表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エクスカリバーが交差点の真ん中にささってるんだが…  作者: 源三郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/20

第1章 信号待ちの勇者

静岡県三島市。寝坊した中学二年生・伊勢崎玄弥は、通学途中の交差点でありえないものを見つけます。

車道のど真ん中に刺さっていたのは、観光イベントの展示物でも悪ふざけでもなく、神話の聖剣エクスカリバーでした。

少し笑えて、少し切ない。普通の日常の隣に、誰かの物語が刺さっている第1章です。


 三島大社前の交差点のど真ん中に、剣が刺さっていた。


 のちに「神話の聖剣エクスカリバー」と判明するそれを、しかし伊勢崎玄弥(いせざきげんや)は、最初、ただの遅刻の障害物としか思っていなかった。


 その朝も、盛大に、寝坊していたからだ。


 ――目覚まし時計は、たしかに鳴った。鳴った、はずだった。


 玄弥は、布団の中で片目だけを開け、机の上で横倒しになったスマホを見た。


「……今、何時」


 引き寄せて画面をつけると、八時十分。


「終わった」


 短く言ってから、玄弥は布団を蹴り飛ばした。昨夜、アクションゲームを「あと一回だけ」で終われなかった自分が悪い。制服に着替えながら鏡を見ると、髪が右側だけ妙な方向に跳ねていた。


「寝癖も校則違反に入るのかな……」


 誰にともなくつぶやき、玄弥は通学カバンをつかんで家を飛び出した。


 湿った六月の朝を、自転車で全力で抜ける。住宅街を過ぎると、車のエンジン音、通学中の生徒の声、三島大社(みしまたいしゃ)へ向かう観光客の話し声が一気に近づいてきた。三島大社前の交差点に差しかかった時、信号は赤だった。


「頼む、早く変われ……」


 息を切らしながらブレーキを握る。隣には同じ学校の生徒が数人、向かい側にはスーツ姿の大人、道路脇にはスマホを構えた観光客。そして、交差点の真ん中に、剣が刺さっていた。


「……は?」


 二度見しても、見間違いではなかった。片側二車線の道路の、白線の少し内側。そこに、銀色の剣がまっすぐ突き立っている。刃は細く、柄には古い装飾。ゲームや映画で見るような、いかにも伝説の武器です、という顔をした剣だった。


 周囲にも人だかりができている。


「イベントかな」

「危なくない?」

「誰か通報した?」


 そんな声を聞きながら、玄弥も同じことを考えた。観光イベント、展示物、誰かの悪ふざけ。たぶん、そのどれかだ。


 信号が青になる。遅刻のほうが、今の玄弥にはずっと現実的な恐怖だった。


「あとで誰かが片づけるだろ」


 そう自分に言い聞かせ、ペダルを踏み込んだ。その時だった。右手側から、車が突っ込んできた。


 信号は赤のはずだ。なのに車は止まらない。運転席の男はかすかに顔を伏せ、目を閉じかけているように見えた。


「え」


 声が出た時には、もう遅かった。車の側面が自転車の後ろをかすめる。金属がひしゃげる音。体が浮く感覚。通学カバンが肩から外れ、視界がぐるりと回る。地面に叩きつけられる——そう思った瞬間、玄弥の体は交差点の中央へ転がった。


 カバンが跳ね、自転車のベルが場違いなほど甲高く鳴る。誰かが悲鳴を上げた。玄弥は息を吸おうとして、うまく吸えなかった。痛い。けれど、思ったより体は動く。肘をついて顔を上げると、目の前に剣の柄があった。


 銀色の柄は、古びているのに汚れていない。朝の光を受けて、そこだけ別の世界から切り抜かれたように光っている。玄弥は立ち上がろうとして、反射的に手を伸ばした。指先が、柄に触れた。


 その瞬間、頭の中へ何かが流れ込んできた。剣の名。王の記憶。戦場の光。誰かの叫び。古い城、崩れる塔、黒い森、血の匂い、祈り。そして、こちら側の世界へこぼれ落ちようとしている無数の影。理解できない情報が、言葉になる前の熱のように脳を焼いた。


「エクス、カリバー……?」


 自分の声が、自分のものではないみたいに聞こえた。次の瞬間、交差点に落雷のような光が落ちた。ドーン、という衝撃音。信号機が揺れ、周囲の人々が一斉に身をすくめる。玄弥が思わず目を閉じると、まぶたの裏まで白く染まった。


 光の中から、何かが現れた。大きな影、ずんぐりした体、豚に似た鼻。手には錆びた斧のようなもの。


「オーク……?」


 ゲームの知識が、勝手に名前を当てる。その横には小さな影がいくつもいた。犬ほどの大きさのもの、子どもの背丈くらいのもの。形はばらばらなのに、どれもこの町の朝には似合わなかった。


 なのにオークは、横断歩道の白線の前で止まった。信号を見上げている。青なのか赤なのか分からない、という顔をして。


「いや、そこ守るんだ……」


 恐怖より先に、ツッコミが出た。その直後、上から何かが落ちてきた。


「きゃああああっ!」


「うわっ!」


 反射的に起き上がろうとした瞬間、見知らぬ少女の体が玄弥の顔面にぶつかり、二人そろって地面に転がる。


「い、痛っ……」


「申し訳ありません! 着地地点の指定に失敗しました!」


 少女は地面に手をついたまま、勢いよく頭を下げた。鼻を押さえながら見ると、歳は玄弥と同じくらい。けれど服装は明らかにおかしい。軽い甲冑のような胸当てに、古い時代の旅装。長い髪は光を受けて淡く揺れ、腰には細身の剣がある。コスプレにしては、空から落ちてきすぎていた。


「誰……?」


「私はアヴァロン。聖剣(せいけん)を守護する一族の末裔(まつえい)です」


「せいけん」


「はい。あなたが今、触れたものです」


 玄弥は剣を見た。剣は、まだ道路に刺さったままだ。周囲では事故に気づいた大人たちが騒ぎ、誰かが運転手を車から降ろし、誰かが警察を呼んでいる。けれど、オークや小さな影を見て騒いでいる人はいない。モンスターたちは、交差点の影に溶けるように薄くなっていく。


「え、今の見えてないの?」


境界(きょうかい)がまだ不安定です。完全にこちらへ顕現(けんげん)していません」


「けんげん」


「現れる、という意味です」


「それは分かる。いや、分かるけど分からない」


 アヴァロンは真剣な顔で玄弥を見つめた。


「あなたは聖剣に触れました。そのため、しばらく私はあなたのそばから離れられません」


「なんで?」


「聖剣があなたを観測者(かんそくしゃ)として認識したからです」


「観測者」


「はい」


「それ、学校に遅刻してる中学生にも適用されるやつ?」


 アヴァロンはきょとんとした。


 玄弥はようやく、自分の体を確かめた。肘は擦りむき、膝も痛い。けれど、車に接触されて自転車ごと吹き飛ばされたにしては、あまりにも軽傷だった。おかしい。けれど、今は何もかもがおかしい。遠くからサイレンが聞こえてくる。


「と、とりあえず学校行く」


「学校、とは」


「説明してる時間ない!」


 壊れた自転車を見て、少し迷う。無理だ。後輪が変な方向を向いている。仕方なくカバンを拾い、走り出した。アヴァロンも慌ててついてくる。


「待ってください、観測者殿!」


「その呼び方やめて!」


「では、勇者殿」


「もっとやめて!」


 その朝、玄弥は遅刻した。理由を聞かれて、事故に遭いました、とだけ言った。剣に触ったらエクスカリバーとかいう情報が流れてきて、オークと女戦士が落ちてきました、とは言わなかった。言ったら、保健室ではなく別の場所に連れていかれそうだったからだ。


 教室に入ると、すでに一時間目は始まっていた。担任に軽く注意され、席へ向かう。幼なじみの白石澪(しらいしみお)が、横目でこちらを見た。澪は玄弥と同じ中学二年生で、家も近い。小学生の頃から、玄弥が忘れ物をしたり寝坊したりするたびに、なんだかんだ面倒を見てくれていた。その澪が、口だけで小さく言う。


「また寝坊?」


 玄弥は首を横に振った。澪の視線が、肘の絆創膏に止まる。


「……何したの」


「事故」


「は?」


「いや、軽いやつ。大丈夫」


「大丈夫って顔してないけど」


 玄弥は返事に困った。その時、机の横でアヴァロンが深々とうなずいた。


「白石澪殿は、あなたの身体状態を正確に観察しています。良き同伴者ですね」


「今しゃべらないで」


 小声で言うと、澪の目が細くなる。


「誰としゃべってんの」


「えっ、いや、独り言」


「事故ったあとに独り言が増えるの、普通に怖いんだけど」


 玄弥は机に顔を伏せたくなった。アヴァロンは玄弥のすぐそばにいるのに、周りの生徒は誰も彼女を見ていない。見えていないというより、視界に入っても気にしていないようだった。授業中、アヴァロンは黒板を見て驚き、チャイムに肩を跳ねさせ、教師の使うタブレットに小声で感嘆した。


「この板は魔術具ですか」


「黒板」


「あの音は警戒鐘ですか」


「チャイム」


「この建物は少年兵の訓練所ですか」


「学校。あと少年兵じゃない」


 そのたびに玄弥が小声で答えるので、隣の席の男子に何度も不審な目で見られた。


 昼休みになると、教室は朝の話題で少し騒がしくなった。


「見た? 三島大社前の交差点」


「剣刺さってるやつだろ」


「SNSに上がってる。めっちゃバズってる」


 玄弥は弁当のふたを開ける手を止めた。スマホをのぞき込むと、たしかに写真が流れている。交差点の中央に刺さった銀色の剣、規制線、集まった人だかり。夢ではなかった。けれど、写真のどこにもオークはいないし、アヴァロンも写っていない。


「ねえ、玄弥」


 澪が机の前に立っていた。


「朝の事故って、ここの交差点?」


「……まあ」


「で、さっきから誰と話してるの」


 玄弥は固まった。アヴァロンは真面目な顔で澪を見ている。


「彼女には、私の輪郭が少し届いているのかもしれません」


「輪郭って何」


「玄弥」


 澪の声が低くなった。


「また独り言」


「違う。いや、違わないけど、違う」


「どっち」


 説明しようとして、玄弥はやめた。エクスカリバー、観測者、オーク、空から落ちてきた女戦士——どれから話しても、澪の目がますます冷たくなる未来しか見えなかった。


「あとで話す」


 玄弥がそう言うと、澪はしばらく黙った。


「……絶対だからね」


 それだけ言って、自分の席へ戻っていく。


「怒っておられます」


「分かってる」


「しかし、心配もしておられます」


「それも、まあ……たぶん」


 玄弥は弁当の唐揚げを口に入れた。味がよく分からなかった。


 放課後。玄弥は壊れた自転車を回収するため、歩いて三島大社前の交差点へ向かった。澪には、先生に呼ばれたとごまかした。半分くらいは嘘だった。


 夕方の交差点は、朝よりもずっと騒がしい。警察車両が停まり、カラーコーンと規制線が置かれ、クレーン車がアームを伸ばして、作業員たちが剣にワイヤーをかけていた。


「交通の邪魔だから、そりゃ抜くよな」


 玄弥がつぶやくと、アヴァロンが首を振った。


「あれは簡単には動きません。聖剣はただの金属ではありませんから」


 ワイヤーが張り、クレーンのエンジンがうなり、見物人たちがざわめく。けれど、剣はびくともしなかった。道路のほうが先に悲鳴を上げそうなほどワイヤーがきしんでも、銀色の剣は一本の杭のようにそこに立ち続けている。


 その時、玄弥の耳の奥で声がした。


『汝、何を守る』


 ぞくり、と背筋が冷えた。


「今の」


「聖剣の声です」


 アヴァロンの顔が引き締まる。次の瞬間、信号機の影がねじれ、夕方の長い影が地面から起き上がった。それは朝に見た小型のモンスターの一体だった。子どもくらいの大きさで、体は黒く、輪郭は水に溶けた墨のように揺れている。顔はない。けれど、何かを探すように、きょろきょろと交差点の中を歩いていた。


 周囲の大人たちは気づいていない。いや、何か寒気のようなものを感じている人はいるのかもしれない。けれど、はっきり見えているのは玄弥だけだった。


「なんで、また……」


「境界が開いています。あのものは、こちらへ迷い込んだ残響(ざんきょう)です」


「残響って言われても」


 モンスターが剣の周りをぐるぐる回る。玄弥は後ずさった。


 怖い。


 朝は勢いで何も分からなかった。けれど今は違う。あれが普通ではないことも、自分にだけ見えていることも、剣に触れたせいで何かが始まってしまったことも分かっている。逃げたい。そう思った時、モンスターの中から、かすかな感情が流れてきた。


 帰りたい。


 言葉ではなかった。けれど、そう感じた。怖いはずなのに、その感情はあまりにも小さく、頼りない。迷子の子どもが、知らない町で親を探しているようだった。


「……帰りたいのか」


「聞こえるのですか」


「分かんない。でも、たぶん」


 玄弥は規制線の手前で立ち止まった。剣は、交差点の真ん中で静かに光っている。警察官の一人が玄弥に気づいた。


「君、危ないから下がって」


 玄弥は答えられなかった。足が勝手に動いた。頭で考えるより先に、体が前へ出る。さっきの事故で吹き飛ばされた時も、同じだった。その素早さが、まだ自分のものだとは思えない。規制線をくぐる。


「おい、君!」


 大人の声が飛ぶ。玄弥は走った。モンスターがこちらを向く。顔のない影なのに、視線が合った気がした。


 怖い。でも、あれは襲おうとしているんじゃない。探しているんだ。


 玄弥は剣の柄に手を伸ばした。触れた瞬間、光が広がる。朝ほど激しくはない、温かい光だった。モンスターの黒い輪郭がほどけていき、中から、小さな子どもの影のようなものが見えた。泣いているのか笑っているのか分からない。ただ、震えている。


 玄弥はできるだけ静かに言った。


「帰ろう」


 子どもの影が、こちらを見た。


「どこか分かんないけどさ。帰りたい場所、あるんだろ」


 光が、風のように流れる。影は少しずつ薄くなり、最後に小さくうなずいたように見えた。


 その奥で、何かがちらついた。黒い王冠らしきもの。崩れた椅子のようなもの。こちらへ伸ばされて、結局どこにも届かなかった手。意味は分からない。ただ、泣き声に似た何かが胸の底をこすった。誰かが、誰かを救えなかった——そういう手ざわりの感情だけが、後に残った。


「……え?」


 そして、消えた。


 交差点の空気が戻ってくる。クラクション、ざわめき、警察官の怒鳴り声、スマホのシャッター音。現実が、一気に玄弥へ押し寄せた。


「君、何をしてるんだ!」


 警察官に肩をつかまれながら、玄弥は剣を見た。剣は、まだ抜けていない。ただ、耳の奥で声が響いた。


『答えはまだ遠い。だが、汝は聞いた』


 玄弥は息を吐いた。自分が何をしたのか、まだ分からない。なぜ自分だけが聞こえるのかも、なぜ自分だけが見えるのかも分からない。ただ一つだけ、分かってしまったことがある。この剣は、もう誰かが片づけてくれるものではない。それに、あの影の奥にいた何かは、帰り道を探しているだけの迷子とは違った。玄弥はまだ、その黒い王冠の意味を知らない。


 人だかりの向こうで、澪が立ち止まっていた。玄弥と目が合う。怒っているようにも、泣きそうなようにも見える顔だった。玄弥は何か言おうとしたが、澪の視線は玄弥の顔ではなく、剣に触れていた右手に向いていた。そこから玄弥が少しずつ知らない誰かに変わっていくのを、もう見つけてしまった——澪は、そういう目をしていた。


 その日から、信号待ちはただの待ち時間ではなくなった。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

交差点に刺さったエクスカリバー、落ちてきた少女アヴァロン、そして玄弥だけに聞こえた「帰りたい」という声。

まだ玄弥は勇者ではありません。けれど、剣に触れた右手の奥には小さな熱が残り、その変化を、幼なじみの澪はもう見つけてしまったようです。

誰かの声を聞いてしまった玄弥は、もう見なかったことにはできません。

次章では、抜けない聖剣の正体と、玄弥の体に起き始めた小さな――そして少し怖い――変化を描いていきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
玄弥たちが向き合うのは、倒すだけでは終わらない怪物たち。
少しでも「面白い」「続きが気になる」「この町を見届けたい」と思っていただけましたら、
ページ下部の評価・ブックマークで応援していただけると嬉しいです。

目次へ戻る 感想を書く レビューで応援
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ