約束
朝帰りの後、お母様のありがたいお説教中にルーカスが急いで駆けつけたりと慌ただしかった。
ルーカスからメイは怒られなかったが、メイはルーカスをコッテリ絞り上げたあと薔薇を持たせて追い返した。ルーカスは優しすぎて妹のようなメイに対して過保護なところがある。ルーカスにとってメイは幼き妹のままらしい。それが、ルーカスの婚約者の方の琴線にふれないか、メイはヒヤヒヤしていた。ルーカスの婚約者とあればメイも姉妹のように仲良くしたいとは思うが、ただの妹分に懐かれても迷惑だろうと一歩引いているのだ。小姑モドキのでしゃばりほどみっともないものはない。
ルーカス様と居ると疲れるわ…
ルーカスには大人としての距離感を考えて欲しいと、メイは常々思う。
明後日ってこんなに近かったかしら。
慌ただしい日を終えて中1日休んだとしても疲れは取れず、あの記憶だけが夢の中にいたかのように遠くに感じた。
あれだけ美しい人と楽しく話すことができるなんて現実離れしているし、私はきっとあの時我を失っていた。
リオンと約束したお茶会に行くため身支度する。
鏡台には地味で決して美しいとは言えない女性が映っていた。
これが私。
自分に言い聞かせた。何も間違えないように。
「お待ちしておりました、メイ様!」
真昼に見たリオンは白い肌が発光しているように輝いていた。メイには眩しすぎて思わず目を細める。
「ご機嫌よう、リオン様。本日はお招きいただきありがとうございます。」
「お会いできて嬉しいです、メイ様。また私の部屋でお茶しませんか?女性を招くなんて初めてで気恥ずかしくて…」
「私はお話できるのであればどちらでも構いませんわ。」
リオン様もお年頃なのかしら?…いえ、私なんかといると変な噂になりかねませんものね!
身の丈にあった考えは大事だ。メイは思い直した。
「メイ様!早く参りましょう!」
リオンがメイの手を引く。まだ無邪気で可愛らしいリオンは、あの夜会の時と同じで少し安心した。
やっぱり夢では無かったのね?
リオンと楽しく話していた時間は夢じゃなくて良かったと嬉しくもあったが、失態もまた現実であると知るとメイはひどく落胆した。
どうしましょう…
リオンの頭がメイの肩に乗っている。夜会の時の疲れがまだ残っていたのだろうか、今日はリオンが寝てしまったのだ。
「リオン様…せめてお頭は私の膝に乗せてくださいませ。」
舟を漕ぐように何度も落ちそうになるリオンの頭に、メイはハラハラしていた。
「…ん。メイ様…」
リオンが目を開けてメイのほうを見る。メイは綺麗なリオンの顔があまりに近いので、心臓が飛び跳ね上がった。
唇が触れるかと思った。
鼻先にリオンの前髪が触れた。
リオンとどうにかなるなどメイは一切思っていないけれど、『接吻』という行動は未だ未経験のメイには刺激が強い。
リオンはそのまま私の膝に頭を落とした。フワフワの髪に思わず触れてしまう。少し笑うリオンはいつもの少年のようで、メイはホッとした。
自意識過剰ね。
メイは自分の唇に触った。
「リオン様?私、もうそろそろお暇しなければならないのですが?」
「…ん…メイ様、今日も一緒に寝てくれないのですか?」
リオンは上半身を起き上がらせ、とろんとした目でメイを覗くように見つめる。顔と顔の距離もさっきのように近い。
「先の事はあんまり触れないでくださいませ。もうこのような失態はしないと決めましたのよ?」
「…ダメですか?」
「全く、リオン様は甘えん坊すぎです。」
天使のドアップでのお願いを却下した自分自身を心の中で褒める。こんなに可愛い弟がいたなら、どんなお願いだって聞いてあげたいし、甘々に甘やかしてしまうと思う。
「じゃあ、また明日お会いしましょう?」
「明日…ですか?」
メイは本当に暇人だが、数段格上の家柄であるクロスフォード家のリオンであればそうそう暇なんてないはずた。
「メイ様は慎重な方みたいだし、婚約するにはまずは互いのことを知らないといけないですからね。」
んっ?今なんて…
「少しずつ打ち解けていきましょう。」
戸惑って固まってしまったメイにリオンが畳み掛ける。
「婚約って…」
「メイ様と私のですよ?」
リオンがもう決定したかのように話す。
「…夢では無かったのね。」
思わず、心の声が漏れ出る。メイは深く深呼吸した。
「リオン様、もし仮に私たちが婚約したとして、結婚できるようになるまでには後五年ほど必要になるでしょう。五年とは長い月日です。リオン様がご結婚できる歳になった時にまた婚約について話し合いましょう?」
きっとこういう話は二度目だし、今はメイのことを子どもながらに想ってくれているのかもしれない。気持ちは嬉しいし無碍にしたくはないが、大人として対応しなければ。
「では、帰しません。」
部屋の中にリオンの冷たい声が響いた。




