢して笑顔を作ってみると、目の前の彼女は愛らしい顔で笑った。


「……うん、可愛いっ!」


 言ったそばから顔が熱くなるのを感じたので、隠すように野暮ったいマスクをつけた。

 姿見で最後の確認を入念にしてから、近くのバス停まで徒歩で向かう。


 十一月も下旬に入った今日この頃。いつもより大人びた格好をしているけど、ついスキップしてしまうぐらい秋が好きだ。

 地面に落ちた紅葉を拾って、季節を楽しみながら足音を鳴らす。


————————————


 書店の紙袋をレジで大事そうに受け取ると、一華は近くで立ち読みをしていた巴に、買い物が終わった旨を伝えた。

 本日は勤労感謝の日。部活も休みだったので、書店に寄ってから、駅前に新しくできたカフェに行く予定だ。

 家のポストに入ってあったチラシを手に、左下に書かれた地図と実際の道を見比べていると、見知った顔を見つけた。


「ありゃ……?ねぇ、あれ……ヒナじゃない?」


「えっ?あ、ほんとですね。なんか……変装してるみたいですね……」


 二人が見つめる先には、どこかコソコソと、周りを気にしながらコンビニに入っていく日向がいた。目ぶかにキャップを被り、大きなマスクで顔を隠して、いつもと少し様子が違う。

 しかしその立ち振る舞いが、かえって周囲から浮いてしまって、すれ違った人が訝しんでいた。

 

「ふふっ、用事があるって言ってましたもんね。でも、なんというか……」

 

「うん。服、すごい気合い入ってるね。あのニット可愛いなぁ」


「あんなにオシャレしてどこ行くんでしょう……」


「…………デートとか?」


「んなぁっ!?だ、誰と!?まさか一ノ瀬君!?」

 

「お、落ち着いて!だったらそう言うでしょ……」


 巴の肩を掴み、鬼気迫る形相で問い詰める一華。

 日向への恋心が絡むと、普段なら働くはずの理性まで置き去りにする親友に、巴は呆れたようにため息を吐いた。

 

 しばらくすると、日向がレジ袋をぶら下げてコンビニから出てきた。

 そのまま、なんとなく物陰に隠れて様子を窺っていると、レジ袋からコーヒーを取り出した。

 またかと、少し呆れて見ていると、マスクを外した日向の唇は、発色の良い可愛らしい色をしていた。


「……リップ塗ってたね」


「……」


「ま、まあね、別にデートだって決まったわけじゃ「尾行します」……っは?」


 駅へ向かう日向の背中を、光の失せた瞳で見つめる一華は、有無を言わせない迫力があった。

 すでに駅へ向かおうとする一華に、巴は腰にしがみついて止めるが、引きずられる形で同行させられた。


「いやいや待って!?チラシのクーポン、明日までだからっ!」


「なんですか?公務執行妨害で訴えますよ?」


「公務なのっ!?」

 

 巴を引きずったまま、気づかれないギリギリの距離まで近づくと、物陰から券売機の前に立つ日向に目を凝らす。

 出てきた切符を受け取ると、何故か両手で包むように持ち、しばらくじっと見つめている。

 そして、大切なものでも扱うように、そっと胸元へ引き寄せた。


「……四百八十円ですね」


「……それで何が見えるのさ」


「ピンホール効果です。渚先生、言ってたでしょ」


「あーうん、はいはい」


 両手で双眼鏡を作る一華の言葉に、眉間をおさえて、巴は本日二度目となる深いため息を吐いた。その手に持つクーポン付きのチラシが、風に吹かれてカサリと物哀しい音を立てた。


 日向が改札を抜けるのを確認すると、一華はすぐさま物陰から飛び出して、券売機に張り付いた。

 切符を片手に自分を急かす親友に、三度目は小さくため息を吐くも、その口角は上がっていた。


 ……まあ、面白そうだし、ついていくか。


 彼女もまた、親友を冷やかしたいだけの、女子中学生であった。

 


————————————


 日向達の地元から少し離れたところにある大きな駅。

 母親に、荷物持ちとして連れてこられた春樹は、駅のホームで乗り継ぎの電車を待っていた。

 休日の朝から叩き起こされ、億劫に感じていたところ、ポケットの携帯からゲーム音楽が流れだした。


「ん?ひなから……?」


 設定してある着信音で、すぐに日向からのメールだと分かった春樹は、覗き込んでくる母親を押し返して、内容を確認した。


『これ、美味しかったで!』


 短い本文の他に添付されていた一枚の画像には、新発売と書かれた袋に入ったスナック菓子が写っていた。

 

「あいつ……なんでもかんでも写メ送ってくんなよ。通信料かかるだろ……」


「これ、ここの駅じゃない?」


「あ、見るなよ……本当だ。どっかにいるのか?」


 写真に写り込んでいる看板は、今、春樹達が電車を待つ駅の名前が書いてあった。

 あたりを見回してみるが見当たらず、もう一度写真をよく確認する。

 すると、スナック菓子を持つ左手の小指に、普段、つけているのを見たことがないピンキーリングがはめられていた。


「……なんか、オシャレしてるのか?」


「あら、本当ね……もしかして、デートなんじゃない?」


「……ないね。いや、ないない。そんなわけがない。あいつに限ってそれはない」


「それを今、調査している最中なのです!」


 春樹が、自分に言い聞かせるように何度も否定していると、背後から聞き覚えのある声が飛んできた。

 驚いて振り返ると、通行の妨げになる位置で仁王立ちをする一華と、周りに頭を下げる巴がいた。


「何してんだお前ら……」


「シッ!声が大きいっ、アレを見てくださいっ」


「あんたの方が、よっぽどおっきい声出してたわよ」


 三人で物陰に隠れつつ、一華が指を刺す方向を見ると、ホームの少し奥に日向の姿を見つけた。

 長めのブラウンのニットと、キャラメル色のチェックのスカートを上手く着こなしており、落ち着いた印象を受ける。


「……天使か?」


「ダメだ。一ノ瀬君も壊れてる」


「私たちはいま、彼女の同行を調査中です。一ノ瀬君……いや、春樹君。共に」


「共同戦線か……よろしくな、一華」


「ツッコミが追いつかない」


 一華を先頭に、日向の背後を取る形で、縦一列になって尾行を再開する。

 後に残ったのは、頼りにしていた荷物持ちが自然といなくなり、遠い目をして呆然とする春樹の母、百合子だけだった。


————————————


 乗り継いだ電車はどんどん地元を離れて、三人が来たこともない街にたどり着いた。

 時刻は十二時を過ぎた頃、春樹のお腹からくぅっと可愛らしい音が鳴った。


「なんか買っときゃよかった……」


「あんぱんならありますよ。張り込みといえばあんぱん」


「バカなこと言ってないで。あの子、お店入ったよ」


 電車の駅から少し歩いたところにある、いかにも老舗の喫茶店に日向が入っていった。外から見ても席数はそこそこあり、ゆったりした大人な雰囲気の店だった。


「もしかして、相手年上なんじゃ……ひなッッ!!なんでだよッ!!!」


「日向が、年上に……ブクブク……」


「もうやだ……このポンコツ二人……」


 そんな巴の思いなど知らない日向は、うっとりした表情で喫茶店から出てきて、駅とは反対方向に歩いていった。一人で出てきたことに春樹と一華は、胸を撫で下ろし、一行は日向の尾行を続けた。

 目的地もわからないまま、一人と三人は、商店街を抜け、駅からどんどん離れていく。

 住宅街の中を、左に右に曲がりながら、確かな足取りのターゲットを追う。


「お腹すきました……どこに向かっているんでしょう?」


「あんぱん一個じゃたりねぇ……」


「……カフェ行きたかった」


 今朝の勢いを失い、なんの成果もないまま二十分ほど歩いている。

 すると、日向がぴたりと歩みを止めて、電柱の影に身を隠した。背中を丸めてしゃがみ込み、一軒の住宅をじっと見つめている。

 慌ててゴミ捨て場の塀に隠れて、様子を伺うことにした。


「なんだ?あの家見てんのか……?」


「静かにっ。誰の家だろ……いっかちん、双眼鏡」


「はいはい……えーっと、『関ヶ原』さんですね」


 三人で顔を合わせてみるが、誰も、関ヶ原という名前に心当たりが無いようだった。

 日向は電柱の陰にしゃがんだまま、二の足を踏んでいるように見える。今にも走っていきそうで、いけない。そんな、臆病風に吹かれているような、小さな背中だった。

 

「どうしたんだろ。知り合い……だよね?」


「……さあ、親戚とか?」

 

 ————ガシャン


 一斉に視線を集めるほど、大きな音が鳴った。ガラスか何かが割れる音。


「……っ、なによその目っ!文句——!」


 続いて聞こえてきた女性の怒鳴り声に、三人は息を呑んだ。閑静な住宅街には似つかわしくない、穏やかではないものだった。


「……喧嘩、でしょうか?」


「かもな……」


 日向は口に手を当て、動かなくなってしまった。

 鳴り渡っていた声が止んでも、しばらくそのまま、その家を見ていた。

 そして、ゆっくりと立ち上がると、来た道をとぼとぼと歩き出した。

 

 

————————————


 やるせない思いとは、まさにこのことだろう。

 あわよくば会えるかもしれないと、覚悟して来たつもりだったが、結局こうして肩を落として歩いている。

 それでも、一目見たかった。会いたかった。会って、確かめなくてはいけなかった。

 だって、それ次第で自分は……

 

「……」


「「「……」」」


 

 ————なんだこいつら。


 

「おっ、奇遇だな!」


「お散歩してました」


「ごめん、尾行してた」


「トモ、一緒に帰ろ」


 巴と腕を組んで駅へ歩き出す。後ろの二人が慌てて謝罪してくるが、無視だ無視。

 一体いつから着けられていたというのか、随分近くに潜伏していたというのに、全く気づかなかった。

 

 しかし、先ほどまでの重い足取りはいったいなんだったのか。

 おろおろしながらついてくる二人を見て、思わず笑顔が溢れてしまうのは、薄情なんだろうか。それなら、薄情だって捨てたもんじゃない。


 隣を歩く巴のお腹が鳴ったのをきっかけに、春樹と一華も情けない顔でお腹をおさえた。


「ふふっ、お腹すいてんの?駅前の喫茶店、なに頼んでも美味しいで」


 その言葉にやる気が出て来たのか、みんな足早に駅への道を戻っていく。

 少し振り返って、小さくなったあの家を、もう一度この目にとどめる。

 今はまだ。また、会えることは知っている。


「また、高校で」



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