23.初めての修学旅行
鳥の羽ばたく音、草木の踊る姿、どこを切り取っても心地良さを感じる季節。
小学校の最終学年、つまり六年生となった日向は、大きな鞄を持って家を出た。
「じゃあ、行って来ます」
「いってらっしゃい。お金、考えて使いや」
日向はここ一週間ほど体調管理を徹底していた。
今日は学校生活で最大のイベントと言っても過言ではない修学旅行当日である。
一度目の人生では風邪を引いて無念の欠席となった修学旅行の朝に、何事もなく家から出られた事は日向にとって念願が叶った瞬間であった。
「やった!やったやった!修学旅行行ける!」
何でこんなに喜んでるのか自分でも可笑しく思って、不思議な高揚感に小躍りしながら春樹の家に向かう。
「ハル!おはようさん!早よ行こ!」
「おはよう、テンション高いな……そんなに楽しみ?」
「聞いてくださいよ旦那ぁ……ウチ、前は風邪ひいて行かれへんかってん。やからめっっっちゃ嬉しいねん!」
早起きをして寝ぼけ眼を擦っていた春樹の手を引いて、早く早くと通学路を進んでいく。
数十メートル進んだ所で不意に、春樹と手を繋いでいることに気づいた。
ただ引っ張っていただけの物が、春樹の手だと意識し出したら、腕から順にソワソワした感覚になる。
自然な流れで手を離そうとするが、反対に春樹の方から握られてしまう。
「ごめん……手……」
「……ひなから握ってきたんだろ」
そう言った春樹は手を握り直して、離してくれなくなった。
「むぅ……」
「もうちょっとだけ……嫌?」
「……知らんよ」
まっすぐ歩けてるか分からないし、緊張して周りの音が聞こえない。
自分の手はちっちゃくて、春樹の手はおっきくて……
これいつまで続くんだろう?
「お二人さん……ついに付き合った……の?」
「ゔわ゙ーーーっ!!!ちゃう!!!!実里ちゃん!!待って!!」
「ひぇっ!いやいや、言わないよ!誰にも言わないから!」
「ぢがゔぅ!!親友やから!!!親友やからやねん!!!」
「怖いって!日向怖い!!意味もわかんない!!」
邪魔しないよう足早に立ち去ろうとする実里を思いっきり引っ張る。
そこからは日向がずっと言い訳をしながら左手で春樹を引っ張り、右手で実里を引っ張り、校門前の集合場所まで歩いていった。
「あ、おは……どういう状況ですか……」
「おはよ……アタシも分かんないよ……」
「フーッ!フーッ!ちゃうから!!ウチ悪くない!!」
「ええっと、ひなちゃん落ち着いて」
巴が抱きしめながら宥めると、しばらくしてから巴を抱きしめ返して大きく息を吸うと徐々に落ち着いた顔色に戻っていった。
「ぷはぁ、すまんすまん。ここはどこや?」
「これは……まだダメですね。バスに乗せてあげましょう」
「へへへ……ウチは悪くないで?悪いのはそう、ウチやっ!へへェ……」
「ひなちゃん……意識してると思うんだけどなぁ」
「アイツも、思うところがあるんだろ……きっと」
「私はあの子が幸せならそれでオッケーだから。傷つけないでね?」
「……うん、頑張る」
一行を乗せたバスは街の大きな駅に向かい、そこから新幹線に乗って京都駅までいく。
修学旅行の行き先は一日目が京都で、二日目が大阪へ行く。
京都に着くと普段とは違う街並みに、クラスメイト達ははしゃいでいた。
駅構内で説明を聞いた後は班ごとに分かれてバスを使って有名な寺院等を見学しに行くが、真剣に見学している者はごく少数で、大多数の生徒達は友達と旅行に来た事を楽しんでいた。
そして日向もまた、その大多数の一人であった。
「清水の舞台から飛び降りるって言うやん?こんなとこから飛び降りるたら、そら死ぬわな」
「ひーちゃん!見下ろさないで!本当に落ちちゃうから!!」
「お、落ちひんよ……そんな間抜けちゃうよ」
「いーや、ひなちゃんたまにポカやらかすんだから。去年の運動会でも大玉に巻き込まれてたじゃん」
「それ、ともちゃん大笑いしてたやろ!許してへんでぇ!」
「あひゃっ!くすぐったい!あははっ!」
昼食を取ってからは博物館を回ったり和菓子作りを体験したりと、京都を満喫するような流れだったが、どこへ行ってもやはり小学生。
男子も女子もくたくたになるまで遊んで、16時ごろに本日宿泊するホテルへと到着した。
「おぉ、和室や!あの奥の謎スペース好きなんよ……ここでな?コーヒー飲んで、タバコを吸うんがええねん」
「広縁って言うらしいですよ。あと、タバコは、絶っ対ダメですからね?」
「お、おぉう、なんか今日……いっちーに怒られる日ぃやな……」
「ひなちゃんがはしゃぎ過ぎなんだよ。でも、楽しそうでこっちまで嬉しくなっちゃった」
「ウチは、二人と今日一日おれて楽しかったわぁ。いっぱい写真も撮れたし、良い思い出なんなぁ」
持ってきたデジカメのデータを見返して一日を振り返ってみると、三人での写真ばかりで修学旅行というよりかは、ただの旅行に来ているみたいだ。
家を出発する時、修学旅行というだけであそこまで楽しみだった理由が、目の前のカメラに映っていた。
「ウチは……二人と友達なれて、ほんまに嬉しいわ……ちょっと照れくさいけど、二人のこと大好きやもん……」
あと一年。一年後、中学校に入学した後、一華に対するイジメを止めるために矢面に立つ。
そうするにあたって、日向は二人のことを遠ざけようと考えていた。
相手がどう出るかはわからない、ただそこに二人がいた場合、完全に標的外に出すことは難しいだろう。
それならば一旦遠ざけてしまえば、相手は自分に注目するだろう。
全てが終わってから話そうとは思っているが、その後二人と今の関係に戻れるかどうかなんてわからない。
そもそもこの計画自体、ちゃんと機能するかどうかも分からない。
でもやるしかない。今度こそ一華を守れるなら、無茶だってやってやる。
だからあと一年、もう少しだけこの二人と一緒にいられたら、それで良い。
「私も、二人のこと大好きですよ。ずっと一緒にいましょうね」
「私も!中学校は一緒だし、何なら高校も……でも、ひなちゃん頭良いからなぁ……私大丈夫かなぁ……」
「ふふふ、ともちゃんやったら大丈夫やで。多分、ウチと一緒の高校ぐらいやったらいけるよ」
実際、一度目は同じ高校に通っていたから大丈夫だ。
夕食を食べ終わると、指定された時間に貸し切られた温泉に入ることになっている。
他人とお風呂に入るのは十歳の誕生日以来の事で、その時は一華と巴だけだったが、今日はクラスの女子全員と入る事になる。
「なぁ、やっぱり……お部屋のお風呂で入ろかなぁって……」
「えー?一緒に入ろうよ。私はひなちゃんと入りたいよ」
「あ、一華ちゃんたちも今からぁ?実里もちょっとしたら来るよぉ」
「桜さん、一緒に入りましょう。ほら、ひーちゃんも!」
これも思い出になるのかなぁ……
そんな事を考えながら、あまり周りを見ないようにして服を脱いで浴場に入る。
最近少しだけ大きくなった胸が恥ずかしくて、大きめのタオルを持ってきた。
「あ、シャンプーやら持ってくんの忘れた」
「あら、私ので良ければ使ってください」
「ありがと。備え付けの奴やとギッシギシになってまうから」
日向は自分のまっすぐな髪の毛を結構気に入っており、出来る範囲でお手入れして綺麗に保つよう心がけている。
洗髪洗顔を終え、体を洗っていると隣に座る桜が、自分の体を見ながら日向に話しかけてきた。
「日向ぁ……どうやったら胸おっきくなるかなぁ?」
「うぇっ?ど、どうやろな……わからんよ……」
「日向は身長の割に結構あるよねぇ。私全然おっきくならないから不安なんだぁ」
「い、いっちー、助けて」
「ふふっ……桜さん、ひーちゃんすっごく恥ずかしがり屋さんなんで、許してあげて下さい」
「そっかぁ、ごめんねぇ」
そそくさと湯船に向かい、隅っこの方で肩まで浸かって温まる。
このままお風呂から上がるまでは皆んなに背を向けながら話せば良い。別に変ではないだろう。
友達通しでも裸を見たり、見られたりするのが恥ずかしい子だっているはずだ。
そうか、そう考えたら自分は別に変じゃない……至極一般的な反応だ。
「日向って可愛いんだねぇ」
「!?」
「めちゃくちゃ可愛いですよ?」
「やめてぇや……」
いつの間にか両隣に来ていた一華と桜が、日向に近づきながら声をかけてくる。
少しずつ隅に追いやられ、とうとうこれ以上逃げ場が無くなると、二人から更に追い詰められる。
「髪もいいなぁ。ねぇ、後で髪溶かしてもいいかなぁ?」
「う、うん……いいよ……」
「普段があんな感じだから、恥ずかしがってるひーちゃん、本当可愛いですよ」
「むぅ、知らんよ……」
何だか前一緒にお風呂に入った時もこんな事があったような気がする。
少し早いけどもうお風呂から上がろうかと思っていると、一華が背中をツイっと指でなぞってきた。
「あぅっ…………ッッ」
びっくりした。なんちゅー声出してるんだ。
今まで高い声すらあんまり出したことないのに、急にこんな声……変な気分になるじゃないか。
流石に非難の声を上げようと振り返って二人に向き直ると、一華も桜も目に怪しい光を宿していた。
「大丈夫ですよ……任せてくださいねぇ……」
「日向は何もしなくてもいいからねぇ……」
「あっ…………やめ——」
て、と言いかけたところで二人が飛び込んでくる。
二人からの襲撃は、巴が体を洗い終わり湯船に来るまで続いた。
のぼせ気味でぐったりした日向は、無様にも四つん這いで脱衣所まで逃げることとなった。
ちなみに、言えないようなことは一切していない。
暑い日が続きますねぇ
熱中症気をつけてくださいな




