30.生きていく
晴れてよかった。
雨が降っていた覚えもないので、心配はしていなかったが、バタフライエフェクトとか言うカオス理論によると「ブラジルにいる蝶の羽ばたきがテキサスで竜巻を起こすかもしれない」とかなんとか。知らんけど。
ならば三年半、自分という人間が掻き回したこの世界は、もはや自分が知る世界とは別物なのだろう。
「くふふ……似合ってんで、ハル」
「今日は綺麗なひなって感じだな。似合ってるぞ」
本日三月十七日、夏野日向は小学校を卒業する。
四月からは自転車に乗って登校するので、ランドセルを背負いこの通学路を歩くのも今日で最後になる。
春にこの道を歩くのが好きだった。
草木を踊らせる優しい風が気持ちよく吹く場所だから。
「ってかひな、何でランドセル?手提げ袋で良いって先生言ってたじゃん」
「はぁー、これやからお子ちゃまは……まぁ、あと二十年もしたら理由が分かるわ」
「……そういうもんか?俺もランドセルでこれば良かったかな……」
しばらく歩くと、学校近くの神社の前を通る。
夏祭りだったり初詣だったり単なる寄り道だったり、裸足になって隣を流れる川に足をつけるが好きだった。
そういえば何を祀ってるかも知らないままだ。
今度巫女さんにでも聞いてみようかな……
「あー、今日で卒業かぁ……なんか実感湧かねぇ」
「ウチもや……あーあ、明日から次のループに入るんかぁ」
「っ!?な、なんだよそれ!!どういう事だよ!!!」
「あはははっ!!アホやアホ!引っかかっとんねん!」
「……アホはお前だよ!」
「いてっ、女の子叩くなボケ!」
校門にはデカデカと卒業式と書いた看板が立っていて、本当に卒業なんだという実感がじんわりと広がってきた。
昇降口を抜けて教室が近づいてくると、もう皆んな登校しているのだろうガヤガヤとうるさく話し声がしている。
「おはよーさん!」
「おはよヒナ!えっ、かわいい!そのブレザーいいなぁ」
「むふぅ、ええやろ?せっかくやからレンタルしてもらいました!一華も、おはよーさん」
「おはようございます。私達は中学校の制服です。どうですか?」
「ふふふっ……よう似合てるよ。可愛いで」
「はぅ……日向の方が可愛いです……」
教室を見渡すと、各々卒業前の時間を過ごしていた。
友達と話している者、いつも通り遊んでいる者、机に突っ伏して寝てる者、すでに泣いている者と様々いるが、とりあえずは今日で一旦一区切り。
「トモ、髪やって!三つ編みハーフアップで!」
「あ、私がやるのね……任せなさいな」
「……こうやってさぁ、初めてトモに三つ編みして貰った時嬉しかったわぁ」
「懐かしいなぁ……くくっ……ヒナが転校してきた時、教室で転けたの思い出したよ」
そんな事もあった。変に気合いを入れて空回りして、あの頃から少しは変われただろうか?
本質は変わらずとも、少しは成長出来たのだろうか?
「ほい、こうして……完成!うん!可愛く出来たよ!」
「ありがとう、トモ……ぎゅーってしていい?」
「えー?まぁいいけど……」
巴がいなかったらどうなっていたんだろうか?
少なくとも、今ほど身だしなみにも気を使わないで、女の子らしく振る舞う事もなかっただろう。
色んな感謝を込めて力いっぱい抱きしめた。
「トモ大好き」
「あぅ……どうしたのさ今日のヒナは……いっかちん助けて」
「ズルくないですか?ズルくないですか?いいえズルいです」
「怖いってば!やっぱりこっちこないで!」
一華にも感謝している。心が折れそうになった時、そっと支えてくれる優しさに何度救われたか。
自分がくだらない冗談を言っても、一緒になってくだらない事をしてくれる優しい友達。
一華も力いっぱい抱きしめる。
「一華も大好き」
「…………私も、日向が大好きです」
「んん……ありがとう」
担任が教室に入ってきて、体育館へ移動する。
予行練習もあったし今日まで時間はたっぷりあって、心の準備も終わらせた。
それでもやっぱり……やっぱり思ってしまう。
「卒業したくないなぁ」
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思いとは裏腹に、卒業式はあっけなく終わった。
つつがなく、おごそかに、平和に終わってしまった。
すでに教室でのお別れ会も終わって、今は同級生達が卒業証書の外箱を鳴らして遊んでいるところだ。
たった一時間で終わってしまった卒業式は日向にとって本当にあっけないもので、思い出も思い入れも、心の整理さえつかないまま体育館から退場してしまった。
「ヒナぁ……うぐっ……私卒業しちゃったぁ……何でこんなに悲しいんだろぅ」
「ひぐっ……楽しかったですね……ぐすっ、私二人といれて本当に良かったです」
「あはは、まあそうやなぁ……楽しかったなぁ……うん……楽しかった……」
色んな思い出が詰まったこの校舎とも、もうお別れ。
砂だらけの靴箱にはもう自分の上履きは無くて、教室の机にこっそり置いていた教科書も回収した。
もうこの学校に夏野日向がいたことは、卒業名簿でしかわからないのだ。
一度目の卒業式の日、同級生が泣いているのに自分が泣かなかった事を、自分が強いからだと思っていた。
馬鹿だな。大馬鹿だ。何にも考えてなかったからだよ。
自分が特別に二回目の機会を貰っただけで、思い出とか、友達とか、先生とか教室とか、本当はあの空間に戻る事は出来ないんだ。
それをちゃんと分かっていたら、大切な時間を過ごせていたら、そんな風にはならないだろうが。
「あー、ごめん……ぐすっ……タンマや……」
「日向ぁ……ひぐっ」
「あかんなぁ……ひくっ……楽しかったんやもん……ぐすっ……思い出いっぱいやなぁ……」
一華と巴とは、春休みも遊ぶ約束をして別れを告げた。
自分も母から一緒に帰るよう告げられたが、もうしばらく校舎を見て回る事を伝えると先に帰って待っていると言ってくれた。
春樹は……
「なんでおんねん」
「いや、ひなが残ってたから……」
「人が感傷に浸ってるっちゅーのに……」
教室の黒板はお決まりの落書きで埋め尽くされてて、自分が描いたコーヒーカップの絵も、その片隅に残っている。
「これ、先生が消すんかな?どんな気持ちで消すんやろ」
「どうだろ……案外慣れてるかもよ?」
「ハッ……やったらちょい寂しいなぁ」
「……終わっちゃったな」
「…………うん」
春樹が一緒にいてくれて良かった。
喧嘩もしたし、ギクシャクした事もあったけど、一緒に悩んだり、励ましてくれたり、また親友になってくれた。春樹がいなかったら、この大切な気持ちにも気づけなかっただろう。
「……なぁハル」
「どうした?」
「中学入ったらさぁ、ちょっと距離置いてぇや」
「……なんでだよ」
「言うてたやん。一華がイジメられんの止めるって、ウチと仲良ぉしてたらハルまで標的になるかもしれんし」
「手伝うって言っただろ!知ってて見過ごせねぇよ!」
「……イジメって怖いねんで……人の人生狂わすし、自殺するような子も……ウチ、ハルがそうなったら……耐えられへんよ……」
「……」
一華や巴、春樹だけじゃない。
ここでまた出会えた皆んなに、悲しい思いをして欲しくない。
自分はもっと狭いコミュニティでしか交友関係を作れなかったのに、いつの間にか大きな輪の中にいた。
「なぁお願い。みんな大事やねん……」
「お前はどうなんだよ。お前だってイジメられるかもしれないんだろ」
「それはえっと……上手い事切り抜けるよ」
「何も考えて無いのかよ……」
イジメの止め方なんてわからない。
一度目の時も止めに入った事はあったし、教師に相談を持ちかけた事もあったが、それでも陰で三年間も続いていていたのだ。
正直、あれこれ考えてもわからない。
「さっ!そろそろ帰ろや!ウチん家今日お寿司やねん!はよ帰らなカピカピなるわ!」
「ふはっ、それは急がないとな」
「いやぁ、楽しみや……なんよ?」
教室から出ようと動き出したところで手を引かれたので振り返ると、春樹は両手を広げて「俺には無いのか?」と言わんばかりの顔でこちらを見ていた。
「うっ……恥ずかしいんやけど……」
「…………」
「むぅ……」
ギュッと力いっぱい抱きしめると、久しぶりに春樹の優しい香りがして意識がとろけそうになった。
一緒に遊んで、話を聞いて貰って、たくさん甘えたことを思い出す。
「ハル……大好きやで」
「俺も、大好きだ」
誰もいなくなった校舎を久しぶりに手を繋いで歩いた。
寂しくて何度も振り返りながらも、ゆっくり前に進んで行く。
一華の悲しい未来を変えるために。
それが、今の自分の生きる意味だから。
とりあえず小学生編は完結です!
次回からは中学生編をカキカキします!
よろしくお願いしますです!




