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SHADOW DETECTIVE  作者: 柳生 音松
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第五十話 涼子の背負うものと、理解者

1997.6.18 WEDNESDAY



 久しぶりの自室のベッドに、着替えもせず、涼子はドサッと仰向けに倒れた。


 右腕を額に乗せて、深いため息をつく。


――伊乃…


 アンティーク風なシャンデリアが目に入る。久々の“実家”の匂いは、どこか落ち着いた。


 一人暮らしのために借りているマンションもあるが、ここ最近は埠頭の“倉庫”で過ごすことが多かった。


 およそ四年間、六堂と共に過ごした倉庫。


 六堂は、裏社会に身を置く理由だった、“阿修羅 才蔵を倒す”ということを成し遂げた。


 しかし、その代償として重度の記憶障害に陥り、街の闇医者の営む病院で療養中だ。傷も深い。


 記憶障害については、“刀士の力”を使いすぎたことが原因だった。


 記憶が戻るかはわからない。戻ったとしても、二度と刀士としての技法は使えないだろう。


 彼と過ごした四年間を振り返ると、本当にいい時間だったと改めて思う涼子。


 祖父母に引き取られてからのこれまでの人生、心から楽しいと思うことがなかった彼女にとって、とても大切な思い出と言えた。


 だからこそ、障害を負った六堂の姿は本当に辛いのだった。


 そんなことを考えていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。


 涼子は体を起こした。


「どうぞ」


 ドアを開けて入ってきたのは、家政婦の舞。


「失礼します」


 “舞”は、高齢になった祖父母を気にした涼子が、家政婦を置くことを提案して、雇った女性だ。


 家政婦を養成派遣している会社の所属で、住み込み契約で家のことや、祖父母の身の回りの世話をしている人物だ。


 涼子とは対照的な、ボーイッシュなショートヘアがよく似合うスレンダーな女性で、その体型が会社の制服が映えて見える。制服は、襟の白い黒いシャツと白いエプロン。実は舞に唆されて、一度だけ涼子も着たことがあったが、それは二人の秘密である。


 二人は仲の良い関係であり、涼子にとってはプライベートな友人でもあった。


 舞は盆にティーポットとカップを持ってきた。


「紅茶お待ちしました」


「ありがとう」


 紅茶を注ぐと、舞は涼子には何か言いたげな顔で見つめた。


「どうしたの?」


 彼女の視線に気づく涼子。


「いえ、何か気のない顔をされていたので、お身体でも悪いのかと…」


 涼子は苦笑した。


「そう?それは…ごめん。私は元気だよ」


「でも、何か思い詰めてらっしゃる」


 (まいったな)と言いたげな顔で、涼子は首を横に振った。


「あ…久しぶりの恋愛…ですか?」


 少し驚いて間を空け、苦笑する涼子は、湯気の立つティーカップを受け皿ごと受け取った。


「まさか」


「でも、たまにはそんな悩みも聞いてみたいものです」


 舞はまるで涼子の“恋バナ”を期待していたような、そんな笑顔で言った。


 この四年は、刑事の仕事と、シャドーウォリアーとしての活動、そして六堂と過ごすことでいっぱいで、プライベートな時間はろくにとれず、ましてや誰かと交際するなどなかった涼子。


 もちろん彼女とて過去に異性と付き合ったことがないわけではない。しかし、心に響く恋愛をしたことはなかった。


 恋愛は、ロマンを省いて科学的に説明すれば、いわなる脳の中で発生する電気信号の一つに過ぎない。


 昔タレントが、“ビビビときた”などと言ったことがあったが、案外適切な表現ともいえる。


 涼子はシャドーメモリーズの影響で、脳の未知なる能力が引き出されてる。


 そのためなのか、これまで異性に心から惹かれる思いをしたことがなかった。


 あるいは戦士として女でいることが許されない呪縛でもあるのかもしれないなどと、思うこともあった。


 ただ、恋愛という感覚に近いものがあったとしたのなら、そんな夜を過ごした相手がいないわけではない。最も、結ばれることは絶対にない相手だが…。


「そうだ舞、私、来週から数日ロサンゼルス出張なの」


「それは、“正式な”お仕事のお話ですか?」


 舞は、涼子が時々海外に行っていることを知ってる。


 古代兵器を追って…ということを知っているわけではないが、とにかく仕事以外で海外に行っていることは知っていた。


「今回は“本当の”出張よ。また忙しくなるだろうから、その前に祖父母ふたりに会っておこうと思って、帰ってきたのよ」


 涼子は両親の顔を憶えてない。写真を見ても何の感情も湧かない。


 だから、引き取ってれた祖父母がまさに“親そのもの”と言っても過言ではなかった。


 二人とも涼子が帰ってくると本当に喜びの顔を見せる。祖母なんかは今夜は自分が夕飯を作ると張り切っていた。


 ハワイのカウアイ島。


 行方不明となったANS343便に乗っていた十歳の涼子が、発見された場所。


 祖父母に引き取られなかったら一体どんな人生だったのだろうかと、考えることもよくある。


 涼子はその時の話を頼りに、大学生の頃に、シャドーメモリーズが保管されていた“亜空間ボックス”を探しに出たことがあった。


 頭の中にはっきりと映り出されるビジョン、湧き出る力、その疑問を知るべく、祖父に頼み、ハワイからクルーザーを借り、一人で“そこ”へと向かったのだ。


 沖に出て50キロあたりに、“それ”があることは、頭の中に浮かぶビジョンで解っていた。


 数十万年か、数百万年か、放置された亜空間ボックスは少しずつ不安定となり、紙のように薄い隙間を作っていた。


 この隙間に入り込んだ、飛行機や船は行方不明となる。そう滅多にないことだが、それでも命を落とした人の数は少なくはない。


 ピンポイントで、歪みによって出来た隙間から亜空間ボックスの中に入ると、広大な遺跡のような建物がそこにあった。


 涼子の頭の中にあるビジョンでは、シャドーメモリーズのエネルギー体は、その遺跡の天辺にあった。


 だが、その天辺は粉々になり、なくなっている。涼子の乗っていた航空機がぶつかったせいだろう。


 涼子にエネルギー体が融合したのは、その時だろうが、その記憶はない。

 

 吹き飛んだ機体から投げ出された時に偶然融合したと考えるのが妥当だろう。


 シャドーメモリーズが持つエネルギーは、人が融合するにはあまりに過酷なことだったのだろうと、妙な話だが、融合した涼子には理解出来ることだった。


 古代人と、現代人は、根本的に何かが違う。それが何かはわかないが、不思議な力を持った者がいたことが頭の中に浮かぶビジョンで知っていた。


 後の世で“神の子”と呼ばれたイエス・キリスト、“悟りに達した”というゴーダマ・シッダールタなど、不思議な力を持った歴史的な人物は、恐らく古代人の血を濃く受け継ぐものだと、涼子は考えていた。


 シャドーメモリーズは、そんな古代人に合わせて作られたもの。それが現代人に融合することは、当然無理があったのだろう。


 文明の膨大な記録。これが一気に入り込む。脳の記憶できる容量を遥かに超えていた。


 そして戦士として強化するための脳の覚醒。この覚醒が上手くいったお陰で、記録を上手く取り込めたのだろう。


 しかし、この二つの影響で、涼子の頭からは、それまでの記憶を完全に消し去った。


 もう記憶が戻らないことも、今では理解している。


 涼子は別な物への生まれ変わり、または進化したのだ。


 単純な“記憶喪失”ではなく、本当に過去の記憶は彼女の中から消失したのだ。“思い出す”という概念はない。


 そして膨大な記録の中に出てくる十二個の“何か”は、より協調的に、より鮮明に、涼子の中にビジョンとして湧き出ていた。


 それが古代兵器、または古代兵器に関わる技術であることを知ったのは、実際に亜空間ボックスに来た時だった。


 涼子はしばらく、ボックス内を歩いて回った。


 少し古いプロペラ機や船も、白骨化した遺体と共に散っていた。


 ここは風の流れも振動もないが、入り込んだ船や飛行機の人間は皆、白骨化している。一体どうなっているのか、涼子には理解は出来ない。


 ただ、おそらく普通の人間が入って良い場所ではないのだろう。涼子は、シャドーメモリーズの力のお陰で、特に問題なく入れるのだろうが、来てみたものの、とにかく理解に及ばないことばかりだ。


 “シャドーメモリーズ”、“シャドーウォリアー”という言葉も、最もそれらしい現代語に置き換えて言っているだけで、実際に古代文明において使われていた言語を解読できているわけではなかった。


 “そういったもの”を常に背負いながら、生きていく涼子の人生は、辛く、そして誰にも理解してもらえぬ苦しみは、酷く孤独だった。


 “阿修羅 才蔵”との決戦の前、六堂に、その孤独を吐露した時、彼は何も言わずそっと抱きしめてくれた。


 弟子のくせに生意気なとも思ったが、人に寄り添われる暖かさを知り、その時は正直嬉しかった。


 舞に、裏社会のことは伏せつつ、六堂のことを話したら「それはきっと恋ですよ」と言われた。



1999.12.5 SUNDAY


――私が伊乃あいつに恋?


 ふと、少し昔のことを思い出していた涼子は、ミリタリーブーツの紐をぎゅっと縛ると、思わず笑った。


――それはどうかな。


 涼子は剣を手にすると、亜空間ボックスを閉じ、倉庫を後にした。


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