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LIFE Re plan  作者: ちっこい日の出
中学生編
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46.一年前の貴方へ



 上から三段目だけ、木材が縮んでしまったのか、右のあたりを踏んで体重をかけるとギシ……っと音を立てて軋む。

 それを知ってからは、特に意味もなく左足からこの階段を上るようになった。

 上半分のニスが剥がれた手すりも、ドアノブについた変な傷も、全部、あの日から変わっていない。


 なるべく音を立てないように扉を開けて、猫をイメージしながら抜き足差し足で部屋へ侵入する。

 贅沢にも一晩中エアコンがつけっぱなしだった室内は、ある意味、夏を感じさせる空間とも言えるだろう。


 布団に包まったままの部屋の主に目をやると、一見、穏やかな寝息を立てているが、閉じた口の両端がちょっぴりと上がっている。

 声を殺して笑っていると、相手も察したのだろう。わかりやすくズズズ……と寝息を立てだした。


「くふっ…………起きろハル!一年ぶりの美少女やぞ!」


「ぶふっ…… あはははっ!あー、予想外だったわ」


 勢いよく布団を剥ぎ取って適当なことを口にすると、春樹は堪えきれずに吹き出した。

 ここ一年で、早起きも板についたのだろう。叩き起こす必要がなくなってしまったことに、一抹の寂しさを覚えるが、優しくも狸寝入りをしてくれていたので、お馴染みの起こし方をさせてもらった。


「ほんまに早起き出来るようになったんやなぁ。えらいやんか!」


「いや、母さんが起こしてくれないと二度寝しちゃうんだよ……だからまた起こしにきてくれっ!」


「アホかっ!何時や思てんねん……まだ六時前やぞ!今日ウチ、四時半に起きたんやぞ!死んでまうわ!」


 金曜日の体育祭が終わり、そのまま休みに入ったわけだが、日曜日、メールで「できるなら、久しぶりに朝来て欲しい」と頼まれたので来たものの、春樹は部活の朝練が七時から始まるので、この家を六時四十分には出なくてはいけないのだ。つまり、コイツをこの時間に起こしにくるためには、自分はそれよりさらに早く起きなければならないのだ。


「お、俺のためにそんなに……」


「何を喜んどんねん!まあ、朝練無い日やったらええけど……てか、はよ朝飯食べろ!」


 一階へ下りると、百合子さんもまだ眠そうにしており、朝食を食べている最中だった。

 さすがにこの時間に、一ノ瀬宅を訪れるのは初めてだったので、お邪魔した時は彼女も驚いていた。


「ごめんね日向ちゃん。ほんとに、朝練の日は来なくていいからね?」


「あはは……すいません。無い日はこれからまた、よろしくお願いします」


 洗面台を借りて髪をセットしていく。元の長さに戻ってきた髪を見ていると、つい、上機嫌になってしまう。

 去年の出来事を乗り越えたことが、こうして形になって見えているようで、嬉しかった。


「ひな、待たせた。そろそろ行こっか」


「はっや!?ちょちょちょい待って!あ……うぅ、ええわ!学校でやる!」

 

 百合子さんに見送ってもらい、二人、自転車に乗って人通りの少ない住宅街をゆっくり走っていく。

 六月下旬、既に夏の兆しを見せる蒸し暑さの中、湿った風が頬に当たる。

 それも、住宅街を抜けて川沿いの道に入ると、涼しさを感じる気持ちの良いものへと変わった。


「んもぅ、せっかく久しぶりにお団子ひなちゃん見せたろ思たのに……」

 

「え!マジかぁ……それは……見たかったな」

 

「ふふ……あ、せや、お昼ご飯一緒に食べようや。ウチの教室来て」


「いいのか?何気に初めて行くな」


「そういやそうね。いらっしゃいな」


 他愛もない話をしながら走る二人は、先日よりも自転車をゆっくり転がして、互いに手を伸ばしても届かなかった距離は、時折ぶつかりそうになるぐらい、いつの間にか縮まっていた。



————————————



 朝のホームルームが終わって、教室から出てくる渚先生に声をかけた。事情を説明すると、こちらの要望が快諾されたので、教科書とノートをぎゅっと握りしめて扉をゆっくり開ける。

 半分ほど開いた扉から中を覗くと、何人かと目が合った後、二人の姿を確認した。


「……いちかー、ともー、こっち来てー」


「……いま、日向の声しませんでした?」


「えっ、そう?わたし聞こえ……あ、ヒナだ」


「あ、ほんとだ。どうしたんですか?こんな時間に」


 二人が近づいてきて、クラスメイトから隠すようにして、小声で話してくれる。

 隙間から中の様子を見ると、何人かの生徒はこちらに興味があるようで、チラチラと目が合う。

 二人に握っていた数学の教科書を見せて、恥ずかしいことでも言うかのようにお願いをした。


「あんな、一時間目な……教室(こっち)で受けてみよっかなぁって思ってて……皆んなにそれとなーく、言って欲しいなぁって……」


「ほ、ほんとに?大丈夫なんですか?無理しない方が……」


「ううん、大丈夫。多分……ちょっとだけ、レベルアップしたから……」


 もちろん、不安はある。春樹に触れることができたからといって、他の男子に触れられるかと言われると、現段階では確実に無理だろう。

 教室という、そこそこ狭い空間で長時間一緒にいられるかも分からない。

 それでも、あの経験があるからこそ、心に余裕が出来たのも事実だ。

 

 なおも心配そうな一華に、なんと説明しようか考えていると、巴が頭を優しく撫でてくれた。


「そっかそっか……やっとだね……」


「……うん……やっとやで……」


「おっけ、いっかちん。応援してあげようよ」


「もう……わかりました。皆んなに説明してきますね」


 二人が戻っていくのを見送って、説明が終わるまでの間、ソワソワした気持ちで廊下に立っていた。

 皆んな受け入れてくれるだろうか?

 新しいクラスになってから約二ヶ月、ちょくちょく顔を出していたとはいえ、教室にいなかった自分を、クラスメイトはどう思っているのだろうか?


「ヒナ、いいよ」


 扉が開いて中に招かれたので、また、中を覗き込んでみると、大半の生徒が気にしないように努めてくれているが、中には珍しいものを見るように視線を向けてくる者もいた。

 怖いと言うよりかは緊張している。転校してきた日、自分に視線が集まったあの時のような、むず痒い気分だ。


「……見やんでや、緊張してんねんから……」


「あ、悪い……おはよう」


「おはよ……泉ちゃんもおは……」


「おはよう日向!なんか教室ん中に日向がいるの新鮮だ……」


「ふふ……ほんまはこっちが普通やのにな。ウチの席ってどこやろ?」


 いつの間にやら席替えをしていたようで、五十音順だった席順はバラバラとなっていた。自分の座る場所すら分からないなんて、本当に転校生みたいだ。

 教室を見渡して開いてる席を探している時、いつの間にか、結構な注目を集めていることに気がついた。

 でも、その視線に嫌な気配は感じない。どこか気遣ってくれてるような、ハラハラとした落ち着かなさのこもった目で、こちらを見ている。


「……くふふっ、おはよう。頑張って授業受けてみるわ」


 男子も女子も口々に挨拶を返してくれて、少し驚いて体が固くなったけど、前ほどの不安は感じない。

 まだ、男子の近くを通ると身構えてしまうけど、耐えられないほどではない。


「日向、あなたの席はあそこですよ」


 一華が指差した先をたどっていくと、教室の一番後ろ、窓際の席、いわゆる主人公席が空席になっていた。


「うそ!ええの?特等席やんか!」


「最近席替えしたんだけどね、あそこだったら、ヒナもあんまり緊張しないかなって、先生が提案したんだよ」


「うわー、主人公席やぁ……初めてやぁ……」


 特に憧れがあったわけでもないけど、いざ座ってみるとこの席の良さが分かる。

 窓を開けると気持ち良い風が当たり、外を向くと開放感もある。教室の全体を見渡せるこの席は、今の自分には有難い采配だ。


 窓際に肘をついて風を浴びる自分に浸っていると、一華と巴が机に手をついて見下ろしてきた。

 その目は少し怒っているようで、心当たりのない自分は、これから何を言われるのかを、戦々恐々として身構えた。


「それで?金曜日、リレーの後倒れたって聞いたけど、何か言い訳はあるの?」


「うっ……弁明のしようもございません……」


「どれだけ心配したか……もうあなた一人の体じゃないんですよ!?」


「それは違くない?」


 体育祭の日、一日の疲れとストレスが祟って倒れた時のことを怒られた。

 あの日は結局、保健室で過ごした後は、母の車で児童精神科医へ直行したので、二人にはメールでことの顛末を報告しただけとなっていた。

 何も知らされないまま心配させられた二人が怒るのも当然のことで、謝る他、自分に出来ることは無いだろう。


「……ごめんなさい。体育祭、楽しかったから……最後まで一緒におりたくて、無理しました」


「まったく……いっかちんじゃないけど、心配する友達がいるんだから、自分のこと大切にしてよ!」


「ごめん……」


「ほんとにもう……私達、怒ってたんですからね!」


「うぅ……ごめんなさい……」


 やっぱり電話で伝えておくべきだったな……

 土日の間も、二人に心配をかけたままだったのなら尚更、詳しく説明するべきだった。

 申し訳ない気持ちでいっぱいになり口をつぐんでいると、一華が優しく頬を撫でてくれた。


「でも……教室(こっち)に来てくれたのは嬉しいです。一歩前進ですね!」


「……うん。変な感じやけど、授業受けんの楽しみ」


「無理しないでね?辛かったらすぐ言ってよ?」


「うん!二人とも、ありがとう!」


 チャイムが鳴って一時間目が始まると、なんの変哲もない数学の授業が始まった。

 担当の先生が黒板に公式を書いて、それをノートに写すペンの音が聞こえてくる。

 たったそれだけのことが、なんだか特別なことに思えた。

 時折聞こえる誰かが座り直す音も、静かな廊下まで届く誰かの咳払いも、全部、独りだと味わえない、大切なものに思えたよ。



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