第四十九話 涼子
六堂との電話を切った涼子は、携帯をポケットにしまうと、水戸を呼んだ。
彼のファミリーカーが倉庫の裏手の見えない所に置いてあることを確認すると、ここにいる全員を連れて、涼子自らが所有するクルーザーが停めてあるマリーナまで行き、沖に出るよう伝えた。
「はぁ?“沖に出ろ“って…警部補、私は船舶免許持ってないですよ」
隠れ家を失った今、安全確保の手段として海に出ることを提案した涼子に、首と手のひらを振って水戸は反対した。
すると涼子は眉根を寄せ、首を傾げた。
「そんなもん適当に動かせ。時間がない。ここにいたら命狙われるぞ」
「そんな無茶な」
「“あいつら”と銃撃戦やるより、無茶じゃないだろ?」
「それはそうですが…」
「何事も臨機応変、佐久間さんから教わってきただろ?」
二人がそんなやりとりをしていると、ホームレスの老人が割って入るように「船なら動かせます」と言った。
「え?本当ですか?」
水戸が問うと、老人は笑顔で頷いた。
「免許は失効してますが、船を動かすことは出来ます。お役に立てますか?」
涼子と水戸は、顔を見合わせると、互いに微笑んだ。
ホームレス故、助けてもらっても何も返すことが出来ないことを気にしていた老人は、これでお礼が出来ると喜んだ。
六堂が勢いで“放り込んだ”ために気にしていなかったが…、「あの、今ごろ…失礼ですが、お名前を聞いても?」と、水戸は頭を掻きながら尋ねた。
「何だお前、名前書いてなかったのか?」
呆れ顔の涼子は、腰に手を当てて、ため息をついた。
「すみません…あの探偵さんが放り込むようにここに置いていったので…」
老人は、「まあまあ」と両手のひらを出して、二人のやり取りを止めた。
「ホームレスなんて名前などあってないようなもの…このままやり過ごそうと思っていました」
顎を掻きながら、(やれやれ)と言いたげに苦笑する。
「…何か名前を聞かれて困ることでも?」
涼子が尋ねると、老人は頷きながら口を開いた。
「私は…羽根 岩之助と言います。あなたたち二人は警察といってもお若いので、私の名を聞いてもピンと来ないかもしれないが…、かつて“運び屋”で食ってたもんでしてね…」
涼子は訝しげな顔を見せた。
”運び屋ハネガン”、涼子はふとその呼び名を思い出した。
二十年以上昔のこと、ハネガンと呼ばれた運び屋の話を、佐久間から聞いたことがあった。佐久間が新人の頃の話で、裏社会でも名の知れた船の腕前だったらしい。
涼子の表情に気づいた羽根と名乗った老人。
「そちらのおねえさんは、ひょっとして…ご存じだったかな?」
涼子はフッと笑みを浮かべると、首を横に振った。
おおしけの時でも、見事に乗り切る技術の持ち主で、海上保安庁も捕まえることが出来なかったのだそうだ。
船一つで、何でも運び、捕まることもなく、いつの間にやらに姿を消し、死んだものと思われていた。
そして、この羽根という人物が“ハネガン”という証拠はない。
「いいえ、知りません。運び屋…いつの頃の話ですか?」
「最後の仕事は…十五年くらい前かな」
「ならもう手配は無効になってるでしょう。我々に逮捕する理由はない。子供たちもいます。クルーザーの件、お願いしてもよろしいですか」
涼子はクルーザーのキーを自室から取ってくると、羽根に手渡した。
そして水戸には、マリーナまでの車で向かうルートを説明した。
「クルーザーなら、“奴ら”にも簡単に見つけ出すことは出来ないだろう。子供たちが安心して寝れる部屋もベッドもあるし、甲板の下に銃もあるから、確認してくれ」
ここから海沿いの道を通ってマリーナまで向かえば、道路の監視カメラはないので、“奴ら”ともいえど追跡は難しい。
仮にマリーナの駐車場から車が見つけ出され、ナンバーから水戸のものだと割れたとして、沖に出たクルーザーを夜に探すのは困難だろうと考えた。
少なくとも“今夜の安全”は確保出来るだろう。
――今夜…そう、黒幕が判った以上、この件は今夜蹴りをつける…
涼子のアイデアを理解した水戸は、倉庫の裏手から、自家用車を持ってきた。
最低限の荷物と、家族らを急いで乗せ、出発の準備をすると、涼子は運転席の水戸に声がけをした。
「水戸君、道交法違反だからな、マリーナまで事故るなよ」
「解ってます」
人数制限オーバーの“オデッセイ”を見送る涼子に、水戸家と、木戸家の子供たちが、「バイバイおねえさん」と手を振ってきたので、彼女は優しい笑顔で手を振り返した。
出発した車の赤いテールランプが、暗闇の中に小さくなっていき、辺りが静かになったところで、ふうっと深呼吸をし、白い息をはいた。
「さて…」
倉庫の中に戻る涼子は、ホルスターを外し、ヒールを脱いだ。そしてブラウスのボタンに手を掛け、外しながら奥の通路に進む。
この倉庫にはもう一つ、役割があった。
通路の途中で止まり、左の壁に手を触れ、なぞる涼子。
すると、スペースの仕切りに使う石膏素材が、まるでデジタル処理でもしてるような、細かいパズルが一ピースずつ消えていくような、そんな不自然な現象を見せつつ“入口”を開いた。
その向こうには空間が広がってる。
壁の向こうには物資をしまっている部屋があるはずだが、明らかに壁の向こうにあるそれとは別の空間が広がっている。
その物理法則を無視したワンルームマンション程度の空間は、別次元で構成されている“亜空間ボックス”である。
「…確かに現代の文明は、古代文明に近づきつつあるが…このボックスを作ることは不可能なんじゃないかね」
涼子の身体に融合したシャドーメモリーズを開発した、古代文明の技術者が作った空間で、少女時代に乗っていた飛行機が行方不明になった原因がこれと同じものである。
もっとも、ここにあるボックスは、その時のものと規模が比較にならないほど小さい。シャドーメモリーズの力で、運ぶことも出来るが、涼子曰く、まるで冷蔵庫を担いでるような感覚になるらしい。
かといって放置もできず、この倉庫に隠していた。六堂もこの空間の存在は知っている。
空間に入った時の少し嫌な感じに浅くため息をつく涼子。空間は空気の流れや振動がなく、独特の違和感があるのだ。
中に足を踏み入れると、程よく明るくなり、そして空間の中央には“大きな剣”が宙に浮いてるのが見えた。
“ウェポンズ・ブレイカー”。
シャドーメモリーズとリンクすることで使用できる、シャドーウォリアーのための武器であり、何人もこれを持つことは出来ない。
この剣は開発された当時においても、入手も加工も困難と言われた“神の金属“オリハルコンで作られたものだ。
六堂の持つ刀のミスリル銀の上を行く強度だという。
別名、オリハルコンブレードとも呼ばれ、当時の文明を支配していた権力者たちが恐怖した武器である。
「…まさか、今回の事件に、“こいつ”を使うことになるとはな」
涼子は、ボタンを外していたブラウスを脱ぎ捨て、下着姿になると、手のひらを剣に向けて開いた。すると、宙に浮いていた剣がグリップ側を向けて、彼女の手に向かって移動をした。
目の前まで来た剣を握ると、自分の中にあるシャドーメモリーズと繋がるのを感じた。
普通の人間が感じることはないだろうその感覚は、決して気持ちのいいものではなかった。
一瞬、涼子の瞳が暗くなり、まるで悪魔にでも取り憑かれたかのような形相に
なる。
「ふう……これが嫌なのよね」
奥底から湧き立つ闘争心、これをコントロールするのが難しいのだ。
「…シャドーメモリーズと、剣…これも今の文明では作れないかしらね」
剣から手を離すと、涼子は黒色のミリタリーウェアに着替え、ブーツを履いた。
「恐らくは、十個目の兵器…か。今野、お前は“何”を手に入れた?」
1997.6.18 WEDNESDAY
全ての古代兵器を破壊し終えたら、自分はどうなるのだろうか。
涼子は“それ“を考えることが多くなった。
シャドーメモリーズに記録されてる世界に散った兵器及び兵器に関わる技術は、計十二個。
どれも手に入れれば世界を支配し得る物。だがビジョンだけでその詳細は涼子の頭では理解出来ない。
しかし残りはあと三つ。
それら全てを破壊した時、涼子の役目は終わる。
現代の文明は、古代文明のレベルに近づいてはいる。まだ及ばないまでも、核エネルギーを始め、この100年、技術の発展は凄まじいスピードで進化を遂げてきた。
その中において、古代兵器の破壊は意味があるのか?
以前、古代兵器を手に入れ使用しようとしていた人物からそう問われたこともあった。
無論、質問に答えることなく、兵器共々、抹消した。
そう問われたところで涼子の知ることではない。自身は、古代兵器の破壊をプログラムされた“シャドーメモリーズを取り込んだだけ”の存在。
それ以上でも以下でもない。
かつての平和を求めた古代人の願いが、今この時に合うものか否かは関係ないのだった。
――私はただ、取り込んだプログラム通りに従うだけ…。
「ただいま」
涼子は久しぶりに実家に帰省した。実家といっても、そこは祖父母の家。
「おぉ!涼子、おかえり」
庭で盆栽の手入れをしていた白髪の祖父が笑顔で涼子の帰りを喜んだ。
孫娘が帰ってきたことを大きな声で家に向かって叫ぶと、中から祖母が出てきた。
「あら、おかえり!」
嬉しそうな祖母。
涼子はこの二人に愛情を持って育てられた。
1978年、そこはハワイの病院の集中治療室だった。涼子の今日までの人生、最初の記憶はそこである。
それ以前のことは何一つ憶えていない。
“涼子”と呼ばれても、わからなかったし、今もその時のままだ。
ただ、祖父母の愛は本物だった。涼子は記憶のない自分を大事にしてくれた二人には本当に感謝していた。
もう時期、三十路。本当はここまで育ててくれた二人のために結婚でもして、ひ孫の顔でも見せられればいいのだろう…。
“そう考える”ことも最近では多くなった。
たまに顔を見せにこうして帰省はしてたが、今回は一年近くぶりだった。
二人とも九十歳近いというのに、ちゃんと自分の脚で歩き、祖父は今もゴルフをするという健康っぷり。
「おかえりなさいませ、涼子様」
玄関の戸を開けると、家政婦の“舞”がいた。
坂崎家は裕福な家だった。
祖父、坂崎 昭雄は元警察庁長官。
退職後は、大手企業の顧問や、警察学校の校長など、いわゆる天下りを経た後、株式投資を始め、そして“ディテクティブ・ライセンス”を取得するための専門学校設立に貢献し、経済面では十分なほどの成功を納めていた。
祖母は坂崎 晶子は元々裕福な家の次女で、育ちも良く、相続でそれなりの資産を得ていて、夫の稼ぎに頼らなくても生活に困ることはなかったが、自ら投資で稼いでいる収入を盲導犬養成所や、ボランティア団体等に寄付するなど、慈善活動に力を注いでいた。
涼子自身は、そんな家の所謂お嬢様ではあるものの、祖父母の力に頼ったことはそう多くはなかった。
涼子が久しぶりに帰省したのは、“弟子”である、六堂 伊乃の大きな目的が達成したからだった。




