25.選択
早朝からバスに乗り込み、高速道路を走る。
京都の所々歴史を感じさせる街並みから、大きなビルが立ち並ぶ街大阪へ。
静かな地元とは違い、働く人達の喧騒と機械の音が鳴り響く、日向にとっては遠い記憶の故郷。
修学旅行二日目の予定はテーマパークでの自由行動で、班ごとで固まって行動するのが基本だ。
しかし教師にバレないように、こっそりと班から別行動する者達もいる。
だいたいの目的がカップルでのデートで、せっかく来たテーマパークで思い出に残ることをしたいのだろう。
「ひな、昼飯の後はよろしくな」
春樹が他の生徒や教師に聞かれないよう、小声で耳打ちするように話しかけてくる。
昨日ホテルにて春樹に、自由行動中に二人で行動したいと誘われた件についてだ。
午前中は三人で行動して、昼食をとった後に春樹と二人で行動することになった。
「しゃあないなぁ、良きに計らえよ?」
「ハハッ!お任せください!」
表面上は普通に見える春樹だが、少しだけ手が震えているのを見ると緊張しているのが分かる。
そういう自分も、さっきから鼓動が早くなっていくのを感じている。
スカートとか履いてきた方がよかっただろうか?
ヘアピンも、もっと可愛いの持ってくれば良かった。
二、三言葉を交わし、男子の輪に帰ろうとする春樹に今の気持ちだけでも伝えるため、袖を引っ張り引き止める。
「ひな……ど、どうした?」
「…………楽しみやから」
「……」
「緊張して寝れへんかったし……嬉しいよ」
「……ありがとう」
声色から、少し困ったような、それでも嬉しさが滲み出るような顔をしているのが分かる。
胸がズキッと痛くなるなんて、生きてきて初めての感覚だ。
こんな事で今日一日大丈夫なのだろうか。
「ふぅ……ごめん、お待たせ」
「ひーちゃん……っよし!切り替えましょう!何から行きます?」
「ひなちゃんが行きたい所から行こっ!その後は、付き合ってもらうからね?」
「うん……ありがと、ほいなら……ジェットコースター乗りたいかな!」
午前中は二人と目一杯遊ぼう。
今はとにかく、二人とたくさん思い出を作って元気を出そう。
三人で土産物屋で買ったお揃いの缶バッチをつけて、途中で買った馬鹿みたいに大きいお菓子と写真を撮った。
なんだかんだで買い物や買い食いが中心で、結局アトラクションは待ち時間もあって、二つしか乗れなかったけど、巴が絶対見たいと言っていたパレードは最前列で見る事ができた。
自分で提案したジェットコースターは、思っている以上に自分から黄色い声が出て恥ずかしかった。
中央の広場で休憩していると、二人の視線を感じて慌てて二人に向き直る。
お昼からの事で不安な顔をしていたのか、二人が励ましてくれる。
「ふふっ、そろそろお昼ですね?」
「ひなちゃん、ファイトだよ!デート楽しんできてよ!その代わり、お話聞かせてね?」
「デ、デート……ごめん……ウチ、結構上の空やったよな……」
「大丈夫だって、そりゃそうだよ……でも、また来ようよ。ひなちゃん企画で!」
「うん……ありがとう……約束する。絶対また三人で来たい」
二人には申し訳ないことをした。
いっぱい埋め合わせすることを約束して、昼食を食べるレストランに集合する。
昼食が終わったら……デートかぁ……
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「ハル!待たせてごめん!」
「いや、俺も柳達に捕まってたよ。今来たところ」
集合場所である入り口近くの土産物屋の前で、待っていてくれた春樹に声をかける。
示し合わせたかのような返答が返ってくると、本当にこれから春樹とデートするという実感が湧いてきた。
「あっ、お団子にしてくれたんだ」
「うん……ともちゃんに手伝って貰った。なんとなく、好きなんかなぁって」
「うん……結構好きかも。ひなに似合ってるし」
「ふふっ、ありがとう。ハルも、カッコいいで」
周りを見渡すが、今のところ同級生はいない。
園内は広いとはいえ、同級生と教師を合わせて70人ほど自分達を知る人物がいるのだ。
普通に歩いていたら確実に誰かと出くわすだろう。
それでも今は、春樹と一緒に楽しむんだ。
「手、つなご?ウチの事、エスコートしてくれるんやろ?」
「あぁ、ありがとう。あんまり時間無いし、この後のウォーターショーだけでも行こうかなって」
「ええな!ウチ、あれめっちゃ好きやねん!」
二人で手を繋いで歩き出す。
照れくさいし、今もソワソワするけど、繋いだ手を離したいとは思わない。
この心地良い鼓動の高鳴りが相手に伝わっても良い。
それぐらい幸せだし、春樹にも幸せであって欲しい。
ウォーターショーの会場に着くとなかなか良い席に案内された。
確かこの位置はめちゃくちゃに水をかけられる、いわゆるスプラッシュゾーンと言われる席だ。
入り口でレインコートを売っていたが、びしょ濡れになるのも良い思い出だろうか?
「ひなはこのパーク、来た事あるんだよな?」
「うん。前の家がここから車で二十分ぐらいのとこやから、小っちゃい頃はよく来てたんよ。大人なってからもたまに来てたし」
「へぇ、じゃあ目新しいとこは無いのか……くそー」
「くふふ……こういうのは誰と来るか、やで。それにこの体になってからは初めてや!」
「そっか、初デートが俺かぁ……結構嬉しいな」
なんだかそう言われると、自分まで嬉しくなる。
女の子として自分を見てくれてるのに喜んでる。
生まれ変わってこの体になった時は、自分がこんな事になるなんて思いもしなかった。
男の子とデートするのも、手を繋いでドキドキするのも……
も、もしかしたら……チューするのも……
「あ゙ぁ゙ーーーーーッッ!!?」
「うわ!?なんだよ!まだ始まってねぇよ!」
「き、気にしやんで……あ、ほら、始まるで……」
大音量で音楽が流れ出し、舞台では演者達が観客席向かって水を撒き散らす。
まだ日向たちの席には標準が向いていないが、この後の演出でとんでもない量の水が飛んでくるはずだ。
会場は大盛り上がりで、演者達もいつにも増して観客を煽っているように思う。
「ハル、くんで!」
「えっ?どういう…………うおぉ!?」
「わぶっ!!」
「「…………」」
宣言した通り、嵐のような放水を受けた二人はポカーンとした顔でお互いを見合わせ、数秒前まで綺麗な身だしなみだった相手がぐちゃぐちゃになっているのを見て大笑いした。
そこからは吹っ切れたようにショーを楽しんで、クライマックスでまたびしょびしょになった二人は、そのまま土産物屋で買ったTシャツに着替えた。
「いやぁ、濡れた濡れた。おかげでペアルックや」
「あはは、正直、グッとくるわ」
「そう?ほいなら、びしょびしょなったんも悪くなかったかな」
そのまま店を出ようとしていたら、パサっと髪の毛が降りてきた。
結び直そうと思い、髪の毛を触るとヘアピンが壊れてる事に気づいた。
「どーした?」
「いや、ヘアピン折れたみたいや。むぅ……下ろしとくかぁ」
「……じゃあさ、俺に買わせてくれよ」
「いや、ええよええよ、悪いわ。お土産屋さんのは割高やし」
「あはは、プレゼントしたいんだよ」
「……そう?じゃあ、お願い……」
アクセサリーの棚を2人で見てみるが、どれにしようか迷ってしまう。
どれも二千円前後もするし、先ほど壊れた物などただの1番安い黒ピンだ。
すると、春樹が棚の端にあった物を指差しながら日向に提案してきた。
「これとかどう?ひなって、やっぱり太陽のイメージだし、似合うかなって」
全体がゴールドで少し曲線を描くような形をしていて、普段使いもしやすそうだ。
トップパーツはしっかり主張がある……
「これ、ひまわりちゃう?」
「あれ?あ、本当だ……うーん」
「いや、これにしよ。ううん、これがいいわ」
「いいのか?値段も他より控えめだけど」
「気に入ったんよ。大事にする……」
会計を済ませた春樹が新しいヘアピンを手渡してくれた
ヘアピンなんて失くすぐらいたくさん持っていて、一華や巴から貰ったお気に入りの物もいくつかあるのに、特別な物が一つだけできた。
「ありがと……なぁ、ハルがつけてくれる?」
「……やり方わかんねぇよ」
「お願い……思い出にしたいねん……」
往来から少し離れた、ちょっとだけ人の少ない場所まで移動すると、どこにヘアピンを挿すかを教えて、春樹につけてもらう。
「どう?似合ってるかなぁ?」
「うん、やっぱひなに似合うよ」
「くふふ……ありがと、嬉しいわ」
カバンにつけた時計を見ると集合時間までもう少しだけあるが、アトラクションに乗れるほどの時間は無い。
もう少しで終わってしまうのか……
楽しい時間をくれて、幸せな思い出を作ってくれた春樹に、自分は何も返せていない。
これからも、何も返せない……
泣くなよ、自分で決めたことだろうが。
小学生の頃の恋心なんて、そのうち忘れる。
春樹もきっと次の恋愛を見つけて、学生時代に彼女を作って、最後には良い人を見つけて結婚する。
自分だけが知ってるハッピーエンドがある。
ありふれた話しだけど、幸せな事だ。
だから、さっさと言わなきゃいけないのに……
「……ひな」
「ぐすっ……どした?」
「ありがとうな、俺幸せだよ」
「……」
「ひな、二人とパーク回るの楽しみにしてたのに、俺に時間くれて、すごい嬉しかった。俺がひなを大切に思ってるように、ひなも俺を大切に思ってくれてるのが分かったから」
「…………うん」
「大好きだよ。誰よりも。」
返事はいらないと決めていたのか、春樹が緊張を解く。
春樹の事を大切に思っているだと?当たり前だろう。
じゃなきゃデートなんてしていない。
じゃなきゃ髪になんて触らせない。
そうじゃなきゃ、こんな事思わない。
「ハル……」
「……ん?」
「ウチも、ハルのこと大好き。ハルに手握られるのが好き。おっきくて、優しく握ってくれるから。ギュッて抱きしめてくれるんも好き。あったくて、良い匂いするから。ハルの全部、大好きです」
「うん……」
「でも、ごめんなさい……」
「うん……」
「ごめん、ごめんなさぃ……ぐすっ……ハルのこと、ウチのこと話したあの日から、ほんまは好きやったの……一緒にいたいって……言ってくれて嬉しかった。好きって言われて……幸せやった……ひぐっ……大好きやのに……ごめんなさぃ…………」
「わかってるよ、ひな……ありがとう」
春樹が慰めるように抱き寄せてくれる。
伝えきれない思いを込めて抱きしめる。
春樹から伝わる温かさがこんなに心地良いのに、胸の痛みはどんどん大きくなっていく。
それはきっと、こんなに優しい親友の期待に応えられない自分への罰だろう。




