第八十七話 事件のその後と、六堂の過去
セントホーク事件…、
防衛庁副長官の関わりと、逮捕については、政府は全力でその情報を封じ、メディアへの流出を阻止した。
そして今野が裁判を受けることのないまま、事件の真相は闇の中へと消えることになった。
十二月二十二日、留置所で、今野 秀麿の死亡が確認。
外傷はなく、朝になって布団の中で死亡していたという。司法解剖の結果は、心不全。
これがスペスメモリアが切り離されたことの影響なのか、知る術はない。
ベルダという力を失った究極の絶望から、自死した可能性も否定は出来ず、また政府から暗殺された可能性もないとは言えなかった。
もっとも、事件のキーとなる“古代文明”の関わりについて、証拠になりそうなものは涼子が全て処分したので、今野が生きていたとしても、国家転覆計画の動機くらいは警察、検察が知ることが出来たかもしれないが、それを実行可能とした、現存しない技術知識について知ることはなかっただろう。
古代文明からの兵器開発、つまりG-weaponについても、企画書からデータまで、弥と部下が可能な限り処分した。
その後、彼には今野が起こした一連の件について話すようにと政府からの圧力があったが、それは突っぱねた。
弥が突っぱねたのとは逆に、その存在を知ってる黒幕の面々は、減刑や保釈を条件に、今野が“国力強化プロジェクト”を利用して、庄司エンタープライズと兵器の研究開発を進めていたこと、そして国家転覆を計画していたことを話す者たちが続出した。
だがそもそも、利用されたプロジェクトについては、政権の一部は認知してる者もいるが、基本的には防衛庁の極秘であり、多くの外部の人間が知っていたことで、関係者たちは相当慌てたらしかった。
プロジェクトのための協力先として庄司エンタープライズを選んだことは今野から報告は受けていたが、幾人もの外部の人間がクーデター計画の黒幕メンバーに含まれており、それも“元”社長を含め、国内外の政財界に強く影響力のある者ばかりであったことに、政府はその人物たちの命を助けるか、死刑に追い込み事態そのものを闇に葬るか、相当悩んだようだった。
その話に絡み、弥の方は、検察庁に長年今野を中心に、国家転覆を計画していた一員にいたことをまとめた資料を提出。
第一目的は会社を悪業から救うことだったが、国家転覆を阻止するために力を尽くしたことを伝えた。
そこに事件の捜査担当である涼子は、“弥の協力”で捜査に当たったことをまとめた報告書を提出。加えて祖父に、弥を無罪の方向にするよう力を貸して欲しいと頼んだ。
ただ、涼子の祖父の力とは言え、検察側にどの程度の影響をもたらすかは何とも言えなかった。
その検察からは厳しい追求を免れないであろう弥だが、今野邸の地下室で手に入れた政府の悪事を記した資料を一部入手していたことで、政府からの圧力は退けることが出来た。
政財界に影響を与える地位にいた今野の書いた手記。その内容の信憑性は高い。
「私や会社に、何かしらの圧力を感じた場合は、世間へあなた方の悪業を公開する考えがあることを、お忘れなく」
弥は、繋がりのある政府関係者にサラッとそう言ったという。
そして“セントホーク事件”の表向きの真相は、クァ・ヴァーキ教の宗教テロということで、結末を迎えることとなった。
“SAT二個小隊全滅”という社会に衝撃を与えたことについては、庄司エンタープライズに兼ねてからあった、テロへの支援という黒い噂を利用し、“元”社長含む一部役員が、“高性能”な自社製兵器の横流しをしていたということで、それを可能にしたという話でまとまった。
事実、黒幕側はクァ・ヴァーキ教に武器を提供していたわけで、辻褄は合った。
だが、庄司役員が“何のため”にそんなことをしたのか?またクァ・ヴァーキ教は何故テロの場所について庄司エンタープライズが経営するセントホークを選んだのか?
そんな疑問が残ったままになったが、クァ・ヴァーキ教は代表の浦林もろとも、幹部全員が部隊零に殺されたため、そちら方面からメディアが追うことは出来ないでいた。
庄司側の関係者も勾留中であり、政府の監視もあって面会が許されておらず、世間が一連の事件のことを忘れ風化していくことになるのは、必至だった。
「憶えてる人間も一定数いるが、世間ってやつの関心が薄れるのはとても早い。どんな大きな事件、どんな残忍な事件も、時間と共に風化する」
そう語る弥は、グラスに入ったラム酒を口に運んだ。
ここは、バー“スターズブルー”。
今夜は扉にcloseの札を出している。
そしてカウンターに座る二人の男。六堂と弥。
「あー、そうだ。大衆誌のゴシップ記事…、セントホークの警備システムを受注してたシードカンパニー代表の中村が、密かに教団員だったから、あの場所がテロ活動に選ばれたとか書いてましたよ」
そう言うと、六堂は少し残っていた高級ビールをグイッと飲み干した。
「それはまた…。中村は教団員ではないですが、真実に近い記事だ。どこから聞きつけたのですかね。とはいえ、中村も口封じに殺されてますから、“真相が闇の中”というのは変わらない…雑誌を売りたいだけのネタ記事でしょう」
弥がそう応えると、六堂は口をへの字にして首を軽く振った。
「…で、実際にG-weaponの開発を行なっていたのは、いつ頃から?」
「そのことですか…。あれはそうですね、1992年頃…だったかな。今野の接触自体はそれ以前でしたが、G-weaponに必要とされる素材や部品開発が、まだその当時では追いついていなかったんですよ」
「なるほど。開発は天下の庄司エンタープライズとはいえ、設計したのは今野なんでしょ?」
「ええ」
「…あいつの言葉じゃあないけど、G-weaponは機械というより本当に“生き物の動き”だった…恐ろしい技術ですよ」
「開発を目の当たりにしていた私でさえ脅威を感じていました。ま、高技術故、形にするのに相当な金を要しましたが…ただ設計それ自体は本当に完璧でしたよ」
「…G-weaponの実戦のための使用試験では、何人が犠牲になったんです?SATや、ローデッカーらを除いて…」
弥は、その質問には深くため息をつき、右の人差し指でこめかみ辺りをトントンと叩き、間を空けた。
「……そう、ですね。明日美さんのいたチームの人間を含め、十六人…。皆、腕の立つ凄腕ばかりでした」
「十六人…そうか。それを佐々木が捜査を有耶無耶にしていたわけですね」
「そうです。最初は人混みに紛れ込めるかの実験を繰り返し、そして実戦データの収集自体は三年前あたりから始めていたんです」
「三年前というと…、俺が足を洗う少し前くらいかな?いやぁ…俺のチームが実験対象にならなくてよかった」
六堂は胸に手を当ててそう言うと、弥は、苦笑した。
「その頃のモデルは、まだ透明機能は搭載されていなかったし、もし六堂さんが相手だったら破壊してしまっていたんじゃないですか?」
「はは、どうかな…。でも、本当にそうなのだとしたら、十六人の内、誰かは今でも生きていたのかも…」
弥は少し暗い顔を見せた。
「六堂さん、言い訳ではないが、私は直属の部下を常に試験現場に張り付かせ…助かりそうな者は応急処置を施させたりもした…」
グラスをグッと握る弥。
裏社会の人間とはいえ、見す見すと死なすことへの罪悪感は、彼には許されなかったのだろう。
「責めてるわけじゃあないですよ。いいですか?元裏社会にいた俺から言わせると…裏社会に生きる者は、大抵ロクな死に方はしない。あなたが今後、そいつらの十字架を背負うことはない。どうにもならなかった。それに一人…明日美さんが助かった、それで十分ですよ」
六堂が肩を竦めてそう言うと、弥は片眉を下げて苦笑した。
会話の間のいいところで、六堂の空になったグラスを下げるラッド。
「六堂さん、おかわりはいかがですか?それとも何かお作りしますか?」
「甘くて飲み口いいのがいいな、適当に頼む」
「承知いたしました」
六堂の注文を承ると、ラッドはシェーカーと氷を準備し、カクテルを作り始めた。
シェイキングする音がリズミカルに、客のいない店内に響き渡る。
「ところで六堂さん…、聞きたいことがあったのですが」
「はい、何でしょうか?」
「…あの日、地下の会議室であなたは言った。G-weaponの腕をHuge S&Tの関係者に渡した…と。あれは事実ですか?」
その質問に六堂は目を大きくして、あっ!、と驚いた顔をした。
「そ…そうだ、すっかり忘れてた…」
そしてそう言うと、苦笑しながら頭を掻く六堂は、片目を瞑り、ら小さく舌を出した。
「忘れていた?」
「あ、いやぁ…勿論あれはハッタリですよ」
「…ですよね。あんな短時間で、駆け引きのためにそこまで出来たとは…。で、腕はどこに?」
「元仲間がHuge S&Tでアーミーやってる奴がいましてね、“関係者がいる”ってのは本当ですよ。そして俺が斬り落とした腕なんですが…」
出来上がったカクテルをグラスに注ぎ終えたラッドの方を見る六堂。ラッドは、その視線に気づき、首を傾げた。
「…何ですか?」
「マスター…やっぱ見てないよね?」
「はい?」
「…あの日、借りた車…トランクに放り込んだままなんだ」
その話を聞き、弥とラッドは呆気に取られた。
弥はG-weaponについて、四体は勿論、首都制圧用に製造していたものや、部品も含め、全て、自身がオーナーを務める鉄工所で溶かし処分していた。
だが部下のアーミーが現場から“腕だけ見つけ出せない”との報告を受け、その行方を気にしていた。
「まったく六堂さん、あなたという人は凄いのか、そうじゃないのか…」
眉根を寄せて、ラム酒を飲み干した弥に、六堂は首を振った。
「戦いヤバすぎて…失念してました。大丈夫ですよ。“CPU”もないと、“腕だけ”では未来に脅威は生まれませんって」
笑いながらそう言う六堂の話に、ポカンとする弥。
ラッドは意味が伝わったのか、クスクスと笑いながら、コースターを六堂の前に置き、「あとでトランクに取りに行きましょう」と、作った“マンゴーモヒート”を出した。
だが、六堂の言う通り、あの現場での戦いはどれも凄まじいものばかりだった。失念も仕方ないと、納得した。
あの戦いの中で、日本刀でマシンガンを構えた戦闘員に斬り掛かる六堂の姿が特に記憶に濃く残っていた弥は、危機を救った武器として、“我妻龍徹”を自宅に飾ることにしていた。
「しかし、大したものですねえ、庄司エンタープライズってのは。“あれだけ”のことをやらかして、グラつく様子もないですから」
「社長に加え役員の殆どが逮捕…。当たり前だが株価は急落してますよ。でもね、簡単にはグラつかないのが国際企業です。メディアに対しても先に手を打ち、変な印象操作はさせないようにしています。」
「だとしても、政府からの圧力もあったでしょう?」
「そっちも大丈夫。今野の自宅で、政府の圧に屈する必要がなくなる“アイテム”を色々入れたので。それに、我が社に何かあれば、この国の経済は計り知れないダメージを受けることを、首相に直接伝えている」
弥が言う以上に、政府は庄司エンタープライズに対して簡単に圧力を掛けられないでいた。
弥は“バカ息子”を長年演じながら、あらゆる業界の大手企業に高い技術提供をするための提携と、優秀な人材派遣をしていた。
“ただ自社が大儲けをする”ことだけを考えず、日本企業そのものが底上げされること望む、渉の考えによるとよものだった。
とはいえ、当然、無料で技術や人材を提供するわけではないので、提携から得られる利益もあったが、それ以上に政府との癒着のために海外に切り売りされる技術の穴埋と、新たな雇用が生まれるように可能な限りではあるが、力を尽くしていたのだ。
事件後、弥は首相に、自社、及び自身に圧力を掛ける場合、密かに進めていた幾つもの大企業への技術提供提携の取り消しを直ちに行うと言った。
提携先の企業が、それで倒産することはないだろうが、恐らく利益は激減、回復まで年月を要することになり、大企業たちがその力を失えば、税収も激減。
日本経済にとっても悪影響であり、それは天下りと組織票にも芳しくない影響を生み出すであろうことは、必至。首相としてはそんなことを見過ごすことは出来ない話だった。
「あ、そういえば副社長…、いや、社長になったんでしたっけ」
弥は首を振りながら、人差し指を振った。
「そうだが…そろそろ私のことは名前で呼んでくれませんか?こうしてプライベートで会っても、肩書きで呼ばれては疲れます」
六堂は眉根を寄せて、苦笑した。
「そうですか。では…“弥さん”と呼ばせてもらいます」
弥は満足げに頷いた。
「ええ、“弥さん”でお願いします。それで…何ですか?」
「ああ、いや、美雪のこと…」
「美雪さん?」
「はい。彼女のことを助けてれて、ありがとうございました」
「…そのことか。関係のない女の子を巻き込むわけにはいかなかったですからね」
六堂はナッツを口に放り込み、モヒートを一口呑むと、少し頷いた。
「…ここだけの話、美雪、大事なんです、特別に」
小さな声で語る六堂。
(それはそうだろう、恋人の妹だ…)と、弥は「解っている」と答えた。
だが、六堂は首を振った。
弥は少し訝しげな顔をした。
「……私が思う以上に、六堂さんにとって美雪さんに“何か”あるのですか?」
弥が尋ねると、六堂はモヒートをもう一口呑んで間を空ける。
「……ええ。これはその、俺の勝手な想いで、美雪には直接関係のないことなんですが」
言葉を選んでいるのか、六堂は少し考え込む。
「…いいですよ、六堂さん。何でも言ってください」
弥にそう言われると、六堂は口をきゅっと強く一文字にして、ゆっくりと頷いた。
「……実は俺には、妹がいたんです」
「…いた?」
弥は目を細める。“過去形”が、あまりいい意味ではないことはすぐに解った。
「ええ…そう」
六堂はモヒートを一気に呑み干し、はあああっと長く息をはくと、妹のことについて語り始めた。
妹、六堂 皐月。
皐月は、恵と同い年の幼馴染で、彼女にとって無二の親友だった。
幼い頃から、兄である六堂と三人で過ごすことも多く、とても仲の良い関係だったという。
だが…その妹、皐月は殺された。1992年のこと。
背中を深く斬られ、死んだ。
皐月を愛していた六堂は、深く深く傷つき、修羅に堕ちた。
そんな彼にとって、皐月と“姉妹のよう”に仲の良かった恵という存在は、恋愛の対象であると同時に、“死んだ妹と重なる”ものもあった。
そして、その恵も死んだ。
美雪は、歳は少し離れているが、中高時代の頃の恵と似ている上に、死んだ妹とも重ねて見てしまう。
六堂は、そんな複雑な心境を、弥に吐露した。
「…まぁもっとも、皐月は明るく、美雪は控えめで、重なるっていっても性格はちょっと違うんですけどね」
苦笑する六堂が、とても切なく見えた弥は指を二本立てて、ラッドにコニャックをストレートで頼んだ。
「…1992年に起きた、少女が刀のようなもので斬られ死亡した事件がありましたね。一時はニュースでも報じてた、憶えています」
六堂の妹が殺されたという話を聞き、弥はふと七年前の“女子高生路上惨殺事件”のことを思い出した。
雨の降るその日、学校の制服姿の少女が、路上で血塗れで倒れていた。そんな内容の報道だった。
「ええ…それですね」
「そ…そうですか…。六堂さんが、あの事件の犠牲者の家族だったとは」
「驚きました?」
「それは……、ええ」
ラッドは用意した三つのグラスに、コニャックの蓋を開けて注いだ。
そして二つを六堂と弥に出すと、自らもグラスを手にした。
「…今夜は他にお客様もいません。私も一杯いいですかな?」
身近で大切な人間を二人も失った六堂。そのことを知り、ラッドも悲しい気持ちになり呑みたくなったのだ。
「勿論」
グラスを片手に頷いた弥は、少し上に持ち上げ「…六堂さんの妹さんと、そして恵さんに」と言った。
ラッドも同じことを言いグラスを上げる。
六堂は、二人の優しさに「ありがとう」と言って、コニャックを口に運んだ。
思えば、一連の事件に巻き込まれることとなった晩は、ここスターズブルーで仕事終わりの一杯を呑もうとした瞬間だった。
ようやくここで酒を呑むことが出来、止まっていた時間がふと動き出したような、そんな感覚を覚えた六堂だった。




