28.あなたがそう望むなら
「コバぁ!お前付き合えたんか!」
二組の小林の肩を、少し痛そうだと思うぐらい強い力で、それでも祝福を目一杯込めて叩く日向。
夏休みが明け二学期初日、小林と実里からの報告を受けた彼女は、自分の事のように喜んだ。
「祭りの日に言ってただろ?好きな人がいたら告白しろって……最後の夏休みだし……お前に勇気貰ったんだよ。ありがとう」
幸せそうに手を握る二人は、私には眩しく映る。
これから一緒に色んな所に行って、色んな思い出を作り、同じ時間を過ごすのだろう。友達ではなく恋人として。
「……そない言うてくれたら、変なスピーチした甲斐があったわ……二人とも、おめでとう……式はいつや?」
「し、式って……気が早いわよ!!」
日向は腹を抱えてひとしきりケラケラと笑ったあと、二人を力一杯抱きしめて再度「おめでとう」と呟いた。
二人を見送る横顔は、寂しいような少し羨むような、そんな切ない陰が差していた。
「いやぁ、青春やなぁ……ええ話聞いたわ……」
「ひーちゃんも……青春してるじゃ無いですか……」
私からしてみれば、そんな青春のど真ん中にいるような彼女にも、もどかしい思いはあるのだろう。
「なかなか……思うようにはいかんよ……」
やるせない思いを乗せた瞳で私にそう話す彼女の言葉は、まるで私に同意を求めているかのように聞こえて、勇気の無い私は何も言えなくなってしまった。
日向には想いを馳せる人がいる。
見た事も無ければ、他の人から聞いた事もない、まだ私が知らない人。
日向が一度だけ彼の話をした時、顔は見えずとも彼女の声から愛を感じて、初めて見た彼女の一面に私は胸が痛くなってしまった。
その痛みは日向にとって迷惑かもしれない。
でも、それでも……夏祭り感じた胸の高鳴りは、どうしようもないぐらい彼女の側にいたくなって、夜空に消えてく花火のように、私の想いも散らせてしまおうと思えた。
好きですよ、日向。
でも、それをあなたは望まない。
だったら私は、この想いを伝えることはないだろう。
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いっかちんの元気が無い。
隣で二人を見てきたからこそ、なんとなくその理由に察しがついてしまう。
いつからかあの子がヒナを見る目が、熱を帯びるようになっていて、そりゃ気づいた時は戸惑ったけど、大好きな二人の事だからやっぱり嬉しかったな……
ヒナは気づいてないみたいだけど、五年生の中頃にはあの子も自分の気持ちに気づいていたと思う。
今になってもその気持ちを伝えられないのは、秋さんというヒナにとっての大切な人の存在が大きいのだろう。
「いっかちんさぁ……」
「はい?どうしました?」
ヒナもヒナだ。
こんなに可愛い子が好意の目を向けていて、その上結構スキンシップもしているのに何で気づかないかな……
やっぱり女の子から特別な感情を向けられるとは思っていないからだろうか?
でも夏祭りの日はいい雰囲気になってたよね?
まんざらでも無いのか、それとも戸惑っているのか……
「ヒナもさぁ……」
「な、なんよ……ウチなんかした?」
結局、私は見ている事しか出来ない。
二人とも大切な友達で、どちらか一人の肩つともう一人の気持ちを蔑ろにしてしまうことになる。
だったら後は当人達の問題なのだろう。
「なんやろな……いっちーなんか心当たりある?」
「いえ……何か悩み事でもあるんでしょうか?」
あんた達の事だよ!
それを言えたら良いけど、二人はそれを望まない。
だから私は、この悩みを話すことはないだろう。
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放課後
「二人とも悩み事かぁ?お姉さんが聞いたろ」
一華と巴が新学期に入った初日から元気がないので、放課後になって相談に乗ろうと声をかけると、二人から冷めた視線を向けられた。
「えっ、な、なんや……ウチなんかした!?ごめんごめん!謝るから許して!なんか知らんけど謝るから!!」
「ハァ……」
「適当なこと言って……」
やはり自分が何かしたのだろうか……
だいたい隠し事をした時や何も相談しないで無茶をした時に怒られる事が多いので、知らず知らずのうちに怒らせるような事をしたのだろう。
少し近づいて、一華に耳打ちする
「いっちー、ウチ二人怒らせるようなことした?ごめんやって」
「ひゃっ……別に私は怒ってないですよ……ともちんは……なんでしょう?」
一華は怒っていないとしたら何を悩んでいるのだろうか。夏休み中に何かあったか、でなくてはあの夏祭りの日に何か思うところがあったか……
あの日の一華には息を詰まらせられた。
記憶の中の彼女と今の彼女がほとんど同じ事を言うものだから、もしかして好意を伝えられるのではないかと身構えてしまった。でも今はお互い女の子で、一華が好きだったのは男の自分なのだ。
そこまで思考を巡らせて改めて目の前の少女を見ると、あの日胸を高鳴らせられた事を思い出してしまった。
少し照れくさそうな表情をするのも、何だか本当に自分に好意を持ってるように見えてきてしまう。
「えっと……どうしました?」
「ぅ……なんでもないよ……いっちーは可愛いなぁって」
「……なんか誤魔化しましたね?なんですか?言ってください」
ぐいっと身を乗り出してくる一華の顔を今は直視出来そうにも無く、そうやって意識してしまうと体を寄せられるのにも、つい変に反応してしまう。
「ちょ、ちょっと……あたっ!」
「きゃっ」
一華を避けるように身をよじらせるとバランスを崩してしまい、咄嗟に自分を掴んでくれた一香と二人揃ってイスから転げてしまう。
一華と床に挟まれ、心配そうに顔を覗き込む彼女に、思わず顔を逸らしてしまう。
今、自分はどんな顔をしてるのだろう。
「やべー、ひーちゃん……襲っていい?」
「な、何言うてんの……あかんよ……」
「ともちん、カーテン閉めて」
「ここで始めないでよ……」
腕を押さえつけられて動きを封殺されると、何だか変な気分になってしまう。
そりゃ、自分は男でも女でも無いような存在だし、考えた事が無いわけでは無い。
それでも、こんなふうに意識する事になるとも思わなかった。
「ちょっと、今顔見やんといて……絶対変やから……」
「ぐっ……悪い子ですね……誘ってませんか?」
「へ、変な事言わんといてぇや……どうしたらええか分からんよ……」
「ッッッ!!!ともちん!わかりますか!?コレですよコレ!!」
「う、うん……確かにこれはちょっと……グッとくるわ……」
一華が興奮しながら腕を握る力を強くし、巴も少し頬を赤く染め自分を見てくる。
何でこんな事になってるんだ?
そもそも最初は二人が何か悩んでいたから話を聞こうとしていただけなのに……
「もうっ!!二人ともなんか悩んでたんやろ!!」
「あっ、そう言えばそんな話しでしたね……」
「つい、いつものノリに流されてたわ」
二人が正気に戻ったところで仕切り直す。
「ほいで?何を悩んでたんよ?ウチに手伝える事やったら何でもすんで」
「……今何でもって」
「エッチなんは無しや!!!」
一華は少し躊躇うような素振りを見せた。
何だ?解決できるような事なら何だってするし、難しい問題でも一緒に頭を悩ませる。
二人の為ならば、自分は多少の無茶はいとわない。
それぐらい、この二人には返しきれないほどの恩がある。
しばらく考え込んだ後、まるで照れくさそうにわがままを言う子供のような顔で彼女はポツリと呟いた。
「…………これからは一華って呼んで欲しいです」
「……えっ、名前で?いっちーじゃなくて?」
「はい……お祭りで私が迷子になった時、おっきい声で一華って呼んでくれたの……嬉しかったんです。それに、他の人に呼ばれるのと……全然違くて、心がポカポカするみたいで心地良くて……」
「そう……?」
そう言われると悪い気はしないが……
なんとなく、いっちーと一華、同一人物だけど分けて考えていたところもあるので、少しだけ抵抗があるのだが……
「まぁ……一華がそう望むなら……」
「ふふふ……ありがとう。日向」
「っ……そ、そういや二人はええんかいな?ともちんといっかちん」
「……今また誤魔化しましたよね?日向」
「あっ、やめて!エッチな事はやめて!」
「いただきまー……ごべっ」
「もう知らん!」
押し倒そうとしてきた一華の顎に、綺麗な掌底が入って動かなくなった。
その場をケラケラと笑う巴に任せて、日向は逃げるように教室を出て行く。
名前を呼んで欲しいと言われてその期待に応えただけなのにどうしてこうなるのだ。
別に、ただ名前を呼ばれただけなのに……
顔が熱いのは……まだ暑さが残る夏のせいだと、そう思わせてくれ。




