16.日向の秋
街が遠ざかりトンネルを抜けると景色は一変し、まるで錦鯉が泳いでいるかのように紅く彩られた山の麓。
10月中旬、本日は宿泊研修当日、バスに揺られて向かうのは市が運営している少年自然の家だ。
こんな素晴らしい景色を何故忘れていたのだろうか?
それとも感性が大人になった今だから楽しめる景色なのだろうか?
そんな事を考えながら日向は、車窓に張り付いて外に広がる秋を楽しんでいた。
「ほぁぁ……山の方は紅葉すんの早いねんなぁ」
「ひーちゃん、次ひーちゃんの番ですよ」
「あぇ?えっと……なんやっけ?」
「くろね『こ』です」
「えーっと…厚生年金……あ、『ん』ついてもた」
なんだよそれ!
夏野ちゃんとやれよー!
「うぅ……ごめんごめん!はいっ!次しりとりの『り』!」
ぼーっとして適当に答えたらクラスメイトからの非難が飛んできた。
こんな綺麗な紅葉、そう見れるものでも無いし、クラスの皆んなも外の景色を楽しめばいいのに。
日向は次の順番が来るまでの間、紅と黄色に点滅する外の景色を眺めて目を輝かせていた。
宿泊先は歴史を感じさせる……と言うよりかは手入れをしていない古びた建物といった具合だ。
全員で施設の職員に挨拶を済ませると、各々の班に別れて部屋に荷物を置いて、ハイキングの用意をして集合することになった。
部屋割りは出席番号順なので一華と巴ともう1人、宮崎桜が同じ部屋になった。
「いやぁ、3人と同室なの光栄だわぁ」
「ごめんな宮崎さん。気ぃ使わんでええからね」
「桜でいいよぉ、こちらこそ気使わなくていいよ、よろしくねぇ」
桜は実里とよく一緒におり、小学校入学からずっと同じクラスらしい。
日向達とも実里を通じて一緒になることはあったが、しっかり喋るのはこれが初めてかもしれない。
ボロの外観とは打って変わって部屋は掃除が行き届いており、寝泊まりするのに不便は無さそうだ。
記憶の片隅にあった部屋と、ほぼ変わりない配置に懐かしさを感じる。
他の班が部屋を出ていく音を聞き、日向達も慌てて集合場所へと向かう。
「今からハイキングして、お昼ぐらいに帰ってきてカレー?」
「みたいだねぇ、カレーってこの班で作るのかなぁ?」
「いえ、男子の班と一緒に作るみたいですよ。しおりに書いてました。」
集合場所には既にほとんどの人があつまっており、日向達は急足で自分のクラスに合流した。
簡単な注意事項とハイキングをする目的などを聞いた後は、ゾロゾロと班ごとに固まって歩いていく。
しばらく坂道を歩くと山に入り、また紅葉があちらこちらに見えて、日向は嬉しそう小走りした。
「おぉー、やっぱり街中じゃ見れへん景色やなぁ!綺麗な葉っぱ持って帰ろ」
「バスの時からずっと見てましたもんね。はしゃいでるひーちゃんも可愛いです」
「むっふふー、ウチ夏生まれやけど秋がいっちゃん好きやねん!過ごしやすいし食べ物もおいしい!」
落ち葉をたくさん集めて頭上に放ると、ひらひらと紅葉が舞い散り小さな帳をつくる。
微笑ましい光景に、クラスメイト達も同じように落ち葉を集めて空に投げると、そこかしこで落葉シーズンのような光景が広がる。
風情ある景色の中、日向はひらめく紅葉を見て、ふと季節に想いを馳せるように呟いた。
「秋…………」
「……ひなちゃん?」
巴も同じように遊んでいると、不意に日向が佇んでいるのが目に入る。
皆んなと一緒に舞い散る木の葉を楽しんでいたのに、立ち止まって何か物思いに耽っているような様は、巴には寂しそうにも見えた。
「秋は………食欲の秋やな!はよ終わらしてカレー作んで!」
「ま、待ってぇ…アタシ体力ないのよぉ」
「ほら桜さん、頑張りましょう」
哀愁漂う背中は気のせいだったのか、はたまた何かを振り切るように走り出したのか。
日向が見せる笑顔に、先程の寂しさはもう感じなかった。
「……あ、待ってよ!置いてかないで!」
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「むっ……んぎっ……」
「夏野野菜切るの遅せぇー」
「やかましいわ!手ぇちっちゃいから包丁握りにくいねん!」
無事、山頂までのハイキングから帰還しした一同は、教師からの指導のもと男女混合の班でカレー作りを始めていた。
この身体になって初めて包丁を握ったのもあり、危なっかしい手つきで野菜を切り分けていた。
(野菜切るんだけは上手かってんけどなぁ…)
「ひーちゃん、私替わりますよ」
一華が交代を申し出て来たので任せてみると、手際良く野菜が切られていく。
なんとなく納得できないまま他の作業を探すが、皆んなお腹が空いているからか協力し合って全ての作業が回っており、日向は手持ち無沙汰になってしまった。
「えーっと、なんか……」
「うーん……あ、そうだ。ひなちゃん追加の炭取ってきてくれる?お米の方ちょっとだけ足りなくて」
「っ!!任しとき!極上モン取ってくるから!!」
役割が出来たので上機嫌になり、炊事場から少し離れた場所まで急いで炭を取りに行く。
担任に事情を話して段ボールに炭を詰め込むが、いざ抱えると視界が悪くなってふらふらと歩き出す。
案の定少し戻った所で、足元の大きな石に気付かず蹴躓いて盛大に転んでしまった。
「だぁっ!」
「おわっ…」
「痛ったぁ………あっ……」
怪我こそしなかったものの炭をぶちまけたところ、同じように段ボールを持った春樹が通りかかった。
春樹は少し目を泳がせたあと、日向がばら撒いた炭を一緒に拾ってくれた。
「あ、ありがと……」
「うん………」
「「…………」」
話しかけるなら、今かもしれない。
「……なぁハル、ウチな…もうそんな怒ってへんよ……」
「……」
「気にして無いって言ったら嘘やで……?でも、お互い…距離感大事にしてな……」
「………うん」
「ハルが怒ってんねやったら……ちゃんと謝るからさぁ……普通に、友達としてさ……」
「それは……無理だろ。俺たち、男子と女子だし……もう……」
「…………なんやねんそれぇ」
深い悲しみと、それを上回るような大きな怒りで心がいっぱいになる。
日向が勢いよく胸ぐらを掴むと、まるで同い年の男の子が掴みかかってきたかのような迫力に気圧されながら、春樹は目の前の少女を見た。
「男とか…女とか、どうでもええわ!!お前は性別で友達選ぶんか?屁理屈並べんな!!目の前の俺を見ろよ!!夏野日向を!!!」
「ッッ…………!」
お互いに吐息がかかるような距離で日向が吠える。
炊事場で作業をしていたクラスメイト達が一斉に手を止めて、2人に視線を止める。
教員達も2人の仲裁に入ろうとこちらに近づいてきた。
「お前はどうしたいんや?男でも女でも無く、お前は」
「…………」
静寂の中、日向も春樹も自分達の息遣いと、うるさいほどの鼓動の音しか聞こえないかのような時間が流れる。
そして、春樹は日向から目を逸らして何も言わなかった。
「っ……………さいですか」
パッと突き放すように手を離すと、日向はその場にへたり込んで顔を隠すように俯いた。
「あ…………」
「ええよ……もう無理に絡まへんから」
「ごめん………」
「……あっち行ってや……そんでっ、もっ…もう、ぅ、ウチにか、関わらんとい゙てよぉ……」
本当は普通の友達なんて嫌だった。
嬉しいことも悲しいことも酒の肴にして、一緒に馬鹿なことして、一緒に夜を明かして……
もう一度、そんなかけがえのない親友として一緒にいたかった。
自分から突き放したのに胸が痛くて、これ以上辛い思いをしたく無くて、止まらなくなった涙を誰にも見せないように、両手で顔を隠した。
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「…………」
どれほど経ったか、部屋のベッドに寝そべってぼぅっとしていた。
寝転がって少しは考えが纏まるかと思ったが、ただ何も考えていない時間だけが過ぎていく。
「フゥ……」
何度目かもわからないため息をついて、久しぶりに意識が覚醒したような感覚になる。
ほんの少し開いた窓から夕陽が差し込んでおり、部屋をオレンジ色に染め上げている。
ベッドから出て窓を開くと秋風が部屋を満たし、淀んだ空気を外へと押し出す。
「綺麗やなぁ……秋」
窓の外は夕焼けに赤く照らされた山々がより一層綺麗で、まだほんの少しだけ心を動かしてくれた。
思ったより長くなっちゃったので2話跨いでのエピソードになりますです。




