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SHADOW DETECTIVE  作者: 柳生 音松
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第五十七話 ビルのリベンジ戦の決着

 着ている上着の袖がバッサリ切れ、床に血が滴り落ち始める。


 六堂は破損した上着を脱ぎ捨てた。


 その様子を見ている志賀は余裕なのか、畳み掛けては来なかった。


 志賀の右手には、アーミーナイフが握られていた。


 志賀は、ただのバックブローと見せかけて、回転時に後ろ腰に隠し持っていたナイフを取り出し、拳を避けたつもりの六堂を切り裂いたのだった。


 ナイフの分だけ長くなった攻撃をかわし切れなかった六堂。しかし焦りはない。急所は外れている。見た目の出血ほど、致命傷ではなかった。


「やるな…、ナイフを瞬時に見切ったな」


 嬉しそうに笑う志賀。


 そしてそのまま戦いの動きを止める二人。


 騒めく会議テーブルの者たちは息をつく間もない戦いに、ここでどっと深い息をつきワインを飲み始めた。


 人間とは残酷なものだ。生きるために戦う他の動物たちとは異なり、楽しむために戦いを見せ物にするのは歴史が語っている。


 自分達は痛い思いをしたくないが、他人の血を流す戦いは楽しめる。


 まさに、今ここで起きている空気も、規模こそ小さいが古代ローマさながらだ。


 二人の男が殺し合いをしているのに、ワインを味わいながら、「さすがですな」、「いや、相手の男もやりますな」などと興奮している。


「…襲って来ないんだな」


 六堂は、左手を握ったり開いたりを繰り返しながら、志賀に言った。


 筋繊維、神経には影響がないことを確認すると、垂れている血を振り落とした。


「現場なら一瞬の隙も与えず、殺すさ。だが、これはお前を始末するだけではなく、俺のデモンストレーションでもある。これからこの国を運営していくお偉いさんたちに、兵士としての俺の実力を確認してもらうな」


 志賀は右手のナイフを回転させ、逆手に持ち替えた。


「…ビルでの時と同じだな、六堂 伊乃」


 腰を落としナイフを構える志賀に、六堂は拳をようやく構えた。


 だが、距離は詰めず、少しずつ後退する姿勢だ。


「“時間稼ぎ”をしたいらしいな」


 詰め寄る志賀に問われると、六堂はニヤリと笑った。


「まあな」


「時間を稼いで何をする気だ。ここからは出られないだろうに」


「ここに来た時から、離脱は考えない。セントホークに関わる事件については、今夜で終わらせる」


「それはそうだ。我々のことを知るお前らは、ここで死んで終わりだから…な!」


 志賀はノーモーションで左ハイキックを放った。


 キックの軌道と同じ方向にステップを踏んでかわす六堂。


 しかし志賀は軌道の流れを活かして右のバックスピンキックを放った。大技の二連撃だ。そのスピードはまるで特撮でも見ているかのような動き。


 避ける動作が間に合わず、六堂は腕をクロスさせてガードするしかなかった。


「…っ!」


 ガードは出来たが、キックの勢いでバランスを崩してヨタヨタヨタと倒れそうになる六堂。


 その隙を逃さずナイフで止めを刺さんとする志賀は更に素速い動きで距離を詰めた。


 六堂は舌打ちをし、バランスを何とか立て直すと、左のストレートを放った。


「ぐわっ!」


 瞬間、志賀は声を上げ、カラーンっと、床に落ちたナイフが音を立てた。


 会議テーブルに座る者たちが驚きを見せた。一体六堂が何をしたのかと。


 六堂の放ったストレートは、志賀のナイフを握る手を狙ったものだった。そして六堂のつくったその拳は、空手で言うところの“一本拳”。


 六堂の固く突き出された中指の第二関節部は、ナイフを握る志賀の中指を叩き潰した。


「ぐぐ…貴様、空手の使い手か」


「いや。まあ、少し“武道”の基礎はかじってたがな…」


 志賀の中指は完全に折れた。痛みと、指の感覚でそれは分かった。


 しかし、指が折れたくらいでは、志賀の戦意は喪失しない。呼吸を整え、表情を取り戻す。そしてその目は、冷酷な光を放った。


 その眼光に気づく六堂。


――…目がマジになったな。のらりくらりは、もう出来ねえな


 この戦いで、六堂は初めて前傾姿勢になった。


「六堂 伊乃、どうしてお前はそんなに強い?」


 志賀は部隊零という、政府にも隠れた戦後に作られた兵士養成システムの中で生まれ育ってきた。これまで海外で勃発した戦争、紛争にも参加し、また闇格闘技等にも何度も参加した。


 苦戦を強いられ、死にかけた経験は幾度もあるが、それを乗り越えてきた絶対的な自身が志賀にはあった。


 その彼が、強いと感じる六堂。


「ま、俺も俺でそれなりに必死で鍛えたんでね」


 六堂は苦笑しながらそう答えた。


 志賀は物凄い脚力で、一足飛びで六堂に向かって跳んだ。まさに“超スピード”だ。


 六堂はそのスピードを見切り、完全にタイミングを合わせてカウンターの右フックを打ち込んだ。志賀の動き捉えた自信から出る、全力で体を回転させた右フックだ。


 たが、志賀は更にタイミングを合わせ、頭を下げてフックをかわしつつ、そのまま六堂の両脇に腕を差し込み、抱きついた。


 “タックルで”だ。志賀の左脚は、六堂の右脚に絡みつき、突進の勢いでそのまま床に押し倒した。


「死ね六堂おっ!」


 志賀は、押し倒した六堂の身体に瞬時に跨り、自由を奪った。


 そしてブーツにも隠していたアーミーナイフを取り出し、六堂の顔を目掛けて、ナイフを逆手に持った手を上から振り落とした。


 部屋内の誰もが勝負ありだと思ったろう。


 しかし、ナイフの切っ先が六堂の顔に届くことはなかった。


「ぐ…ぐ!」


 六堂の手刀が、志賀の脇腹に突き刺さっていた。空手でいう“抜き手”だ。肋骨の隙間に手を刺し込んでいる。


 志賀の脇腹の中で、六堂は手をぐっと握り絞め、肋骨を折った。


「っ!あぐっ…」


 脇腹を押さえて、乗っかっていた六堂の体から降り、そのまま座り込む志賀。


 抜き手は本来、握ったまま肋を体の外に引き抜く残酷な技なのだが、美雪が見ている手前、六堂はそこまでしなかった。


 起き上がる六堂に、志賀はナイフを向けた。


「まだだ!まだ終わりじゃない!」


 脇腹を押さえながら立ち上がる志賀に、六堂はため息をついた。


「何だ?まだ何かとっておきがあるのか?二本のナイフ以外に」


「…この程度のダメージで戦えなくなるような鍛え方はしていない」


「やめとけ…折れた肋が肺に刺さるぞ」


 呼吸が荒くなっている志賀を見て、肋骨が肺を圧迫しているのではと思った六堂。精神力はまだまだ彼を戦いに駆り立てるのだろうが、これ以上はやっても意味がないと判断した。


「勝負あり!いやいやいや…残念ながら、うちのエースは負けてしまいましたっ!」


 弥は両手をパパンッと叩き、大声で戦いの“決着”がついたことを宣言した。


「いや副社長、待て…これはプロレスじゃあないんだ。このまま続けろ」


 会議テーブルにいる人物の一人が叫んだ。すると、その人物に続くように、戦いを止めるなと次々に言い始めた。


 そんな中、一瞬だが、六堂と弥の目が合った。


 志賀もまだやる気なのは変わらないようだ。


 騒めく会議テーブルの者たちは、部隊零の失敗続きを気にしていることで、エース志賀がこのまま終わることを望んではいないのだろうが、更に言えば血に飢えてるのだろう。


 そういった人間を過去、六堂は何人も見てきた。

 

 だがその騒めきは、次の瞬間に静かになった。志賀の体が宙を飛んだのだ。


 何が起きたのか誰も分からなかった。


 いや、大佐、そして室富は何が起きたのか見ていた。六堂の“後ろ回し蹴り”を。


 視界から見えない角度、そして見えたとしても認識出来ない速さで放ったその蹴りは、右側頭部にヒットした瞬間に、志賀の意識を遮断させ、そして体は宙を舞った。


 ドサッと倒れる志賀。いくら志賀の肉体や精神が超人的であれ、身構える間もない速さで攻撃を喰らい、意識を断たれれば、それは関係のないこと。


「…これで終わりだ。文句ないだろ、あんたら」


 室富は、上目になって頭を振った。


――あの探偵バカ、何を熱くなってんだ。ギャラリーの盛り上がりはいい時間稼ぎだったろうに…


 六堂は会議テーブルに向かって指を差した。


「そんなに戦いが好きなら、他人にやらせてないで、あんたらもやればいいだろ。俺は相手になるぜ」


 六堂に凄まれ、騒いでいた者たちも静まり返る部屋の中。


 間を空けずに、弥が拍手を送った。


「いやああ、見事だよ、探偵君。ここ数日の君の活躍は、本当のようだね。エースを倒すのでは、上萩で一兵士を返り討ちにするのも造作もないだろう」


 弥は、美雪を押さえつけている戦闘員に近づき、手を離すよう指示した。


「皆さん、余興はこれで終わりです!約束通り娘は、探偵にお返しします。誰か!志賀君に応急処置を!」


 再び騒めく中、美雪はゆっくりと六堂の元に歩を進めた。途中、弥の方を振り返ると、彼は(行きなさい)と頷きを見せた。

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