第九十一話 Ginna・Foster goes back to los angeles
「ねえ、イノ」
「ん?」
「初めてここで会ったの、一ヶ月前なんだね」
ここは東京国際空港の駐車場。
どんよりと重い雲が掛かっている冬の空。外は寒く、時折吹く風は当たると肌が痛かった。
六堂は、車のラゲッジスペースから、ジーナのバッグとスーツケースを下ろした。
1999.12.31 -FRYDAY-
時間は午前十時半。
大晦日、飛行機利用者の超ピークは過ぎたものの、それでも正月を海外で過ごそうとする者や、帰省のための人々で、空港内は賑わっていた。
今日はジーナが、ロサンゼルスへと帰る日。
これは予定通りのことで、この日の日本発のチケットは、予めロサンゼルスで押さえていた。
アメリカの冬はクリスマスがメイン。“ハッピーニューイヤー″の瞬間は騒ぎもするが、日本のようにお正月というものはなく、年明けは一日、二日をただ静かに過ごし、三日から仕事というのが普通だ。
知識でしか知らない日本の“お正月″を過ごしてみたいと思っているジーナは、明後日から仕事だという。
「一ヶ月…か。何だかもっと、もっと前な気がするな」
六堂は、思わず微笑んだ。
この十二月は、あまりに色々あり過ぎた。
そして“ジーナのいる生活″も、何となく馴染んできていた頃だった。
セントホーク事件がなければ、ひょっとして会うこともなかったかもしれない彼女。
事件の捜査担当になった涼子の代わりに、彼女の迎えに行くことになったあの日が、六堂には随分前に感じられた。
「日本の寒い冬が恋しくなるわね」
ロサンゼルスは冬でも二十度の時もある。来日した頃は寒さに堪えていたジーナだが、ここ二、三日は少し慣れてきた頃だった。慣れてくると、ピンと気の引き締まる感じが、寒さもそう悪いものでもないとさえ感じていた。
搭乗予定の便が飛び立つまでは、まだ少し余裕があり、二人は時間を潰すために空港内の“スタバ”に入った。ジーナを迎えに行った、あの日と同じ“スタバ”だ。
混み合っている店内だったが、ちょうどカウンターの椅子が二つ空き、そこへと座る。そして二人が注文したのはホットコーヒーとマフィン。お互い同じ物を頼んだ。
「リョウコとは、もうちょっと話したかったなぁ」
もともとジーナの来日した目的は、涼子に会うためであり、帰る時を迎えた今、思わずそんな愚痴をこぼした。
そして多忙な涼子は、見送りには来れなかった。
美雪の企画したクリスマスパーティーにこそ無理をして参加した涼子だったが、今は年末年始など関係なく仕事に追われている。セントホーク事件の大きさと闇深さは、しばらく彼女に落ち着く日を与えてはくれないだろう。
だから、今日も“知り合った日″と同じく、六堂はジーナと二人、車に乗って空港までやってきたのだ。
あの日と違うのは、六堂の黒の愛車が最新モデルになったことと、ジーナが六堂を“名前″で呼ぶようになったこと。
「傷、痛まないか?」
撃たれたジーナの腹部を指差す六堂。
「little bit…大きく動くと少し」
「あまり無理するなよ。傷口が開いたら面倒だからな。撃たれたことは隠して闇医者で治療を受けてるんだから、職場で知られるなよ」
ジーナは肩を竦めて首を縦に振った。
「OK OK。Ah…、それより気になっていたことあったんだけど」
ジーナがコーヒーを一口飲むと、ふと思い出したように言った。
「“それより”って…、大事なことだろ。で、何?」
カップを置いてマフィン手にしたジーナは、人差し指を立てて振る。
「初めてイノと会ったあの日のことだよ。リョウコの代わりに私を迎えに来たあの日…You、私の顔知ってた?」
コーヒーを飲もうと口元に寄せていたカップを離す六堂。そして思い出すジーナの横顔。
「…あ、いや。急なことだったし、事件現場から直接向かったし、“若いブロンドの白人女性″とだけ聞かされて…」
「Ah、やっぱり。でもさ、すぐに気付いたでしょ。私が“ジーナ″だって」
ここは首都東京にある“国際空港″。日本国外からの来る人は沢山いる。今がそうであるように、あの日も店内に若い白人の女性は他にもいた。
だが六堂はあの時、店内にいたブロンドの白人女性の中で、どの人物が“ジーナ″なのかすぐに気づいた。
目に入った彼女の横顔。
今日と同じ窓際のカウンター席に座り、人が行き交う空港内をぼうっと頬杖をついて見てたその横顔を見て、それが彼女だと判った。
六堂は、その時のことを思い出すと、軽く微笑んだ。
「ああ…確かにそうだった」
「あれ、I wonder why…Ah…“何でかな?″って、ちょっと気になってたんだよね」
「さあ…何でだろうな」
六堂は返答に困り、首を横に振って苦笑した。
特に理由はない。見た瞬間に“ジーナ″だと気づいた、本当にそれだけなのだ。
ただ、これは“後々”に語られることだが、六堂が彼女のことを“ジーナ″だと気づいたのは、“運命″だった…つまり一目惚れだったのだろうということ。
勿論、恵を失ったばかりの六堂の口からは冗談でもそんなことは言わないだろうし、そもそも彼自身にそういう意識はない。恵が死んだ翌日に、まさか他の女性に目など行くわけがないことは当然だ。
だが強いて言えば、そうなのだろうと言うこと。
「そっか。ま、いいけど…、detective intuitionみたいなものかな」
ジーナはそう言い、にっこりと微笑んだ。
六堂はその笑顔を見て、改めて自分は彼女に“救われた″のだと感じた。
恵を失い、どん底の精神に陥った直後に現れたジーナ。彼女の明るい人柄に、支えられたことに、六堂は心から感謝した。正直、初めて現場の調査に出向いた時は、冷静ではなかった。
「あのイノ、Ah… Take it easy」
ふと見せた、六堂の悲しそうな目に気づいたジーナ。
「…ん?」
「…余計なことだったら申し訳ないけど…本当に、無理しないでね」
「な、何だよ、改まって」
ジーナは笑顔のままだが、目線を落とした。
「my lover died…私も、あなたと同じこと体験してる。I can understand your feelings a little…Ah…だから少しはYouの気持ち解る」
突然出た意外な話に、六堂は思わず目を大きくした。
「…ジーナ」
「time will settle、Ah…時間はかかるけど、抱えているその気持ちは必ず解決する。失ったgirlfriend、とても大切だったことは解るよ。でも、Youは大切な人たち沢山いる…あのクリスマスパーティーでそれをすごく感じた。失った大切な人を忘れることは出来ないけど、どうしようもないことっていっぱいある。Youは今生きている大切な人たちと、もっと自分のための時間を過ごして欲しい」
少し間を開け、六堂は片眉を下げて、苦笑した。
そんな彼の表情を見て、ジーナは少し“差し出がましい″こと言ったかと、気まずそうにする。
だが六堂はそです悪く思ってはいない。何故なら、彼女の真っ直ぐな部分にこそ、惹かれ、そしてささえられたからだ。人として信頼もしている。決してお節介で言ったわけではないことは、十分理解していた。
「Ah、sorry…I apologize for being presumptuous」
「何だよ、英語で言われてもよく解らないけど、そんな顔するなって。心配で言ってくれたんだろ?」
「…Yes」
「ありがとう。大丈夫だって、無理はしない。何事も時間が解決する、それもよく知っている。結構さ、修羅場潜り抜けんだぜ、俺」
六堂は優しい笑顔で、ジーナの肩をポンと叩いた。
その笑顔を直視するのが少し恥ずかしいジーナ。初めて見た時はに”Smile magician(笑顔の魔術師)”と言ったが、その言葉が今は自分に響いた。
「よし!この話はここまで!別れの前に暗い雰囲気になるのは、よくないよくない」
そう言い、六堂は上着のポケットから携帯電話を取り出した。そしてカメラを自撮りモードにすると、ジーナの肩を寄せた。
「記念に撮ろうぜ」
「What?ここで?」
突然のことに驚くジーナだが、六堂は構わずに携帯電話を構えた。
「空港のスタバで、別れの前のコーヒータイム、いい思い出だ。次いつ会えるかわからないし」
二人は顔も寄せ合い、お互い親指を立ててグッドサインをして、パシャリと一枚の写メを撮った。
ジーナは、自分の携帯電話に送られてきた今撮った画像を見て、大人気ない二人の顔に思わず笑ってしまった。
しばらく談笑していると、あっという間に出発の時間が近づき、二人は店を出て搭乗ゲートに向かった。
搭乗ゲート前で、六堂は持っていたバッグをジーナに渡し、そして二人は握手を交わした。互いにガッチリと掴みあう手。そして目が合うと、お互い微笑んだ。
「then againm」
「…ああ、また会える日を楽しみにしてる」
ゲートに並び、他の客たちに紛れてジーナの背中が見えなくなると、六堂は滑走路の見える待合スペースへと向かった。
ジーナが乗る航空機を確認すると、それが動き出すまで、彼女との一ヶ月を思い返していた。
そしてジェットエンジンの轟音と共に、灰色の雲の中に消えていく航空機を見届け、空港を後にしたのだった。
SHADOW DETECTIVE - END -




