29.夕陽は本気
季節は秋頃、金木犀の甘い香りを風がどこからか運んでくる中、市が運営する運動場の片隅にあるバスケットボールのコートで、ボールが地面を叩く音がする。
一人の少女に対して、三人がディフェンスしている。
「いっかちん!止めてー!」
「任せて下さい!とうっ!」
キュッと右にフェイントをかけられ、まんまと釣られる一華。
そのままリングまでノーマークかと思いきや、前の二人よりも一回り小さい影が立ち塞がる。
「ワン・オン・ワンやで、ゆうちゃん」
「スゥ…ふぅぅぅーーー……っ」
互いに不敵な笑みを浮かべ、一拍置いて日向が動き出す。
向かって斜め右側に踏み込んで来るのを避ける様にドリブルで躱すが、これはフェイントだ。
すでに左に動き出している日向から目を切り、体の後ろを回す、いわゆるバックチェンジで右に切り返した。
「うぇっ!?」
「……っふ!」
つんのめってバランスを崩す日向を横目に、ノーマークとなった状態で落ち着いてシュートを打つと、ボールは綺麗な放物線を描きながらネットを揺らした。
玉のような汗を拭いながらくるりと振り返り、夏野夕陽はニカッと笑った。
「はぇぇ、かっこよかったです……」
「ねっ!授業でやってるのとは違うよ……私もバスケ部入ってみようかなぁ」
四人とも息を切らしながらも、涼しくなってきた風が肌を撫でるのを気持ちよく感じている。
休日は家で遊ぶ事が多い日向達だが、こうして汗を流すのも悪くない気分だ。
「いや、やっぱりゆうちゃん上手いわぁ。こら無理やで…」
「流石に部活でやってるからなぁ。でも、ひなとやるんオモロいで。何と言うか……こざかしいことやってくるから」
「こざかしい!?悪口やろ……」
夕陽に手を貸してもらい立ち上がる。
最近部活が忙しくて休日に姉が家にいる事は少ないが、中学校の体育館が耐震工事を始めたため、しばらく部活動が休みになったらしい。
何もしないと体が鈍ると言い、こうして日向の部屋で遊んでいた三人が駆り出されたワケだ。
「やっぱ体動かすの楽しいわ…」
「ゆうさんって勉強も出来て運動神経も良いし、やっぱり良い高校狙ってたりするんですか?」
運動後のストレッチをしていると、巴が
前世での姉は、県内でも文武両道と名高い西城高校に進学し、バスケ部に入っていた。
その西城高校で何があったかまでは知らないが、2年生に上がる頃には友達もおらず、成績もふるわないものとなっていた。
そんな体験からか大学でも友達らしい友達は出来ず、好きだったバスケも辞めて、就職しても退屈そうな日々を送っていた。
なんとかそんな未来を回避する為に夕陽の事をずっと見ているが、今のところ原因はわかっていない。
「そうなるかなぁ、お父さんにも西城ってとこ勧められてるし、バスケ部もあるみたいやし……」
「有名な高校ですね……もしかして、日向も西城高校をめざしてます?」
「いんや……ウチはランク下げて東砦高校ってとこ受けようと思ってるよ」
東砦高校は前の人生でも日向と巴が通っていた高校であり、そこそこの偏差値といった高校だ。
駅から少し遠いが、山手にあるため屋外階段から街を一望できて、そこで弁当を食べるのが好きだった。
「へぇー、ヒナは頭良いから進学校みたいなところ行くと思ってた」
「いや、そんな頭良く無いで?中学入ったらウチはそこそこの成績になるから」
「どういう理屈なんですか……勿体無い。お姉さんも言ってあげて下さい」
そりゃ小学生の勉強で躓くほど馬鹿ではないつもりだ。
しかし中学校になってくると専門的な事が少し増えるので、勉強をしなければそこそこといった成績に落ち着くはずだ。多分……
「……ひなは東砦行くんか」
「うん!やりたい事もあるし、なんとなくな」
「そっかぁ……まあ、頑張り……」
夕陽は少し寂しそうにそう言うと、ボールを器用に指の先で回し始めた。
もしかして自分と同じ高校に来て欲しかったのだろうか?だとしたらその期待には応えられない。
自分は進学先だけは何があっても譲れない。なぜなら東砦には秋が入学してくるから。
それでも、夕陽の人生を何とかしたい思いはある。
「ゆうちゃんごめんな……ウチは西城には行かれへんけど……ゆうちゃんのサポートはするから!!」
「はぁ?あ、ちゃうちゃう。別に西城には来んでええよ……ただ私が東砦に行きたかったっちゅー話や」
「えっ!ゆうちゃん東砦がええの!?あんな微妙な偏差値の学校に!?」
「何でそれを日向が言うんですか……」
そもそも進学先の選択が間違いだったのか?
でも、何故東砦なのだろうか?
言っては何だが、本当に平凡な学校で、一周目の自分もそこまで受験勉強をしなくても入れたような学校なのだ。
「あー、あれよ、東砦は男女どっちもバスケ部が強いんよ……ほんまはさ、もっと本気でやりたいねん……プロとか目指してるわけじゃ無いねんけど……」
「西城では無理そうなん?」
「どーやろなぁ……西城やとやっぱ勉強第一やろ?バスケ部もそんな強くないみたいやし……」
「そっかぁ……」
難しい問題だ。
高校進学はその先の未来に大きな影響を与える。
もちろん、本人の努力次第で覆せることも多くあるが、良い学歴は努力の証明とも取れる。
社会人になった時、やはり良い学歴の方が有利に働くのも事実。
父も夕陽の将来を思って西城を進めているのだから、そこからいくつもランクの落ちる高校に行きたいと言っても、簡単には納得しないだろう。
「私はバスケ頑張ってるゆうさん、見たいけどなぁ」
「むぅ……どうしてもなぁ……西上と東砦じゃ面接の印象もちゃうやろし、入社してからも出足の話題としては優秀……何なら在学中の同級生が安定した職に就くんやったら同級生婚を視野に入れると西城に進学した方が……」
「「「…………」」」
三人が怪訝な顔つきでこちらを見ているのに気づき話を止める。
まあ確かに子供らしくない話題ではあったかもしれないが、夕陽のためを思っての発言なのだからそんな顔される筋合いは無い。
「……なんや?」
「小学生が何言うてんねん」
「ガキぃ!!?今日口悪いどおのれ!!」
「誰に向かっておのれ言うとんねんボケぇ!!」
「おのれ言うたらおのれやろがいアホぉ!!」
「やかましゃいてこますぞワレぇ!!」
「あわわわ……二人とも怖いです……」
「普段でさえ怒ってるように聞こえるのに……」
夕陽と睨み合いになると、一華と巴が横から宥めようと声をかけてくる。
本当に怒っているわけではないので、問題ないのだが……いや、夕陽は怒っているかもしれないけど。
隙だらけの姉が脇に抱えているボールを奪い取り距離を取る。
「あっ!」
「まあでもゆうちゃん。やりたい事存分に出来るんも学生の内だけや……本気なんやったら、お父さんとちゃんとお話ししなさい」
「……なんや、自分親みたいな事言うて」
「ハッ……」
これでも一応、親だったのだ。
夕陽の右手前にバックスピンを掛けながらボールを投げる。
夕陽がそのままカットに来るが、手前で戻ってきたボールを反対側へ切り返すと、あっさり隣を抜けたのでそのままシュートする。
しかしボールはヘロヘロと飛んでいきネットを掠めただけだった。
「あれっ…………恥ずかし……」
「……何や今の」
「一発芸や一発芸。動画でみたんよ」
「……ふふっ……ほんまこざかしいわ」
そう言って笑う夕陽は、先ほどの寂しさを感じさせない、少しだけ安心できる顔へとなっていた。
もし父に話す時が来たら言って欲しい。
父が我が子を心配するように、自分も姉に幸せになってもらいたいのだから。
「ほんで?誰におのれ言うたんよ。ひな」
「あれ!?終わったんちゃうの!?終わったんちゃうの……痛ぁっ!!」
本気で蹴ってきた……
ほんま、いつか痛い目見たらええねん。




