43.頑張ったよ
とある中年男性が、女から手渡されたソレに目を向ける。
想像していたよりもズシリと手に伝わるその質量は、自分に課せられた責任の重さとも比例してるように思えた。
何で俺なんだ……同僚のアイツじゃダメなのか……
なんてな……全てが遅すぎた。もう自分はスタートラインに立ってしまったのだ。
引き金は鉄製、銃身は……樹脂か?後ろの男が、急かすような視線を向けてきたのを、背中越しに感じる。
もう後戻りできない。待たせてしまった者達に心の中で謝りながら、俺は震える右手で重い引き金を引いた。
銃声は、人の命を奪うにしては軽すぎた。
「いけやぁ!!鉄平ぇ!!!」
「ちょ、ちょっとヒナ!落ち着きなさい!」
体育祭の熱気に当てられて、つい身を乗り出して応援してしまったところを巴に窘められる。
クラスメイトの女子たちが、微笑ましそうにこちらを見ているのに気づき、急に自分が恥ずかしくなってストンと席に座る。
「恥ずかしぃ……もしかして、ウチだけ楽しんでる?」
「ふふっ、そんなことないですよ。みんな、日向が楽しそうだから嬉しいんですよ」
そう言った一華の髪は、珍しく編み込みのサイドテールにまとめられており、リボンのように結んだ緑色の鉢巻には「夏野日向」と書かれている。
自分の鉢巻には「柊巴」と、巴の鉢巻には「藤宮一華」と、三人で交換したそれらは、いかにも青春を謳歌しているように思えて、確認するたびに顔が綻んでしまう。
運動場の中心では、ちょうど二年生が百メートル走を行っている。
放送席からはお馴染みの音楽が流れ、周りを見ると、自分以外にも学年も男女も関係なく、声を張り上げて応援している人たちがいる。
楽しい。久しぶりにこんな大勢の中にいるけど、気分が高ぶってるからか、周りの男子が気にならない。
「夏野さん!どう?体調は悪くない?」
「渚先生!大丈夫ッス!楽しんでます!」
「ふふふ……練習頑張ってたもんね。でも無理しないでね!」
渚先生はそう言うと、教員席に戻っていった。五月の始め頃から体育の授業には参加しており、体育祭の練習は、一華と二人三脚の特訓をしていた。
男子からのバトンパスも、少し怖いけど後ろを見ないでスタートしてるから問題ない。
「あっ、ハルや!おーい!がんばりやぁ!」
借り物競走に出場するらしく、競技場に入場してきた春樹に、大きく手を振ってエールを送ると、こちらに気づいて手をひらひらと振った。
二年一組の春樹は、赤色の鉢巻きを額に巻いており、体育祭での中学生ど真ん中のような格好に、思わず笑ってしまった。
それにしても、陸上部の彼が借り物競走に出ると、本領を発揮できないんじゃないだろうか?
「ヒナ、一応彼は敵軍なんだけど?」
「応援するぐらいはええの!」
「……チッ……やっぱり彼は強敵ねぇ……」
「いっかちん……?」
春樹の番が回ってきて、スタートのピストルが鳴る。
さすが、陸上部というだけあって、他の走者を寄せ付けない走りを見せ、ぶっちぎりの一番で、お題の書かれた紙へとたどり着いた。
しかし、お題を見るや否や、項垂れながら競技場を出ていった。
しばらくすると、なぜか大玉を一人で転がしながら戻ってきて、最下位でゴールした。
「ぷぷっ……アホやアホ。後で冷やかしたろ」
「大玉っ……ふふっ……寂しそうに転がして……」
「二人とも、そろそろ綱引き行くよー」
巴に呼ばれ、少し早めに席を立って移動する。
出入り口は、これから入場する三年生と待機している二年生、そして退場してきた生徒の波でごった返していた。
流石にこの人数の中へ、男女入り混じる人混みをかき分けて入っていけるほど、自分を過信していない。少し離れた場所で三人で固まって待つことにした。
「ふぅ……みんな気合い入ってんなぁ」
「……大丈夫?辛かったら……」
「ううん、大丈夫。綱引き出たいもん」
「無理しないでくださいね?綱引きの後は、お昼ご飯まで出番が無いですから、ゆっくりしましょう」
少しして、大きな掛け声を上げて三年生が入場していき、辺りの混雑も少しずつ収まってきた。
退場してきた者の中に、春樹と健人の姿を見つけた。二人はこちらに気づくと、人混みを縫うようにしてやってきた。
「おー、ハル。さっきは笑わしてもろたで」
「うるせぇ、なんだよ大玉って……」
「夏野、大丈夫か?結構人多いけど」
「大丈夫だいじょーぶ。いつもの感じやなくて、暑くてなぁ」
これだけ人がひしめき合っているのだ。六月とはいえ、もう夏の気配を感じる日差しも相まって、待機場はなかなかの熱気が立ち込めていた。
あまり心配をかけて、体育祭の雰囲気を壊すのも申し訳ない。
一華の言うとおり、綱引きが終わったらお昼ご飯までの間は、少し休ませてもらおう。
「おっ、三年生終わったみたい。そろそろ準備しよっか」
「おっしゃ!ハル!手加減せぇよ!」
「嫌だよ!もう負けたくねぇよ!」
退場してくる三年生と入れ替えで競技場に入ると、そのまま定位置まで走っていく。
相手のクラスが男子と女子がわかれて一列になっているのに対し、こちらは中央に背の高い者を集め、男女関係なく並んでいる。
前世にテレビで見た綱引きの全国大会で使われていた配列と、綱の持ち方や引き方。それらを巴に教えてみたら、採用される運びとなった。
ピストルの火薬が弾け、掛け声とともに一斉に後ろに体重をかける。
ゆっくり着実に、こちら側へ綱を引いていくと、思った以上に早く、決着のホイッスルが鳴らされた。
恨みがましい視線を送ってくる春樹を、すれ違いざまに鼻で笑い、次の対戦に備える。
その後は、二回戦目も問題無く勝利したが、最後に当たった五組は、こちらと同じ戦術を使っていた。
善戦はしたものの、ほとんどが運動部であり、体格も全体的に三組より大きいあちらに分があり、決勝戦では、あえなく敗れてしまった。
「んぁー、ウチの大人知識が火を吹きそうやったのに……」
「いやぁ、強かったねぇ……ってヒナ、あんたちょっと顔色悪いわよ」
「そう?むぅ……ほいなら、やっぱりちょっと休憩しよっかな……」
一華と巴に連れられて、休憩のテントを目指す。
どこを歩いても人で溢れかえっている運動場に、人酔いでも起こしたのだろうか。
自分では、そこまで不調をきたしているつもりもないのだが……
「わっ、休憩テントも人いっぱいですね。どうします?」
「大丈夫やで。座ってゆっくりしとくから、二人は戻っといてええよ」
「うん……あっ、ヒナのタオルと水筒だけ持ってくるわ。待ってて」
「ごめんなぁ、お願いします!」
二人が戻っていくのを見送って、適当な椅子に座って目を閉じる。
すると、大きな音をずっと聞いていたためか、小さく耳鳴りがしていることに気づいた。
こんな賑やかな場所に長時間いるのも久しぶりだったし、これは本格的にあてられてるのかもしれない。
「あれ、ひな先輩?どうしたんですか?」
パチリと目を開けて声のした方を見ると、最近知り合った後輩の泰晴が、初めて会った日のような間抜け面でこちらを見ていた。
体操服の袖には体育祭実行委員の腕章がつけられており、おそらく、彼の持ち場が休憩スペースなのだろう。
「おー、泰晴、頑張ってんなぁ。疲れたから休んでんねん。気分悪いとかじゃないで」
「暑いッスからね!大丈夫ッスか?水分とって下さいよ!水分!」
「うるさっ……声デカいわ!」
「たいちゃん、どしたの?」
泰晴の後ろ側から、もう一人女子生徒がやってきた。
こちらは完全初対面であり、同じく実行委員の腕章をつけているので、クラスメイトであろう。
「ん?あぁ、この人、前に言ってた七不思議の先輩」
「ということは……夏野さんですね。初めまして。たいちゃんのクラスメイトの鳴海杏です」
「鳴海……なるみんやな」
「あははっ、私のお姉ちゃんが、先輩のお姉さんと同じクラスで、なるみんって呼ばれてたみたいですよ」
「……っちゅーことは、ゆうちゃんの友達の妹さん?」
聞けば、部活も同じくバスケ部だったらしく、進学先も西城高校で一緒なのだとか。
「お姉ちゃん伝手に聞いてますよ!自慢の妹だって!」
「そんな褒めてもアメちゃんしか出てこーへんでぇ?持ってへんけど」
「ひな先輩!アメちゃんください!」
「持ってへん言うたやんけ!お前は人の話聞けや!」
三人で騒がしく話しているところに、巴がタオルと水筒を持ってきてくれた。
すると巴は巴で、杏がバスケ部の後輩らしく、二人で話し始めて、結局昼ごはんの時間まで四人で話すこととなった。
結論、結局のところ休まった気はしなかった。
二話構成です。
せっせと書いてます。




