20.本当の友達
布団の中で聴き慣れた機械音が小さく鳴る。
無視できない倦怠感を感じつつ、脇に刺さる体温計を抜きとる。
霞んだ視界で小さな画面を捉えようと、反対の手で目をこすると、ぼんやりしていた数字がはっきりと姿を現した。
「39.4……さいあく……けほっ」
予想通りというべきか、今日から新学期だというのに風邪を引いてしまったらしい。
調子に乗って雪の中遊び過ぎたか……
布団に包まるろうとも体が震える程の寒気が体を襲い、子供みたいな理由で風邪を引いた自分に嫌気がさす。
「けほっ…ゲホッ……おかあさぁん……お熱高い……」
電話中なのか何か取りに行ってるのか、先ほどまで部屋を訪れていた母からの返答は返ってこなかった。
これだけ熱が高くて体がだるいと、立って歩くことも辛い。
午前中には病院に行って薬を貰って、早く治して学校に行きたい。
「学校…行きたい……ふふっ……こほっ…」
大人が何言ってるんだと可笑しくなって笑ってしまうが、正直なところ、もう自分は今の生活を失いたくないと思ってしまっている。
何かの拍子に元の生活に戻る事や、自分の意識が消えてしまう事を怖がってしまっている。
新しい友達も、また友達になれた人も、女の子として生きている夏野日向に出来た大切な友人だ。
皆んなと、この先もずっと一緒にいたい。
「けほっ…うぅぅぅ……」
全てを打ち明けた時、皆んなは受け入れてくれるだろうか?
体調が悪くて、弱気になってしまっている。
今はとにかく、風邪を治す事に専念しよう。
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幼馴染のともちんと始業式の話をしていると、一ノ瀬君が朝のHRの5分前に教室の扉を開いた。
普段より遅い時間の登校に、何となく理由を察しつつも、挨拶と一緒に尋ねることにする。
「一ノ瀬君おはようございます……もしかして、ひーちゃん…」
「おはよ。うん、風邪だって。陽子さんから電話あった」
風邪と言われ、昨日の雪合戦を思い出す。
そりゃあんな寒空の下、あんなに濡れ鼠になってたら風邪を引くのも頷ける。
神社からは自分の家の方が近かったから、多少強引にでもお風呂を貸してあげるべきだった。
カラッとした性格の割に結構体調を崩しやすい彼女は、何となくお世話をしてあげたくなるような存在だ。
「あちゃー、やっちゃったなぁ……私が誘ったから…」
「いや、帰り道でも言ってたぞ、楽しかったって。あの後も雪玉投げてきたし」
「ふふふっ……ひーちゃんのそういう子供っぽいところ、可愛いですよね」
大人っぽい一面と子供っぽい一面があって、頼り甲斐があるのに、時折見せるデリケートなところも、皆んなが彼女を放っておけない要因だろう。
かくいう私もその1人で、弱っているひーちゃんを見るとこう、グッとくるものがある。
初めて出会った時、私は彼女に男の子の様な印象を受けた。
なぜそう思ったのかは分からないが、おそらくあの目だと思う。
あの日見た彼女の瞳は、まるで迷子の男の子の様な目をしていたから。
次に、私と目が合った瞬間に逃げ出した彼女を見て、助けになりたいと思った。
彼女には、何か抱えているものがあって、それに一生懸命向き合おうとしている。
だからだろう、健気な彼女を助けたくなるのは。
「いっかちんはホントひなちゃん好きだよねぇ、幼馴染としては?ちょっと妬けちゃうなぁ」
「そう言うともちんも、ひーちゃんのこと大好きじゃないですか」
「あはは……あの子、放っとけないしさ」
ともちんも私も、彼女のことが大好きで、この先もずっと一緒にいたいと思う。
そんなひーちゃんは、ごくたまに、私を特別な目で見る事がある。
恋愛のそれでは無く、もっと何か、守られているような、後悔しているような、色々な感情を織り交ぜた表情。
あの顔を他の人に向けているのを見た事がないので、おそらく私にだけ向ける特別な感情があって、彼女が抱えているものと、何か関係があるのだと思う。
それが何にせよ、私はそれを嬉しく感じる。
彼女にとって、他の人には無い何かを私は持っているのだと思うと、やっぱりちょっと嬉しいから。
一ノ瀬君がひーちゃんを好きになったのも頷ける。
私も男の子だったら、彼女に想いを打ち明けるだろう。
「はーい、席に着いてくださーい」
「あ、先生来たね」
明日は来てほしいな。
このクラスにとって、ひーちゃんは名前の通り日向のような存在だ。
彼女の周りは暖かく、心地の良い陽だまりのようで、皆んなを笑顔にしてくれる人だから。
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朝のHRが始まり、担任の先生からひなちゃんの欠席が告げられる。
なんでも、39度を上回る高熱だそうだ。
私が誘ったばっかりに、申し訳ない事をしてしまった……次、学校に来た時にはいっぱい謝ろう。
ひなちゃんには、元気いっぱいでいて欲しい。
転校してきた日、扉を開けて歩いてくるあの子の目はキリッとしていて、決意に満ちた目をしていた。
気が強そうでこちらを値踏みするような、それでいて親しみを込めた顔をしていた。
その後すぐ足を引っ掛けて転んだ後に見せた表情は、不安や羞恥がいっぱいで、年相応の可愛い女の子のものだった。
あの時私は、この子と絶対友達になりたいと思った。
席順が前後になった時は嬉しかったし、話しかけたらすごく大人っぽいのに親しみやすくて、すぐ友達になれた。
でも、あんなに可愛いのに女の子っぽくないのは不思議だったなぁ……
髪の毛は綺麗なのに適当に纏めただけで、服装もどちらかと言うと男の子っぽい印象を受けた。
勿体無いような気がして三つ編みにしてみたら、照れ笑いしながら喜んでくれて、2人で色んな髪型にして遊ぶようになった。
「ふふふっ……」
「ともちん?どうしたんですか?」
「いや、ひなちゃん来たらさ……どんな髪型にしようかなって」
あの子が喜んでくれるから、色んな雑誌読んだり自分で練習するのも前よりずっと好きになった。
ひなちゃんと接してるうちに、私自身良い方向に変われているようにも思う。
最初はお姉さんみたいに思っていたけど、折れそうなほど弱っている時もあって、支えてあげなきゃって思わせる妹の様な存在。
誕生日にお泊まりした日、飛び起きたひなちゃんは、心が折れそうになっていたけど、それはひなちゃんが弱いからじゃなくて、抱えているものが大きすぎるからだと思う。
あの日から、できる限りこの子の支えになろうって決めたのだ。
普通だったら、面倒くさいって距離を置いて離れていくような事かもしれない。
それでもひなちゃんの側に居たいのは、きっとあの子が私達を大切に思ってくれてるからなんだろうな。
「さあ、じゃあ今日は久しぶりにいっかちんの髪で遊ぼっかなぁ」
「えぇー?クセっ毛だから戻すの大変なんですよぉ」
大切な友達の悩み。
いつか話してくれる日が来た時は、一緒に悩んで一緒に向き合えるように、私はもっと成長したいと思う。
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「一ノ瀬君、ちょっといい?」
「はーい、なんですか?」
「これ、夏野さん休みだったから…予定表とか時間割とか、届けてあげてくれる?」
「あ、なるほど。わかりました」
ひなの家に行くの、久しぶりだな。
ギクシャクしてた期間もあったし、そういえば半年以上ぶりだ。
自然に囲まれてて、ブランコがあって、なんだか物語に出てきそうな雰囲気の家。
昨日はあんなに元気だったのに、アイツ結構体調崩す事おおいからなぁ……
「一ノ瀬君、ひなちゃん家行くんだよね?昨日誘ってごめんって言っといて!」
「大丈夫だと思うけどなぁ……まあ一応言っとくよ」
「ありがとね!ひなちゃん寝てても……変な事しちゃダメだよ?」
「馬鹿じゃねぇの!するわけねぇだろ!」
「じゃあねー!また明日!」
「一ノ瀬君、さようなら」
「あぁ……また明日……」
柊の奴が変なこと言うから……変な事考えちまうじゃねぇか……
意識し出したのは5年生になって少ししてから、最初は周りの目を気にして、女子と一緒にいる事が恥ずかしい事なんだと思った。
その後、付き合ってるわけじゃ無いのに周りに誤解されて、改めてひなを見た時にはっきりと自覚した。
我ながら最低の思い出だけど、アイツのおかげでもう一度友達に戻れた。
迷惑かけて、ひなに助けられて、何か返せるものはないかと聞いたら、沢山貰ったから友達で居てくれたらそれで良いと言う。
優しいから好きになったわけじゃない。
ひなには何か、不思議な魅力がある。
大人っぽいのに子供っぽい、思慮深いようで直情的、開けっ広げなようで、何か大きな秘密を抱えている。
ひなの予想がよく当たるのは、おそらくまぐれなんかでは無い。
裏で何かやってるのかと思ったがそんな様子も無く、初めから何が起こるかわかってるかのような行動をする。
「ヨモギの時のあれ……ほんと、どう言う事なんだ?」
まるでヨモギがいた池に、除草剤が入れられる事を知っていたかのような一連の動き。
最後は、机の下でガッツポーズまでしてた。
本当に、アイツ未来人なんじゃないか……
「ふふっ……ありえねー」
なんにせよ、最初っから今日に至るまで、ひなは他の人とは違うちょっと変わった奴だ。
変人を好きになってしまったし、苦労しそうだなぁ
「っと…ほんと、久しぶりだな」
何度もお邪魔させてもらったこの家に、久しぶりなのと、好きな人の家だという両方の理由で緊張しながらインターフォンを押す。
「はいはーい、あらま、ハル君やんか!久しぶりやなぁ」
「お久しぶりです」
「ひなちゃんと喧嘩してたんやろ?仲直り出来てよかったわぁ。まあ、入って入って」
快く受け入れてくれた陽子さんは、ひなが自室にいる事を教えてくれて、ついでに声を掛けてあげてと言われた。
2階の最奥の扉、また少し緊張しながらゆっくりドアを開ける。
「ひなー、体調どうだー?」
返事が返ってこず、顔を覗かせるとベッドで少し眉を顰めながら寝苦しそうにしていた。
「けっこう辛そうだな……冷却シート…張り替えるか」
頭に貼ってある冷却シートはカピカピになっていたので、新しいものに張り替える。
しばらくすると、先ほどよりは少し穏やかな寝息を立て始め、強張った表情も楽なものへと変化した。
「明日は学校来いよ…あ、後柊が謝ってたぞ」
起こさないように、小声で話しかける。
早く元気になって、悪いけど朝起こしに来てくれ。
「…………お前の事好きだ」
なんて、真剣に言ったのは初めてかもしれない。
ダメだ、急に恥ずかしくなってきた。
早くプリント置いて帰ろう。
「つ、机に……ん?」
机にプリントを置こうとして、机に日記帳が開きっぱなしで置いてあるのに気づく。
「コイツ……こういうのはちゃんとしまっとけよ……」
ズボラな奴だなぁと思いながら、日記を閉じて机の隅に寄せると、日記の下から別のノートが出てきた。
「…………人生計画書??」
今回いつもよりちょっと長めになっちゃった。
読んでくださった方、ありがとうございました。




