49.巴も本気
窓に体を預けると、シャツを通り越してきた熱が、肌をジワっと温める。もう少ししたら外に出なくてはならないと思うと、億劫にも程がある。
時折、大きめの揺れがくると、隣に立つ一華と肩が触れ合うのを、二人して楽しみながら運ばれる。
規則的な間隔で訪れるこの音を、人は決まってガタンゴトンと発音する。
テレビでは必要の可否が問われているのを見たことがあるが、良いじゃないか、女性専用車両。少なくとも、今の自分にはありがたい存在だ。
少し緊張しながら駅まで来たというのに、その表記を見た時の安心感たるや、街頭インタビューで声を上げたくなった。
「そろそろ着きますね」
「うん、一華、手握ってくれる?」
そこそこ大きな駅に停車すると、通勤ラッシュは過ぎたというのに、扉の向こうはテーマパークのような有様だった。
一華に手を引いてもらい、彼女を視界に捉えたまま、早歩きで人混みを縫っていく。
途中、階段の影から出てきたサラリーマンとぶつかりそうになった。目が合って、互いに小さく頭を下げて通り過ぎる。前ほどの不安は襲ってこなかった。
「ふぅ……ありがと、コンビニ寄ってええ?」
「まだ時間もありますし、行きましょうか」
スポーツ飲料を大量にカゴに入れ、レジを通すと、父から借りたボストンバッグにつめ込んだ。
「それ、差し入れですよね?あとで半分出しますね」
「ええよ、ウチが勝手にやってることやし」
「半分出しますね」
「はぁい……」
炎天下の中、予想以上に重たくなったバッグを代わりばんこに持ちながら、日陰を探して歩いていく。
三回目のバッグを持つ順番が回ってきた頃、目的地への看板が見えてきた。
『女子バスケットボール県大会 会場はこちら →』
「んぁーっ!一華もうちょいや!頑張るぞ!」
「は、はひぃ……あづぃぃ……」
夏休み中盤の本日、我が校の女子バスケ部が県大会に出場するので、巴に誘われ、応援に馳せ参じたわけだ。
市が運営している総合体育館に到着して受付を済ませると、冷房が効いていた廊下にそのまま腰を下ろして一息つく。
「きもちぃ……よしっ……もうこっから応援しよ!」
「あはは、そうしましょうか……よっこらしょっと……」
「んふっ、よっこらしょて」
おじさんみたいな掛け声と共に腰を下ろす一華に笑ってしまう。でも、彼女のそれはどこか柔らかい印象があって、可愛らしいと思ってしまった。
むくれる一華をあしらっていると、奥の扉から巴がこちらに気づいて向かってくる。到着前に入れたメールを読んでくれたようだ。
いつもは凝った結い方をしている髪も、今日ばかりは邪魔にならないように後ろで纏めてある。
「二人とも!今日はありがとうね!外、暑かったでしょ」
「おはよう、暑かったですよぅ……ともちん、今日は頑張ってね!」
「おはよーさん!県大出場おめでとう。凄いやんか!」
「ありがと!私去年はベンチにも入ってなかったから、ちょっと燃えてるんだぁ」
巴について歩きだし、扉を抜けて二階の観客席に入る。
先ほどから聞こえていたボールが床を叩く音や、各学校の掛け声が、より鮮明に耳に届いてきた。
まだ試合は始まっていない。今二つのコートで練習しているチームが、しばらくしたら第一試合と第二試合を同時に始めるらしい。
観客席をぐるっと半周すると、見覚えのある体操服を着た集団と合流した。
「おかえり巴……あっ!絶対夏野先輩の妹ちゃんだ!似てるー!」
「ほんとだ……でもちっさい!ちっさい夏野先輩!」
恐らく先輩であろう二人に、頭を撫でられ頬をつつかれ、されるがままの揉みくちゃにされる。
その無遠慮さに驚かされたが、悪気があってやってるわけでもなさそうなので、特に抵抗する気もなかった。
体操服の上着にはそれぞれ「雨宮」と「霧島」と刺繍してある。
「先輩、ヒナ小さいの気にしてるんですよ……」
「ええねん……ちっちゃいのはホンマやし…………雨宮先輩と霧島先輩は、ゆうちゃんに報告するし……ぐすん……」
「どわーっ!?ごめんごめん!許してっ!!」
「折檻……折檻は嫌……」
何をしていたんだあの姉は。
そんな先輩二人と戯れてると、ちょうど試合が始まった。
すると先輩二人も含め、ユニフォームを着た選手たちは、スイッチが切り替わったように試合を観戦しだした。
隣の巴も、いつも以上にキリッとした顔つきで試合に齧り付いており、チーム全体に良い緊張感が走っている。
「運動部って凄いですね。試合になるとこんなに真剣になるんだ……」
「ふふっ、料理部も文芸部も試合なんてあらへんからな……トモ、真剣やな……」
一華と小声で話し合い、邪魔しないよう少しだけ離れて試合を観ることにする。
久しく忘れていた運動部の空気感。その中でも、県大会まで勝ち抜いてきたわけだから、どこの学校も真面目に取り組んでいるのが伺える。
第一試合がハーフタイムに入り、会場を覆っていた緊張感が一時的に緩むと、雨宮先輩が席を立った。
「おしっ、アップ行くか。霧島、先生呼んできて」
「ヒナ、いっかちん。行ってくるね」
「うん、がんばりや……あ、せや差し入れ」
初っ端に先輩に絡まれたことで、すっかり忘れていた。バッグにぱんぱんに入った飲み物は、お互いがお互いを冷やし合ってたせいか、まだギリギリ冷たかった。
「えっ、ありがとう……うわっ、めちゃくちゃ買ってるじゃん!」
「何人おるか分からんかったし、ウチと一華からな」
アップに行く選手たちに、差し入れを渡して見送る。
その後ろ姿は、自分が味わったことのない形の青春を見ている気がして、それだけでも来てよかったと思える光景だった。
「あぁ、なんかウチも緊張してきたぁ……トモぉ、頑張れぇ」
「私も、なんだか落ち着かないです……」
「こんにちは」
挨拶された方を見ると、体育祭で知り合った巴の後輩、鳴海杏がこちらを笑顔で見ていた。
「おっ、なるみん二号や。お疲れさん」
「初めまして、藤宮です」
「初めまして藤宮先輩。鳴海杏です!二号じゃないです!」
「ご、ごめんやんか……杏ちゃん」
二号呼ばわりが気に入らなかったのか、ぷりぷりと怒る杏に余ったスポーツ飲料を渡すと、機嫌を直してくれたのか、一華とは反対の隣に座った。
「巴先輩の応援ですか?」
「うん、初めて来たけど、頑張ってんねんなぁ」
「巴先輩、最近は特に気合い入ってますよ。三年生は今回の大会が最後ですし、花を持たせたいって言ってました」
普段、教室で見ている巴とは、また違った巴の顔を知って、試合を観るのが楽しみになってきた。
ハーフタイムが終わって、試合が再開されると、また熱気が立ち込める。
巴も、あとしばらくしたらあそこに立つんだな……
いっぱい応援しよう。いつも自分を気にかけてくれてる親友が、自身と先輩のために頑張っているのだから。
最初の二試合が終わる前に、アップに行っていた巴達が帰ってきた。
「日向ちゃん、一華ちゃん、飲み物ありがとね。もうちょっとしたら、下降りて試合だから……楽しんでいって」
「はい、頑張ってください!ともちんも頑張ってね!」
「うん、見といてね。頑張るから」
試合終了のブザーが鳴ると、選手たちが退場していく。
それを待っていたかのように、係員がモップを手にコートへ入り、汗で濡れた床を手際よく拭いていった。
いよいよ、巴達の試合が目前に迫る。ピリッともう一段階、緊張感が高まるのを感じると、選手たちは飲み物とタオルだけを持って、コートへ向かう。
「行ってくる」
「いってらっしゃい、頑張ってください」
そう言って席を立った巴は、張り詰めているようで、先ほどから口数も少ない。
それが、最適な状態なのかどうなのか、自分は彼女じゃないから分からない。けど、応援にきた親友として、自分なりに声をかける。
「格好ええで、トモ。応援してるからなっ!」
「……うん!いってくる!」
差し出した右手に、思いっきりハイタッチをしてもらうと、体育祭の二人三脚を思い出した。
あの日は自分と一華が走っていた。今日は、巴が戦いにゆく。
自分は観ているだけなのに、こんなにも心が熱くなるのは、巴と過ごしてきた時間がそうさせるのだろう。
選手たちがウォームアップを終え、真ん中に整列して挨拶を交わす。選手がそれぞれのコートに散開すると、一気に緊張感が高まる。
センターサークルには相手校の選手と、巴が立っていた。
「今から審判が、ボールをびよーんって上に投げて、そんで……」
「それぐらい知ってますよ!ジャンプボールでしょ!」
隣の一華も緊張してるのか、椅子に浅く座って、前のめりになっている。かくいう自分も膝に置いた手がギュッとスカートを握りしめている。シワになるんだろうな……
ブザーが鳴って、審判がボールをトスすると、少し相手寄りにボールが上がる。
あっ、と声が出るよりも先に二人の選手が、ボールを目掛けて跳び上がった。
「高っ……」
顔をしかめた巴は、相手選手よりも高く跳び、不利な軌道のトスを覆してボールを弾いた。
そのたったのワンプレーで、先ほどよりも強く、巴を応援したくなった。
「や、やった!ともちんが……」
「ふぃ……緊張したぁ……」
隣から一華の声がしたことで、強張っていた体から一気に力が抜ける。
それでも見逃さないよう、試合から目は離さない。だって、みんな頑張ってるんだから。
雨宮先輩がボールをつきながら様子を伺っている。相手のディフェンスがなかなかパスを許さない。
霧島先輩がディフェンスをかいくぐった瞬間、試合が一気に動き出す。短い間隔でパスを繋ぎながら着実に進めていき、シュート。先制点は、いただいた。
一華と二人で、手を取り合って喜ぶ。やばい、スポーツ観戦楽しい。ちょっとハマりそうで怖い。
その後も一進一退の攻防が続き、両チームとも、大きなリードを許さないまま、ハーフタイムへと突入した。
ベンチに戻った巴が、汗を拭きながらチームで何やら話し合っている。
「なぁ一華……トモが超かっこいい」
「……認めざるを得ない。あ、こっち見た!頑張ってくださーい!」
こちらを見てひらひらと手を振る巴。未だ汗が止まらないみたいで、タオルを手放さず顔を拭いている。
普段はそんなことしないのに、その場でくるくる回ってふざけているのを見ると、彼女も気分が昂っているのだろう。リラックス出来ているようでなによりだ。
三年生の先輩から脇腹をつつかれ戯れている姿は、とても楽しそうだった。
その笑顔がだんだん引き締まった表情に変わり、ブザーが鳴ると、またコートへ駆けていく。
第三クォーター開始の笛が鳴り、審判からボールを受け取った雨宮先輩が、巴にパスを出す。
すると、そのままドリブルで相手選手を躱して、大きく進んでいく。
「凄いで一華!トモがっ!トモが頑張ってる!」
「あわわわっ!揺らさないでくださいぃ!」
前半よりも、コート上の選手達は気合が入っており、見ていてハラハラとする場面もあったが、こちらがリードしたまま試合が進んでいく。
第三クォーター終了間際、霧島先輩が出したパスを巴が受け取り、ディフェンスを撒いてシュートを打った際、相手選手が止めようとして巴に接触。着地が少し不安定だったが、なんとか持ち堪える。
笛が鳴って一時、プレーが中断となった。
「ファウルもろたから……フリースローになんのかな?」
「そうなんですか?未だにルールが……あれ?どうしたんでしょう……」
なかなかプレーが再開されず、選手たちが一か所に集まっていく。
集まっていく先にはその場で座ったままの巴がいて、嫌な予感に、冷や汗をかいた。
足首をゆっくり回しながら、顔をしかめる巴は、雨宮先輩と顧問の先生に、険しい顔で何かを言っているが、それに対して先輩が首を横に振った。
そのままベンチから来たチームメイトの肩を借りて歩き、パイプ椅子に座ると、足首を冷やしている。
巴は、タオルに顔を押し当てて肩を丸めていた。
「…………っ」
突然のことに何も言えなくなって、試合も見えなくなって……
自分も、持ってきたハンカチで目を押さえることしかできなくなってしまった。
思った以上に長引いて
またエピソードを跨ぐことに
だいたい3000文字から4000文字で考えてるんですけどね




