第16話「二人で十分だ」
第16話「二人で十分だ」
ギルドマスターの執務室は、広かった。
マリアはその広さの中で一人、正面の椅子に座る老人を見た。ハーヴェイ・ロックという名の、青と緑のギルドマスター。三十年この街の均衡を保ってきた人物。今この瞬間、マリアを信用していない目をしていた。
「あなたが私を信じていないのはわかっています」マリアは言った。「ただ一つだけ確認させてください。走者の候補は他に誰がいますか」
老人は答えなかった。
「エルマーが消えた。私を幽閉した人間がいなくなった。候補者の名前を教えてもらえなくても、今あなたの顔を見ればわかります」
老人の眉が、かすかに動いた。
「迷路のルートがあります」マリアは続けた。「全ルートの地図が、今ここに」——自分の頭を指した——「入っています。どこから入手したかは言えない。しかしこれを持つ走者と持たない走者では、生存率が違う」
「信用できない情報だ」
「では私を走者にして確かめてください」
沈黙が落ちた。
老人は長い間、マリアを見た。マリアは目を逸らさなかった。
「マブイの使役権は返さない」老人はやがて言った。「幽閉の件の調査が終わるまで、それは変わらない」
「構いません」
「一人で行け。ギルドのサポートも出さない」
「わかりました」
マリアは立ち上がり、礼をして部屋を出た。
廊下に出た瞬間、壁に手をついた。膝が笑っていた。強がっていた分が、一度に来た。
それでも、前に進んだ。
レースの会場は、街の中央広場だった。
五つのギルドの旗が翻っていた。各ギルドの走者が、それぞれの陣営に囲まれていた。黒と赤の走者は甲冑姿の兵を十数名従えていた。学術評議会の走者は術式を刻んだ石板を抱えた補佐官を四人連れていた。審判者ギルドの走者は沈黙の中に立ち、その周囲だけ空気が違った。
その中に、マリアは一人で立った。
誰も近づかなかった。見られていた。「ギルドに見放された幹部」という情報は、すでに広場全体に回っているようだった。
そこへ、蒼介が駆けてきた。
「間に合った」
息を切らしながら蒼介は言った。マリアは彼を見て、一瞬だけ目を細めた。
「来なくていい」
「来たくて来た」
「私はマブイを剥奪されてる」マリアは言った。声を低くしたのは、周囲に聞かれたくなかったからだ。「ギルドの力もない。本当に何もない状態で走ることになる」
「知ってる」
「あちらを見て」マリアは顎で示した。「全員チームで来ている。兵隊を連れてる。私たちは二人だけよ」
蒼介はそちらを一度だけ見て、それからマリアを向いた。
「オレたちは彼らより賢くて知識を持っている」
「……それだけ?」
「おまけに見た目はずっとイケてる」
マリアは笑いそうになって、笑わなかった。笑ったら負ける気がした。
蒼介は声を落として続けた。
「迷路のルートは全部頭に入ってる。どこに罠があって、どこが安全か、全部。お前のマブイがなくても、俺の目がある。それで足りる」
マリアは手を握った。
反射的に、マブイを集めようとした——何も来なかった。手のひらが、空だった。三年間、使い続けてきた力が、そこにない。その感触は何度確認しても、慣れなかった。
しかし蒼介が隣にいた。
「問題ないよ」彼は言った。「二人で十分だ」
号令は、アランベルベルドという男が告げた。
どのギルドの紋章も身につけていない、長身の走者。司会と走者を兼ねているという奇妙な立場の男は、広場の中央に立ち、五つのギルドを順番に見渡してから口を開いた。
「各走者は迷路に入り、終点の王宮に最初に辿り着いたギルドが迷路の栄冠を手にする」
声が広場に響いた。
「ただし」
男は一拍置いた。
「生きて辿り着いた者だけが、走者として認められる」
静寂が落ちた。
蒼介はその男を見ながら、テレパスとして表層に触れた——壁があった。厚い、訓練された壁。何も読めなかった。この男もまた、普通ではない。
「では」アランベルベルドは言った。「始め」




