第41話 倒錯敬慕
森永天使は部活動へ赴く。今日の今日とて雲母はいない。あんなにも熱心に取り組んでいたのに、あんなにも弓道を頑張っていたのに。たった1度の過ちでそれを摘み取られてしまった。
天使
「…はぁ」
あまりにもあんまりだ。自分の所為であると言えばそうかもしれない。だが弁解の余地すらなかった。自分が誘ったから悪かったのかもしれない。だがあまりにも残酷すぎる。自分と雲母はもう関わり合わない方がいいだなんて。あの常盤琥珀は言い放った。何が関わり合わない方がいいだ。それを決めるのはお前ではない。勘違いするなよ、ざっけんじゃねぇ。ヤツを知れば知るほど埃が出てくる。くせぇくせぇ。この歳で、その歳で自分の手を汚すことなく他人を不幸に、いいように操ろうとするやつなんざ将来必ずろくでもない人間になること間違いないだろう。
私が、この森永天使がそのいけ好かない鼻っ柱をぶち折ってやる。水鳥法助にやった以上の屈辱と蹂躙をプレゼントしてやる。お前は雲母の身内に相応しくない。
天使
「日陰、ちょっといい?」
「はい、なんでしょうか」
コイツは日陰颯葵。前日法助が自分と雲母は関わらない方がいいと言った人物に心当たりはないかと聞かれ、少し考えた後にコイツが浮かんできた。コイツは2年1組の弓道部の女子であり雲母とはあまり接点がないように思われる。しかし私が雲母の指導や話を聞いてやり始めた時に、1度だけ妙な出来事があった。
天使
「話があるんだけど、今日喫茶店でも行かない? 私が奢るから」
日陰
「…え? 奢っていただけるんですか? 嬉しい、嬉しいです…。楽しみに待ってます」
天使
「ええ、好きなの頼んでいいわよ」
日陰はニヤァっと微笑めば嬉々としてその話し合いを受けた。何となく不気味に感じたが可愛い自分の後輩である。なんとか不発で終わってくれれば嬉しいのだが。練習は終わり、的の貼り換えも終われば5時過ぎになる。
天使
「日陰、それじゃあ行きましょ」
日陰
「はい…。まさか森永先輩からお誘いを受けるなんて。はぁ、嬉しくて嬉しくて」
天使
「何を大袈裟な…。そんなに行きたかったならあんたから誘ってくれてたら行ってたわよ」
日陰
「…私にはその勇気がなくて。先輩のことはずっと、ずっとお慕いしていました。ああ、感動でクラクラしてしまいます」
天使
「あんた大丈夫? …別の日にする?」
日陰
「いえ、ふふふ。問題ありません。大丈夫です」
不敵な笑みを浮かべる日陰を尻目に2人はPARIPARITully'sへ向かう。天使はコーヒーとクッキーを。日陰はコーヒーとチョコラスクを頼んだ。
天使
「最近どう? 部活頑張ってる?」
日陰
「ええ。私は毎日部活の時間を楽しみにしています」
天使
「そうなの。モチベーションは十分なようね。良い事だわ」
日陰
「…それも先輩のおかげです。先輩がいてくれるから、私は部活動を続けてられるんです」
天使
「な、なによそれ。ちょっと照れくさいわね。私、そこまで想い入れられる覚えはないわよ?」
2人の座る席の前から斜め後ろ、2つ隣に法助が帽子をかぶってその会話を聞いている。その様子を見ていれば天使にかなり入れ込んでいるようにも思える。天使はそこまで魅力的な人物なのだろうか。
日陰
「…いいえ、先輩。私は先輩に救われたんです。だから先輩の為ならなんだって出来ます。全てを投げ出してでも先輩に尽くしてもいいとも思っております」
天使
「え? 私が救った?? そんな心当たりないんだけど…」
日陰
「先輩は覚えてないかもしれませんが、昔公園で虐められていた私を助けてくれたのは先輩なんです。その時からずっと、ずっと想い続けていました。そして中学に上がり弓道部で先輩を見つけました。私は運命だと思いましたよ」
天使
「公園で…? うーん、小さい頃のことだとちょっと思い出せないわね。そんなことがあったような無かったような。よしんばあったとしても、そんなに大袈裟に捉えなくてもいいんじゃない? もっと気楽に行きましょうよ」
日陰
「そんなことはありません!」
ドンッとテーブルを叩く。天使と法助はビクリと体を震わせる。周りの人間もチラホラ注目しだした。
日陰
「…先輩が、先輩が雲母さんと仲良くしてる所を見て私は苦しかった。私は先輩の隣でああして色んなことをしたかったのに、雲母さんがその邪魔をするから私が先輩の隣に入ることが出来なかった。とても、とても無念でした。先輩は1年の頃から雲母さんを大事に想って指導していました。私だってそうされたいと願っていたのに、先輩のことをまるで自分のモノのように接して隣で笑っている雲母さんをみて、正直心穏やかではありませんでした。何故彼女なのか、何故自分では無いのか、何故彼女が先輩の隣にいるのか。退いて欲しい、退いて欲しい、退いて欲しいとずっとずっと願っていました。先輩の隣に居たいのは私なのに、先輩と一緒に歩みたいのは私なのに、何故我慢しなきゃ行けないのか、何故こんな切ない想いをしなきゃ行けないのか。私は先輩に恩返しがしたかった。私は先輩に尽くしたかった。私は先輩と楽しい学生生活を送りたかった。雲母さんは少しの間何となく一緒にいただけで先輩の隣に陣取ってしまった。私は孤独でした。1人でした。自分が居たかった場所に雲母さんがいることが憎くて憎くて仕方がありませんでした。辛かった、寂しかった、寒かった、そして恨めしかった…。だからね先輩…」
天使
「…え、ええ」
呪詛のこもったような言葉の応酬にたじろいでいた。法助も唖然としながらそれに聞き耳を立てる。
日陰
「…私、雲母さんが部活に来なくなって凄く嬉しかった。やっと願いが叶ったんだなって。やっと先輩に報いることが出来るんだなった思ったんです」
そこで天使の表情が驚きで引きっていることに日陰はハッとして気付く。
日陰
「…あ! 先輩ごめんなさい…。驚いちゃいましたよね…。引いちゃいましたよね…。雲母さんが居なくなったのはたまたまなのに。気持ちだけが焦ってこんな嫌な事を言っちゃうだなんて」
法助はロンドを踊った教室での事を思い出した。この子も想いが強すぎるとあんなふうに暴走しがちになるのでは無いかと顎をさすりながら考えた。
天使
「いや、まぁ、あんたの想いは十分に伝わったわ。雲母はテストが終わったら戻ってくる予定だから、あんたも雲母と仲良くしなさい。2人ともにちゃんと指導してあげるから」
日陰
「イヤです」
ピシャッと言い放つ。ハッキリ拒絶する反応であった。
日陰
「先輩、雲母さんと関わるのはよした方がいいです。良くないことが起こります。それはいずれ先輩の身にも降りかかること間違いないでしょう」
法助
「…来た」
天使
「…ふーん。なんでそんな風に言いきれるの?」
日陰
「あの子は私達とは違う世界に生きてるんです。だからまるで通り過ぎる雲のように扱わないと、追えば落ちて怪我をする羽目になります。1年の時に彼女に関わろうとして転校させられた生徒がいるんです。先輩、悪いことはいいません。雲母さんとは距離を置いた方がいいです」
天使
「そう…。何か訳ありみたいね。ちょっと、トイレに行かせて」
天使は日陰にそう伝える。法助に目配せすれば法助は1分程待ってからトイレの方へ向かう。
天使
「ビンゴね法助。アイツ傀儡で間違いないわよ」
法助
「恐らくはそうですね。ですが何やらややこしい関係みたいですね…。とても強く森永さんを想いやっています」
天使
「一筋縄では行かないかもしれないわ。何とか傀儡と協力関係にならないと琥珀を欺けないね。交渉を続けてみる。あんたは安栖里に連絡入れといて」
法助
「了解です」
2人は席に戻る。
天使
「お待たせ。今日は大分話し込んじゃったわね。そろそろ帰りましょうか」
日陰
「そうですね。明日からよろしくお願いします。森永先輩…」
ねっとりとした口調でそう答える。可愛らしい、整った顔立ちなのに内面がドロドロしている。人は見かけに寄らないと言ったところか。天使はコーヒーを流し込めば会計を済ませる。
日陰
「ご馳走様でした」
天使
「いいのよ。また来ましょうね」
日陰
「はい! 是非一緒に。今度は私に奢らせてください」
天使
「後輩から奢らせる訳には行かないわ。そんなに気にしなくていいからね」
2人は喫茶店からでる。法助も後を追う。2人は帰路に着き、しばらく自転車で走る。
天使
「…う、うん…?」
天使は急激な眠気に襲われた。意識を保つのが難しい程の眠気に自転車を一旦停止させる。
日陰
「…森永先輩、どうされましたかぁ?」
日陰は目を細め天使の方を見つめる。
天使
「…いや、急に眠くなってき、て」
日陰
「…そうですか。無理なさらないでください? 私がお家までお送りしますので」
日陰はそう言うと天使の肩を持ち、歩み始めた。
法助
「…ん? どうなってるんだ…?」
後を追ってきた法助が異常に気付く。おかしな事が起こり始めた。法助は胸騒ぎがしつつも2人の後を継続的に追う事にする。




