1.目覚めと混乱
鈍い痛みと共に目が覚めると、白い清潔そうな天井が目に入った。
頭がぼぅっとしており、目だけで周りを見る。
(ここは…病院か…よう助かったな…)
直前の記憶は、死を覚悟するには十分すぎるほどの衝撃と苦しさで、自分の運の良さに関心する。
(あんなん、助かるもんなんか?てか、あれからどれぐらい経ったんや…)
まるでフルスイングのバットで頭を殴られたかのような、数秒の間、意識があったことさえ、奇跡に思えるような衝撃だった。
自分の頑丈さと運の良さに呆れつつも、体を起こそうとしていると看護師さんがやってきて驚いた顔をした。
「あっ!よかった〜!目覚ましたのねぇ!」
「ちょっと待っててね」と言い残し看護師さんはパタパタと部屋を後にした。
とりあえず、現状を把握したい。
体を起き上がらせようとしたが、痛みが邪魔をする。
体は…少し動く、手足は鉛のように重たいが自分の意思で動かせる。
違和感が1つ
声は…出せる、試しに少し声を出してみたがしばらく眠っていたからか、喉はガサガサだが喋れない訳ではない。
違和感が2つ
もう一度体を起こそうとする
いや、違和感如きではない。
今この体は経験したことのない、あるいは自分の体では無いかのような奇妙な感覚がある。
夢では無さそうだ。
エアコンの吹き出し口から出る風が、肌を掠めて冷やすのも、隣のベッドの患者が本をめくる僅かな音。
それらが現実のものだと五感や経験から理解し、違和感では収まらない事が、この身に起きていると分かってしまった。
「何やねん…これ……」
重く持ち上げた手は細く小さく、絞り出したガサガサで声も高く、どう見積もっても子供のものとしか思えない、頼りないものであった。
「子供……?俺…?どういうこと?」
自分が置かれてる状況が把握できない。
(考えろ、どういう状況や?体が子供みたいになる病気?そんなんあるか?ていうか2人は…)
自宅のベッドを思い出す。
直前までの記憶と現状、頭が混乱している。
リアルな夢であって欲しい。
しかし、どれだけ体を掻きむしっても、思い切り腕に爪を食い込ませても、悪夢から覚めることは無かった。
(くそっ……)
ぐらりと視界が揺れて視界がぼやける。
不安と混乱とどうしようもない現実に胸を押しつぶされ、ぐぐっと奥歯を噛み締める。
(2人は…どうなったんや……もし、俺が襲われたんやとしたら…2人も…)
「ひなたっ!」
自分の名前を呼ぶ大きな声で、混乱した意識を持っていかれる。
そこには、母親の夏野陽子が息を荒げて立っていた。立っていたのだが…
「えっ?」
(若くない?若作り過ぎない?今年で52歳やぞ?)
駆け寄ってきた母を間近で見るが、どう見ても20代後半から30代にしか見えない。
元々童顔ではあるが、それでもここまで若く見せることは容易では無いはずだ。
「ひなちゃん!どれだけ心配したか!もぅ〜!」
母は涙を流しながら手を握り、その手を頬に当てた。
日向は、窓の外から聞こえるのセミの鳴き声を聞きながら自分の手を頬に当てる、この光景を見た事があった。
母がこうして心配してくれた事を鮮明に覚えている。
(もしかして…タイムスリップ?タイムリープ?したんか……?)
古い記憶。確か小学校3年生の夏休みの誕生日翌日、姉と一緒に木登りをして遊んでいたのだ。
その時、足を滑らせ4メートル程落下し、コンクリートで頭を強打したのだ。
頭から血を流し息もしていなかったが、なんの奇跡かその日のうちに意識を取り戻し普通に会話をしていたはしい。
今だに実家に帰ると、話題に上がるような事故。
その時点に、頭を打った瞬間にどういうことか時間が戻ったのかもしれない。
「ご、ごめんお母さん…心配かけて…」
「ううん、おっきい声出してごめんなぁ…でもやっぱり心配したわぁ…」
どういう理由で過去に戻ったのかはわからない。
もしかすると、今が現実で今まで見て来た人生が夢だったのだろうか?
考えが纏まらないし、意味も分からない。
ゆっくり考える時間が欲しい。
「お母さん、先生が来ました」
「あぁ、お願いします」
恐らくこれから検査を行うのだろう。担当してくれてる主治医であろう、妙齢の医師が部屋に入ってきた。
しかし、検査の前に下半身がムズムズしだした。
「お母さんごめん、先におトイレ…」
「そかそか、立てそう?無理しやんといてなお…」
「ふっ…ぐっ…いや、ごめん、ちょっと動けへんかも」
「まだ動かない方がいいですよ、尿瓶使いましょう」
尿瓶は…恥ずかしい…
看護師さんは慣れてるかもしれないが、こちとら尿瓶初体験である。
ベッド脇にいる母に「見やんといて」。
主治医の指示で看護師さんが尿瓶を用意する。
ベッドの脇に掛けてあったようだ。
(ん?尿瓶ってあんな形やっけ?)
看護師さんが「ズボンと下着下ろすね」と慣れた手つきで脱がしてくれた。
嫌な予感がした。
小さくて感覚が無いものだと、子供の体ってこんなもんだったかと。
目を逸らしていたのかもしれない。
そんなはずがないと、パンツを下ろしたら可愛いながらもアイツが…
無い。
「どぅわぁぁぁぁあああああぁ!!?!?」
「ひなちゃん!?」
「ひなたちゃん!?急にそんな動いたら!」
この日、女の子として初めてあげた悲鳴は、それはそれは女の子とは思えない、ガサガサの声のおじさんのような悲鳴であった。
尿瓶は失敗した。
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「ほぁ〜」
「そんな自分の顔見てどうしたんよ…」
「いやぁ〜これはちょっと…」
「何か変に見えるん?」
「変というか…自分に見えへん…」
あの後、ひと通りの検査を終えてから、母に手鏡を借りて自分の顔をまじまじと見る。
記憶の中の幼少期の自分とは異なる、可愛いらしい少女が映っていた。
面影が無いというほどでは無いが、明らかな別人だ。
「そんなに変には見えへんけど....」
「この顔はお母さん似やなぁ…なかなか別嬪さん?」
「嬉しいけど…ひなちゃんどしたん?なんか、ちょっと…変やで?」
「別人みたい」そう言われた気がした。
ハッとして母の顔を見る。
泣き腫らしてしまった目と顔色から、相当心配をかけたことがうかがえる。
あまりにも現実離れした現状に他人事のように感じてしまっていたが、自分の子供が死にかけて病院に運ばれたのだ、これ以上心配をかけるわけにはいかない。
「ご、ごめんなさい…えっと…」
「謝らんでええよ…落ち着いたらええから、今はゆっくりしとき?」
(しまったなぁ…気を使わせてしまった)
目の前にいる人は紛れもなく自分の母親だが、それはあくまでこの世界の夏野日向の母親なのだ。
自分では無い夏野日向を心配するこの人に申し訳ない気持ちになってしまい、他人行儀ような空気が流れてしまう。
(これからのこと、考えやんと…)
そんな空気から逃れるように、先の見えない問題へと思考を巡らせる。
自分のこと、この体のこと、何もかも不鮮明で暗い気持ちになる。
全部、無かった事にならないだろうか?
なんとなく淡い期待だと理解しつつ、そう願わざるを得ないほどに、どうしようもない問題が山積みだった。
だいたい1話3000文字前後で書いていこうと思っておりますので、お暇つぶしにどうぞ




