第14話「帰路」
第14話「帰路」
地上に出てから、どのくらい歩いたかわからない。
大地の感触が少しずつ変わっていった。荒々しい岩肌が、砂に変わり、草に変わり、やがて舗装された道の感触になった。文明の匂いがした。人の思考の気配が、遠くから届き始めた。
始まりの街が近づいている。
蒼介は歩きながら、右手を見た。
まだ、引き伸ばされた感触が残っていた。三方向に同時に意識を伸ばし、他者の感情を通過させた手の感触。物理的には何も変わっていない。しかし何かが違った。道具の使い方が一つ増えた、という感覚ではなかった。もっと根本的な何かが、自分の中で位置を変えた気がした。
壊すか、繋げるか。
これまで選んできたのは、ほとんど前者だった。ロアン。師。路地裏の男。フレディ。その都度、理由があった。正当な理由が。しかし正当な理由があることと、正しいことは、同じではないかもしれない。
答えは出なかった。出す必要も、今はなかった。
街の門が見えてきた頃、蒼介はマリアとの約束を思い出した。
調査が終わったら、必ず連絡する——あの夜、扉の前でそう言った。終わったとは言えない。エルマーのことも、迷路のことも、ライサンダーのギルドマスターのことも、何一つ片付いていない。
それでも戻る。
なぜかと問われれば、約束したからだ。しかしそれだけではない気もした。始まりの街には、蒼介が「帰る場所」と呼んでいいものが、かろうじてある。記憶を失った者にとって、それは珍しいことだった。
門をくぐった。
街の空気が、四方から流れ込んできた。五つのギルドの、五つの温度。緊張と、水面下の動きと、そして普通に生きている人々の、普通の一日の気配。
蒼介はその中を歩き始めた。
手の感触は、まだ残っていた。
悪くない感触だと、今は思っていた。




