第四十八話 人質と要求
どうやってこの店に自分がいると知ったのか?明日美は無事なのか?
そんなことを弥に聞けなかった六堂は、ややモヤモヤした感は否めなかったが、今は目の前のことに集中すべきと気持ちを切り替えていた。
店のカウンター席からスタッフルームに戻ると、事務所から持ってきた空のマガジンを並べて、弾丸のパッケージを開け、弾を込めていた。
「そうか探偵に会いたいってのは、あの美人のねえちゃんが言ってた副社長か…」
室富はテーブルを挟んで六堂の反対側の椅子にドカッと座った。
「しかし、何でわざわざ会いに?立場を完全に隠してたんだろ?それを晒せば危険になる」
「さあな。“自分は味方”だってさ。それに、防衛庁副長官を“始末”しろって…無理だろ?」
「俺は出来るぜ、本当に必要ならな。だが殺るからには、理由を知る必要がある。始末するに相応しい理由がな」
「理由…か」
自分が裏社会で名を馳せた“蒼光”だと知って、明日美は副社長に知らせた。
そして社内の部下たちが全員やられたことで、この事件に関わった自分に賭けているのだろうと、六堂は思った。
明日美は命懸けでビルから逃すほど、期待をしていた。
弥が店を去ってから、十五分が過ぎたくらいだろうか。拳銃と一緒にテーブルの上に置いていた携帯電話が、ブウウ…ッと、振動した。
表示されているのは知らない番号。
六堂は、一度ため息をついて頭を掻くと、通話ボタンを押した。
「…はい」
『もしもし、そちら“六堂私立探偵事務所”でお間違いないですかぁ?』
弥の言う通りの連絡。そして聞き覚えのある声。江村だ。
事件に大きく関わっていながら、最初に会った時、白々しい態度で接していたことを思い出し、少しムカついた六堂は、ピッと電話を切った。
「お、おい、いいのか?切って」
様子を見ていた室富は少し驚いた。
「…ああ、また掛けてくるよ」
言う通り、一分と待たずに電話はまた掛かってきた。
六堂は苦笑しならが、(ほらな)と言わんばかりの顔で、通話ボタンを押した。
『貴様、何故切った?こっちには人質が…』
前置きもなく怒気を込めた口調の江村。
「悪い、指が滑ってな」
『…おちょくってるのか!』
「怒るなよ。ところで、よくこの番号が判ったな?お前にバッジは見せたが、あえて名刺は渡さなかった。防衛庁内の情報機関の力か?」
“防衛庁”の名に反応し、江村は間を空けた。
『…黒幕について…知っているのか?」
「ああ、なるほど。一連の黒幕ってのは、防衛庁絡みなんだ?」
また間を空ける江村。
『…最初に会った時から、貴様には嫌なものを感じてたよ』
「そりゃどうも」
『番号は、我々に探りを入れてた“小物の住処”に落ちていたんだよ、おたくの名刺がな』
(なるほど)と、合田に名刺を手渡したことを思い出す六堂。
「で、また、美味い紅茶でもご馳走してくれるのか?」
『ああ、そうだな。貴様が素直に言うこと聞いてくれるなら、紅茶の一杯でも飲ませてやる。最高級のをな』
江村は、兵器について、見聞きした人物、特にセントホークの人質だった木戸親子と、上萩の裏路地にいたホームレスの老人、そして室富は確実に連れて来るよう指示した。
加えてもう一つ。“斬り落とした兵器の腕”も回収して持って来るよう要求してきた。
『貴様…どうやって“あれ”の腕を切り落とした。“あれ”の体は弾丸も通さないチタン製…“剣術に覚えのあったヤクザ者”の刀も折っている』
“ヤクザ者”は、おそらく木口のことを言ってるのだろう。
「そんなことはどうでもいいだろう?出向いてやるから、場所を指定しろ」
六堂を嫌っていた江村は、彼のその素気なくどこか余裕を感じる態度に、舌打ちをした。
『偉そうな物言いはやめろ。人質のガキ…お前の大切な人間なんじゃあないのか?』
「……」
『どうして私立探偵の貴様が、セントホークの件に足を踏み入れたか…最初は解らなかったが…、全滅したSAT隊員にいたんだな、関係者が…。益田巡査だったかな。貴様の女か?』
涼子の車に付けられた発信機から、葬儀会場に向かったことを連絡で知ったのだろうことは、川島の話で判っていた。その時に“誰の葬儀か”を調べ、六堂との接点を知って会場から、SAT隊員の妹である美雪を拉致したのだろう。
「いいから、場所を言え」
『…ふんっ、場所は新東京愛理出地区西38番地の倉庫だ』
「時間は?」
『今夜0時だ』
「…解ったよ。ちなみに一ついいか?」
『…何だ?』
「お前らの詮索は止めない。だがな、知ったことをあまり軽々しく口にするな」
『何だと?』
「もう一度、死んだSAT隊員について口にしたら…」
『したら?何だ?』
江村は六堂の言葉に被せるように遮った。
『何度も言わせるな、こちらには人質がいる。生意気な口はそれくらいにしておけ』
六堂は、すうっと息を吸ったあと、雰囲気を変えた。
それを見ていた室富は表情を変えなかったが、ビリビリと攻撃的な空気を六堂から感じた。
「うるせえよ…。人質は“生きてるから”意味がある。もし死んだとなれば、もう関係ない。人質の娘…美雪に何かあった時には、真っ先にお前に生き地獄を味合わせる、憶えておけ」
六堂はそう言い残すと、自分から電話を切った。
美雪の声を聴かせろとも言わなかった。全く動じていないことのアピールでもあったが、実際動じていない。
相手のペースに合わせたところで、人質の安全が保証されるわけではないことはよく理解してることだ。
「交渉慣れしてるな、探偵」
「普通さ」
「俺は人質を取られるなんて経験したことないんでね、同じ立場なら上手く話を進められるか、自信ねえなあ」
六堂は携帯を置かず、そのまま涼子に電話を掛け、川島が佐久間と一緒に動いていること、弥と会ったこと、江村からの連絡について説明をした。
彼女の方からは、“奴ら”が送り込んだ戦闘員の倉庫襲撃に間に合い、木戸一家らを無事救ったとの話を聞け、六堂はほっとした。
『…ってことさ』
「“部隊零”…って言うらしいぜ、奴らが使ってる戦闘員たち」
『何?本当か?部隊…零…』
「ああ…涼子さん何か知ってるのか?」
『いや、話を昔ちょっと聞いたことがあって…本当に存在してるとは思わなかった』
涼子の話によれば、戦後、当時の首相、今野 秀作によって秘密裏に組織された、後の自衛隊と全く異なる部隊。
日本の“軍”として海外の戦争、内戦に秘密裏に参加してきたとされる。子供の頃から兵士として育て上げられるシステムで、公にされない分、少数ではあるが、戦うことのみを教育されたエリート部隊、それが部隊零だという。
『…と、祖父から、聞かされた話さ。本当だとしても、とっくになくなってるだろうってね』
木戸家の襲撃、中村を自殺に見せかけた手口、合田殺し、浦林の狙撃、上萩で六堂と戦った男、隠れ家の倉庫襲撃、庄司エンタープライズ本社ビルの警備員たち…おそらく美雪拉致も、その部隊零の兵士が行動したものなのだろう。
「涼子さんの今の話が本当だとすると、気になるのは、そのシステムを作ったとされる今野 秀作…、まさか今の防衛庁の副長官、今野 秀麿の親戚か何かか?」
『…かもしれないな。部隊零が存在し、それを操ってたのだとすればな。しかし、問題はそこではない』
涼子は、木崎が調べた1986年にスフォーニア国で起きた“遺跡発掘爆発事故”のことと、今野 秀麿がその時に“何か”を手に入れた可能性があるという話を詳細に説明した。姿を消す、人形兵器開発に関わる何かだ。
「…“何か”、か。でも、少し納得の行く話だな。あれは既存技術では絶対にない。となると、その遺跡から古代文明に関わる何かを入手した可能性はかなり高い。それに、庄司の副社長は、今野 秀麿を“始末”しろと言った。」
『始末?逮捕じゃなくてか…』
「ああ、とんだ無茶振りだよ、あの副社長」
六堂は、これから室富と、江村に指定された場所に向かうことを涼子に告げると、電話を切った。
「さて、それじゃ、お呼ばれしてるんで、行きますか、室富」
携帯をポケットにしまい、ホルスターに拳銃と予備のマガジンを入れる六堂を見て、ベッドのジーナが体を起こした。
「I also want to go…」
六堂は、目を丸くして、室富の方を向くと、彼はジーナに首を横に振りなが、「No…」と言った。




