第七十二話 殺す
「六堂 伊乃、一体何をした…」
大佐は、無線機を腰のホルダーにしまうと、拳銃を六堂に向けながら、“謎の銃声”と、“応答しなくなった部下”について尋ねた。
「さあ、知らないな」
六堂も拳銃を大佐に向けて構える。
「知らない、だと?」
「ああ。ただ…他人と接触しない隠密部隊のあんたらには理解できないと思うが、“人との繋がり″ってやつは、いざという時に大きな助けになることがある。少なくとも、俺自身が意図しない誰か味方がいたってことだな」
「…くだらん。結局は私に殺されて終わるだけのこと。直接手を下すのが、面倒ではある……がなっ!!」
話も途中に、大佐は前置きなく引き金を引いた。
バンッ!と乾いた音が鳴る。
六堂はその瞬間を察知し、弾丸が銃口から発射するより先に体を回転させ、弾道から逸れた。
すり抜ける弾丸。
反撃に六堂も発砲するが、大佐も同じく素早い前転で弾道から逸れる。その体格に似合わぬ機敏な反応と、軽やかな動きで、そのまま下から発砲するが、六堂は側の柱に飛び込み、身を守る。そしてすぐに腕を出して発砲。
繰り返し鳴り響く銃声。二人は互いに拳銃の弾が尽きるまで撃ち合った。
互いに弾を打ち尽くすと、辺りは突然静まり返る。硝煙の匂いが微かに漂う中、空になったマガジンが、カチャーンっと地面に落ちる音が二つ。そしてお互い身を潜めた場所で、予備のマガジンを装填する音が聞こえた。
「…私立探偵か。探偵のライセンスは取得が難しいらしいと聞いた」
大佐は、建物の壁に背中を向けて立ち上がり、隠れている六堂に言った。
「ああ、俺の頭では筆記は特に苦労したよ」
冗談が事実か、六堂は苦笑しながら答えた。
「…それにしても、お前は腕が立つ。何者だ?探偵が平均で優秀な人間が多いとしても、お前は腕は別格だろう」
「“情報集め”はお手の物だろ。調べてみたらいいんじゃないか?“六堂 伊乃とは何者か″ってな」
「そこまで興味はないな、ここで死ぬ男についてなど」
「そう…かいっ!」
ババンッッ!
六堂は柱から飛び出し、大佐の隠れている物陰に向かって銃を連射した。
外壁に弾かれる弾丸と火花。
だが大佐は臆することなく身を出し、反撃をした。
一発当たれば致命傷になる撃ち合いを、一歩も引かずに際どい攻防を繰り返しながら、二人の距離は瞬く間に縮まっていく。
六堂が至近距離で大佐を射程に入れると、大佐は下から持っている拳銃を蹴り上げた。六堂は引き金を引くも、銃口が逸れて弾は見当違いな方へと発射される。
――くっっ!
その隙を逃さず、大佐は六堂に拳銃を向けるが、六堂は咄嗟に体を前に空中回転しながら蹴りを放った。
空手で言うところの“胴まわし回転蹴り″だ。全体重を乗せた六堂の蹴りが、大佐を上から襲う。
大佐はギリギリで蹴りをかわし直撃は免れるも、突き出していた右手に当たってしまい、拳銃を落とした。
「おのれっ!」
回転蹴りで、地面に腰を着いた六堂に、大佐は思い切り踵で踏みつけようとした。
“靴の踵による踏みつけ”は、地味ながら蹴り技の中で特にダメージが深い、実戦技だ。まして体格のいい大佐の踏みつけ、まともに喰らっては致命傷になるのは確実だ。
――マズいっ!
六堂は回転しながら逆立ちし、まるでブレイクダンスのごとくスピードで踏みつけを回避し、立ち上がった。だが大佐は踏みつけた足を軸に、追撃。強烈なミドルキックを放った。
轟音でも聞こえてきそうな大佐の左脚。立ち上がった瞬間を狙われた六堂に、避ける動作は間に合わず、咄嗟にガードをした。
「ごわっ!」
蹴りとガードした腕がぶつかると、鈍い音が鳴る。大佐の蹴りの威力はとてつもなく、ガードごと押し込まれた六堂は横に吹っ飛んだ。
――…っ!何て重い蹴りだ!
六堂は蹴りの威力を流すように側転しながら地面に着地したが、持っていた拳銃は落としてしまった。
「……くっ」
腕がズキズキと痛む六堂は、立ち上がると、伸ばしたり曲げたりを何度か繰り返した。
「…志賀を倒しただけのことはあるな。瞬時に私の蹴りを流したな」
「こんな重くて速い蹴り喰らったの久しぶりだ」
「…“久しぶり”、だと?」
「ああ、いたんだよ前に。あんたみたいに、ゴツいくせにスピードも乗った打撃を使う奴がな」
大佐は目を細め、軽く頷いた。
「…なるほど、それほどに場数を踏んでるわけか」
大佐は、黒い上着を脱ぎ捨て、ネクタイも外して投げ捨てた。そしてワイシャツの袖をゆっくり捲る。
「六堂 伊野、上荻で部下を一人追い詰め、わざと逃したことは報告で聞いている。ホームレスの老人の始末で派遣した兵士024」
六堂は、アクロバティックな動きで翻弄してきた目出し帽の男を思い出す。
「ああ、身軽な奴だな」
「024の報告を聞いた時、私は殴ったんだよ。何をバカなことを、とな。“例の探偵は強かった”という話に、強化兵士が何を寝言をほざいているのかと思ってな」
「そうか、それはかわいそうに」
「そうだな、悪いことをしたと、今なら思える」
大佐は両拳を握り締めると、脚を前後に開いて構えた。オーソドックスな構えだが、物凄い圧力だ。
六堂は、ふうっと深呼吸をすると、両手を上に上げ、ゆっくりと下げた。下げながら両拳を握り締めると、顔の前に置いた。そして、両足を肩幅程度に前後に開いた。
奇しくも、二人の構えは同じだ。
「志賀の時とは違う構えだな」
「あれは“時間稼ぎ”のため守り主体だったからな。そういえば志賀が言ってたよ。俺ではあんたに勝てないってさ」
六堂と比べ、大佐の体格は、身長は10センチ、体重10キロは上だろう。同じ構えで並ぶと、一回り六堂が小さく見えるほどの差だ。おまけに大佐は、その体格で六堂に負けない身のこなしときている怪物だ。
「ああ、勝てないだろう。ただ、志賀との戦いは見事だったと言っておくがな。一対一の格闘戦においては、私の部下で貴様に勝てる者は恐らくいないだろう」
「俺をスカウトでもするかい?」
「いいや、貴様は組織に属し、誰かに仕える人間性は持ち合わせていない、軍の部隊には合わん。もっとも、部隊零は入隊制度は取っていないがな」
「冗談だよ。間に受けるな…、言っておくがな、俺はあんたに“勝つ”つもりはない。“殺す”つもりだ。そのためには、どんな手段も取るからな、自分の実力に溺れない方がいいと、忠告しておく」
「殺すう?そいつは笑えるな。我々は常に命と取ることを任務にしている。それを…女の命を奪われたからと、感情で言うとは、安いな。如何に自分が無力か知りながら死んでいけ」
話し終えた途端、大佐は間を開けずに立ったその場所から右ストレートを放った。ノーモーションで無駄がなく、且つ剛腕。六堂はギリギリでかわすが、物凄い風圧が耳を掠め、その威力を感じた。
――この威力!こいつは“才蔵″以来だ!
懐に入り込み、そのままカウンターを喰らわせようとした六堂だが、大佐は六堂の左肩を力強く掴んだ。かわされた右ストレートから、掴み技へ移行した大佐は、物凄い握力で六堂の肩を引っ張った。
「おわっ!」
首が後ろに仰け反る勢いで引っ張られた六堂は思わず声を漏らした。そして大佐の頭突きをもろに喰らう。そして追撃。大佐は左拳を握り締めると、六堂の肩を掴んだまま、殴り始めた。一発、二発、三発…、只管、六堂の顔を殴る。四発、五発、六発…
「……っ!!」
七発目を叩き込もうとした大佐の左腕に激痛が走った。
大佐は拳を解いて、自分の腕を見ると、小さなナイフが刺さっていた。前腕裏から貫通している。
「貴様、どこからナイフを……いや、いつ刺した?」
傷だらけの顔で、ニヤリと笑う六堂。
「だから、どんな手段も取るって言ったろうが」
掴んでいた肩を放し、大佐はナイフを抜き、地面に捨てた。カランと音が鳴ると、血が滴り落ちる。
「本当に面白い男だ、六堂 伊乃」
「面白がるな、今夜、お前は死ぬんだ。お前は奪ってはいけない命を奪ったからな」
「バカな…、警官が死ぬのは仕事の性質上、当然だろ?何をグダグダと言っている」
「それが“普通の事件”ならな、俺もあるいはそう思えたかもしれない。しかし、巧妙にして悪質で自分勝手な計画の実験のためにわざとSATを巻き込んだ。その中で、恵は死んだんだ!俺はそれを殉職とは認めない」
六堂は目を開き、感情をむき出しに叫んだ。
六堂の頭の中では、恵と過ごしたある晩のことが、走馬灯のように流れていた。
それはこの年の夏の夜だった。
「………」
目を開けた。ふと目が目覚めたのだった。
何があったとういうわけではない。
熱帯夜につけっぱなしにしていたエアコンが肩を冷やしたせいか、自然に、ただ目が覚めたのだ。
何時かと、ふと思う。
まだ部屋は暗く、デスクのスタンドの小さな灯りだけが、薄らと点いていた。
そして開いた目に入ったのは、髪のが少し乱れた裸の女性。その女性はとても幸せそうな表情で、こちらを見ていた。
「…恵」
幼少の頃から知っている幼馴染の女性。いつからこの女性のことを好きだったのだろう、いつから異性として意識するようになったのだろう。
子供の時と変わらないところもあるが、目に入る幼馴染は、綺麗で、とても魅力的だ。
「目が覚めたの?喉乾いた?」
恵は、目を開けた六堂に、小さな声で尋ねた。
「…ああ、ちょっと」
「お水取ってくるよ?」
「うん…」
六堂は返事はするが、掛け布団から出ていた恵の色白な肩にキスをし、そのまま彼女の首元に顔を埋めた。柔らかくきめ細かい肌が顔に当たると、安心感を覚えた。
「…恵、寝ないで起きてたのか?」
六堂が尋ねると、温かい息が恵の首元に当たった。少しそれが“感じる″恵は、六堂の頭を優しく撫でた。
「ううん、寝てたよ。でも目が覚めたから、寝顔見てたの…」
「…はあ?」
六堂は首から顔を少し離し、恵の顔を見上げた。
にっこりと微笑んでいる恵。
「何?ダメだった?」
「いや…ダメとかじゃあないけどさ」
「伊乃の寝顔が安心しきってて、何か嬉しくて」
恵はそう言うと、六堂の頬に手を添えて、そっとキスをした。そしてまた微笑む。
六堂は、そんな恵がたまらなく愛おしく感じ、また首元に顔を近づけ、優しくキスをし、そのまま舌を這わせた。
「ん…」
恵から小さな声が漏れる。
そして二人は、また愛し合う時に身を委ねていった…。




