24.思いを伝える
「ゆ、許してください……私がどうかしてました……」
先に部屋に戻った日向は一華が帰って来るや否や、距離をとって部屋の隅で体育座りをして固まってしまった。
その両の瞳には光が宿っておらず、先程から一切言葉を発していない。
「いっかちんのバカ。ひなちゃんああいうの苦手って知ってるでしょ」
「申し開きのしようも……ごめんなさいっ!」
「可哀想に、怖かったよねぇひなちゃん」
「ともちゃぁん……うぅ……」
一華を避けながら巴の方へ向かうと、頭を撫でながら慰めてくれた。
避けられたショックにより一華は完全に落ち込んでおり、その背中は悲哀に満ちたものとなっていた。
流石に旅行中ずっとそのままというわけにもいかないが、ちゃんと反省して欲しい。
「いっちーのアホ」
「……!!ええ!私はアホです!」
「ほんまに反省してんの?」
「勿論です!この通り!」
確かにその場で土下座する一華は反省の色が見えなくもない。
しかし、今まで何度か似たような事をしでかしている事実もある。
試しに寝巻きのボタンを外して胸元を大胆にしてみると、一華は顔をニチャッとした笑顔へ変えた。
「ふひひ」
「今のは、ひなちゃんが悪いからね?」
「クックっ……分かってるよ」
怒ってはいたけど、別に一華に何をされたところで、嫌いになどならない。
辛い時はいつも一緒にいてくれる親友が、一度や二度スキンシップの度を超えたぐらいで見放すほど恩知らずでもない。
せっかくの修学旅行の夜、むしろここからが本番だと言う者もいるぐらいだ。
本格的にガールズトークとやらを始める前に、一階の売店に飲み物を買いに部屋を出ると、消灯時間まではまだ時間があるので他の生徒達も辺りをうろついていた。
エレベーターを待っている間、明日のテーマパークで何処に行くかを三人で話していると、後からやってきた草太に声をかけられた。
「三人も売店?」
「うん、部屋でどんちゃん騒ぎしよかなぁって」
「やらないよ……武田君の班って誰いたっけ?」
「うちは柳と稲田と春樹だよ。僕ババ抜き負けたから買い出し行かされてるんだ……」
エレベーターが到着して、四人で乗り込む。
七階、六階と降り出した所で、草太が修学旅行にふさわしい話題を口に出した。
「そういえば、二組の小林が八木さんに告白したらしいよ」
「えっ!えっ!?どうなったの!付き合ったの!?」
「いや、ダメだったみたい。小林もいい奴なんだけどね」
「あぁー、コバあかんかったんや……ウチちょっと前に相談受けてたんよ」
「えぇ!聞いてないよ!そういうのは教えてよー!」
外野がとやかく言う事でもないが、休み時間に二人で話している事も多く、正直お似合いだと思っていた。
もし小林の想いが成就していれば、明日の自由行動は一味違った思い出になっていたかもしれない。
一階に到着した後も巴の熱は下がらず、今回の修学旅行で恋人同士になりそうなクラスメイトの話をしていた。
「そういうともちんは好きな人とかいないんですか?言ってくれたらいくらでも応援しますよ!」
「私はねぇ……いないんだなぁこれが、恋愛してみたいなぁ」
「ともちゃんの彼氏か……おっ、八つ橋サイダー?これにしよ」
「何でそれ一本でレジに行けるのさ……」
各々買いたいものを買って、またエレベーターに乗る。
日向が八つ橋サイダーしか買っていないことに、室内は戦々恐々とした雰囲気となっていた。
失礼な、よくわからない物を買うのも旅の醍醐味だろうが。
そんな空気を払拭するためか、巴が先程の話題を今度は日向に振ってきた。
「さ、さっきの話だけどっ!ひなちゃんはどうなの?好きな人とか!ひなちゃんの恋愛事情とかさ!」
「ゲェ、こっちに振るんかいな……ウチはあれやんか、心に決めた人がおるって言うてたやろ?」
「そういえば結構前に言ってたような……もしかして引っ越してくる前のお知り合いですか?」
「いんや、大阪の子らとは連絡も取ってへんわ。まっ、そのうちそのうち」
「すーぐ誤魔化すんだから。今日は部屋でじっくり聞かせてもらうからね」
自分たちのフロアに着き部屋に戻ろうとすると、廊下中央の少し開けたスペースで春樹が窓の外を見ていた。
地上八階から京都の夜景を見ているようだが、物思いに耽っているようにも見える。
「ハル、夜景見て何を黄昏てんねや」
「ん?あぁ、地元じゃなかなか見れない景色だし」
「んまぁ田舎やからなぁ。あ、でもな、神社公園あるやろ?横の山道にある休憩所は夜景綺麗やでぇ、お気に入りの場所や」
「……」
話の途中で、春樹は何かを言い淀んでいるかのように口を噤んだ。
なんだろう?こういう反応はあまり見てこなかった。
言いにくいことがあるような、こちらに何か配慮しているような、そんな表情だ。
「なんや?あっこ嫌いか?」
「いや、違う…………ひな」
「……?」
「明日のさ、自由行動中さ……少しでいいから、俺に時間くれないか?」
「ぇ…………」
「ちょっとだけでも、二人でいれたらなって」
「…………」
一華と巴の方を見ると、どうぞどうぞと言わんばかりに両手を差し向けている。
「うん…………じゃあ、ちょっとだけ……」
「!!おし!じゃあまた明日!風邪引くなよ!」
「はぁい……」
草太が春樹の肩を叩いて二人でテンション高く部屋へ戻っていくのを、ひらひらと手を振って見送る。
勇気出してくれたんだろうなぁ。
事情を知ってくれていて、それでも頑張って誘ってくれたのだ。
なのに、自分ときたら……
煮え切らない態度ばかりとって春樹に甘えて、今の関係の心地良さにあぐらをかいている。
「さっ、ひーちゃんは連行します。逮捕状が出てますので」
「簡単に寝れると思わないでね?とりあえず飲み物とおつまみが足りないわ」
結局もう一度売店に行って二人は色々とカゴに詰めていた。
日向がぼぅとした表情でにしんそばコーラを買おうとするのを止めて会計を済ませると、そのまま部屋へ引っ張っていかれる。
部屋に戻ると、日向はそのまま布団に突っ伏して枕に顔を埋めた。
「ァァーーーーーッッ!!!!」
「ぐふふ、悶えるひーちゃん……写真撮ろ」
「いやぁ、私まで顔真っ赤になっちゃったよ。いいなぁ……」
ひとしきり悶え終わるとのそのそと買い物袋の所まで這っていき、八つ橋サイダーを開封する。
プシュッと小気味良い音と共に、サイダーとは違った甘い匂いが漂う。
「……んぐっ、オェッ!!!」
「そりゃそうでしょ」
「何で買ったの……」
二人から優しめのツッコミを貰い、胃の内容物を必死に堰き止めながらも一気に流し込む。
嫌いな物でも出されたら残さず食べる。ましてや自分で買った物を捨てるわけにはいかない。
そして全て飲み切る頃には、大好きだった生八つ橋はお土産リストから削除されていた。
「うぐっ……あかん、いまゲップしたら色々出てまう」
「ちょっと?せめてトイレでやってよ?」
時間をかけて少しずつガスを抜く。
二人は楽しそうにおしゃべりしながらスナック菓子を食べている。
どうして自分はこんなに馬鹿なんだ。
「さっ、そろそろ寝よかっ」
「何言ってんですか。待っててあげたんですから大人しく白状しなさい」
「それで?二人は今どんな感じなの?」
「誤魔化されてぇな……サイダー頑張ったのに」
お菓子を分けてもらい、尋問が始まる。
どこから話せばいいやら、話せない事もあるし……
「……まんざらでもないんだ?」
「うっ……」
「というか好きなんじゃないですか?」
「うぐっ……」
ストレートに言わないでほしい……自分だって戸惑っているんだ。
そりゃ、意識はしている。自分の秘密を打ち明けたあの日から、訳の分からない自分を受け入れてくれて、あまつさえ好きだと言ってくれたあの日から、自分の中の女の子の心を自覚し始めたのだから。
心がソワソワして、抱きしめてくれるのがあんなに幸せだとは思わなかったのだから。
「真っ赤になっちゃった……」
「あーん可愛い!きゅんきゅんします」
「あぅぅ……恥ずかしいぃ……こんなはずじゃなかったんよぉ……」
「それで!?どうするの!?付き合う!?付き合わない!?」
「…………」
それは、出来ない。
だってアイツがいるから。
そんな簡単に決めた結婚でもない。
生涯を誓い合って、共に生きていくと決めた人。
また会って、確かめなくてはいけない事もある。
「なるほど……ここで心に決めた人か……」
「はぁぁ……本当に心に決めてる人なんですね……何だか、大人ですね」
「うん……アイツは……頑張り屋さんでなぁ……多分、今もすごい悩んでて……ほんま、色んな事を二人で乗り越えた……そんな仲なんよ」
ポツリポツリと、この世界で生まれて初めて彼女の事を話す。
誓いの通り健やかなる時も、病める時も共にいた人。
ダメな自分を支えてくれた事もあった。
彼女が挫けそうな時は、一緒に悩んで夜を明かした。
二人で生きようと決めて、結婚したんだから。
「…………秋さん?」
巴が放った言葉の意味を理解した時、目の前が強烈に揺れるような感覚に陥った。
ここで聞くはずのない名前に、腰が砕けたようになる。
「な、なんで…………何で知ってんの!?どっかで会ったんか!?アイツは今どうしてるんや!」
「お、落ち着いて!ほら、宿泊研修の時!ひなちゃんが『秋』って呟いたの聞いてて……人の名前に聞こえたのと……さっきのひなちゃん、同じ顔してたから……」
「…………そっか……ごめん」
巴を怖がらせてしまい、申し訳ないことをした。
もう一度巴に謝って、話し始める。
「秋はな、ちょっと家庭の事情が複雑でなぁ……望むような形でもう一回会えるかも分からんのよ。でも、それを確かめるまでは、ウチは誰とも恋愛なんてでけへん……」
「なるほど……ひーちゃんにとって、とても大切な人なんですね」
「うん……やから、ウチはハルとおるのが怖いねん。でも、大切にしたい。アイツも、アイツの想いも」
いつまでも中途半端な自分を終わらせなくては。
春樹のために、そして自分のために。




