38.夕陽は本気2
脱力感とバランスと、ボールが指先から離れる感覚、次いで説明し難い余韻を感じた時は、入る。
スパッと音を立てて綺麗に決まったシュートに、ほんの一瞬心が軽くなるも、消えない焦燥感に軽くため息を吐く。
十二月に入って、いよいよ高校受験が目前となった今の時期、とっくに部活は引退しているのに、こうしてたまに体育館に足を運んでは、気晴らしにボールを触っている。
受験勉強が上手くいってないわけではない。
有難いことに私は頭の出来はそこそこ良いらしく、こう言ってはなんだが勤勉な方でもある。
受験の為に机に向かうのもそこまで苦に思っておらず、買ってもらった赤本も二週目を進めている。
受験を予定している西城高校に不満があるわけでもない。
学校見学で訪れた時は、やっぱり良い学校だと思った。
歴史があるのに綺麗で、通いやすい距離だし、何より進学やその後の就職を考えるなら、西城高校は良い選択だと思う。
『やりたい事存分に出来るんも学生の内だけや……本気なんやったら、お父さんとちゃんとお話ししなさい』
「……小学生が、何言うとんねん」
あの子が最近まで壮絶なイジメを受けていたと聞いて、自分が普通に学校生活を送っていた事を悔やんだ。
あの子が一人で抱え込む癖があるのは知っているのに、日に日に元気がなくなっていく日向を、もっとしっかり気にかけてあげるべきだった。
男性恐怖症になって、はじめのうちは父ともまともに目を合わせられなかったのに、結構無茶なリハビリを経て、今では手を繋ぐぐらいならできるようになっている。
男女共学の東砦高校に入ると決めているので、高校受験までには絶対に克服するつもりなのだとか。
「ええなぁ……東砦……そら私かて行きたいわ……」
あの子の言葉は私に選択肢がある事を思い出させてくれた。
お父さんの言うとおり、成績に見合った西城高校にいく。
自分のやりたい事のために、東砦高校に行く。
あの子が言うとおり東砦はそこそこの偏差値で、駅からも少し遠いし通いにくい。
ただ、運動部が盛んで、バスケ部は男女共に県内でも有数の実力を誇っている。
そんな環境で大好きなバスケをやってみたい。
自分が打ち込める事に、全力で取り組みたい。
でも、それはきっとわがままなんだろうな……
考え事をしながら放ったからだろうか、ボールはリングに当たってくるりと一周まわった後、入りそうで入らない、そんなもどかしさを残して落ちていった。
「はぁぁ……」
「あれ、ゆうちゃん先輩だ」
「おっ?ともちゃんやん。どしたんよ、今日朝練無いのに」
「ふっふっふ……自主練ですよ!この前、またヒナにワン・オン・ワン負け越して……なんなんですか!あの変な動き!」
「あはは。あいつホンマこざかしいよなぁ……」
ともちゃんは、ひとしきり日向の真似をして私を笑わせた後は、真剣な顔つきで黙々と繰り返しシュートを打ち始めた。
朝練も無い日に一人、ひたむきに練習する姿を見て、一年生だった頃の自分を思い出した。
その頃読んでいたバスケが題材の漫画にハマって、短絡的な動機で入部したバスケ部。
入部して二週間後にその漫画は打ち切りになったけど、もうその頃には、私はこのボールの虜になっていた。
楽しくて、でも上手く出来ないのが悔しくて、ともちゃんみたいに朝練がない日も、ひたすら一人で練習をしていた。
「ともちゃん、手でいき過ぎてるわ。腕の力ぬいて」
「ん、こんな感じかな……ありゃ」
「あとな、真上にシュって感じで。もっと山なりでええと思う」
「はい、ふっ…………お、いい感じ」
その後も同じ動作を何度も繰り返して、改善点を見つけたら助言を出したり、隣で私のフォームを見せたりしていた。
ともちゃんが熱心に私の助言に相槌を打っているのを見て、良い後輩を持ったものだと自分でも思う。
少しずつ体育館の外が騒がしくなってきて、始業時刻が迫っている事を知らせてくれる。
「それで、何悩んでたんですか?」
「うぐっ……気ぃついてたんかいな……」
「そりゃ、おっきいため息でしたから……ヒナの事ですか?」
「いや……進路な……どーしよっかなぁって」
一年生の後輩に進路相談なんて、自分でも変だって思う。
それでもなんとなく、日向の友達であるこの子になら、私に選択肢を示したあの子の友達になら、話してみようと思った。
西城か東砦か、両親の期待か自分のわがままか、話していてつくづく思う。
人生を左右するような選択で、プロの選手を目指しているわけでもないのに、本気でバスケをしたいなんて、理由にならないだろう。
「———って、お父さんにちゃんと話せって言うんやけど……お父さんも困るやろ。そら西城言うやろ」
「……あー……」
「ひなもさぁ、あいつ頭ええやん?変なぐらい。そんなんわかってたやろうに、なんで私に選ばせるような事言うかなぁ……」
「……えーっと……多分、後悔して欲しくなかったんじゃないですか……?ゆうちゃん先輩に」
「後悔……かぁ……するんかなぁ?」
「それは分かんないです!私も、全部知ってるわけじゃないんで……でも、なんとなく……あの子ならそう思うかなぁって……」
「……むぅ」
私は後悔するのだろうか……
両親の期待に応えない事を?それとも自分の気持ちを優先しない事を?
私にとってはどちらも大切な事で、どちらかを選ぶなんて……あぁ、そうか。
後悔するんだとしたら、自分で選択しなかった事をだ。
「ふふっ」
「……?なんや、変な顔してた?」
「いや、今の「そっかぁ」が……ヒナとそっくりだなぁって」
アイツが真似してんねやろ。
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「なるみんはさ、最終どこ受けるんやっけ?」
「んぇ?高校?そりゃ私は西城よ。ユウに勉強教えてもらいまくったからね」
「そっかぁ……あっ」
四時間目が終わり、同じクラス、同じバスケ部、私の数少ない友達の鳴海萌と話していると、先程ともちゃんに指摘された事を思い出し、妙なむず痒さを覚えた。
「えっ、なになに?」
「なんかともちゃんに妹と似てる言われてなぁ……似てへんっちゅーねん」
「あぁ、ひなちゃんね。話した事ないから分かんないけど、顔は結構似てるよ?」
「いや、顔じゃなくて……ありゃ?」
鞄から弁当を取り出そうとするも、いくら中を掻き回そうとも目当ての物は無かった。
もしかすると、家に忘れてきたのかも知れない。
「うぁー、お弁当忘れたっぽいわぁ……ちらっ」
「えぇ……しょうがないなぁ。おにぎり一個だけあげるよぉ」
「感謝やぁ!感謝感謝ぁ!」
「おーい、夏野」
なるみんから貰ったおにぎりを頭上に掲げていたところ、クラスの男子から声をかけられる。
変なところを見られて恥ずかしく思いながらも、声の方に目を向けると、彼は教室の扉を指差していた。
「なんか、妹ちゃん来てるぞ。弁当届け……」
「ひな!?」
椅子を蹴飛ばすような勢いで立ち上がり、扉の方へ走って向かうと、青い顔をした日向が弁当を握りしめてこちらを見ていた。
「ひな!なにしてんの!なんでこっち来たんよ!」
「け、携帯っに……メールっ……おくってん……けど……」
「えっ?あぁっ、ごめん!見てへんかった!ごめんなぁ」
とりあえず教室から離そうと、少し歩いた所にある階段に座らせて背中をさする。
小さく震えていた日向は、次第に落ち着きを取り戻してきて、顔色も幾分かマシになってきた。
「ほんまごめんなぁ……携帯あんま見ぃひんから……」
「ううん……大丈夫。女の人出てくんの、待っててんけどっ……なかなか出てこんくて」
「直接届けてくれんでも……ともちゃんとか一華ちゃんとかに頼んだら良かったのに」
「まぁ、これもリハビリ……みたいな。ちょい無茶やったなぁ……逆効果かも?」
「……そんな早よ治したいん?ゆっくり付き合って行く言うんも、ありなんちゃうの?」
たくさん傷ついて、普通なら学校そのものから離れていてもおかしくないような体験をしているのだ。
少しぐらい、自分を甘やかしても誰も責めないと言うのに。
しかし、先程まで真っ青な顔をしていた日向は、ブレない瞳で前を向いていて、弱々しさなど感じさせない決意を口にした。
「いや、治す。ウチは絶対皆んなのおる教室に戻る。ほんで、女子校なんか行かへん絶対東砦行くねん」
「……本気やん」
「本気やで。全部もう決めてんねん」
一度深呼吸をした後、日向はグッと立ち上がると、いつも通りの笑顔で別れを告げて自分の教室へ帰って行った。
自分も教室に戻ると、心配そうな顔したなるみんと目が合った。
「大丈夫だった?ひなちゃん……イジメの後遺症だっけ?」
「うん、男の人怖なってん」
「そっか……そ、そういやさ!ユウは高校どうすんのさ!結局きいてなかったなぁって!」
「気まずなってるやん!せやなぁ……うん……私は———」
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少し飛んで、日向が知らない三年後の未来。
全国高等学校総合体育大会女子バスケットボール競技大会。
初出場ながら、準々決勝まで勝ち上がる快挙を見せるも、惜しくも敗れた高校があった。
負けたチームの選手達は皆、隠そうともせず涙を流し、その悔しそうな姿は、本気で取り組んでいたことが伺える見事な散りざまだった。
学校名、西城高等学校。主将、夏野夕陽




