27.鳴り響く
夏、蒸し返すような暑さに少しの手心を加えてくれるような時間帯、夕方。
夏休み真っ只中のとある日、12歳になった日向は自身の出立ちを確認するため、姿見の前で左へ右へと体を回しながら母に問いかける。
「どうやろ、変じゃないかなぁ?可愛い?」
「似合うわぁ、これやったらハル君もイチコロやで!」
「えー?ふふっ、まぁ可愛いって思ってくれたら嬉しいけど」
「あ、一華ちゃん達きたで、親御さんに挨拶しときや?」
「皆んなで夏祭りに行こう」そう言い出したのは他でもない自分で、小学校最後の夏休みが特別な思い出もないまま終わるのが寂しくて、自身の誕生日に集まってくれた数人に声をかけたところから始まった。
六年一組の全員どころか、二組の者までが集まる事になった今回の企画は大所帯になりすぎた事もあり、現地で集まった後は、当然のように別行動する事になっている。
しかしせっかく集まってくれたのだから、何もしないで解散というのはあまりに勿体無いと思い、学校に許可を貰って皆んなで校庭で花火をする事になった。
「いっちー!トモ!お待たせ!」
「あ、来た来た。浴衣似合うねぇ……」
「わぁ……可愛い浴衣ですね……ほんとに似合ってますよ」
「良かったぁ、二人もめーっちゃ可愛いやんかぁ」
一華が牡丹、巴が金魚、日向が花火と、三者三様の浴衣姿で集まるだけで、すでに最高の思い出になったように思えた。
巴の父に送迎の車を出してもらって、あれをしたい、これを食べたいと姦しく話しながら夏祭りを目指す。
祭りの会場は近所の大きな神社があるその一帯で、祭りがある二日間は車道を封鎖して行われる。
集合場所に着くとすでに殆どの同級生が集まっており、とりあえずの主催者である日向が到着するのを見ると、皆んなが口々に出迎えてくれた。
「おっ、夏野来たぞ。おせー」
「やかましい。先ずは浴衣褒めんかい!」
「この後どうすんの?なんか挨拶でもするかんじ?」
「んんん……せやなぁ、軽ぅくやっとこか……」
このまま流れで散開しては集合した意味も薄くなってしまう。せっかくこうして集まれたのならば、予定の確認も含めて軽く挨拶でもしておこうか。
手頃なお立ち台も無いので広場の端に不法投棄されていたブラウン管テレビの上に乗る。
「あ、あー、テステス」
「マイク持ってねーじゃん!」
シンプルかつ的確なツッコミをありがとう。
クスクスと笑い声が広がり、場の空気が和らいでいくのが分かる。
「あ〜、今日は集まってくれてありがとう。つってもこっからは各自祭りを楽しむだけやけど……十九時半から学校で花火やるから、来れる人は来てぇな。それまではテキ屋にお金落として行こや」
ちょうど三年間、今ではどいつもこいつもそれなりに話す間柄になった。
仲がいい奴もいれば、ほどほどの付き合いの奴もいる。
でも、本当は二度と無かったはずの小学生最後の夏休み。
「はぐれなや!悪い人にはついていったらあかんでぇ。迷子になったら入り口の受付に集合や。小学生最後の夏休みや、好きな子おったら告白しぃや。そいじゃぁ……突撃ぃ〜」
覇気のない突撃命令だったはずが、一部の男子達が大きな声を上げるとそれが波及したのか全体の雰囲気が盛り上がる。
突然の怒号に目を丸くした日向を置いて、同級生達は鳴り響く祭囃子に吸い込まれていく。
「カッコよかったですよ。皆んな盛り上がってましたし」
「ふふふ……ヒナらしい演説だったじゃん。なんか笑っちゃった」
「びっくりしたわぁ、酔っ払ってる奴おらんやろなぁ……まぁ、ウチらも行こっか」
広場の出入り口から祭りの中心地を目指す。
太鼓の音に笛の音色、あとは……あの鍋みたいな楽器。
大人になってからは足が遠のいてしまったのに、どうしてこんなに心躍るのだろうか。
屋台が並ぶ往来を進んでいくと、先行部隊の同級生達が楽しそうに祭りを賑わしている。
その中に、フランクフルトを食べながらたこ焼きの列に並ぶ親友を見つけた。
「ハル!どう?似合ってる?」
「おぉ、ひな……うん、似合ってるぞ」
「うへへぇ……あんま見んなやボケェ」
「どうすりゃ良かったんだよ……」
無理に距離を取らず、さりとて近過ぎず。
お互いの気持ちを伝えあってなお、それでも事情を汲んでくれた春樹は、やっぱり優しい人だ。
とはいえ……
「それも、似合ってるぞ」
「うがっ……」
「ひひっ、また着けてくれて嬉しいよ」
あの日貰ったひまわりのヘアピンを見てイタズラが成功した子供らしい表情をする春樹を、してやられた大人のような顔で睨む。
あちらからはたまに距離を詰めてくるのだから心臓に悪い。
でも、誰が誰を好きになろうがそいつの勝手なのだ。
だったら自分は、せいぜい春樹に攻め落とされないようにすれば良い。
もっとも、自分も春樹に好意を持ってるから少々分が悪い。
「むぅ……二人とも!撤退や!」
「はいはい、じゃっ!また後でね!」
「あはは……待ってくださいよぉ」
人混みを縫いながら、祭りの空気を肌で感じて、気になる屋台に片っ端から入っていく。
水風船のヨーヨーを片手に焼きそばを食べるなんて、祭りでしか許されない。
当たる見込みのないくじ引きに散財するなんて、祭りでしかやらない。
浴衣を着た一華がりんご飴を食べ歩くなんて、祭り以外で見る事はないだろう。
「いっちー、可愛いな」
「えぇっ!?どどどどーしたんですか急に!!」
「いや、絵になるなぁって。なぁ、トモ?」
「ふっふっふ!私の幼馴染は可愛いよぉ?お嫁さんにどう?」
「あははっ!いっちーをお嫁さんにする奴は幸せもんやでぇ」
「……もう、からかわないで下さいよぉ」
時計を見ると花火の時間が迫っており、そろそろ学校に向かって歩き出さないといけない。
ベビーカステラの屋台に後ろ髪を引かれながらも、群衆をかき分けながら来た道を戻っていく。
日の長い夏の日没ごろ、辺りが薄暗くなってきた今まさに、会場の人口はピークに達しているのだろう。
「きゃっ」
振り返ると一華の姿が無く、人波に飲まれて声だけが聞こえた。
ただでさえ動きにくい浴衣で、履き慣れない下駄で歩いているのだ。転んで怪我していてもおかしくない。
巴に受付で集合することを伝えて、一華を探しに少し戻る。
「いっちー!どこや!」
近くにいるはずなのに、どんちゃん騒ぎに遮られ自分の声は届いていない。
一度息を吐いて、すぅっと大きく息を吸う。
「一華ーーーーーっっ!!!!!」
割れんばかりの大声で名前を呼ぶと、人混みはこちらを見てぴたりと止まった。
するとその隙間からこちらに存在を示そうとする見覚えのある手を見つけた。
「あ、おったおった。すんまへん!通りますー!」
グイグイと人垣を押し除け、その人のところまで行く。ら
「いっちー、大丈夫?怪我してへん?」
「は、はい……ありがとう……ございます…………」
「ほな、行くで」
今度ははぐれないように、手を繋いで入り口まで歩いていく。
そういえば、前にもこんな事があったな……
あれはまだ、自分が男だった時。
一華がまだ元気で、六年生だったか?
地元の夏祭りで……あの時も確かはぐれないように手を繋いで……
あの時も迷子に?どうだった?記憶が曖昧だ。
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「なんや、もう始めてるやんか」
少し遅れて校庭に着くと、手持ち花火を振り回す同級生達がいた。
皆んな一様に楽しそうで、一夏の思い出を作っている。
こうやって皆んなが楽しそうにしているのを見たら、一応の主催者としては、声をかけて良かったと思えた。
「……よっしゃ!ウチらもやるでぇ!」
「あ、大っきいやつはジャンケンでしょ!」
子供達の笑い声と、花火の静かに燃える音だけが響く校庭に、赤色と青色、黄色と緑色の小さな煌めきは、これ以上無い程贅沢な夏休みに思えた。
あぁ、やってよかった。
「いっちー!次これ……どしたんよ、足痛い?」
「あ、いえ……そうじゃなくて……」
ヒュルルル〜〜〜ーーーー・・・・・・ドーン
聞き馴染みのある大きな音が鳴り響き、赤い光が夜空に散りばめられて消えていった。
「えっ?打ち上げ花火あんの!?」
「あ、そうそう!今年からだって!!綺麗……」
ハッとして隣の一華を見ると、見覚えのある横顔で花火を見ている。
そうだ、こうして一華と花火を見ていた
夏祭りの後、二人で学校に忍び込んだんだ。
自分は彼女を見ていて、確か一華はこの後……
綺麗ですね……
「綺麗ですね……」
さっきはありがとうございました
「さっきはありがとうございました」
一華って呼んでくれて、嬉しかったです
「一華って呼んでくれて、嬉しかったです」
………………す……っ
「………………す……っ」
好きですよ………………日向…………
「素敵ですね………………花火…………」
困っているような、泣いているような顔でこちらに笑いかける一華は、夜の大輪に美しく照らされていた。
それを横から見る日向は、空に響く爆音が小さく思える程、胸の内が轟いていた。




