42.ご新規さん
人通りもまだ少ない住宅街を抜け、川沿いの涼しい風
を首筋に感じると、あとはペダルから足を離しても緩い下り坂が自転車を転がしてくれる。
川の向こうの林からは、ホトトギスの鳴き声が聞こえてきて、朝の空気に色を持たせてくれる。
本当に昔の人はあれが「テッペンカケタカ」に聞こえたのだろうか?犬は「びょうびょう」だし、信用ならない。
軽快に風を切っていると、前をダラダラと走る親友の背中を見つけたので、威嚇しておこう。
「わんわんっ!!」
「っ……びっくりしたぁ……ひなかよ」
「おはよーさん!ハル、朝練か?陸部も大変やなぁ」
「うん、真面目だろ?ひなは?」
「ウチも朝練や」
「料理部だよな……?」
自然とこちらのペースに合わせて自転車を漕ぎ出した春樹は、寝癖をそのままに家を出てきており、その飛び跳ねた髪に思わずブラシを当てたくなる。
しかし、あれだけ朝起きるのが苦手だった奴が、この程度の代償で朝練に向かっているのだ、彼の頑張りは賞賛に値する。
「朝起きれるようになったんやなぁ……お母さん嬉しいわぁ」
「本当の母さんに叩き起こして貰ってるんだよ」
「なんやだらしない……百合子さん元気?」
「うん、元気。母さんも聞いてたぞ、大丈夫かって」
百合子さんとも必然的に合わなくなったので、たったこれだけの近況報告でも、なんだか嬉しく思ってしまった。
今が六月なので約九ヶ月間、未だに教室で授業を受けることは出来ていないが、プリントを取りに行くぐらいは出来るようになった。
「だいぶマシになってきたな」
「頑張ったんやで?まあ、お外やからってのもあるわ」
「ふふっ、知ってるよ。もうちょいで二人で手伸ばしたら届くぐらいじゃん」
そう言ってこちらに手を伸ばす春樹。確かに指先が二人のちょうど中間ぐらいに位置しており、自分が手を伸ばすと届くかもしれない距離だった。
ゆっくりと手を伸ばして近づけてみるも、いつものような嫌な感覚がしない。
「あ、いけるかも」
「えっ……大丈夫か?あんまり……」
二人で自転車を止めて、再度手を伸ばしてみる。
ゆっくりと近づいていく指先が触れるか触れないかといったところで、意思に反して小刻みに震え出す。
もう少し、あと少しと息苦しさを無視していると、春樹の方から伸ばしていた指を引っ込めた。
「無理すんな。顔真っ青だぞ」
「ぅ……っ……むかつく……この手……」
「なぁひな、良くなってるよ。二年なってからは特に、こんな距離で喋れなかっただろ?」
「うん……でも腹立つ!」
あと一歩届かない。そんな歯痒さを自分の意思ではどうにも出来ないことに、行き場のない腹立たしさを覚える。
目に見える進歩があるからこそ余計に思う。早く治したいと。
「はぁ、ぼちぼちやっていかんとなぁ」
「あえて気楽に構えようぜ、その方がお前らしい」
「そう……?いやぁ!あかんかったなぁ!次や次ぃ!」
「あはは、おっさんみたい」
無性に腹が立ったので、春樹の自転車を蹴っておいた。
殴る蹴るなら、もしかしたら触れるかもしれない。
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『本校舎の三階、運動場側の空き教室が並ぶ廊下、その中の東側端の教室は、別室登校専用の教室となっています。
上記の生徒に用がある時、または教員からの指示がある時以外、立ち入らないようにしてください。
また、やむなく教室の前を通る場合は、教室の中をいたずらに覗かないようにし、速やかに通り過ぎるようにしてください。』
「こんなもん七不思議なるっちゅうねんっ!!」
昼休み、弁当を食べながら、今年度の始めに自分以外の全校生徒に配られたというプリントを見ていると、大声でツッコミを入れざるをえない文言が書かれていた。
どうして今さらこんな物を持っているかというと、最近になって教室の前を通る人が増えたことについて、一華に愚痴をこぼしていたところ、半笑いの彼女から手渡されたからである。
教室の後ろにでも貼ってあったらしく、四隅にはセロテープの跡が残っている。
「書き方終わってるやろ……なんでもっとこう…………あー……」
また一人、教室の前で立ち止まってこちらを見ている男子生徒がいた。
ポカンとした顔で口も半開きの彼は、身長百四十一センチの自分よりは大きいが、小柄な印象を受ける。
「なんや、見せもんちゃうぞ。はよ行けや」
「はぁ?なんだお前。別に俺が何処にいようとお前に関係ねぇだろ」
「いやあるやろ、ここ来たらあかんって担任に言われてるんちゃうの」
「えっ、来ちゃダメなのか……?お前は?」
「誰がお前やねん……ほれ」
廊下側の机にプリントを置いて指を差すと、訝しげな顔をしつつも素直に手に取って読み出す。
肝試しに来たわけではないのなら、何故こいつはこんな時間に、こんな所を歩いているのか。
弁当を持っているところを見ると、昼ごはんを食べる所を探していたのだろうか。
「別室登校……恐怖反応?男子生徒とって……普通に話してる……」
「こんぐらい離れてたら大丈夫なんよ」
「というか先輩だったんッスね、すいません」
「別にええよ。ひなちゃん先輩や、よろしゅう」
「氷室泰晴ッス、知らずにすいませんっした!」
聞けば泰晴は、仲の良かった友達とはクラスが離れてしまい、その友達も自分のクラスで既に新しい友達を作ったことで、付き合いが悪くなったのだとか。
自分のクラスにも馴染めてないそうで、教室以外で昼ごはんを食べるために、風通しの良いところを探してこの廊下にたどり着いたらしい。
「あぁ、ここの廊下は気持ちええからな……ええんちゃう?廊下座って食べぇや」
「いいんすか?その、男ですけど……」
「いや、別に男が嫌いとかじゃないんよ。近づいて目合わせんかったら大丈夫」
「あ、それであんまり目が合わねぇのか」
「ほれっ!昼休み終わってまうぞ!はよ食え!」
泰晴を教室から追い出して、自分も残っていたお弁当を食べ進める。
初対面の男子とあまり緊張せず話せたのは、彼の身長が自分とあまり変わらないからか、それとも年下だからだろうか。
町を歩いている時も自分より小さな男の子などは、特に怖いと思ったこともないので、案外当たっているかもしれない。
弁当を食べ終わったので、窓から廊下を覗いてみると、泰晴は少し離れたところに腰を下ろし、校庭でサッカーをして遊んでいる集団を見ていた。
そのつまらなさそうな横顔は、何処となく前世の夕陽を思い出させるもので、これからの学校生活にも不安があるのだろう。
「学校つまらんか?」
「……びっくりした。まあ……そうッスね」
「友達作るんって難しいよなぁ」
「先輩はすぐ友達出来そうじゃないですか。あ、でも病気のことがあるか」
「病気……まあ病気か。いや、ウチ結構人見知りすんで?」
「絶対嘘でしょ。こんなズケズケ話してきて……」
「生意気なやっちゃな……ほんまやって!初めて話す人とか、お腹にぎゅーって力入れながら話すもん!」
お腹に両手を当てて、ぎゅぅっと力を入れてみせる。
ここ約四年間は、ほとんど知っている人物としか出会っていないわけで、久しくそんなこともしていないが、完全に初対面の人と話す時は、気合いを入れて勢いで話している。
「ふふ……ぎゅーって力入れるんスか。くくっ」
「なんや!嘘ちゃうぞ!自分もやってみろや!」
「あはは!了解っス!やってみまーす!」
「ボケこいつ……人が心配してんのに……」
まあこんなことで笑顔になれるのなら友達もすぐに出来そうだ。
ここで会ったのも何かの縁、と言うにはもう関わり過ぎているようにも思うが、目の前でつまらなさそうにしてる人がいるのだ。自分に出来る助言があるなら、減る物でも無いし、いくらでもしようじゃないか。
その後もしばらく、友達の作り方をレクチャーしていたところ、昼休みが終了することを告げる予鈴が鳴り、校庭で遊んでいた連中も、いつの間にか姿を消していた。
「あ……もう終わっちゃった」
「生意気な後輩やった……疲れたわ。はよ帰れ!」
「はーい!またねー!」
「おいっ!同級生にもここ来んなって言うとけ!!」
手を振りながら去っていく泰晴を見送ってから、自分の席にどかっと座る。
疲れた。会話のペースを掴めていない相手と話すのは久しぶりで、途中からは、彼のマシンガンとまではいかないものの、フルオートショットガンのようなトークに、あまり人と関わらない日常を過ごす自分は、ついていくのがやっとだった。
「もう来えへんよな?あ、今のフラグか?」
そんな不安は、往々にして的中すると相場は決まっている。
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翌日、一華と巴と、弁当を広げ出したところで、遠くの方から聞こえる軽快な足音に眉間を抑え、小さくため息を吐く。
二人が不思議そうにこちらを見てるのを横目に、廊下の方へ目を向けると、数秒と待たずに小柄な影が扉の前に現れた。
「ひな先輩!友達できたよ!」
「来んな言うたやろ!友達と食うとけや!」
六月某日、学校では有名なこの寂しい教室に、騒がしい客人が一人増えたことは、まあ、喜ばしいことなのだろう。
ある程度「こういった流れで物語を書こう」みたいなのを、作ってから書き出すのですが、最近は思った以上に文章が長くなって、二話構成になることが多くなっちゃった。読みにくいですかね?




