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きみとあなただけの教室  作者: ぐれこりん。
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第42話 私の天使様

法助

「あれは…」


法助は2人を追跡する。すると町外れの廃ホテルにたどり着いた。元はエキゾチックな雰囲気の派手なホテルであったのだろうが、廃業して久しいホテル。入口にはキープアウトの跡があるものの、ドアは破壊され中に入れてしまう。

相手に気づかれずにそっと追跡する。内装は既にボロボロになっており、エアゾールスプレー缶で描かれた絵が幾つか確認できる。他に人間の気配はない。法助は携帯の電気を付けて中を探索する。パキ、パキ、と進む音がする方へ音を立てないようにゆっくりと慎重に歩みを進める。


法助

「…部屋に入った」


日陰が階段を登り、2階のホテルの一室に入っていく。


天使

「…う、うーん」


日陰

天使(あつか)様、おはようございます」


天使

「…う、頭が…吐き気がする」


日陰

「トロパンアルカロイド、ご存じですか? 昔は目薬にも入っていたベラドンナの植物成分です。天使様のコーヒーに、すこーしだけ混ぜさせて頂きました」


天使

「ちょっと、動けない!?」


天使が暴れようとするも手足を拘束されている。


日陰

「天使様、天使様、ああ天使様。私の天使様。やっと、やっと私の元へ来てくれた…。もう離しません。私には天使様しかないのですから。天使様なら私を救ってくれる、天使様なら私を苦しみから解放してくれる、天使様なら私の世界を変えてくれる。ええ、ええ、信じていますとも、あの時私を救ってくれた天使様とならどんな苦難苦役でも乗り越えて行けますとも。でもね…」


天使

「な! 何言ってんの!? あんた自分が何してるかわかってんの!?」


日陰

「あの女が戻ってきてまた天使様の横に付こうものなら、私はもう耐えられない。自分を抑えられそうもない。だからね…天使様。私はここで天使様と永遠を誓うことを決めました」


日陰がランタンで部屋を明るく照らす。すると天使の写真が部屋中を覆っている。机の上には雲母の写真があり、胸の部分を赤黒く塗りつぶされていればナイフを突き立てられている。


日陰

「あの生徒会長、話が違うじゃない。あの女を退部させるって約束したのにテスト終わりにまた戻ってくるなんて。約束を守れない人の事なんてもう知らない。もうどうしようもないのなら私はこうするしかない」


日陰は七輪の煉炭に火を点けようとしている。部屋は密閉されており、ドアを開ける以外に外気が漏れるような場所が存在しない。


天使

「あんたまさかっ!?」


日陰

「そうですよ天使様。私と天使様は一緒に天に登るのです。それならば誰もついて来れない。誰も天使様を取ることは出来ない。永遠に私と共居られるんです。どうです? 素敵でしょ?」


天使

「…最っ低、最っ悪の選択よ! あんた今、冷静さを著しく欠いているわ。日陰、頼むから思いとどまってちょうだい…!それだけはやっちゃダメだから、ね?」


天使は声を荒立てず何とか説得を試みようとする。


日陰

「私は冷静ですよ天使様。天使様はわかってないんです。私がどれほど強い想いで今この場に臨んでいるか。私がどれほど強く天使様を求めて今まで生きてきたか。この決断が安易に決められたものでは決して無い事をわかってください」


日陰は爛々とした目で至極嬉しそうに微笑んでいる。


天使

「畜生ぉ! やめなさい! 私はまだ死にたくないの! まだあの生徒会長をボコってないし、お金持ちにもなってない!私の人生はまだこれからなの!」


天使は激しく暴れるが全く拘束が解ける気配はない。


日陰

「ふふふふふふ、天使様。肉体を手放せば俗世の欲からは断ち切られ、新しい世界が開かれます。きっと素晴らしい世界が待っていますとも。少しの辛抱です。さぁ天使様、私と共に天国へ旅立ちましょう…」


天使

「やめろーっ!!」


日陰が七輪に火を付ける。が、外でゴドンッ! と何かが落ちるような物音がすればペットボトルの水をかけて鎮火させる。


日陰

「…誰だ」


日陰の目付きが鋭くなった。テーブルに置いてあったナイフを握ればドアの前で聞き耳を立てる。


天使

「はぁ、はぁ、何? なんなの…?」


日陰

「誰かが近くにいるようです。…おかしいな、付けられてる様子はなかったんだけどなぁ」


法助

「…」


法助は物音を立てずじっと潜んでいる。法助は昔から目立たない事には自信があった。出来るだけ他人に関わらないように心掛けて生活している内に、事を荒立てない【所作】が身に付いた。普通の人であればバレて見つかるような場面でも、慎重に気を配り下手に物音を立てないように潜む事が得意になってしまっていた。まさかこんな所でそれが役に立つとは。


日陰

「何方ですかー?」


日陰が笑顔でドアを開ける。しかしどこにも異常はない。すると通路の奥でパキっと何かの音が聞こえる。


日陰

「…そこですか」


日陰は通路の先を睨めつけながらナイフを構えて移動する。しかしそこには何も無かった。一応に他の部屋も探索する。荒れ果てているだけで特に誰かがいるといった形跡もない。


日陰

「猫かなにかだったんでしょうか」


日陰は天使の居た部屋へ戻る。【天使が居なくなっている。】


日陰

「…!?」


法助

「森永さん、大丈夫ですか…!?」


天使

「死にかけたわよ!なにボサボサしてたのよ!?」


法助

「何をするつもりなのか、どんな話をするつもりなのか録音して聞いてたんです。だけど死のうとしてるとわかったんで流石に助けに入りました」


天使

「私は囮って訳ね? あんた怪我が治ったら覚えてなさいよ! ぶん殴ってやるんだから!」


法助

「収穫はあったんですから勘弁してください…!」


2人は潜みながら日陰を撒こうとする。通路は円形になっており階段は1つだ。非常階段はあるものの、ドアが壊れていて開かない。蹴破ることも出来そうだが、物音を立てれば日陰が飛んできて大変危険な目に遭う。


天使

「こっからどうするつもりよ」


法助

「何とか日陰さんを撒かなくちゃいけませんね。でもあの状態で放っといたら予想外の行動に出るかもしれません。それだけは避けたいです」


天使

「…そうね。殺されそうになったけど、私を諦めてアイツが1人で死ぬなんて最低最悪な気分だもの。絶対に阻止しなきゃいけないわ」


日陰は部屋から移動する。そして階段を降りて行った。


法助

「降りていきましたね」


天使

「入口付近で待ち構えているかもしれないわ。安易に降りるのも考えものね」


法助

「どうしよう、警察呼びます…?」


天使

「それじゃあ元の木阿弥よ。アイツとは距離が出来てしまって協力関係は得られそうにない。何とか日陰を制圧しないと…」


法助

「…ならば覚悟を決めないと行けませんね」


まだ天使は外へは出ていないだろう。誰だ? 誰が天使を逃がしたんだ? まさか常磐雲母? いや違う。アイツは門限があってさらに外出禁止になっている。天使の人間関係を思い返してみる。弓道部で仲がよかった連中の事は知っているが、心配になって付けてくるほどの仲が居たようにも思えない。まさか映像研究部の安栖里か? もしくは文化部の従姉妹の森永天響か? だがどの人物が来ていたとして理由が分からない。もしかして生徒会長とコンタクトをとっている事を知っている人物…? 日陰はホテル唯一の出入口から外に出れば建物の陰で誰かが出てくる所をじっと身を潜めて待つ。


日陰

「…出てこないな…」


すると背後でバシャンッ! と何かが割れる音が聞こえる。窓を破壊して落としたようだ。続けてガシャンッ! と七輪が落とされる。まずい。あれが破壊されれば天使と共に旅立てなくなってしまう。


日陰

「くっ! そう来ましたか!」


日陰は慌てて部屋に戻る。すると天使が窓枠で寛いでいる。


天使

「あら、戻ったのね。早かったわね」


日陰

「天使様、何をされたか理解されていますか?」


天使

「何をって? この部屋、湿っぽくて埃っぽかったから換気したのよ。ほら外をご覧なさい? とても綺麗な夜景でしょ」


日陰

「天使様が七輪を破壊したから、一緒に屋上から飛び降りるしか旅立てる方法がなくなってしまいました。穏便に楽に逝きたかったのに…」


天使

「そんなことしたら天国じゃなくて地獄に行っちゃうじゃない。だって下に落っこちるんだから。天国へ行くなら上がっていかないと。落ちてんのに天国へいけるはずないじゃん?あんたバカ?」


日陰

「天使様は…そんなことを言いません」


日陰はナイフを構える。


日陰

「天使様なら…私の愛を受け止めてくれる」


日陰は天使との距離を詰める。


日陰

「天使様とだったら…天国へいけるはず」


日陰は天使に向けてナイフを振りかぶった。


天使

「残念ながら私はあんたとなんて天国へは行かないわ。きっと退屈だもの」


法助は日陰にペットボトルの水をかける。


日陰

「あうっ!?」


日陰は慌てて顔を拭う。天使は日陰に体当たりをする。法助はナイフを奪おうと手を取り押さえる。


法助

「ぐっ、結構力が強い!」


天使

「あんた! さっさと奪っちゃいなさいよ!」


日陰

「誰だっ!」


日陰は手を激しく動かす。法助の脇腹に当たれば法助は悲痛に呻いた。


法助

「あぐぅっ!!」


誤って手を離してしまう。日陰は天使の事も振りほどけば部屋の隅に移動する。


日陰

「はぁ、はぁ、よくもやってくれましたね…。せっかく天使様を捕まえたのに全てパァです!」


法助

「諦めろ日陰さん。あんたのその執念は森永さんも日陰さん自身も幸せに出来ない」


日陰

「はっ。貴方に何がわかると言うのですか?いけしゃあしゃあと綺麗事を並べないでください。虫唾が走ります」


法助

「生きていればきっといいことがある。今日森永さんとお話出来て、明日もきっとお話出来る。楽しいことだって続くだろう。雲母が戻ってきてもそれは変わらない。その毎日をあんたは否定するって言うのか?」


日陰

「私の、天使様は誰にも渡さない」


日陰は目を剥いて自身の首にナイフを突き立てようとする。


天使

「バカっ! やめなさい!」


日陰

「天使様、天使様が一緒に逝ってくれないというのなら、【あなたに呪いを掛けます。】あなたは永遠に私を忘れないでしょうね。この部屋は私の血飛沫で彩られあなたの脳髄に永遠に刻み込まれます。忘れられぬ記憶の中で私は生き続けるのです」


法助

「…そこまでしなきゃいけないのか? あんたの隣に居るのは森永さんじゃなきゃダメなのか…?」


日陰

「人の気持ちは心を開け放って初めて分かるもの。私の想いの一部でもわかって貰えたなら、私はそれでもう満足です。さようなら天使様…」


日陰はしとしとと涙を流す。


天使

「…やめなさい。日陰、誰に断って死のうとしているの?」


日陰

「…え?」


天使

「あんたを救ったのは私でしょ? ならあんたの命は私のもの。あんたが自分でその命を絶つ権利はないわ」


天使は日陰と距離を詰める。


日陰

「…こ、来ないで!」


天使

「日陰、わかってるの? あんたは今私のものを壊そうとしているの。それがどれほど罪深いことか。それがどれほど愚かな過ちなのか。わかっているの?」


天使は日陰のナイフをぐっと掴み、自分の肩に押し当てる。じわり、じわりと血が滲んでくる。


日陰

「…ひっ」


天使

「見なさい、あんたがおいたしたから私は傷ついたわ。この血は私の血。あんたにはこの代償を払って貰う。一生をかけてね」


日陰

「あ、天使様ぁ…」


天使

「あんたは私のものよ。永遠に。それを心に深く刻み込みなさい? 私が命じれば必ず言うことを聞く。私が欲すれば全てを差し出す。私が望めば全て叶えるよう努める。何がなんでもね。私の為に生きて、私の為に尽くして、私の為に死になさい。そして一緒に堕ちて行くのよ。天国ではなく、地獄にね」


天使は自分の血を手で拭えば日陰の額をなぞった。


日陰

「…ああ、ああああ、天使様、天使様…」


日陰は恍惚とした表情をしている。【これを望んでいた。日陰はこれを求めていた。】自分を征服してくれる天使を。自分を支配してくれる天使を。自分を所有してくれる【天使様(てんしさま)を。】


日陰

「…はい、はい、そのように。天使様のお眼鏡にかなうよう努力し、尽力します。あなたに永遠に付き従います。私は天使様の物です…!」


日陰は天にも召されるような幸福に満ち溢れた表情をする。固く握られていたナイフからは完全に手が離され、膝を着く。その手は祈るように重ねられていた。


法助

「…なんてこった」

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