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SHADOW DETECTIVE  作者: 柳生 音松
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第九十話 室富

 静かな裏通りで、煌々と光る食堂からは、賑やかな声が漏れ聞こえていた。


 時間は二十三時をまわったところ。


 一時間で帰ると言っていた明日美は、楽しさ故に気持ちが離れられず、“あとちょっとだけ“を繰り返して弥を困らせていた。


 美雪は、そんな明日美と、そしてジーナや瑞希と言った初対面の女子たちと盛り上がっている。


 水戸の子供たちは食堂の主人の妻、千鶴になついてしまい、佐久間と谷中が何故か仲良くなり酒を飲み交わしたりと、参加者全員にとっての“サプライズ″となった。


 そして…


 食堂のすぐ側にある都道を潜った先にある三角公園。


 その中にあるベンチに座る、一人の男の姿があった。


 室富だ。





「隙あり!」




 夜空を見上げる室富の背後にそっと近づいた六堂は、手を銃に見立てた形にして、「バン」と発砲の真似事をした。



「…何だ探偵か」



 ゆっくり振り返った室富は、白い息を吐きながら笑った。


「プロの殺し屋が後ろ取られてたらダメだろ?」


「ばーか、気配は気づいてた。殺気を感じないから、反応しなかったんだよ」


「あ、そうなのね」


 六堂は両手をズボンのポケットに入れると、室富の座っているベンチの、隣のもう一つの方のベンチに腰を掛けた。


「さぶっ…」


 しんと冷える空気は、風もなく静かに、だが凍てつくような鋭さがあった。


 六堂は、座ったベンチがあまりに冷たく、思わず肩を竦める。


「…で、こんなところで、一人でこっそり店抜けて何してたんだ?体冷えちまうぞ」


 室富はふっと微笑んだ。


「…酔い覚ましにちょうどいいさ。そっちはいいのか?店にいなくてよ。あのが半分はお前のために企画したパーティーだろ」


「ああ、まぁ、今は女同士楽しく話してる。大丈夫だろ」


 室富は、側に置いていた蓋の空いていない缶ビールを手にした。


「なぁ探偵…」


「ん?」


「今な、俺はジョーと話してたんだ」


 どうやら“缶ビール”は、ジョー・ローデッカーのために用意したもののようだ。そして夜空を見上げていたのは、語りかけていたのだろうと、六堂は理解した。


「ジョーは、俺の師であり、命の恩人だっだんだよ」


 室富は、日本生まれだが、父親の仕事の都合で幼少期にロサンゼルスに引っ越したという。酔っているからか、そんなことを語り始めると、掛けている黒眼鏡外し、親指と人差し指で鼻の付け根を押す室富。


 そしてまた黒眼鏡を掛ける。


「探偵、お前、こないだ俺に興味が湧いてきたとか言ってやがったよな?」


「…あ、ああ」


「そうか。実はな、俺は育ちがいいんだ」


「…は?何だ急に」


「ま、ガキの頃までの話だがな」


 室富の父親は、本社がアメリカにある大企業の研究開発部門の技術者だった。その知識と腕を買われ、ロサンゼルスの研究部門へ呼ばれていた。


 高濃度の放射能汚染下の中でも、故障せず安定して作業の出来るロボットの開発に携わっていたことは、後から知ったという。1980年代としてはかなり先を見た開発と言えた。


 ロボット開発は、本来であれば日本が得意とする分野だったが、いわゆる政府がそういった技術開発への財政出動をせず、自分たちのバッジを守るための一部の資本家たちとの癒着を優先にすることから、技術の海外への切り売りという影響の、始まりの頃だった。


 十分な研究費、開発費を出してくれる企業で力を振いたいと思うのが、技術者の心情だ。室富の父親も例外ではなかった。


「…ま、ガキの俺にはよく解らないことだったがな。しかし幼かったこともあって、ロスでの生活はすぐに慣れたさ。住んでたのは、サンタモニカ、海の見えるいい場所だった」


 子供の頃の室富は、普通よりも少し豊かな暮らしだった。庭付きの一戸建ての家に、ジャーマンシェパードを飼っていた。母親が紅茶好きで、朝夕色々な銘柄が出ていたことを憶えてるという。


「だが、ある日その生活は消えたんだ」


 室富が十歳になる年のことだった。両親は自宅で殺された。


 そして室富も、胸に三発の弾丸を受け、愛犬も殺された。


 犯人は殺し屋だった。


 室富の父親は、ライバル企業から多額の報酬で引き抜きの話を受けていた。


 だが、勤務している会社の対応の良さと義理があり、室富の父親は断り続けていた。そこでライバル会社は、殺し屋を雇い、強盗に見せかけて家族諸共、消し去ろうとした。


「よほど親父が必要だったんだろう。手に入らないなら消そうってんだからな…。そのライバル企業は、軍事の分野に力を入れていたが、政府からの受注が減り困窮していたらしい。親父が入ればライバルに奪われた注文も取り戻せると考えたんだそうだ」


 実際に室富がそれを知ったのも、先のことであった。


 室富一家を手に掛けた殺し屋は、強盗に見せかけるために金目の物の奪い、家に火を放った。


 そして家から煙が上がっていることに気づいたのは、ジョー・ローデッカーだった。


 この当時のローデッカーは、カンパニーズアーミーはなく、ロスの裏社会で活動していた殺し屋だった。だがターゲットとなる相手が殺されるべきか否かをよく吟味しており、“金を貰えば誰でも殺す”ということは絶対にしない男だった。


 法の目を掻い潜り、今日を平和に生きる人に害を与える存在であれば、その命を奪う、まさにクライムヒーロー、それが当時のローデッカーだったのだ。


 火の手の上がる家で、血まみれ一家を見た時に、“ああ、これは何か理由があって殺されただのろう”ということは、すぐに理解したローデッカー。


 誰か逃げ遅れた者がいたならばと思って飛び込んだが、諦めてその場を立ち去ろうとした。だが、室富が微かに動いたのを見逃さなかった。まだ息があったのだ。


 奇跡、それは本当に奇跡だと、室富は口にした。


「ジョーに運ばれた先の病院でも、医師はこれは助からないと言ったそうだ。ま、一ヶ月の昏睡状態を経て、この世に生還したんだから、自分でも言うのも何だが、大したもんだよな俺」


 意識を取り戻してからは、十歳の少年には厳しい時間を過ごすこととなった。両親も、愛犬も失い、悲しむ間もなく警察の聴取が入り、今後どうしていくかという話もあった。


「親戚は日本だったからな、俺は日本に戻ることになるって話だったが、しばらくは施設にいた。でも俺は、親戚の家には行きたくなかったんだ」


 あまり付き合いのない遠縁までも、室富のことを引き取りたいと申し出てきていた。それは室富の父が人生の成功者、つまり資産を持っていたからだ。子供ながらに、室富はそのことをよく理解していた。


 必要なのは“自分ではない”と。


 昏睡状態でいた一ヶ月の間、連絡は行ったはずだが、日本からは誰も見舞いには来ていないことも知ってた。本気で引き取りたいわけではないのだ。


 殺されかけてから最初に目を開けた時、病室のベッド横にいたのは、火救ってくれたローデッカーだった。


「よ、お目覚めか?」


 少しワイルドで、どこか悪そうな雰囲気を、朧げながら感じたことを憶えているという。だが最初の“その一言”も忘れられない。本当に心配してくれている優しい目をしていたと、富は懐かしそうに語った。


 親戚の所には行きたくないと強く思った室富は、施設を抜け出し、自分を救ってくれたローデッカーを必死で探したという。


「バカな話さ、ジョーに会えばまた救ってくれるかもしれないって…」


 だが、室富が生きていることは、自分を殺そうとした殺し屋にも伝わることとなる。強盗殺人、一家惨殺、子供が重体という見出しで、新聞にも掲載されたからだ。


 ローデッカーを探していく中、再び現れる殺し屋。


「…忘れもしねえ。ジョーを探して裏の世界に飛び込めば、そりゃあの殺し屋も俺を探す手間が省けるってもんだからな。夜の裏通りで、目の前に現れた時ゃ、ああ今度こそ死ぬなと思った」


 だがその時、室富の背後から風のように現れた男がいた。


 ローデッカーだ。


 ローデッカーは、殺し屋を一瞬で倒して退けた。


 華麗なその技に、室富は魅了された。相手と同業とは思えぬ力の差に、ゾクゾクした。


 ローデッカーは、室富一家を殺した人物を探していた。“子供が生きている”と知れば、必ずまた現れると踏んでいたからだ。知る者は完全に消す、ターゲットは100%消す、それが殺し屋だからだ。


「よおボウズ、ずっと俺を探してたってな」


 そう言い、腰を抜かして地面に座り込んでいた室富に手を差し伸べたローデッカー。


 その晩が、二人の関係の始まりだったという。室富の事情を知り、ローデッカーは厄介そうな顔をしながらも、共に過ごし、そして殺しの技術を教えてくれた。




「…ってわけさ。だからよ、死んだと思っていたジョーから連絡があった時は、マジで嬉しかったんだ。ま、結局は再会は出来なかったがな。前田には何の義理もなかったが、ジョーが信頼していた男の頼みだと知り、依頼を引き受けたって話さ…」


 一通り話し終えた室富は、缶ビールの蓋を開け、空に向けた。そして少し静止した後に、一気にそれを飲み干した。


 ゴクッ、ゴクッ…と、最後の一口まで喉に流し込むと、はあああっと息を吐いた。


さみいいいいっ!!」


 (こんな寒空の中で飲めば、そりゃ寒いだろう)と六堂は苦笑した。


「探偵…」


「何だ?」


「今回の件、マジでありがとうな。お陰でジョーの無念も晴らせることが出来たと思う」


「何だ改まって。礼を言うのはこっちだ」


「裏稼業やっていると、大抵ロクな奴と出会わないが、…お前はいいやつだ。探偵の裏社会にいた頃の仲間おともだち、面白えな。あー…なんだっけ。渡辺に木崎?」


「ああ、一緒に活動していた元メンバーだ。あいつらこそ、いい奴らだよ」


 食堂の中で酒が進む中、室富は、渡辺、木崎らとも話をしたが、二人が六堂に対しとても信頼と好意を持っていることを感じていた。


「お前は仲間に恵まれてるな。いや…それともお前がそういう奴らを引き寄せるのか?」


「さあ、そんなこと考えたことはないさ。だが、お前もいい奴だよ室富。本当に色々と世話になったな」


 改めて礼を言わらると、室富は首を振りながら笑った。そしてベンチから立ち上がった。


「じゃ、俺はこれで行かせてもらうわ」


「え?店に戻るんじゃなないのか?」


「ああ、居心地が良すぎてな。ロスに帰るのが億劫になっちまう。それにロスで一つやること出来た。これでサヨウナラだ。あのみゆきに伝えてくれ。パーティー楽しかったってな」


 室富は手にしていた空き缶を、公園に設置してるゴミ箱に放り投げると、振り返りざまに、手を立てて最後の挨拶をした。


 そしてムートンジャケットのポケットに手を入れ表通り向かって歩き出す。


 六堂は、立ち去る彼の背中を見て、小さく呟いた。






「また会おうぜ…室富 雷朗」


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