第六十三話 ベルダの記憶と意志
「ここは…何だ?」
今野は、辺りを見渡した。
何とも説明し難い光景の中に、立っている自分。
恐らく、ここは街。
だが、目に映るそれは、初めて見る物ばかりだ。
「あ、あれは…何だ?乗り物か?」
古風な形をした建物…、いや、未来的にも見える。
ビルも聳え立ち、見上げれば乗り物と思しき物体が空をスピーディーに行き来していた。
何よりも全てが神々しい。煌びやかに放つそれらはとてもエネルギーを感じる。
そして周囲を歩く者たちは、自分とはどこか違う。服装は勿論のこと、今野の知るどの人種とも異なるように見える。
美しい瞳。髪の色も、染めたものではないと分かる様々な色。
「これは夢か?いいや、夢にしてはリアル…」
訳の分からない現象は、今野を混乱させた。
右往左往する今野だが、誰一人として、気にする者はいない。まるで、今野のことが見えていないように。
すると、行き交う人々の中から一人、今野に向かって来る人物がいた。
男だ。
気のせいかと思った今野だが、近づくその男は、明らかに自分と目を合わせていた。
そして目の前まで来ると、その足を止めた。
「…あ、あの……何か?」
思わず今野は訝しげな顔で男に尋ねた。言葉が通じるのか、考えもせず。
目の前の男は、行き交う者たちもよりどこか高い地位にでもいるような身なりだ。無表情だが、何とも言えない雰囲気に圧倒された。
「ようこそ、我が記憶へ。今野 秀麿」
男は、聞いたことのない言葉を使った。だが、今野はその言葉を理解した。
「…私のことを知っている?いや、そうじゃない、何故…私はこの聞いたこともないような言葉の意味を理解したのだ…?」
「不安になることはない。それは、君の精神に直接話し掛けているからだ。そして、それなりの文明の中に生き、高い知識も持ち合わせてるからだ」
「せ、精神?直接?」
「とはいえ、私に言わせれば、どうやらまだまだ低い文明のようだね。故に、理解し難いことも多々あるだろう。今野 秀麿。私の名は、ベルダ・ジェズファラト」
何の感情もないような、どこか冷たい雰囲気で、ベルダと名乗ったその男。
「…ベルダ?」
「正確には、“ベルダの記憶”と“意志”と言えばよいのかな」
この男は“何を”言ってるのだろうかと、困惑する今野。
「今見ているこの街も人も、私の記憶だ」
「待ってくれ…君が…いや、これが君の記憶というなら、私は一体…」
「…君は今、私と繋がっている」
「繋がって…?」
「見つけたのだろう“スペスメモリア”を」
“スペスメモリア”、聞いたことのない名称に、更に怪訝な顔をする今野。
「見つけ…?まさか」
だが今野は気づいた。思い出したと言えばよいか。
発見した箱、そしてその中身…。
それはまるで何かの皮膚のような、乾燥肉ような触感といえばよいのか、例えは悪いが、本当にそんな感じの見たことのない板状の物体だった。
そして“それ”は、文字のようなものが刻まれていた。まるで見たことのない、文字のようなものだ。
今野はまるで“それ”に呼ばれるように近づき、触れたのだ。
側にいた安生が止めようとし、その時、彼の“ダメだ”という声がした気がする。
きっと自分は“それ″に触れてしまったのだろう。
桜庭が“見えた”と言っていたビジョンとは、今見ているこれなのだと今野は理解した。
「なるほど…なるほどそうか!桜庭君が話したことはこういうことか」
「桜庭…?君の前に、私に触れた人物のことか?彼は私とは繋がれなかった。その器はなかったのだろう」
「器?」
ベルダの記憶と称するその男は、一つ一つ説明をした。
箱から発見されたものは、桜庭の言ってた通り、記録媒体と呼んで差し支えない物であること。
それを彼はスペスメモリアと呼んだのだ。
スペスメモリアは一人の人間の記憶と意志を記録できる物だ。
まるで理解どころか、想像さえ出来ない代物だ。
「つまり、そのスペス…メモリアは、生きている物体ということか?」
「…そうだな、君に理解出来る説明とするなら、細胞を使った生体コンピューター、とでも言えばよいのかな?厳密には違うが」
会話していく中で分かったことは、目の前にいるこの男は、あくまで“記憶と意志”。だから感情なく見えるのだということ。オリジナルがどんな人物だったかは、目の前の彼と話しても分からない。
そして自身とベルダとの間で、言葉は勿論、理解が成り立つ理由は、今野の体と、ベルダの記憶の“二つ”が接続されることで、相互に知識や記憶が変換されているということ。
もっとも、それは今野ではなく、接続しているベルダの記憶、つまりスペスメモリアの技術によるものであるが、互いの持つ言葉や知識に限りなく近い表現で、双方に伝達されている。“ベルダ”という名前も、今野の知る言葉、日本語や英語などの最も近い発音による呼び方なのだという。
どういう原理か、今野に理解することは出来なかったが、その仕組みだけは一応分かった。
その技術こそが、古代文明のものであることも。
ベルダは、歴史には記されることのなかった古代文明の人間であり、科学技術者で、また階級は高く、民を支配する立場の一人であったという。
太平洋上に存在した大陸に、ビジョンで今見えているような、現代以上のテクノロジーで栄えていた、そんな文明。
文明の柱となっていたのは、格子エネルギー結晶体“インダストクリュスタス”の存在だという。
インダストクリュスタスは、摘むような一欠片で一万年は高出力でエネルギーを生み出すクリスタルなのだが、元々は地球外から来たものらしい。
ベルダを含む、その時に生きた古代人も分かっていたわけではないが、そもそも古代人は、別の惑星からインダストクリュスタスと共に移住したとされていた。
そして、古代文明の存在以上に驚いたことは、現代人は、古代人が作り出した生命体、その進化した姿であるということだった。
「そ、それは事実か?ベルダ、君は今日に至るまでの歴史を見ていないだろ…」
「勿論、確証を持った話ではない。だが、あの時、新たな人類を作り出そうしていた科学者がいた。君らの言葉で言えば、あるいはその科学者が神であり、作られた実験体がアダムとイヴにあたるのかもしれないな…」
まったく驚きを通り越して、ただの“おとぎ話”でも聞かされているような気分の今野だが、ベルダの話は続いた。
話の重要な部分、オリジナルのベルダは、なぜ記憶と意志のコピーをしたのかということだ。
「…支配、再び世をしたい…それが私の意志だ」
「支配…だと?」
「…どうやら、君にも“支配欲”があるようだ。その気持ちが、このスペスメモリアとの接続を可能のしたのだろう。勿論、何らか君の身体との相性もあったのだろうが…」
確かに今野には、日本を支配したいという野望を持っていた。だが、現実的なことではないとの認識も持ち合わせている。
「…なるほど、君の住む国…なかなかいいではないか」
ベルダは今野の記憶を読み解き始めた。
「…小国だが、現文明の先進的国家の一つのようだな。そして、今支配してる、政府、大企業、巨大宗教団体…権力に塗れてる。変わらぬな、文明というのは、弱者を虐げ、私服を肥やす輩で構成される」
ベルダは、かつての自分と、滅びた文明について話し始めた。
古代文明もまた、権力欲塗れた、特権階級の人間が、強力な破壊兵器を所有し、民たちを力で支配するようになったらしい。
その破壊兵器のいくつかを開発したのが、ベルダだという。
文明の柱となっていた、インダストクリュスタスの多くを破壊兵器のエネルギーとしたのだが、中でも鉄と土の兵士ゴーレムはベルダの傑作だったという。
「ゴーレム…?あの…ユダヤの?」
「どうやら大きく事実とは異なるが、ゴーレムは伝説となり、名前だけは今も残っていたようだな」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、話についていけない…。つまり、私が…、いや、我ら人類が認識していない文明が、それも高度な文明が、かつて存在したことは理解したつもりだが…あまりにファンタジー的というか…これも夢を見ているだけなのではないのか…」
「何をそんなに疑う必要がある?私は事実しか話していない」
ベルダがそう言うと、周囲の風景が急に変わり、2メートルはあろうかという鎧を身にまとった大柄な兵士たちがあちこちに現れた。
「これがゴーレムたちだ」
今野は、目を広げ、辺りを見回す。複数のゴーレムに圧倒された。その威圧感、力強さ。
そして特に驚かさられたのは、ゴーレムたちの姿が消え、消えては現れる、奇妙な現象だった。
「な、なんだ…姿が…透けて…」
「“パースパケフェイル”だ。ゴーレムの持つ機能で…君らの言葉では説明が難しいな。光学…迷彩…と言えばよいか」
「こうがく…?」
「物体を見ることが出来るのは、物体そのものの光の反射を経て、目に映ったものを脳で認識している。つまり、反射している光を、屈曲させてしまうことで、目での認識をさせない技術だ」
「そんなことが、可能なのか!」
「インダストクリュスタスのエネルギーを流用すれば、それくらいは可能だ。勿論、私の技術だがね」
今野は、聞いている内に、ベルダの話に段々と夢中になっていった。




