第60章 信号待ちの勇者
二つの世界を強制的に入れ替える道は閉じ、互いの意思がある時だけ開く小さな門が、交差点に残ります。
玄弥は、エクスカリバーを楔ではなく、帰る道を開く鍵として使う。澪が泣きながら怒り、大河が「おそいよ、お兄ちゃん」と笑う。
翌朝、二人は並んで信号を待ちます。青になった瞬間、エクスが最後の問いを投げます。汝、何を守る、と。
最後の戦いから、ひと月が過ぎた。
異世界には、静けさが戻っていた。赤い荒野に、また草が芽吹き始め、崩れた城塞の影が、少しずつ片づけられていった。四王国の人々が。解放された捕虜たちが。記憶を取り戻した村人たちが。それぞれの暮らしへ戻っていく。傷は深かった。けれど、人々は少しずつ、前を向き始めていた。
二つの世界を強制的に入れ替える力は、もう、なかった。等価交換はほどけ、境界は安定した。
ただ、完全に切り離されたわけでも、なかった。
「ここに、小さな門が残った」アヴァロンが、赤い荒野にうっすらと光る境界の名残へ目をやって言った。向こう側――三島大社前の交差点の、剣が刺さっていた跡にも、同じ淡い光の輪が残っているはずだ、と。普段は見えない。けれど、こちらと向こうから、誰かが強く願ったとき、その輪が光って、束の間、行き来できる。「強制的なものではない。互いの意思が、ある時だけ開く、門だ」
「それが、いいよね」澪がつぶやいた。「無理やり入れ替えるんじゃなくて。会いたいときに、会える。それだけ」
四王国は、共同評議会を作った。誰も、頭に立たない。四つの旗が、同じ円卓を囲む。意見が割れたら、とことん話す。時間がかかっても。地味でも。――一人にぜんぶ押しつけない。みんなで決める。玄弥の望んだ形だった。
そして評議会は、鎧巨兵を、戦争の道具ではなく、復興と境界獣の保護に使う、と決めた。
「もう、あれを殺し合いに使うのは、やめだ」グランヴェルの王が言った。「瓦礫をどかすのに使う。橋を架けるのに使う。森を守るのに使う。――誓気で動く機体だ。守りたいって気持ちで動く。なら、守ることに使うのが、筋だろう」
その先頭に立ったのが、四ツ辻号だった。
どの国にも属さない、混成機。四王国の部品をつぎはぎにして、カイが組み上げた機体。玄弥が三島の交差点にちなんで名づけた機体だった。四つの道の出会う、真ん中。どこにも属さず、ぜんぶの真ん中に立つ。――その四ツ辻号が、いま、砲を外し、腕に瓦礫をつかむ爪をつけ、荒れた畑を起こし、崩れた橋桁を運んでいた。
「戦うために組んだ機体じゃ、なかったのにな」カイは操縦槽から降りて、汗をぬぐった。「結局、いちばん似合うのは、こういう仕事だ」
カイは、来る日も来る日も、機体を整備していた。瓦礫をどかす機体。畑を耕す機体。みんなのために働く機体を。
「カイ。お前。家族の記憶。戻ったか」玄弥は、ある日、聞いた。
「ぜんぶは、戻らない」カイは、油まみれの手を止めた。「母さんの歌。一節だけ。あとは、ぼやけてる。顔も。声も。――でも、いいんだ」
「いいのか」
「ああ」カイは四ツ辻号を見上げた。「戻らないものを、いつまでも追っても、しょうがない。それより、これから作る記憶を、選ぶことにした。お前と会った記憶。連合と戦った記憶。この機体で、橋を架けた記憶。――こっちは、奪われない。おれが、自分で選んで、作る。失ったものを数えるより、これから得るものを選ぶ。そう、決めた」
「そっか」玄弥は笑った。
ガレスとアヴァロンは、異世界の復興に残ることにした。
「俺は、白角騎士団の騎士だ」ガレスは言った。「やることは、山ほどある。三島に帰れない兵たちが、まだ、いる。あいつらのぶんまで、俺がこっちで働く」
「俺は、聖剣の記録係として」アヴァロンが言った。「最初の楔の、本当の名を、世界じゅうに語り継がねばならぬ。ウィル。世界を救った、優しい少年。二度と忘れさせぬために。――それが、俺の一族の罪滅ぼしだ」
ウィルは、小さな村で、畑を耕し始めていた。何百年ぶりかの、土の感触を確かめるように。彼を覚えている人は、まだ少ない。けれど、もう、ひとりにはしない。玄弥が。アヴァロンが。約束した。
すべてが、少しずつ前へ進んでいた。
*
けれど、玄弥だけが、まだ帰れていなかった。
二つの世界のつり合いは、保たれた。けれど、玄弥を向こうへ戻す力は、どこにもなかった。玄弥は異世界に取り残されたまま、三島の交差点を、遠くから想っていた。
「エクス。俺、ここで暮らすことになるのかな。帰れないまま」ある夜、丘の上で、星を見上げて、玄弥はつぶやいた。
『……すまない』エクスが言った。『私には、お前を戻す力がない。お前をこちらへ引き込んだのは、私だ。なのに、戻してやれない』
「いいよ。お前のせいじゃ、ない」玄弥は笑った。「それに、ここも悪くない。みんな、いるし。ウィルも。カイも。星も、きれいだし」
けれど、玄弥の声は、少し寂しそうだった。
星を数える子のことを、思った。大河。あの子は、向こうの世界の人間だった。等価交換がほどけたとき、三島へ帰った。母親のもとへ。今ごろ、星を数えているだろうか。
澪。灯里。凪人。三島の町。源兵衛川のせせらぎ。紫陽花。コンビニの白い光。横断歩道の、白いしま模様。――帰りたい。やっぱり、帰りたい。会いたい。
「澪」玄弥は星に向かって、つぶやいた。「迎えに来てくれるって、言ってたよな。待ってるよ。何回でも。名前、呼んでくれよ」
その瞬間。玄弥の握るエクスカリバーが、淡く光った。
地下のずっと深く、記憶鉱の脈の、いちばん浅いところから、声がせり上がってきた。
『……げんや!』
「澪」玄弥は剣に耳を寄せた。「澪か」
『聞こえる!』澪の声が響いた。今度は、はっきりと。砂嵐の向こうではなく、すぐ隣で話すように。『玄弥! 帰ってこい! 今だよ! 門が、開いてる!』
『先輩、計算、合いました』灯里の声が続いた。『今、こっちとそっちのリズムが、ぴったりそろってます。大河くんが数えた星と、同じ星を、澪さんが呼んでます。この瞬間しかありません。エクスカリバーを、楔じゃなくて、鍵として使ってください!』
「鍵」玄弥はつぶやいた。
『そうだ』エクスが言った。声が震えていた。『私は楔として、お前を縛ってきた。だが、今度はちがう。帰る道を開く、鍵になる。玄弥。剣を刺せ。三島へつながる脈に。そして、願え。帰る、と』
玄弥は立ち上がった。エクスカリバーを握りしめた。
刃が、白く燃え始めた。けれど、今度の光は、これまでとはちがった。誰かを斬る光でも、世界を縛る楔の光でも、なかった。あたたかい。帰り道を照らすような。
「行くぞ、エクス。家に、帰る」
『ああ。帰ろう。お前のいるところへ』
玄弥は、エクスカリバーを地面に突き立てた。三島へつながる脈の、いちばん浅いところへ。そして、願った。心の底から。帰る、と。澪のいるところへ。みんなのいるところへ。
白い光の柱が、丘の上から空へ立ち上った。その光が、地下の脈を通って、遠い三島の交差点へ届いた。二つの光が、こちらと向こうで、ひとつになった。
*
三島大社前の交差点。
澪が、立っていた。いつものように。剣の刺さっていた跡の、まんなかに。灯里が。凪人が。隣にいた。そして、その後ろに、ランドセルを背負った男の子が。石崎大河が、立っていた。
跡が、白く光り始めた。はじめは淡く。それから、だんだん強く。光の柱が、交差点のまんなかから、空へ立ち上った。
「来た」凪人がつぶやいた。「玄弥が来る。糸の向こうから」
「玄弥! こっちだよ! あたしのほうへ!」澪が叫んだ。
光の柱の中から、影が現れた。ぼろぼろの服。傷だらけの体。けれど、まっすぐ立っている。エクスカリバーを握って。半年ぶりに、いや、もっと長い時間ぶりに。
伊勢崎玄弥が、三島の地面を踏んだ。
「……ただいま」玄弥はつぶやいた。涙をこぼして。「帰って、きた」
しばらく、誰も動けなかった。それから、澪が走り出した。
「玄弥!」
澪が、玄弥にぶつかった。両手で。玄弥の胸を叩いた。何度も。何度も。
「ばか! 遅い!」澪は、泣きながら叫んだ。「どれだけ待たせるの! 半年だよ! あたし、毎日、ここに来て。毎日、名前、呼んで! 声、かれるくらい! なのに、あんたは!」
「ごめん」玄弥は澪を受け止めて言った。「ごめんな。澪。遅くなって。ほんとに。ごめん」
「謝るな!」澪は叫んだ。「謝られたら、怒れないじゃん! あたし、ずっと、怒ってたかったのに! あんたが、勝手に行っちゃったこと! 名前、忘れたこと! ぜんぶ!」
「うん。いくらでも、怒っていいよ」玄弥は言った。「これから、ずっと、隣で、聞くから」
澪が、玄弥の胸に顔をうずめた。声を上げて泣いた。怒りながら、泣いた。半年ぶんの。いや、それ以上の涙を。
そして、その後ろから、小さな声がした。
「おそいよ」
大河だった。ランドセルを背負ったまま。にっと、笑って。
「おそいよ、お兄ちゃん」大河は言った。「帰ってくるの。おそすぎ。おれ、向こうで、ずっと、星、数えて、待ってたんだよ。お兄ちゃんが、迎えに来るって、言ったから。――でも、今度は、お兄ちゃんが向こうに行っちゃって。おれが、待つ番になって。へんなの」
「大河」玄弥は涙をぬぐって、笑った。「悪い。今度こそ、遅くなった」
「でも、いいよ。帰ってきたから」大河はうなずいた。「おれ、ちゃんと数えたよ。向こうの星。ぜんぶ。今度、教えてあげる」
「ああ。聞かせてくれ。ぜんぶ」
灯里が、タブレットを抱えて、前に出た。涙で目を真っ赤にして。それでも、笑って。
「先輩。新しい対応表、作りました」灯里は言った。「もう、戦争のためじゃ、ないです。会いに行くための。こっちと向こうを、安全に行き来するための。門が、いつ開くか。どうやって開けるか。ぜんぶ、書いてあります」
「ありがとな、灯里。お前の計算がなかったら、俺、帰れなかった」
「当たり前です。私、記録係ですから」灯里は胸を張った。けれど、声は震えていた。「先輩のこと。ぜんぶ、記録して。ちゃんと、帰り道まで、記録しました」
凪人が、スケッチブックを開いた。そこには、一枚の絵があった。交差点。横断歩道。そのまんなかに、みんなが立っていた。玄弥。澪。灯里。凪人。大河。――今度は、ちゃんと、顔が描かれていた。みんな、笑った顔で。
「玄弥が帰ってくる絵。ずっと、描いてた」凪人は、ぽつりと言った。「何枚も。やっと、本物になった」
「すげえ。ほんとに、みんな、笑ってる」玄弥は、その絵を見た。胸がいっぱいになった。
「だって、みんな、笑ってるほうが、いいだろ」凪人は、はにかんだ。
*
交差点のまんなか。剣の刺さっていた跡に、もう、剣は刺さっていなかった。
あの朝から、ずっとそこにあった、エクスカリバー。玄弥が毎朝、信号待ちで見上げていた剣。それは、いま、玄弥の手の中にあった。けれど、もう、誰かを所有する武器ではなかった。
それは、鍵になった。二つの世界が会いたいと願ったときだけ応える、共有の鍵に。玄弥のものでも、ウィルのものでもない。――二つの世界をつなぐ、みんなの鍵に。
「エクス。お前、これから、どうする」玄弥は剣につぶやいた。
『私は、鍵としてここに在る』エクスが答えた。『お前が向こうへ行きたいとき。向こうの誰かが、こちらへ来たいとき。その橋渡しをする。もう、誰も楔にしない。もう、誰も忘れさせない。それが、私の新しい役目だ。――お前が、教えてくれた。斬ることより、聞くこと。縛ることより、つなぐこと。私は長く、勘違いしていた。やっと、分かった』
「いい、役目だな」玄弥は笑った。
*
翌朝。玄弥は、いつものように寝坊した。
「終わった」
短く言って、布団を蹴り飛ばした。昨夜、大河の星の話を、最後まで聞いてしまった。あと一回だけ、で終われなかった。自分が悪い。制服に着替えながら、鏡を見ると、髪が右側だけ、妙な方向に跳ねていた。
「寝癖も、校則違反に入るのかな」
誰にともなくつぶやいて、玄弥は通学カバンをつかんで、家を飛び出した。
湿った六月の朝を、自転車で抜ける。住宅街を過ぎると、車のエンジン音。通学中の生徒の声。三島大社へ向かう観光客の話し声。――いつもの朝。
三島大社前の交差点に差しかかったとき、信号は赤だった。
「頼む、早く、変われ」
息を切らしながら、ブレーキを握る。隣に、同じ学校の生徒。けれど、その中に一人、見慣れた顔があった。
白石澪だった。
「また、寝坊」澪が横目で玄弥を見た。
「うるさい。大河の星の話。長かったんだよ」玄弥は頭をかいた。
「あー、あの子、ほんと、よくしゃべるもんね」澪が笑った。「何時間でも」
二人は並んで、信号を待った。交差点のまんなかに、もう、剣は刺さっていなかった。ただの、なんでもない交差点。けれど、玄弥には分かっていた。地面のずっと下で、記憶鉱の脈が流れていること。そのいちばん浅いところで、二つの世界が手をつないでいること。会いたいと願えば、いつでも門が開くこと。
「なあ、澪。ありがとな」玄弥はつぶやいた。「ずっと、俺の名前、呼んでくれて。何回も。忘れても。連れ戻してくれて。――お前がいなかったら、俺、たぶん、向こうで空っぽになってた。ウィルみたいに」
澪は、しばらく黙っていた。それから、前を向いたまま、ぼそりと言った。
「当たり前でしょ。幼なじみ、なんだから」澪は言った。「あんたが忘れても、あたしが覚えてる。何回でも、呼ぶ。それが、あたしの役目」
「うん。頼りに、してる」玄弥は笑った。
「調子に乗るな」澪は、ふい、と顔をそむけた。けれど、その横顔は、少し笑っていた。
その、とき。玄弥の握るカバンの奥で、声がした。
『汝、何を守る』
エクスの声だった。あの朝から、ずっと玄弥に投げ続けてきた、問い。あの交差点で、初めて聞いた問い。
玄弥は、その問いに答えようとした。
前に、交差点で同じことを訊かれたとき、玄弥は「ぜんぶだよ」と答えた。ここにいるやつも。向こうにいるやつも。まだ会ってない、誰かも。――けれど、今は、少しちがう。あの頃の玄弥は、一人でぜんぶ背負おうとしていた。一人でぜんぶ守ろうとしていた。
でも、もう知っている。一人じゃ無理だってことを。一人でぜんぶ背負ったら、ウィルみたいになる。楔になる。忘れられて、孤独になって、次の魔王になる。だから。
「全部なんて、一人じゃ、無理だ」玄弥は、前を向いたまま言った。
『ほう』エクスが応えた。
「だから、守りたいって言ったやつの、隣にいる。それだけだ」玄弥は続けた。「澪が、守りたいって言ったら、隣にいる。灯里が、凪人が、大河が。誰かが、何かを守りたいって言ったら、その隣に立つ。そうやって、みんなで、少しずつ守る。一人で、ぜんぶ、じゃなくて。みんなで、少しずつ。それが、俺の答えだ」
エクスは、しばらく黙っていた。それから、満足げに響いた。
『よい、答えだ』エクスは言った。『私が何百年、問い続けて。お前が初めて、正しく答えた。――汝は、何を守る、ではなく。汝らは、何を守る、と、問うべきだったのだ。最初から、一人では、なかったのだから』
信号が、青に変わった。
「行くか」玄弥は言った。
「うん」澪はうなずいた。
二人は並んで、横断歩道を渡り始めた。
六月の朝の光が、横断歩道の白いしま模様を照らしていた。地面のずっと下で、記憶鉱の脈が流れていた。その浅いところで、二つの世界が手をつないでいた。
玄弥は、もう、一人ではなかった。澪が隣にいた。後ろに、灯里が。凪人が。大河が。いた。向こうの世界に、ガレスが。アヴァロンが。カイが。ウィルが。いた。
信号が青のうちに、二人は横断歩道を渡りきった。
その日も、信号は青になった。交差点で信号を待つだけの、なんでもない時間。けれど、その下には、誰かの物語が流れている。会いたいと願う、誰かの声が、届くのを待っている。
それに気づいてしまった少年の。長い、長い旅は。ここで、ようやく、家に帰り着いた。
〈完〉
最終章まで読んでくださって、本当に、ありがとうございました。
『エクスカリバーが交差点の真ん中に刺さってるんだが…』、これで全六十章、完結です。
三島大社前の交差点に剣が刺さっていた、あの朝から、ずいぶん長い旅でした。
寝坊して遅刻しそうな中学生が、ただの障害物だと思った剣に触れてしまう。
そこから始まった物語が、ここまで来られたのは、毎話おつき合いくださった皆さんのおかげです。
一話ずつ読んでくださる方がいたから、玄弥は最後まで歩けました。心から、お礼を申し上げます。
この物語で、私がいちばん書きたかったのは、「特別な勇者が、たった一人で世界を救う話」を、書かないことでした。聖剣を抜いた少年が、無双して敵を斬り倒し、英雄になる――そういう物語は、世の中にたくさんあります。でも私は、その逆を書きたかった。
玄弥は、最後まで誰も斬りませんでした。
怪物の奥にいる人の声を聞き、記憶や誓気の縛りだけを断ち、迎えに行く。魔王さえ斬らず、一人を楔にする「仕組み」のほうを斬りました。
そして、世界は玄弥一人ではなく、みんなが少しずつ誓気を引き受けることで支えられる。
澪が名前を呼び、灯里が記録し、凪人が描き、大河が星を数え、四王国が肩を貸し合い、解放された人々と境界獣までが、ほんの少しずつ。一人の楔に頼らない世界を、みんなで作る。
楔になったウィルが、何百年もひとりで立ち続け、誰にも迎えに来てもらえなかったのは、悪人だったからではありません。
彼は世界を救った人でした。
ただ、みんなが彼を忘れた。覚えていることを、誰も引き受けなかった。
だから孤独が王冠になった。――誰かに全部を背負わせて、自分は平気で暮らしていく。
その「ふつうのこと」が、いちばん人を孤独にする。それを、玄弥とウィルの物語で描きたかったのです。
だから最後の問いへの答えも、第一章とは変わりました。あの頃の玄弥は「ぜんぶ守る」と、一人で背負おうとしていた。
けれど最終章の彼は、こう答えます。「全部なんて一人じゃ無理だ。だから、守りたいって言ったやつの隣にいる」。
汝、何を守る、ではなく、汝らは何を守る。一人ではなく、みんなで、少しずつ。それが、六十章かけてたどり着いた、この物語の答えです。
交差点の真ん中に、もう剣は刺さっていません。
エクスカリバーは誰かの武器ではなく、二つの世界が会いたいと願ったときだけ応える、みんなの鍵になりました。
そして翌朝も、玄弥はやっぱり寝坊して、澪の隣で信号を待つ。なんでもない、青信号。けれどその下には、誰かの物語が流れている。会いたいと願う声が、届くのを待っている。
信号待ちは、もう、ただの待ち時間ではありません。あなたが今日渡る、どこかの横断歩道の下にも、きっと誰かの物語が流れています。その想像が、この物語を読み終えたあなたの胸に、ほんの少しでも残ったなら。
作者として、これ以上うれしいことはありません。
長い旅に、最後までつき合ってくださって、ありがとうございました。またどこかの交差点で、お会いできますように。
〈全六十章 完結〉




