15.一方の気持ち
今週に入り、やっと茹だる様な暑さが鳴りを潜めたと思ったら、今度は10月とは思えない程の肌寒さとなり、布団から出るのが少しだけ億劫となった。
時刻は6:30を少し過ぎた頃、11歳になった日向は足りない身長を補うため、踏み台に乗ってキッチンに立っていた。
「お母さーん、塩胡椒切れてるわー。新しいのどこー」
引き出しの2段目に入れてるー!
2階の寝室から慌ただしい様子で返答が返ってくる。
母の陽子が今日からパートに出るという事で、初日という事もあり、朝食の用意を日向が請け負っていた。
「ひなちゃんありがとうなぁ、慣れたらちゃんとするからな」
「無理せんでええよ。こんぐらいは出来るから」
簡単なサンドイッチを3人分作って食卓に並べる。
父は既に家を出ており、母と姉との3人で情報番組を見ながら朝食を食べ始める。
「あ、美味しいなぁ。目玉焼き失敗するかと思ったのに」
「こんぐらいやったらなんぼでも。チャーハンぐらいやったら作れんで」
「調理実習でチャーハンなんか作ったっけ……?」
夕陽が小学生時代の調理実習を思い出して疑問を抱いているが、小学校でやる調理実習はせいぜいスクランブルエッグぐらいのものだ。
大雑把な料理なら、前世の経験で作れるようになった。
「そういや昨日、買い物行ってたら百合子ちゃんと会うたで」
「ほーん、元気にしてはった?」
「元気やったけどめっちゃ謝られてなぁ……まだハル君と喧嘩してんの?」
あの日以来、春樹とはまともに会話していない。
半年近く経っていて未だにお互い声を掛けないのは、もはや意地の張り合いになっているからだと思う。
少なくとも日向は、春樹が謝ってこない限り自分から話しかけるつもりは無い。
「ふんっ!ウチ悪く無いで。アイツが男女って言ったん忘れてへんし。謝りもせんねんで、アホや!」
「私はてっきりハル君の事好きなんやと思ってたけどなぁ」
「好きやで?友達としてな。ウチもアイツも距離感測り間違えたんよ……それよりお母さん、そろそろ出なアカンのちゃう?」
「いや、ほんまや!ご馳走様!お皿ごめん!いってきまーす!」
「ごちそうさまー。ひな、私もそろそろ出るから鍵お願い」
まだ出発まで時間がある日向は、朝食で使っていた食器を片付ける。
水ですすいだ皿を食洗機に入れていると、リビングの方から「一方的な意見ですねぇ」と声を掛けられ手を止める。
テレビを見ると、知らないコメンテーターが芸能人のスキャンダルについて議論していた。
小さくため息を吐いて、再び皿を洗うため手を動かす。
一方的なものか、男女の友達として適切な距離を、自分達は測り間違えただけだ。
むしゃくしゃしながらも食器を割らないように片付けて、日向も学校へ行く準備を始めた。
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来週に宿泊研修を控えた5年生は、各々の理由でソワソワしていた。
単純に楽しみにしている者、集団行動が苦手な者、異性との外泊に緊張する者。
様々な思惑が混在する中、日向は何処に属するのかというと、単純に楽しみにしている者である。
「いっちーとともちゃんとお泊まりやぁ、結構久しぶりちゃう?」
「だよね!夜はキャンプファイヤーだって!男子と踊るのちょーっと緊張しちゃうなぁ」
「ともちんもお年頃ですねぇ。私はカレー作りが楽しみです」
「だってさぁ……手繋いで踊るんだよ?ロマンスじゃん!どーしよ!」
巴が、日向の髪の毛でお団子を作りながら、ロマンスとやらに想いを馳せていた。
日向はうっすらと記憶にある程度であまり覚えていないが、体育で練習させられてる小っ恥ずかしいダンスをキャンプファイヤーで踊ったのは覚えがある。
女子と手を繋いでダンスを踊るのは、思春期の男心には刺激が強かった。
「おはよ」
「おー、健人……って髪どーしたんよ!真っ黒になってもうて!」
「いや、元々黒いんだよ。藤宮が金髪はやめろって言うから戻したんだよ……」
「金髪だと怖いじゃないですか。黒の方が自然ですよ」
「おぅ……」
夏休み前の出来事以来、一華と健人は少しずつ会話をするようになっていた。
というのもあの日、男子から無遠慮な口撃を受けた際、間に入って止めてくれた内の1人だという事を一華にも話すと、少しだけ健人の事を見直したようで、今では2人だけで話しているのを見る事もあるのだが、これは……
「ひなちゃん、青葉君ってさぁ…」
「しー!ありゃ健人の片想いや。ゆっくり見守ってあげるんや」
2人で健人にニヤニヤとした笑みを向けていたら担任が教室に入ってきたので、それぞれの席に戻る。
日向は窓際後ろから2番目の席で、前の席に巴がおり、その右に一華がいる。
時計をみると8:23となっており、あと2分でHRが始まる。
窓の外を見ながら小さくため息をこぼした時、ガラっと音を立てて扉が開き、大粒の汗をかいた春樹が入ってきた。
「一ノ瀬君、今日もギリギリですよ。はいっ、席に着いて」
「ハァ…ハァ……ふぅ、すいません」
春樹が近くの席に座る際パチっと目が合うが、気まずそうに目を逸らされる。
ここ半年程は、こんな感じだ。
日向としては、ただ普通の友達として付き合えるならそれでいいと思っている。
少し寂しい気もするが、それが春樹との適切な距離感なら友人として一緒にいたいのだが、これでは話をする事も出来ない。
「仲直り、まだまだかかりそうですね」
「……もう知らん!」
「ひなちゃんも頑固だからねー」
正直なところ、意地を張りすぎて今更どんな顔して声を掛けていいかも分からない。
一言謝るぐらい、してくれてもいいじゃないか。
日向はもう一度、今度は大きなため息を吐いて、頭のお団子を解いた。
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給食の時間、今日は日向が放送委員会の担当日で、教室では無く放送室で給食を食べる日だ。
同じクラスの武田草太と適当に給食の紹介をした後、持ち寄ったCDを放送で流したら掃除の時間を知らせる放送まで給食を食べて過ごす。
「日向が持って来るCDっていつもセンス良いよね。流行ってる曲とかじゃ無いけどかっこいいよ」
「流石やなそうちゃん!このバンドめっちゃええんよ。まだ小っちゃいライブハウスでしかやってないけど、ぜーったい売れるから!」
「今日また借りていい?なんかね、日向のCDお父さんも楽しみにしてるんだ」
前世でも勿論面識はあったが、そこまで話す事もなかった草太だが、委員会が一緒になって話す内に仲良くなった。
草太の家は音楽一家らしく、本人もピアノを習いに行っているらしい。
「お父さん昔バンドやってたらしくてさ、最近またギター弾き出したんだよ」
「へぇー、確か楽器屋さん勤めてはったよな?ギターやってはんねや……ウチも弾けんで」
「えっ、ギター弾けるの?意外だね」
「しばらく触ってないけどなぁ、クリスマスにでも買ってもらおかなぁ」
「……あ、サンタさんに?サンタさんってあれ、買ってきてくれてるんだ」
「おっ……おぉう、うん、せやせや。そうちゃんの所にも音楽好きのサンタさん来たらええなぁ」
そういえば自分がサンタの正体を知ったのは小学4年生の頃だった。
なら、5年生で気づいてない子供がいてもおかしくはない。
危うく武田家の努力を木っ端微塵にする所だった。
しばらくするとチャイムが鳴り給食の時間が終わる。
ピタッと会話を止め目配せをし、少しの緊張を乗せながらマイクのスイッチを入れる。
「こんにちは、放送委員会の夏野です。皆さん、給食は残さず食べましたか?これより、掃除の時間となります。担当の場所を確認して、学校を皆んなでピカピカにしましょう。それでは、よろしくお願いします。」
あらかじめ決められた文言を読み終えると、静かにマイクのスイッチを切る
「ふぃー」
「ふふふっ…お疲れ様。やっぱり日向の標準語って面白いね。笑いそうになるよ」
「これ結構恥ずかしいねんで?笑わんといてぇな」
初めて校内放送をした際、いつも通りの喋り方で放送したら、教師から笑いながら「内容が入ってこない」と言われてから標準語で放送するようにしている。
それでも、所々イントネーションが変なのかも知れない。
その後、掃除終わりの放送を草太がして教室に帰る。
2人で先程の話しの続きをしながら廊下の角を曲がると、教室から出て来る春樹とばったり会ってしまった。
「「あ…………」」
少しの間目が合ったが、春樹は草太の方へ視線を逸らしてそのまま日向の横を通り過ぎていった。
「なんやねん……もう………」
「日向……春樹、いい奴だよ」
「うん……知ってる…」
このままだと、永遠に和解できないままそれぞれの人生を進むかも知れない。
人生の大半を一緒に過ごした友人を失うことになる、そう思うと日向は心にぽっかりと、ほの暗い穴が開くような気持ちだった。
平日は書く時間がねーのです。
でも夜中にコツコツ書いております。




