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エクスカリバーが交差点の真ん中にささってるんだが…  作者: 源三郎


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第20章 明日も信号は青になる

ついに抜かれたエクスカリバー。玄弥がその光で為すのは、斬ることではありません。町ぜんぶの、流しきれなかった「言えなかった言葉」を、最後に解き放つこと。第一部の、すべての終わりと、始まりの章です。


 光の柱の中で、玄弥は、エクスカリバーを、握っていた。


 手に伝わる重さは、思っていたより、ずっと、軽かった。最強の武器でも、人を斬る刃でも、なかった。これは、楔だ。世界と世界の、境目を、つなぎ止めるための。そして――止まってしまった時間を、もう一度、進めるための。


 玄弥は、剣を、振り上げた。


 巨大な怪物へ、向かって。けれど、斬るためでは、なかった。


「もう、いいよ」


 玄弥は、言った。町ぜんぶの、後悔へ向かって。


「ずっと、流せなかったんだろ。言えないまま、溜まって、固まって。……でも、もう、いい。みんな、聞いたから。ちゃんと、この町が、聞いたから」


 刃を、振り下ろす。


 切っ先から、あたたかい光が、あふれた。怪物を、両断する光では、なかった。固まっていたものを、ゆっくりと、ほどいていく、光だった。


 巨大な影が、ほどけていく。


 なくしたヘアピンが、届かなかった手紙が、閉まった写真館が、変わらなかった信号が。この町の、何十年ぶんもの「言えなかった」が、一枚ずつ、光の中へ、舞い上がっていく。雨上がりの、紫陽花の花びらみたいに。誰かが、ようやく、聞いてくれた言葉は、もう、怪物では、いられなかった。


 空が、震えた。


 重なっていた、二つの世界が、ゆっくりと、離れていく。赤い空が、遠ざかる。崩れた城の影が、伊豆の山並みから、剥がれていく。完全な入れ替わりは――止まった。三島は、向こうへ、消えずに、済んだ。


 けれど。


 世界は、元には、戻らなかった。


 離れていく境界の、こちら側に、向こうの城壁の一部が、赤い森の切れ端が、残った。そして、遠ざかる赤い空の側にも、たぶん、三島の町並みの一部が、転送された住民たちが、残されたまま。等価交換は、止められても、もう、ほどけなかった。持ち替えられたものは、持ち替えられたまま。


 玄弥は、閉じていく境界の、最後の隙間に、目を凝らした。


 赤い土の、丘。倒れた城壁の、陰。そこに――大河が、いた。


 立ち上がって、こちらを、見ていた。ランドセルを、背負ったまま。


「大河!」


 玄弥は、手を、伸ばした。境界の隙間へ。けれど、届かない。今、ここで、無理に手を伸ばせば、止めたばかりの暴走が、また、ぶり返す。町ぜんぶが、もう一度、危なくなる。


 多くを助けるために、玄弥は、一人を、置いていかなければ、ならなかった。


 それが、いちばん、大人の選択で。いちばん、したくない、選択だった。


「お兄ちゃん!」


 大河の声が、遠い。けれど、笑っていた。


「おれ、平気だよ! こっち、星、すっごくきれいなんだ! 毎晩、ぜんぶ、覚えとくから! 帰ったら、教えてあげる!」


「……っ」


 玄弥は、唇を、噛んだ。あの子は、たぶん、分かっている。すぐには、帰れないことを。それでも、玄弥に、心配をかけまいと、笑っている。星を見に行くだけ、と言った、あの日のままに。


「待ってろ」


 玄弥は、叫んだ。閉じていく光の、向こうへ。


「絶対、迎えに行く。お前も、ガレスの部下も、向こうに行った、みんなも。一人も、置いていかない。だから――それまで、星、数えて、待ってろ!」


「うん! 約束!」


 大河が、小さく、手を振った。


 境界が、閉じる。


 赤い空が、消えて。光の柱が、すうっと、収まっていく。三島大社前の交差点に、いつもの、六月の、曇り空が、戻ってきた。


 大河は、もう、いない。けれど、死んでも、いない。向こうで、星を、数えている。待っている。それだけが、玄弥に残された、たった一つの、たしかなことだった。


 交差点に、静けさが、戻る。


 規制線の外で、町の人たちが、ぽつぽつと、われに返っていた。何が起きたのか、はっきりとは、覚えていない。けれど、みんな、少しだけ、泣いたあとの、ような顔を、していた。言えなかった誰かのことを、ふと、思い出した。そんな、顔を。


 宮下こよみが、咲良の手を、握っていた。八百屋の店主が、空を、見上げていた。それぞれの胸に、ほどけたばかりの、言葉があった。


 玄弥は、エクスカリバーを、見た。


 刃は、もう、光っていなかった。けれど、消えも、しなかった。玄弥の手の中で、ただ、静かに、そこにある。役目が、終わったわけでは、ないと、言うように。楔は、まだ、必要だった。世界は、まだ、半分、入れ替わったままだから。


「玄弥」


 澪が、隣に、来た。腕に、擦り傷。髪も、服も、ぼろぼろ。それでも、立っていた。ずっと、玄弥を、玄弥のまま、つなぎ止めて。


「大河くん」


「……うん」


「連れて帰ろう。次は、絶対」


「うん」


 それ以上は、言わなかった。言わなくても、二人とも、同じことを、思っていた。


 アヴァロンが、傷ついた腕を、押さえながら、微笑んだ。ガレスが、残った部下たちと、無言で、空を、見上げていた。彼らもまた、まだ、帰れない。けれど、もう、敵では、なかった。凪人が、スケッチブックに、今日のことを、描いていた。誰も、独りでは、いない絵を。灯里が、その隣で、新しいノートの、一ページ目を、開いていた。


 まだ、何も、終わっていなかった。


 大河は、向こうにいる。町は、半分、別の世界と、混じったまま。エクスカリバーは、玄弥の手に、残された。きっとこれから、もっと、大変なことが、待っている。


 それでも。


 翌朝、玄弥は、いつも通り、寝坊した。


 慌てて、自転車で、通学路を、走る。三島大社前の交差点で、信号に、つかまる。隣には、同じ学校の生徒。向かいには、スーツ姿の大人。少し離れて、観光客。いつもの、朝だった。


 ただ一つ、違うのは。交差点の真ん中に、今も、エクスカリバーが、刺さっていること。そして、玄弥の目には、その剣が、もう、こわくない、ということ。


 信号が、青に、変わる。


 玄弥は、ペダルを、踏み込んだ。空の、ずっと向こう――今は見えない、赤い星空の下で、星を数えている、あの子のことを、思いながら。


『汝、何を守る』


 エクスの声が、いつもの問いを、投げた。


「決まってんだろ」


 玄弥は、前を向いたまま、笑った。


「ぜんぶだよ。ここにいるやつも、向こうにいるやつも。まだ会ってない、誰かも」


 その日も、信号は、青になった。


 交差点で信号を待つだけの、なんでもない時間にも、誰かの物語が、刺さっている。


 それに、気づいてしまった少年の、長い長い旅は――まだ、始まったばかりだった。



   〈第一部 完〉


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。第一部、完結です。

玄弥は剣を、止まった時間を進める光として振るいました。怪物は両断されるのではなく、ほどけていく。なくしたヘアピンも、届かなかった手紙も、雨上がりの花びらみたいに、光の中へ舞い上がる。誰かがようやく聞いてくれた言葉は、もう怪物ではいられませんでした。

暴走は止まり、三島は消えずに済みました。けれど世界は元には戻りません。こちらに異世界の城壁や森が残り、向こうに伊豆の町並みと、住民たちが残されたまま。そして――大河を、玄弥は連れ戻せませんでした。多くを助けるために、一人を置いていく。いちばん大人で、いちばんしたくない選択でした。「絶対、迎えに行く。それまで、星、数えて、待ってろ」「うん! 約束!」。

エクスカリバーは消えず、玄弥の手に残りました。楔は、まだ必要です。世界は半分、入れ替わったままだから。

翌朝、玄弥はいつも通り寝坊し、交差点で信号を待ちます。違うのは、剣がもう、こわくないこと。「汝、何を守る」「決まってんだろ。ぜんぶだよ」。その日も、信号は青になりました。


――第二部は、戻らなかった世界を、誰の犠牲もなく戻せるのか。大河を、みんなを連れ戻す物語です。

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ここまで読んでくださりありがとうございます!
玄弥たちが向き合うのは、倒すだけでは終わらない怪物たち。
少しでも「面白い」「続きが気になる」「この町を見届けたい」と思っていただけましたら、
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