53.日向と秋
最近買った栗色のクリップ。金色のどんぐりがあしらってあって、なんかいいなぁって思って買った。
色付きのリップクリームも、買ってみた。色はコーラルピンク。
……お化粧とか、ちょっとでも覚えておけばよかった。
とりあえず、今できる目一杯のオシャレをしてから、母に借りたコーデュロイ生地のキャップをかぶる。
「んっ……あ、そか……クリップ先つけちゃった」
一度クリップを外して帽子を被ると、後ろで髪をまとめて鏡を覗き込む。
照れ臭さを我慢して笑顔を作ってみると、目の前の彼女は愛らしい顔で笑った。
「……うん、可愛いっ!」
言ったそばから顔が熱くなるのを感じたので、隠すように野暮ったいマスクをつけた。
姿見で最後の確認を入念にしてから、近くのバス停まで徒歩で向かう。
十一月も下旬に入った今日この頃。いつもより大人びた格好をしているけど、ついスキップしてしまうぐらい秋が好きだ。
地面に落ちた紅葉を拾って、季節を楽しみながら足音を鳴らす。
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書店の紙袋をレジで大事そうに受け取ると、一華は近くで立ち読みをしていた巴に、買い物が終わった旨を伝えた。
本日は勤労感謝の日。部活も休みだったので、書店に寄ってから、駅前に新しくできたカフェに行く予定だ。
家のポストに入ってあったチラシを手に、左下に書かれた地図と実際の道を見比べていると、見知った顔を見つけた。
「ありゃ……?ねぇ、あれ……ヒナじゃない?」
「えっ?あ、ほんとですね。なんか……変装してるみたいですね……」
二人が見つめる先には、どこかコソコソと、周りを気にしながらコンビニに入っていく日向がいた。目ぶかにキャップを被り、大きなマスクで顔を隠して、いつもと少し様子が違う。
しかしその立ち振る舞いが、かえって周囲から浮いてしまって、すれ違った人が訝しんでいた。
「ふふっ、用事があるって言ってましたもんね。でも、なんというか……」
「うん。服、すごい気合い入ってるね。あのニット可愛いなぁ」
「あんなにオシャレしてどこ行くんでしょう……」
「…………デートとか?」
「んなぁっ!?だ、誰と!?まさか一ノ瀬君!?」
「お、落ち着いて!だったらそう言うでしょ……」
巴の肩を掴み、鬼気迫る形相で問い詰める一華。
日向への恋心が絡むと、普段なら働くはずの理性まで置き去りにする親友に、巴は呆れたようにため息を吐いた。
しばらくすると、日向がレジ袋をぶら下げてコンビニから出てきた。
そのまま、なんとなく物陰に隠れて様子を窺っていると、レジ袋からコーヒーを取り出した。
またかと、少し呆れて見ていると、マスクを外した日向の唇は、発色の良い可愛らしい色をしていた。
「……リップ塗ってたね」
「……」
「ま、まあね、別にデートだって決まったわけじゃ「尾行します」……っは?」
駅へ向かう日向の背中を、光の失せた瞳で見つめる一華は、有無を言わせない迫力があった。
すでに駅へ向かおうとする一華に、巴は腰にしがみついて止めるが、引きずられる形で同行させられた。
「いやいや待って!?チラシのクーポン、明日までだからっ!」
「なんですか?公務執行妨害で訴えますよ?」
「公務なのっ!?」
巴を引きずったまま、気づかれないギリギリの距離まで近づくと、物陰から券売機の前に立つ日向に目を凝らす。
出てきた切符を受け取ると、何故か両手で包むように持ち、しばらくじっと見つめている。
そして、大切なものでも扱うように、そっと胸元へ引き寄せた。
「……四百八十円ですね」
「……それで何が見えるのさ」
「ピンホール効果です。渚先生、言ってたでしょ」
「あーうん、はいはい」
両手で双眼鏡を作る一華の言葉に、眉間をおさえて、巴は本日二度目となる深いため息を吐いた。その手に持つクーポン付きのチラシが、風に吹かれてカサリと物哀しい音を立てた。
日向が改札を抜けるのを確認すると、一華はすぐさま物陰から飛び出して、券売機に張り付いた。
切符を片手に自分を急かす親友に、三度目は小さくため息を吐くも、その口角は上がっていた。
……まあ、面白そうだし、ついていくか。
彼女もまた、親友を冷やかしたいだけの、女子中学生であった。
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日向達の地元から少し離れたところにある大きな駅。
母親に、荷物持ちとして連れてこられた春樹は、駅のホームで乗り継ぎの電車を待っていた。
休日の朝から叩き起こされ、億劫に感じていたところ、ポケットの携帯からゲーム音楽が流れだした。
「ん?ひなから……?」
設定してある着信音で、すぐに日向からのメールだと分かった春樹は、覗き込んでくる母親を押し返して、内容を確認した。
『これ、美味しかったで!』
短い本文の他に添付されていた一枚の画像には、新発売と書かれた袋に入ったスナック菓子が写っていた。
「あいつ……なんでもかんでも写メ送ってくんなよ。通信料かかるだろ……」
「これ、ここの駅じゃない?」
「あ、見るなよ……本当だ。どっかにいるのか?」
写真に写り込んでいる看板は、今、春樹達が電車を待つ駅の名前が書いてあった。
あたりを見回してみるが見当たらず、もう一度写真をよく確認する。
すると、スナック菓子を持つ左手の小指に、普段、つけているのを見たことがないピンキーリングがはめられていた。
「……なんか、オシャレしてるのか?」
「あら、本当ね……もしかして、デートなんじゃない?」
「……ないね。いや、ないない。そんなわけがない。あいつに限ってそれはない」
「それを今、調査している最中なのです!」
春樹が、自分に言い聞かせるように何度も否定していると、背後から聞き覚えのある声が飛んできた。
驚いて振り返ると、通行の妨げになる位置で仁王立ちをする一華と、周りに頭を下げる巴がいた。
「何してんだお前ら……」
「シッ!声が大きいっ、アレを見てくださいっ」
「あんたの方が、よっぽどおっきい声出してたわよ」
三人で物陰に隠れつつ、一華が指を刺す方向を見ると、ホームの少し奥に日向の姿を見つけた。
長めのブラウンのニットと、キャラメル色のチェックのスカートを上手く着こなしており、落ち着いた印象を受ける。
「……天使か?」
「ダメだ。一ノ瀬君も壊れてる」
「私たちはいま、彼女の同行を調査中です。一ノ瀬君……いや、春樹君。共に」
「共同戦線か……よろしくな、一華」
「ツッコミが追いつかない」
一華を先頭に、日向の背後を取る形で、縦一列になって尾行を再開する。
後に残ったのは、頼りにしていた荷物持ちが自然といなくなり、遠い目をして呆然とする春樹の母、百合子だけだった。
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乗り継いだ電車はどんどん地元を離れて、三人が来たこともない街にたどり着いた。
時刻は十二時を過ぎた頃、春樹のお腹からくぅっと可愛らしい音が鳴った。
「なんか買っときゃよかった……」
「あんぱんならありますよ。張り込みといえばあんぱん」
「バカなこと言ってないで。あの子、お店入ったよ」
電車の駅から少し歩いたところにある、いかにも老舗の喫茶店に日向が入っていった。外から見ても席数はそこそこあり、ゆったりした大人な雰囲気の店だった。
「もしかして、相手年上なんじゃ……ひなッッ!!なんでだよッ!!!」
「日向が、年上に……ブクブク……」
「もうやだ……このポンコツ二人……」
そんな巴の思いなど知らない日向は、うっとりした表情で喫茶店から出てきて、駅とは反対方向に歩いていった。一人で出てきたことに春樹と一華は、胸を撫で下ろし、一行は日向の尾行を続けた。
目的地もわからないまま、一人と三人は、商店街を抜け、駅からどんどん離れていく。
住宅街の中を、左に右に曲がりながら、確かな足取りのターゲットを追う。
「お腹すきました……どこに向かっているんでしょう?」
「あんぱん一個じゃたりねぇ……」
「……カフェ行きたかった」
今朝の勢いを失い、なんの成果もないまま二十分ほど歩いている。
すると、日向がぴたりと歩みを止めて、電柱の影に身を隠した。背中を丸めてしゃがみ込み、一軒の住宅をじっと見つめている。
慌ててゴミ捨て場の塀に隠れて、様子を伺うことにした。
「なんだ?あの家見てんのか……?」
「静かにっ。誰の家だろ……いっかちん、双眼鏡」
「はいはい……えーっと、『関ヶ原』さんですね」
三人で顔を合わせてみるが、誰も、関ヶ原という名前に心当たりが無いようだった。
日向は電柱の陰にしゃがんだまま、二の足を踏んでいるように見える。今にも走っていきそうで、いけない。そんな、臆病風に吹かれているような、小さな背中だった。
「どうしたんだろ。知り合い……だよね?」
「……さあ、親戚とか?」
————ガシャン
一斉に視線を集めるほど、大きな音が鳴った。ガラスか何かが割れる音。
「……っ、なによその目っ!文句——!」
続いて聞こえてきた女性の怒鳴り声に、三人は息を呑んだ。閑静な住宅街には似つかわしくない、穏やかではないものだった。
「……喧嘩、でしょうか?」
「かもな……」
日向は口に手を当て、動かなくなってしまった。
鳴り渡っていた声が止んでも、しばらくそのまま、その家を見ていた。
そして、ゆっくりと立ち上がると、来た道をとぼとぼと歩き出した。
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やるせない思いとは、まさにこのことだろう。
あわよくば会えるかもしれないと、覚悟して来たつもりだったが、結局こうして肩を落として歩いている。
それでも、一目見たかった。会いたかった。会って、確かめなくてはいけなかった。
だって、それ次第で自分は……
「……」
「「「……」」」
————なんだこいつら。
「おっ、奇遇だな!」
「お散歩してました」
「ごめん、尾行してた」
「トモ、一緒に帰ろ」
巴と腕を組んで駅へ歩き出す。後ろの二人が慌てて謝罪してくるが、無視だ無視。
一体いつから着けられていたというのか、随分近くに潜伏していたというのに、全く気づかなかった。
しかし、先ほどまでの重い足取りはいったいなんだったのか。
おろおろしながらついてくる二人を見て、思わず笑顔が溢れてしまうのは、薄情なんだろうか。それなら、薄情だって捨てたもんじゃない。
隣を歩く巴のお腹が鳴ったのをきっかけに、春樹と一華も情けない顔でお腹をおさえた。
「ふふっ、お腹すいてんの?駅前の喫茶店、なに頼んでも美味しいで」
その言葉にやる気が出て来たのか、みんな足早に駅への道を戻っていく。
少し振り返って、小さくなったあの家を、もう一度この目にとどめる。
今はまだ。また、会えることは知っている。
「また、高校で」




