3.見覚えのある顔
「あづぃいー…」
引越しが無事終わり荷解きもひと段落したころ、父から庭の草むしりを命じられ、仕方なく勤しんでいた。
肩下まで伸びている髪を適当に結び、大きめの麦わら帽をかぶっている。
現在9歳、約20年前の夏が少し涼しいといえど、炎天下は茹だるような暑さだった。
母が洗濯物を干しながら鼻歌を歌っている。
「お母さん、アイス食べたいー」
「さっき食べてたやろ?」
「あらあら、そうだったかいねぇ?」
「……どこでそんなくだり覚えたんよ」
家族曰く、頭を打って以来、自分は大人びたと言う。
そりゃそうだ、30年間の人生がインストールされたのだから。
両親には、前より頭がスッキリしていると伝えた。
納得はしていないものの、特に不調もなくやっているので見守られているといった状態だ。
しかし気になることがある。
(…元の夏野日向はどうなったんやろ?まさか、入れ替わったとか?やとしたら最悪や、9歳の女の子がいきなりタバコ臭い30歳のおっさんになったら……)
「っ…」
そこまで思考を巡らせた時、覚醒してから今まで、あまり考えないようにしてた事に意識が向く。
(2人はどうなったんやろ…あの夜、俺は死んでもうたんかなぁ?あかんなぁ…悪い考えばっかり浮かぶ…)
妻と子供を残して死んでしまったのでは無いだろうか、2人は無事なのだろうか。
とりあえずこの世界で生きて行くにしても、帰る方法でも2人の安否の確認でも良い、何か前に進まなくては。
「ッ〜〜〜散歩っ!行ってくる!!」
「あんま遠く行ったらあかんよ」
ど田舎とまでは言わないが電車の駅は遠く、最寄りのバス停も子供の足で歩いて30分ほどかかる。
ここは紛れもなく田舎である。
2週間前まではそこそこの街に住んでいただけに、ここは不便極まりない。
せめて自転車でもあればいいのだが、引っ越して来たばかりでまだ持っていなかった。
(ちょっと…ネガティブになってるな…落ち着こ…)
気分を変えるために散歩に出たのだ。
童心に帰ろうではないか、幸い子供っぽくしていたところで、誰もそれを咎めないのだから。
ここでは新参者のはずの少女が地元の大人も使わないような抜け道を使う。
家の者以外が近づくと吠えまくる犬に、猫じゃらしを持っていくと戯れだすのを何故か知っている。
もし見られていたら奇妙に映っただろう。
「子供視点やと懐かしく感じるなぁ」
よく実家にも顔を出していたので体感的には1ヶ月ぶりぐらいなのだが、ホームビデオを観ているような感覚になる。
さっきまでの胸のモヤモヤが少し晴れて、自然と笑顔になってしまう。
「おっ?」
心に余裕が出来てスキップでもしそうな足取りになった頃、用水路に向かってしゃがみ込んでいる子供を発見した。
歳は同い年ぐらいか少し上、ザリガニでも見ているのだろうか?
「ふっ…ここはザリガニ乱獲犯の実力を見せたろか」
近づいて声を掛けようとした時、そいつはこちらに気づいて振り向いた。
知り合いの顔だった、いや、知り合いというには遠すぎる。
友達でもまだ遠い、そいつは幼馴染で、親友、人生の殆どをコイツと過ごしたと言っても過言ではない。
「ハルっ…!!」
一ノ瀬春樹ーー20年以上付き合いのある親友が、そこにいたのだった。
「えっ?」
「え?あ、いやー、春の日差しがね…気持ちいいねぇーって…」
「夏だけど…」
「……」
「……」
「やかましいガキやでホンマ」ボソッ
「!?」
学校に通い出したら、会うことになるだろうと思っていたが、まさかこの段階で遭遇するとは思わなかった。
恐らく1度目ここに引っ越して来た際は、近所を散歩することも少なかったのだろう。
勝手知ったる道でもないと、1人で出歩かないのも頷ける。
「びっくりしたー、名前呼ばれたのかと思った」
「へ、へぇー…ハル君っていうんやなー、ええ名前やんかぁ…」
「うん、春樹だけどな……関西弁?」
「あっ、うん。最近引っ越して来たんよ、上の方にある池の近くな」
コイツは本来、小学5年生の中頃から仲良くなったのだが、この段階で仲良くなれるのなら、正直言ってかなり嬉しい。
少し頼りないが、優しい奴なのだ。
喧嘩もしたし、色々ギクシャクしてたこともあったが、30歳になっても2人でゲームをやったり遊びに行ったりしてた。
かけがえの無い親友だった。
不安定な今をコイツと一緒にいられるなら、精神衛生上かなり助かる。
「あ、もしかして庭にブランコがある家?さっき前通ったんだ」
「多分そこやな。あのな、もし良かったらやねんけど…遊びにこーへん?引っ越して来たばっかりで、友達0人なんよ」
「良いの?じゃあ行かせてもらおっかな…そういえば、名前聞いてなかった」
「俺の名前は…」と言いかけて止めた。
今、自分は少女なのだ。
家族と話すだけだったら、なんとでも誤魔化せる。
しかし、これからは学校に通い、他人の和に入ってこの世界で生きていくのだ。
いつまでも一人称俺では周りから浮くだろう、まだこの時代、多様性の概念は少数派なのだ。
かと言って「私」は性に合ってない。
そこまで自分の中でまだ、女の子として偏りきれない。
「えっとな…ウチの名前は日向!苗字は夏野な!」
「ひなたちゃんね!よろしく!」
「おおぅ…ちゃんか……なんかこちょばいけどよろしゅう!」
家への道すがら、お互いの話しをしていた。
どこに住んでるやらどんなゲームをやってるやら、家族構成だったり通ってる小学校についてだったり。
概ね記憶の通りであり真新しい話題などなかったのだが、2人の会話は弾んだ。
もしかしたら相手が子供といえど、見知った顔との会話に飢えていたのかもしれない。
家に着いたら、母が花壇に水をあげていた。
「お母さぁーん!友達連れて来たー!」
「えぇー??ひなちゃんすぐできて良かったなぁ、ここら辺の子?」
「あ、ハイ、一ノ瀬春樹と言います。お邪魔します。」
「礼儀正しい子やね、どうぞ、お茶ぐらいしか出せませんが」
「行くで!ハル!」
日向と春樹は先ほど言ってたブランコで遊び出した。
陽子はその光景を見て、日向が自然に子供らしく笑っているのを見て安心した。
(入院とか引越しとか、あの子なりに色々心配やったんかな…)
ここ最近の、少し遠慮したような、距離を測り兼ねてるような様子では無く、子供らしく可愛らしい表情を浮かべているのだ。
それを引き出したのが家族では無く新しく出来た友達というのが悔しくもあるが、日向なりに不安なところがあったのだろうと思い、2人を優しく見守った。
こちらに引っ越して2週間、ひなたは友達第1号でありかつての親友、一ノ瀬春樹と出会ったのだ。
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その日の夜、自室にてひなたは勉強机に向き合っていた。
無論、予習ではない。
流石に小学生の勉強内容に遅れをとることはない。
日記帳とノート、この2冊に向き合っていた。
「ふふふっ、まさか転校前にハルと会えるとはなぁ…」
日記帳に、今日あった出来事を書いていく。
日記をつけるのは、ストレス解消と、今の自分を綴っておきたいと思ったからである。
「なんか、知ってるハルが小っちゃなったみたいで可愛かったわぁ…いや、まあ実際小っちゃいハルやねんけど…」
ではもう1冊のノートは何か
ノートを開くと、そこにはびっしりと日付と文字が書いてあった。
日記帳がこれまでの出来事だとしたら、このノートはこれから起こること、未来日記のようなものだ。
少しページをめくって、ある項目に斜線を入れる。
『5年生の中頃、一ノ瀬春樹と友達になる』
これは、ひなたの人生計画書である。
覚えている限りの事件や事故、子供だからこそやりたい事、やれば良かった事、やらなければ良かった事。
一応、宝くじの大当たりが出た年や仮想通貨が暴騰したことなども書いてある。
「早速1項目消したったわ!フハハハハ!」
ひなちゃーん!うるさいよー!
「ごめんなさいっ!!」
そして、人生計画書には「絶対やること」という3つの項目が別に書いてある。
その1つ目が、
①『中学校入学直後の、藤宮一華へのイジメを止める』
この世界へ来る直前、春樹からきいた訃報、恐らくその大元の原因となった騒動を、この手で無かった事に。
「今度は間違えへんで」
窓に映る自分に言い聞かせるように、少し先の未来に決意を固めるのであった。




