第七十四話 俺は終わり、ここまで
地面に倒れた大佐は、少しの間、白い息を吐きながら苦しそうに口をパクパクしていた。何か言っているようだったが、喉にナイフを刺されたダメージが深刻なのだろう。その内容までは聞き取れなかった。
六堂も、それを聞こうとする気力がなかった。
そして気がつくと、大佐は事切れていた。
少し息が整うまで地面に片膝を着いたままでいた六堂は、ごくっと唾を飲み込みこんだ。
「…ったく、今夜は…忙しいな」
掠れた声で愚痴を呟いた。
だが愚痴の一つもいいたくはなるだろう。事務所での“G-weaponの襲撃”に始まり、“志賀との格闘戦”、そして“日本刀で銃撃戦を切り抜ける”というとんでもない戦いを経て、今、怪物である“大佐との対決”を終えた。
常人が乗り切れた戦いなど一つもなかった。
そしてどれも命懸けだったが、中でも大佐の実力が想像していたよりもかなり凄かったことが、六堂のダメージと疲労を深く負わせた理由だろう。過去最も苦戦を強いられた“阿修羅 才蔵”を、一瞬とはいえ彷彿させたほどだった。
刀士の技法によって五ヶ所を同時刺撃する“不意打ち”だからこそ仕留められたが、大佐の技術、センス、パワーを考えると、全盛期の頃の自分でも苦戦を強いられたであろうと、六堂は実感していた。
しかし結果、恵の仇は取った。
これで彼女が生き返るわけではない。六堂の気持ちが晴れるわけでもない。
だが、これから前に進むための一歩になるという確信だけはあった。
「…痛えな、くそ野郎…倒すのに夢中で、部隊零の施設について、聞けなかったな」
今夜は…、
いや、セントホーク事件に関しては“ここまで”だと思った六堂。黒幕も暴き、真相も突き止め、自身の目的も果たした。
そして何より体力の限界だった。
六堂は立てていた片膝も、両手とも地面に着いた。下に向けた顔から地面に汗がポタポタと滴り落ちる。
深く吐く息は白く、夜中の冬の空気に晒されて体が冷え始めると、その汗が急激に冷たく感じた。
(あとはこの一件については涼子さんが、そして警察が片付けてくれるだろう)、そう思い、このままこの場で体力回復を図ろうとした。
その時だった。
何者かが近づいてくる足音が聞こえてきた。
足音は二つ。
――くそ、部隊零の兵士が追跡してきやがったのか?
顔を上げると足音のする方から二人の人影が目に入った。
六堂は唇をぎゅっと閉じると、膝に手を乗せて重い体を起こし立ち上がった。
だが、新手の戦闘員が来たのかと思っていた六堂の目に映ったのは、ライフルケースを手にしたラッドと、ジーナだった。
六堂は、目を丸くした。
「…マ、マスター?」
いつもスターズブルーで見る、黒いベストと、黒いロングエプロンというバーテンダーの格好をしたラッド。ただ、手にしているのはボトルでもシェーカーでもなく、ライフルケースという不釣り合いなシルエットに六堂は驚いたのだった。
「大丈夫ですか、六堂さん?」
「ど…どうしてここに?それにジーナ、お前…」
戦闘員ではなく、ほっとした途端よろめく六堂。そんな彼に慌てて側に寄って肩を貸し、支える二人。
「…どうしてって、あなたは“大切な常連さん”だ。迷惑がかからない程度に、何かお役に立てればと思いましてね」
「それじゃ…さっきの俺を狙っていたスナイパーを仕留めたのは、あんたか?マスター」
ラッドは微笑みながら頷いた。
「ま、直接引き金を引いたのはジーナさんですがね。いい腕でした」
ラッドのその言葉に、ジーナは謙遜したような表情で鼻の頭を掻いた。
二人は近くに見えたベンチまで歩き、六堂を座らせた。
ジーナは座った六堂の前で屈むと、腫れ上がった顔を両手でそっと包んだ。少しひんやりした彼女の手が、痛む顔に心地いいと感じる六堂。
「you were badly injured…」
「…何?」
「ボロボロねって言ったの」
六堂は思わず苦笑すると、当たり前だが顔が痛かった。
「ああ、でも…撃たれてないだけマシだ。ジーナは寝てなきゃダメな身だろ」
顔色がよくないジーナを指差すと、彼女は片眉を下げて苦笑した。そして首を傾げながらジーナは「無事でよかった」と呟いた。
「だけど、よく…ここが…分かったもんだなマスター」
「六堂さんを見つけのは偶然なんですよ」
「偶然?」
「ええ。あなたが向かった先と、セントホークには何かあると、地図で見た位置関係で推測しましてね。ならば、セントホーク付近を張っていれば、何かしら手助けもあるいはと…考えましてね」
六堂は、ラッドの推測力に感心し、思わずクスッと笑った。
「さすが…“元英国情報部のスパイ”だよ」
六堂がそう言うと、ジーナは訝しい顔をした。
「え?その話、やっぱり本当なの?are you a spy?」
ラッドは、首を振りながら笑った。
「ジーナさん、彼はジョークを言ってるんですよ、ジョークを」
「which one?」
混乱するジーナを見て、六堂とラッドは、クスクスと笑い出した。
「マスター…あんたはいい人だが、彼女をこんなところに連れ出したらいけないだろ」
ラッドは慌てた様子で、頭を掻いた。
「それは、確かに…そうですが。でも遠くから様子を見るだけのつもりでしたし…それに…」
ラッドは、間を空けるとジーナをチラッと見た。
「それに?何だ?」
「いえ、どうせ止めても彼女は店を抜け出したと思いますよ」
ラッドは目を瞑り、微笑んだ。
そんなラッドを見て、何のことかと六堂は訝しい顔をした。
「…まあいい。本当に助かった、ありがとう。早く戻ってジーナを休ませてあげてくれ」
「あなたも休まないといけませんよ」




