第七十九話 時空を超えた会話
「…少し、私の知る印象とは違うな。だがその雰囲気、佇まい、瞳、間違いなくシャドーウォリアーだ」
背後から聞こえた声に、涼子は振り返った。
何を言っているか解らない言語でありながら理解出来たと、今野は言っていたが、まさしくその通りだった。
どうやらスペスメモリアと“繋がった”らしいことは、今野の話のお陰で理解出来た。触れることが出来るかどうかの相性があるらしいが、涼子の身体はシャドーメモリーズによる進化、変異の影響で、おそらく問題なくスペスメモリアと繋がれたのだろうと思われた。
「ベルダね」
そして目に映るその人物、“ベルダの姿”を涼子が見るのは、初めてではなかった。
シャドーメモリーズの中に記録されているビジョンで見かけた人物と同じなのだ。
それが“ベルダ”という名前であり、どのような人物であるかは、今日初めて知ったわけだが、不思議と遠い存在とも感じなかった。
ただ、シャドーメモリーズに記録されているベルダの顔は、もっと傲慢さが滲み出ていた。
「ああ…、正確にはベル…」
「ベルダの意思と記憶、でしょ」
涼子はベルダの言葉を遮るように被せた。
「そうか、事情はすでに知っているか、シャドーウォリアー」
「ええ、そう…」
ベルダは胸に手を当てた。
「…今野 秀麿の身体から、“私だけ”に攻撃をし、スペスメモリアを切除するとは。彼との融合は完璧なはずだった、驚いたよ」
「…それは、意図したことではないわ。私は副長官そのものへ攻撃をしたつもりだったからね」
「なるほど。では、エゼルの開発したウェポンズ…ブレイカーの影響なのだろうな」
ウェポンズ・ブレイカーは物理的な破壊力もあるが、古代兵器に対し攻撃的反応が作用するよう造られている。
ベルダもそれは知っている。
「十三人の支配者が、未開の地の方々へ飛ばした十三個の古代兵器…。それらについては、私が取り込んだメモリーズに記録されていたけれど、言葉を理解出来ない私にはビジョンとして見ることしか出来なかった。でもウェポンズ・ブレイカーが十三個の兵器を破壊するようセットされてること、それは解っていたわ」
「…では私、つまりベルダ本体が飛ばしたスペスメモリアも…“兵器”として記録されていたということだな」
「ええ…そうね。副長官が話した“箱”までは記録されてはいなかったけど」
ベルダは頷いた。
「エゼル・プルカ……君の持つシャドーメモリーズを造った人物は、飛んで行った十三個の兵器を逃すつもりはなかったのだな。きっと十三個を正確に記録したのだろう。兵器とも呼べぬようなスペスメモリア含めて…」
涼子はベルダの言葉に苦笑した。
「ちょっと待って、“兵器とも呼べない”なんてとんでもない。あなたは十分に兵器よ。現存しない技術知識を持った恐ろしい兵器。あなたの知識があれば、現代のどの兵器よりも高性能なものが開発出来る、それも何種類もね」
「そうか……“自らこそ兵器”というのがベルダ本体の考えだったからな。だがそれも、終わりだ。融合した肉体から切り離され、私はウェポンズ・ブレイカーの作用で燃え尽きようとしている」
「…剣で直接斬らなかったことで、起きたことでしょう。正直、私も驚いている」
今野はスペスメモリアと融合した肉体故、ウェポンズ・ブレイカーの放った光は、今野自体を兵器と認識反応し、物理的に斬り裂くと、涼子は思っていた。
「消える前に訊いてもいいかしら?」
「勿論…」
「シャドーメモリーズを造った、エゼルという…確か女性よね?どんな人だったの?」
ベルダは目を瞑り間を空けた。
そして最初に出た言葉は“美しく魅力的”というものだった。
ベルダは立場こそ反対だったが、その女性に惹かれていたことが窺えた。
その美しさに、民は皆服従したという。
エゼル本人は、権力による支配統治を嫌っていたことと、どの技術者よりも優れた頭脳を持ち、想像力が豊かだと、ベルダは語った。
「支配者の中でも王家と呼ばれたうちの一つプルカ家は、もともと優秀な人間の多い家系だった。中でも、エゼルは特別だった。そして自分の実力に溺れることもなく」
「そう。私は、シャドーメモリーズに従って古代文明の残した十三個の兵器を破壊しているけれど、その真意は分からない。何かエゼルの言葉を記録したものはないかしらね?」
ベルダはまた間を空けた。
「シャドーメモリーズはどこにあった?」
「海の上よ。“亜空間ポケット”…そう呼んでるらしい、おそらくはエゼルの開発した、こことは異なる空間の箱でね…遺跡をまるこど入れた感じになってるわ」
「亜空間…なるほど、滅びゆく文明の中で、よくシャドーメモリーズが残せたものと思ってはいたが。そして君の言う遺跡は、“プルカの遺跡”かもしれんな…。だとすれば、どこかに、彼女のメッセージが残っているはずだ…。無意味なことをする女性ではないからな…」
「そう…じゃあ、探してみることにするわ。あなたは…何か言い残したいことはある?」
「いいや…特には。私に感情はない。無念なのは今野 秀麿の方だろう。ベルダの意志は、支配者になりたいということのみだったが…今野の持つ支配計画にいい意味で作用したと、私は思っている」
「それはどういうこと?」
「説明したいが、どうやら時間がないよう…だ…」
周囲に見えていた、古代の街のビジョンは完全に消え、ベルダの姿も避け始めていた。
「今野 秀麿の自室の地下に隠し部屋がある。そこに、彼の国取り後の計画を記したノート…やメモがある。見てみるがよい…」
「それを見て、私にどうしろと?」
「どうも…しない。どうにもならない。計画は…全てなくなったのだから…。ただ、日本という…国を手中に治んとする今野の野望は、古代に…圧政を強いた者たちとは違ってい……た。君は計画をなくした……者として、それ………を…知る義務があると…私は…考える」
「…そう、分かった」
「……さら…ばだ…シャド…ウォリ…ア」
ベルダの姿が消えた直後、瞬時に涼子の周囲は地下会議室へと変わった。そして触れていた床の上のスペスメモリアは、灰になり煙は消えていた。
「終わったか………いや」
涼子は、倒れている今野に近づき、その身体を覆っている人工筋肉の胸部に手を触れた。すると緑の光が浮き出てきた。
「“こいつ”があった…」
インダストクリュスタスだ。
光は強く、涼子は目を細めるが、そのサイズは小指の先ほどもない小さな物。取り出したインダストクリュスタスからゆっくり手を離すと、それは宙に浮いたままの状態を保った。
そして涼子は、床から剣を抜き、片手で縦に切り裂いた。
瞬間、まるで線香花火が燃え尽きたかのうようにインダストクリュスタスは光を失い消滅したのだった。
インダストクリュスタスのエネルギーによって保たれていたのだろう。今野の身体を覆っていた人工筋肉は、まるで砂のように剥がれ落ちた。
それから間も無くして、上の倉庫を制圧したSITの小隊が突入してきた。
ウェイティングルームにいた庄司エンタープライズの役員たちや、財界の大物と呼ばれる者たちは、その場で拘束。
全裸で倒れている今野も確保された。
佐久間は現場の確保のため、銃撃戦で無傷、軽傷だった刑事たちとすぐに仕事に取り掛かった。
しかし、そこにいたであろう涼子の姿はなく、また六堂、室富もいなかったことで、佐久間が真相を知るのはまた数日が経過してからであった。




