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蒼の魔術士  作者: 水前寺鯉太郎
第一章

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第15話「評決の刻」

 第15話「評決の刻」


 王宮は、静かすぎた。

 始まりの街の中心に位置するその建物に、蒼介は迷路の終点として辿り着いた。門番はいなかった。鍵もなかった。まるで最初から、誰かが来ることを知っていたかのように、扉は開いていた。

 中に踏み込んだ瞬間、テレパスとして感じた。

 この建物に、意識の「重さ」がある。人の思考の気配ではなく、もっと古いもの——街全体のマブイの流れが、この一点に収束している感触。迷路の道筋を頭の中で辿り直した。各ギルド門から門へと続いていたルートが、ここへ、この部屋の中心へと向かっていた。

 床の中央に、石盤があった。

 五つのギルドの紋章が刻まれていた。そして紋章の外側を囲むように、文字が走っていた。古い言語だったが、テレパスとして石に触れた瞬間、意味が流れ込んできた。

 蒼介は読んだ。

 読みながら、息が止まった。

「理解できたようだな」

 声がした。

 柱の影から男が現れた。執行官、と名乗った。年齢は読めなかった。ギルドの紋章も、軍団の外套も、どの勢力の色も身につけていなかった。

「石盤に書いてある通りだ」男は言った。「五つのギルド全てが迷路の試練を超えたとき、掟は再構築される。ジャックが作った秩序が、新しい形で息を吹き返す」

「超えられなかった場合は」

「至高の評決が発動する」執行官は天井を見上げた。「全管区を、均す」

 蒼介も天井を見た。石造りの天井の、最も高い場所に、砂時計に似た構造物が嵌め込まれていた。砂ではなく、光が落ちていた。マブイの光が、少しずつ、下の容器へと移っていた。

「どのくらい残っている」

「走者が全員揃った時点から、三日だ」

 三日。

 蒼介は砂時計を見続けた。光の落ちる速度を目で追いながら、計算した。マリアが走者として選ばれたなら、すでに迷路に入っているはずだ。他のギルドの走者は——わからない。エルマーは「全員死ぬ予定」だと言った。それが本当なら、掟の再構築は成立しない。評決が発動する。

「あなたは何者だ」蒼介は執行官を見た。「ジャックの側の人間か」

「ジャックが去る前に、この場所を守るよう言われた」男は静かに答えた。「それだけだ。私は結果を見届けるだけで、介入はしない」

「エルマーを知っているか」

 執行官はわずかに目を細めた。それが答えだった。

「あの男が迷路を壊そうとしているなら」蒼介は言った。「あなたが守っているものも、終わる」

「だから君がここにいる」執行官は言った。「違うか」

 蒼介は答えなかった。

 砂時計の光が、また少し落ちた。

 一方、青と緑のギルドの回廊では。

 マリアは走っていた。

 蒼介からテレパスで受け取った情報の中に、一つだけ、迷路の地図とは別のものが混じっていた。アルベルトについての、短い、しかし明確な事実。

 マリアは走りながら、それを何度も反芻していた。

 アルベルト。三年前からマリアの側にいた騎士。堅物で、融通が利かなくて、しかし誰より誠実だった男。ギルドの危機を一緒に乗り越えようとしていた、あの男。彼が自分を軟禁したとき、マリアは裏切りだと思った。信じていた人間に、足元を掬われたと思った。

 しかしそれは。

 彼ではなかった。

 エルマーはギルドの中庭にいた。

 アルベルトの顔をしていた。しかしマリアが近づいた瞬間、その顔の「中身」がないことがわかった。三年間、毎日顔を合わせてきた人間の、目の動き方、呼吸の間合い——全部、正確に再現されていた。しかし何かが、違った。

「アルベルトはいつ死んだ」

 マリアは立ち止まらずに言った。声が震えていた。震えているとわかっていた。それでも止められなかった。

 エルマーは——アルベルトの顔をした男は——振り返った。

「三年前だ」静かな声だった。「私が始まりの街に来た日に、彼はすでにいなかった」

「嘘をつくな」

「嘘をつく理由がない」

 マリアの手に、青と緑のマブイが集まった。治癒師のマブイは攻撃には向いていない。しかし繋ぐ力は、引き裂く力にもなる。

「彼の最後の言葉を知っているか」エルマーは言った。「姿を借りる前に、その人間の記憶を読む。それが私の在り方だ」

「黙れ」

「彼はあなたの名前を——」

 マリアは攻撃した。

 聞きたくなかった。聞いてしまったら、この怒りが悲しみに変わってしまう気がした。悲しみになったら、動けなくなる気がした。だから攻撃した。青と緑の光が、エルマーの輪郭を捉えた。

 しかしエルマーの形が、溶けた。

 霧のように、輪郭が曖昧になり、壁の影に吸い込まれるように消えた。マリアの攻撃は空を切った。

 中庭に、マリアだけが残った。

 風が来た。

 マリアは膝をつかなかった。つきそうになったが、つかなかった。膝をついたら、立ち上がれない気がした。

 三年間、アルベルトだと思っていた男がいた。その男はいなかった。本物のアルベルトは、三年前から、いなかった。

 それでもマリアは、迷路の入口の方角を向いた。

 蒼介の声が、まだ耳の奥に残っていた。テレパスで届いた、あの声が。

 走れ、と言っていた。

 マリアは走り始めた。

 王宮で、砂時計の光がまた落ちた。

 蒼介は執行官に背を向け、来た道を戻り始めた。

「どこへ行く」執行官が言った。

「走者を守りに行く」

「君は走者ではない」

「知っている」蒼介は振り返らずに答えた。「でも走者の一人は、俺が送り出した。それだけで十分な理由だ」

 扉を開けた。

 街の空気が、五つの温度で流れ込んできた。

 三日。

 光が全部落ちる前に、五つのギルドの走者が迷路を超えなければならない。エルマーがそれを妨害しようとしている。そして自分には、迷路の全ルートが頭の中にある。

 走者は走る。自分は、走者を繋ぐ。

 それが、蒼介の戦い方だった。

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