第五十六話 Revenge
“ここに″来ることを涼子には電話で伝えている。今まさに、彼女は向かっているはずである。
六堂にとって、それまで時間が必要だった。
今回の一件は、強大な組織的な黒幕以外に、更に“裏″のある可能性が高い。
古代文明…。
G-weaponという人型兵器には、説明しようのない技術が使われている。
その技術が古代文明に何か関わりがあるのだとすれば、それは古代戦士の意志を継ぐ涼子の出番となる。
勿論、六堂と室富の二人で打破するにはあまりに危険な状況故、手助けが必要だということもあった。
そのために六堂は話を間延びさせていたが、一気に状況が悪くなった。“人質は生きてるから意味がある″の逆の脅しももう通用しない。
だが、まだ時間を稼ぎたい六堂は、志賀に対して挑発をした。
今野に“腕が取り戻せるか否かは関係なく、志賀が撒いた餌に食いつくかどうかの挑発だった。
「副長官……その男の言う通り、私の見栄で、大切なG-weaponを破損させてしまいましたことは、事実…」
志賀は、今野に、G-weaponの腕が切り落とされた件は、自分の失態であることを認めることを口にした。
六堂にとっては思惑通りの反応だ。
「G-weaponが、一人の人間を捕獲するのに破損するなど、まったく想定はしていなかった。まして、たかが私立探偵を相手にな。一体どうやって返り討ちにしたのやら…、それを君の責任とは思っていないよ」
「確かにそうですが、目的が捕獲ではなく、“消す″ことであれば、恐らくは…」
今野の言葉に納得の行かない志賀は下がらなかった。
そのやりとりを見た六堂は、薄らと笑みを浮かべ、右手の親指と人差し指を立てて自分の側頭部に当てた。
「そこの“志賀さん″の言う通りだね。突然襲われた時は、マジ焦ったからな。あの時、撃たれでもしたら俺は即死だったろうぜ。よかったよかった」
自分の頭を撃ち抜く仕草をして見せる六堂。兵器の破損は“お前のせい″だと、志賀を煽ったのだ。
今野は鼻でため息をすると、六堂を睨む志賀を見つめた。
「志賀君、君の言う通りだとして、どうしたいのだね?責任を取るために、何か罰を受けたいというのか?」
「…いいえ、あの六堂という男、どうか私に始末させてくれませんか?」
志賀のその言葉を聞くなり、弥は立ち上がり、パチンッ!と大きく両手を叩いた。そして大声で「面白い!」と叫んだ。
「今野さん、言い合いはやめましょう。せっかくだ…、“ショー″をやりませんか?」
「…ショー?」
訝しげな顔をする今野に、弥は人差し指を振りながら楽しげな顔を見せた。
「堅苦しい会議だけでは退屈でしょう。納得の行かない志賀君に、あの探偵とこの場で戦わせる…、いわゆる格闘ショーです。ちょうど、ワインの上物があります。皆様に軽食と一緒にお出しするので、我らが部隊零のエースと、探偵の、本社ビルでのリベンジマッチを…ぜひ」
弥は、室内にいる全員に問いかけるように手をゆっくり振いながら言った。会議テーブルに着いてる者たちが騒めく。
「…そうそう、盛り上げるために、あの探偵が勝ったら、そこの“人質の娘を返す″…なんてのはどうですかあ?」
更に提案を付け加える弥。
「弥!いい加減にしろ!歴史的に偉大になるであろう計画の会議に対して退屈とは何事だ!」
父、順之介は、叱りつけるように怒鳴った。
しかし、弥はニヤニヤと笑みを浮かべながら両手をテーブルに乗せた。
「社長、何がいけないのですか?」
弥は、部隊零が、この数年間で行って来た実績について素晴らしいことを述べつつ、ここ数日間の働きには不安材料が多分にあることを強調した。
木戸親子を消すのに派遣された兵が、刑事である水戸に苦戦しつつ、そして現れた室富にやられたこと。
合田の始末に出た兵が、ただの刑事、それも女性である涼子にやられかけて、その場から逃げたこと。
上荻で、ホームレス一人を始末するという簡単な任務で、出会した六堂にやられかけ、しかもその場をわざわざ見逃してもらったこと。
中でも、庄司エンタープライズ本社ビルで、大人数で追い詰めながら、負傷していたジーナを抱えながらの六堂、室富に逃げられたことは、部隊のエース志賀が、六堂との直接対決で仕留めることが出来なかったことを含め、より強調的に弥は説明した。
「…あの探偵に娘を返したところで、ここから二人が出られるわけじゃあない。状況は変わりません。ですが、彼に何もご褒美がなければ、やる気にはなれないでしょう。志賀君も、部隊零のエースとしての立場とプライドがあるはず。やる気のない相手にリベンジしても仕方ない」
明らかに、スターズブルーで会った人物とは思えない弥だったが、六堂の“時間を稼ぎたい″という気持ちを察したようにも感じる提案だった。
自分の味方であるということは、確かなようだ。
「俺は、構わない」
六堂は騒めく会議テーブルに着いている者たちに向かって言った。
今野からの許可が出ていないにも関わらず、六堂の言葉を聞くなり、志賀は上着を脱ぎ捨てた。
その様子を見た大佐は、今野に許可を求めた。
「分かった…やってみなさい」
今野は半分呆れたように許可を出すと、弥は父親の秘書を呼びつけ、奥の部屋から1975年のラターシュと、ナッツにチーズ、生ハム等の用意をさせるよう指示をした。
部屋内の空気が変わった。
さすがに部隊零の戦闘員たちは、立ったまま何も変わらないでいるが、会議テーブルに着いている者たちは、少し緩んだ顔になり、予想外の余興に喜びを見せた。
六堂は、軽くジャンプをしたり、肩を回したり、体にエンジンが掛かるように準備を始めた。
「探偵…一体何を考えている?」
小声で尋ねる室富に、六堂も小声で返した。
「とにかく時間を稼ぐ。もし、俺が勝っても負けても、必要な時は、あんたの作戦を実行してくれ」
「…それはそのつもりだが、お前が負けても、あの娘はたすけないぞ。俺にとっての人質じゃあない」
室富の言葉に、六堂は思わず笑った。
そんな彼の顔を見た室富は、眉根を寄せ首を傾げた。
「何だよ?」
「いや…木戸親子を助けたあんたが
あの娘を放っておくとは、俺は思ってないよ」
六堂の信頼しているような様子に、室富は一瞬目を丸くすると、ため息様に
「…よく言うぜ」と言った。
秘書と、何名かの戦闘員たちが、会議テーブルにワインと軽食を運び用意している間、また別な戦闘員たちが1メートル程度の高さのパーテーションを運び、部屋の空いているスペースに、囲いを作り始めた。
「おい、あれは?」
六堂は並べらていくパーテーションを指差し、志賀に向かって尋ねた。
志賀曰く、戦いがヒートして、“大切な方々″に飛び火しないよう、リング代わりの目安とのことだ。
「ヒートねぇ…」
六堂が片眉を下げて、微妙な反応を見せると、志賀は「勿論、そんな濃い内容にする気はない、秒殺の予定だがな」と言った。
志賀はミリタリーウェアを脱ぎ、タンクトップになった。
鍛え上げられた肉体から、強さの程が伝わる。見せかけの筋肉ではなく、運動能力、戦闘能力を向上させるために鍛えた体つきであることは、六堂には見て分かった。
「相当鍛えてるな。部隊零ってさ、戦後からずっと残ってた、現政府も知らない軍システムなんだろ?」
六堂は、鋭く速いシャドーで体を温める志賀に近づき話しをかけたが、志賀は無視をして黙々と身体を動かし続けた。
「…つまんねえ奴だな。一体どこで鍛えて、どこで暮らして来たのか、興味があったから聞いたのに」
六堂がつまらなそうな顔を浮かべると、志賀は口を開いた。
「…ペラペラとうるさい」
「あ、そ。悪いね、お話好きなもんで」
「…無駄話で気を散らそうとしても意味はない。俺は強化兵士だ」
「そうなのか。それは楽しみだ、どれだけ強いのか」
「…そんなに話好きなら、お前にセントホークでのことを教えてやる」
訝しげな顔をする六堂に、ずっと真顔だった志賀はニヤリと笑みを浮かべた。
「…セントホークでのこと、だと?」
「ああ…。お前の調べ上げた通り、あそこでクァ・ヴァーキの連中に事件を起こさせ、SATにG-weaponをぶつける実戦使用テストを行った…、それは事実。だがな、G-weapon はSATを全滅させるには至らなかった」
ここに来て、弥が最初に言った言葉をふと思い出す六堂。彼は、G-weaponのことを、SATの“殆ど″を倒した、そう言った。
「…どういうことだ?」
「二人…、いや正確には一人の隊員を仕留め損ねた。優秀な“女″だった」
志賀の言葉に、六堂は頭の中が一瞬、真っ白になった。
そして、セントホーク事件の、警察の最初の報告書の内容を思い出す。
被害者の殆どの死因は、至近距離で頭を撃ち抜かれたことだった。
それは室富の話から聞いて、想像は出来た、実際に姿を消す機能を持ったG-weaponならば可能だろう。
しかし室富が“その目で見ていないこと”が、報告書に書かれていたことを思い出す六堂。
“ビルの武装警備員”と、“最初の通報で駆けつけた警察官”、それに“恵”と、彼女の上司の“新船″はだけは、死因が違っていた。
武装警備と、駆けつけた警察官の死因が、人質や教団のテログループたちと異なるのは理解できる。G-weaponではなく、セントホークを占拠するためにやってきたクァ・ヴァーキの者たちに殺されたからだ。
だが、恵と、彼女の上司である新船は、兵器G-weaponと戦ったはず。しかし至近距離から頭を撃ち抜かれたわけではなかった。
恵は腕を撃たれたあとに頭部を撃たれたようで、それ以外に歯が二本欠損していると書かれていた。上司の新船は脚を撃たれたあとにナイフで背後から頭を刺されていると…。
「…まさか、お前が?」
志賀は、アップをやめ、ふうっと呼吸を整えると、肩を竦めた。
「俺じゃない。俺は、女が助けようとしていた虫の息だった上司の方に止めを刺した」
「ナイフで、刺したのか…頭を」
「よく知ってるじゃあないか」
「…じゃあ誰が、その“女”の方を殺した?」
志賀は顔と目線で“大佐”を示した。
六堂は振り返り、大佐の方を見つめる。
「…あの、大佐と呼ばれてる野郎か?」
「そうだ…」
「“女”の歯が…折れてたのも、奴のせいか?」
「ああ、大佐の強打を至近距離から受けてな。だが大したものだ。あの女、食らった瞬間にダメージを受け流したのだろう。大佐の拳打の直撃を食らって、女のくせに首も折れずに済むわけがないからな」
志賀曰く、SATの小隊がパニックになってる中、恵だけはG-weaponに果敢に立ち向かい、負傷した上司を抱えて、現場を逃げ切ろうとしていたらしかった。
「…逃げられては困るからな、我々がその二人を口封じに殺したわけだ」
志賀は、六堂を本気にさせるために、事実をそのまま話した。
「…非常階段だな」
六堂は、恵と、上司の新船の遺体のあったセントホークの現場を見ている。
恵がどんな思いで死んだのか、現場で考えても分からなかったが、志賀の話で想像することが出来た。
恵は優しい女性だ。
彼女は高校時代、目の前で親友を殺されている。大切な親友だった。
その時から、強さを求める一方で、友達や仲間が困っている時に、手を差し伸べる優しさが増したこと、六堂は知っていた。
死にかけの上司を見捨てては逃げられなかったのだろう。
上司を抱えて、非常階段に逃げ込み、必死に現場からの離脱をしようとしていたことが想像出来た。
それを、大佐と志賀は、命を奪うという方法で阻止したのだ。
「ありがとう」
六堂が怒りを露わにするかと思っていた志賀は、その言葉に目を広げた。
「何だって?」
「いや…、あんたの話のお陰で、俺の大切な女の最後が、何となく理解出来た。感謝する」
六堂の冷静な顔に、志賀は怪訝な顔をした。
しかし、何か雰囲気が変わったような目つきになったことにも気づいた。
「志賀、俺もお前に言っておくことがおる」
「何だ?」
「俺は基本的に事件の解決なんてどうでもいいんだ。個人的にはな。どうせ誰かに頼まれた仕事ってわけじゃない」
「…何だと?では何故、真相を追ってきた」
「俺の真の目的は、直接、その“女を殺した奴″をぶちのめすことだ。結果、事件が解決するのであれば、一石二鳥って思っては、いたがな」
「……何を言うかと思えば、くだらん。どうせ叶わぬ目的だ」
六堂は、大佐に指を差した。
「…あの男、間違いなく、あの大佐って奴が殺ったんだな?」
「…バカなことは考えるな。お前では大佐に勝てない。あの人は、俺よりもずっと強い。もっとも、それ以前にお前は俺に殺されるがな」
自分の強さに自信のある志賀に、六堂はフッと笑みを見せた。
「俺はてっきり、恵の仇を取るには、あの姿の見えない人型兵器をやっつけないといけないのかと、ちょっと頭を悩ませていたんだ。それが…“人″だと判って、内心ホッとした」
志賀は六堂の言葉に、逆に笑い返した。
「…俺たち強化兵士に向かって“人″とは、少し腕が立つくらいで、愚かな男だ」
グラスにワインが注がれ、余興の準備が整うと、弥が合図をした。
六堂と志賀はパーテーションで作られた囲いの中へと入る。
室富は腕を組んで六堂の様子を見ていた。志賀と何を話したのかは聞こえなかったが、何か六堂の顔つきに変化があったことには気づいた。
戦いについてのルール説明は特になかった。志賀は殺すつもりであろうことは、六堂は分かっている。気を失おうが、降参しようが、その後には確実に殺されることは確かだ。
「さて、皆様、我らがエースの戦いぶりを楽しみましょう」
弥が、「Start the fight!」と叫ぶと、志賀は脇を締め、両拳を顔の前で構えた。
対して六堂は、やや腰を落として両手は開いた状態で、胸の前辺りで構えた。
「ビルでの借り、返させてもらうぞ六堂 伊乃」
志賀は、六堂の様子を見ることなく、テンポのよいフットワークで急接近し、素早い拳打を繰り出した。ジャブからのワンツーストレート、またジャブ、そしてストレート…、まるで速射砲の如く連打だ。
空を斬る音が聞こえてきそうだ。
まさに“目にも止まらぬ″志賀の打撃のスピードに、会議テーブルが沸いた。
六堂はそれを両手で捌きながら、少しずつ後退し距離を取るが、志賀の勢いは止まらない。
それどころか連打はどんどん速くなる。息を切らす様子もない。志賀の心肺機能の高さが伺えた。
美雪は、じわじわと追い詰められる六堂を、手に汗に握りながら見つめていた。
だが、部屋にいる者たちは、少しずつ六堂も並ではないことに、驚き始めていた。防戦一方とはいえ、志賀の人間離れした打撃を一発のヒットもさせず捌いてるのだから、当然だ。
そして志賀は違和感を覚えた。自分の仕掛けている圧力に対して、手応えが薄いのだ。
――こいつっ!
紙一重で全て防いでいる六堂に、圧力を掛けているつもりでいた志賀は、自分が打たされていることに気づいた。
志賀は、パンチを止めた。体をリズミカルに動かしながら、キックも交えた、様子見の単発攻撃に切り替える。
――探偵め、時間…稼ぎか
志賀は六堂の考えていることに気づいた。ただ、簡単なことではない。自分を相手に時間稼ぎが出来ることは、六堂の実力も相当なものであることの証である。
志賀は、圧勝だと思っていたこの戦いが、楽しめそうだと感じるや、思わず笑った。
――しかし、俺との戦い、時間稼ぎが今以上出来ると思うな!六堂!
志賀は、鋭い左ジャブを出した直後、間髪入れずに体を右回転させた。
バックブローだ。
六堂は右横から飛んでくる“拳″を素早く上半身を後ろに仰け反らして避けた。
しかし次の瞬間、六堂の左肩に痛みが走った。そして鮮血が飛び散った。




