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LIFE Re plan  作者: ちっこい日の出
中学生編
48/59

47.明日からの自分へ



「どうですか、体調の方は?」


 一時間目が終わって日向の席へ向かうと、上機嫌でもなく、不安がっているわけでもなく、呆けた表情で黒板を見たまま固まっていた。

 開いた口から覗く八重歯が可愛い。彼女は歯磨きが面倒だと言っていたけれど、活発な日向にはぴったりのチャームポイントだと、私は思う。


「……ほぁ」


「ふふっ……どうしたんですか?ぼぅっとして」


 目を丸くしたままこちらを向いた日向は、空気が抜けたような音を出した。授業中は幸せそうに目を細めたり、キョロキョロと周りを見たり忙しそうにしていた彼女だったが、どうしたのだろう?


「なんか、いっぱい考え事してたから……ノートいっこも取ってへんかった……久しぶりやったから、綺麗に取ろうと思ってたのに……」


 呆然と手元を見下ろす彼女に倣って、机の上のノートを見ると、「・代入法と加減法 計算の」とだけ書かれており、授業が始まってすぐのところで止まっていた。

 久しぶりの教室に、もっと緊張するかと思っていたが、楽しそうでなによりだ。


「ヒナ、どうだった……ぷふっ……ノート真っ白」


「うえぇ……どっちか後でノート見せてぇ……」


「いいけど……要る?ヒナ分かるんじゃないの?」


「代入法と加減法って……確か連立方程式やろ?こんなもん忘れたわ。ウチの貯金もおしまいやぁ……」


 勉強らしい勉強をしていないのに頭の良い日向は、周りから見たら天才に映るかもしれない。その天才のタネを知っているのはともちんと私と、もう一人、一ノ瀬君だけだ。

 頭を抱えながら教科書をめくる日向なんて初めて見た。なんだか可笑しい。


「それにさ、せっかく教室(こっち)で授業受けてるんやからさ……ウチは皆んなとおんなじことやりたいんよぉ」


 普段は課題のプリントばっかりやってる彼女だから、思うところなのだろうけど、こういう健気なところも、私は好きになったんだろうな……

 もしかしたら、そのうち日向に勉強を教えるなんて日が来るかもしれない。そう思うと、一緒に成長出来てるみたいで嬉しいな。


「はいどうぞ、明日にでも持ってきてくださいね。この後はどうするんですか?」


「ありがと!んん……いけるとこまではおりたいかな!先生とも相談してやけど」


 そう言われてともちんの方を見ると、彼女も同じ考えなのだろう、私の目配せにこくりと頷き返してくれた。

 ならばしっかり見ておかないと。放っておいたら、日向はどこまでも無理をし続けそうだから。それこそ、先週の体育祭がいい例だろう。


 予鈴が鳴ると、皆んなそれぞれ自分の席に戻って、次の授業の準備に取り掛かる。

 黒板の横に貼ってある時間割を見ると、次の授業は社会だった。

 分厚目の教科書を取り出し、前回習ったところを適当に流し見していると、左隣から肩をつつかれた。

 なんだろうと思い、先週までは空席だったそちらを見ると、少し恥ずかしそうにしながら、隣の人はこう言った。


「一華……教科書忘れた……一緒に見して?」


 へにゃっと笑うその顔は、人を引き寄せる魅力が詰まってて、断る選択肢を遥か彼方に吹き飛ばしていった。

 本人は無自覚に、この可愛さを近距離で振りかざしてくるのだから、モテないわけがない。

 今の彼女の状態と、一ノ瀬君という抑止力がなかったら、どうなっていることやら。

 しかし本人には心に決めた相手がいて、「なびきそうで絶対と言っていいほどなびかない」とは一ノ瀬君の言葉だ。

 我ながら、難しい恋をしてしまったなぁ……

 

「ふふっ、仕方ないですねぇ……机くっつけましょう」


「ありがと!くふっ……机くっつけんの、なんか学生って感じやなぁ」

 

 そう言って嬉しそうに笑う日向は、一瞬一瞬を楽しんでいる。最近まで無かったその余裕は、彼女が取り戻しつつある日常の、その過程なのだろう。


「日向、ちょっとちょっと、お耳かしてください」


「んぃ?どーした?」


 その、何気ない日々に私も含まれてるって思うと、やっぱりすごく嬉しい。

 日向が笑って、私がそれを見て、また明日も同じように笑える。そんな日々が続いてくれたらいいと思う。

 でも、だとしても私は、その日常に潜むイレギュラーになりたい。


 

「貴方のこと、大好きよ」


 

 耳を押さえて、みるみる真っ赤になる日向を見ると、「してやったり」そう思っちゃうのはイジワルかな?

 あぁ、可愛いな。許してね。これが私の日常だから。



————————————



 がらんとした教室に一人、遠くから聞こえる街の音を聞きながら、英語の課題を進めていく。

 午前中の授業が終わり、三階の教室に戻って昼食をとった後は、そのままこっちで過ごすことにした。

 いつも以上に静かに感じるのは、午前中が賑やかだったからだろうか。二年三組だって、授業は粛々と進んでいたのに。


「…………あかーん、ねむい……」


 誰もいないのに、癖で口に手を当てて欠伸を噛み殺す。

 思ったより疲れているのか、先ほどからうつらうつらとしては、つい船を漕いでしまっている。


 久しぶりの教室は、良くも悪くもそこそこ神経を使うところだったのだろう。皆んな知ってる顔なのに一人だけそわそわして、ちょっとからかわれて、昨日のバラエティ番組の話をして、飽きるほど経験したはずの教室での時間。


「賑やかやったなぁ……」

 

 殺風景な教室に戻ると、誰の話し声も聞こえない。

 物音もしなければ、人の気配もない、去年の十月頃から通っている、もうすっかり慣れ親しんだこの教室。

 もっと寂しく感じると思っていたが、いつまでたっても想像していたような孤独は襲ってこない。眠気でそれどころではないのだろうか。

 授業に疲れて眠くなるなんて、子供じゃあるまいし……

 

「ふぁ…………ぁ、よだれ……」


 汚なっ……拭かんと…………

 ハンカチ……あれ……どこいった…………

 ………………………………………………

 …………ぃ……

 …………。


 

——————


 

 体を揺すられる感覚と、優しい香りがして、ゆっくりと意識が持ち上がった。

 まだ微睡の中にいる空っぽの頭で出来る事なんて、とりあえず伸びをするぐらいのもので、自然と出た欠伸を隠すこともしなかった。


「…………あふ……」


「おはよう、日向」


「んん……いちかや…………おはよぅ……」


 一華からの挨拶に目を擦りながら応えて、深い息をつく。

 鼻から入った酸素がいくらか思考をクリアにすると、目の前の情報を、段階的に理解していった。


「あり?一華……なんでおんの?」


「えっと、ハンカチ教室に忘れてたので、届けに来ました」


「あ、忘れてたんや。ありがと……なんで鞄持ってんの?」


「そりゃ、部活行きますから……」


「えっ!?今何時!!」


 驚いた拍子で、椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がった。

 十五時五十五分、時計の針が指している時間が正しければ、現在は掃除も終礼も終わり、放課後に入っていた。

 

「ウチ、五時間目からずーっと寝てた」


「ぶふっ、何やってるんですか、もう……」


「笑わんといてぇや……なんか、眠たくなったんよ」


「あははっ……寝顔、可愛かったですよ?」


 よだれの跡がついてないか、口の周りを袖で拭いて、髪の毛も手櫛で整える。

 寝顔を見られたのが無性に恥ずかしくて、正面から顔を見られなかった。

 今朝、耳元で言われた言葉も意識してしまう。ああいう事を言う時の一華には、いつも調子を狂わされる。

 それを知ってか知らずか、ニコニコと笑顔でこちらを見る彼女は、こちらの出方を待っているような気がした。


「ぅ……知ってんでその顔!またウチで遊ぼうとしてるやろ!」


「そんな、日向で遊ぶなんて……」


「普通にしてやぁ……」


 一歩二歩と近づいてくる彼女にたじろいで、先ほど蹴飛ばした椅子につまづいて座ってしまう。

 自分を見下ろす一華は、なんだか少し怖く見えた。


「ねぇ日向、目、瞑って下さい」


「あ、あかんよ、そんなん……」


「はやく」


「……」


 なに期待してるんだと、節操の無い自分が嫌になる。

 でも、しょうがないじゃないか。こんなに胸が高鳴って、一華ならって、全然嫌な気持ちにならないんだから。

 なにされたって別に……


「期待した?」


 また耳元でそう言われて、へなへなと腰の力が抜ける。

 目を開けると林檎みたいに真っ赤になった一華が、後ろ手を組んで悪戯っぽい笑みを浮かべていた。


「じゃあ、また明日」


「……あぃ……またあした……」


 教室から出ていく彼女を見送った後も、しばらく胸を押さえたまま動けなかった。

 いつまで経ってもおさまらない鼓動を確認するように体を丸めて、言い訳を言ってやろうと口を開く。


「……好きやんか……こんなん」


 口から出た言葉は、呪いのように自分を縛った。

 もう言い逃れ出来ない。顔が熱いのも、胸が苦しいのも、全部全部、一華のせい。

 せっかく教室に復帰したのに、明日からどんな顔して行けばいいですか。



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