第四十七話 スターズブルーに来た男
銃の発砲音がしたためだろう。
近隣の住人たちの何人か家の外に出てきていた。事務所の外から騒めく声が聞こえる。
そして通報した者もいるのだろう。パトカーのサイレンも遠くから聞こえてきていた。
今警察と出会しては面倒になるため、六堂は必要な武器と、斬り落とした腕を大きめのスポーツバッグに詰め、室富と共に裏口から事務所を後にし、再びスターズブルーに向かうことにした。
「こっちだ、こっちの道から行くぞ」
車の通れない、狭い路地を親指で指し示した六堂に付いていく室富。
「なあ、おい、ちょっといいか?」
早歩きで進む六堂に、室富は尋ねた。
「何だ?」
六堂は足を止めずに聞き返す。
「さっきの刀、あれ何だ?銃弾でも決定的なダメージを与えられない“化け物”をぶった斬ったろ?」
室富の質問に、六堂は振り向かず答えた。
「…“ミスリル銀”で出来てるいる刀だよ」
「おいおい、ミスリル!?マジか?」
室富は驚いた。
ミスリル銀は、鉄より硬く軽い、現実には認知されていない幻の金属と言われている、あまりお目にかかる代物ではなかった。
魔力伝導率も高く、霊体や呪いといったエネルギー体にダメージを与えることもでき、ミスリルでコーティングされた武具も、裏社会には存在するが、加工出来る職人が世界に殆どいないため、入手は容易ではない。
「純度は?」
「…100%」
「そいつすげえ…スパッといくわけだ」
「…いや、肘関節あたりを狙って斬った。斬り落とした腕を見たがボディはチタン製。ミスリルでも“豆腐みたい”には斬れないよ」
「そんな代物、よく盗まれずにいたな」
振り向かずとも六堂が苦笑したのが伝わった室富。
「あんた、“盗みも”やるのか?」
「あ?興味で聞いただけだよ」
室富も苦笑し、首を横に振った。
「冗談だよ。ミスリル銀製の武器は、持ち主以外は鞘から抜けないんだよ」
ミスリル銀を加工する職人は、完成した武具に、ある種の呪いをかけ、持ち主以外は使えないようにしているという。その呪いを解く方法と共に武具は代々次の持ち主に継承されるという。
室富は、へえっと感心するばかりであった。
“刀士”と呼ばれる古の戦士は、六堂と同じ、ミスリル銀の刀を所有している。
刀士はアジア圏の発祥した呼び方で、実際には“ソードマスター”というのが、欧米を含む裏の世界での呼称だ。
剣豪や達人と呼ばれた歴史に名を残している侍や騎士は、実はそういった存在であった可能性があることを、世の中知られてはいない。
とはいえ、ミスリル銀の刀こそ持ってはいるが、六堂にもうその力はない。
二年前のある死闘を最後に、彼は“刀士の技法”を使えなくなった…。
スターズブルーの裏口に着く頃、ポツポツと雨が降り出してきた。
六堂はふと、歩いてきた路地を振り返った。冬の冷たい雨の降りは、すぐに本格的になった。静かに白い息を吐きながら、
じっと路地を見つめる六堂を、室富は気にした。
「…どうした?探偵」
間を空け、六堂は答えた。
「いや…雨が降ってきたから」
「雨?」
「“あいつ”、水がかかると、姿が見えるだろ?まさか尾行されてないかってね」
「ああ…なるほどな」
この時、“奴”に殺された裏社会の人間の中で、黒木は不意打ちでやられたのではなく、格闘戦をした痕跡があったことを思い出した。
黒木だけは、相手の姿をしっかり見えていた可能性があったと。
「…そうか、黒木の死亡推定日は…雨の日だったのか」
木口、ジャッド兄弟と、黒木の報告書を何度も見比べて、何が違うのか解らずにいたが、今それを何となく思い出した六堂。
最も、あのパワーとチタンのボディの前に、黒木自慢の格闘技術は役に立たなかったのだ。そう、“あいつ”は、姿を消せるから強いわけではない。
明日美も“奴”だと思われる“者”に、仲間を殺され、自身も殺されかけたと言っていたが、相手の姿は最初から見えていた。
六堂は、四年前にガディア共和国で涼子のサポートでゴーレムと戦った時のことを考えていた。
――あの時ほどの脅威を“奴”からは感じなかった。ただ、ゴーレムと闘った時のような芸当は今の俺には出来ない。そして姿を消すあの技術は…やはり厄介だ。
安全を確認し、裏口から中に入れてもらった店のスタッフルームは、出た時と何も変わらない光景だった。
「おいおい、どうした二人とも」
“兵器”と戦い、傷ついた六堂と室富を見て、谷中は少し驚いた。
事情を説明すると、二人はジーナを診ていた闇看護師に、受けた傷の処置をしてもらっていた。
「リク…ドウ?」
目覚めたジーナ。ベッドの側で手当を受けている六堂がぼんやり目に入る。
「…お目覚めかい?」
眉を八の字に苦笑気味の、でも優しい六堂の表情に、まだぼうっとしていたからか、ジーナは彼に見惚れた。
「私…」
「…撃たれたんだ、憶えてるか?」
少し間を空け、ゆっくり頷くジーナ。
「Sorry…I'm useless」
六堂は、室富の方を向いた。すると、小声で「役立たずで、すんません」と言った。
「バカだな。俺が巻き込んだ、謝ることはない。生きててよかった」
六堂は、床に片膝を着き、ジーナの枕元で謝った。
「俺は…」
六堂が何か言い掛けた時、店側のドアが、ガチャッと開いた。
「よかった、二人とも戻ったのですね」
マスターのラッドだ。少し難しい表情をしていることに六堂は気付いた。
「…どうしたマスター?何かあったか?」
スタッフルームに入ってくると、ラッドは“六堂に会いたい客がいる”と言うのだ。
このタイミングで、名指しで会いたいとは、偶然ではなく、一連の件に無関係の者でもないだろうことは、考えずとも解ることだ。
六堂は、美雪の件を、電話ではなく直接伝えに来たのだろうかと考えたが…。
「…そいつはどこにいる?」
日曜の夜ということもあり、店内は昨夜よりは客は疎だった。
その人物は、バーカウンターが直角に曲がっている角端の椅子に座っていた。
薄地のセーターに、カジュアルジャケット姿の三十代半ばくらいの男。カジュアルといっても、結構いいブランドのものを着ていることが判る。
六堂は、そっと店の中に入り、男と顔を合わせられる、カウンターの反対の角端の椅子に座った。
「…俺に用だってな?」
顔を男に向けず、小声で尋ねる六堂。
対して男もグラスを傾けたまま、六堂に顔は向けずにいた。まるで、二人は偶然この椅子に座っただけのような。
ラッドはその様子を、“まるで気づいていない”かのように、六堂から注文を取った。
「六堂さん、初めまして。私は庄司…、庄司 弥です」
庄司 弥。
明日美から聞いていた名前。庄司エンタープライズ副社長。
六堂は驚いたが、表情を変えずラッドの注いだノンアルコールのビールを口にした。
「…本物か?」
疑う六堂に、弥は微かに笑みを見せた。
「名刺でも出したいところだが、ここに私は“いない”ことになっているのでね、痕跡を残したくはない。悪いな。そして時間もない。あとで会社のホームページでも見てくれ。私の顔が掲載しているはずだ」
明日美の言うことが正しければ、この男は敵ではない。
「で、俺に何の用だ?」
「もう一度言うが、私は“今ここにはいない”。私の乗った車が間もなくこの店近くの大通りを通り過ぎる…それまでがリミットだ」
「……」
「まず君が“無事で”いてくれたこと、安心した」
訝しげな顔をする六堂。どうやらこの男は、六堂が襲われることを知っていたようだ。
「多分一緒の…室富さんも?」
「ああ…ピンピンしてるよ」
弥は“もう一杯”とサインを出すと、ラッドはブランデーのおかわりを用意した。
弥はブランデーグラスを傾け、一度腕時計を見た。
やや地味なグレー色。だが高級時計、ロレックスだ。服装といい、派手すぎず、嫌味のない格好。金持ちのバカ息子という雰囲気もなく、明日美の言う通りの人物であることを感じさせる空気を、少し感じる六堂。
「それで六堂さん、一連の出来事…君はどこまで知っている?」
弥に問われ、六堂は今に至るまでの経緯を簡潔に説明した。
セントホークの現場を見たこと、江村に会いに行ったこと、消された中村、浦林、合田…、他にもロディ(ジョー)を含む裏社会の人間が殺された現場に行ったこと、兵器のこと、美雪拉致のこと…
「…なるほと。真相に近付いている…凄いな。さすが“蒼光”と言うべきか」
「その名は言うな。関係ない。それに、次の一手をどうすればいいか…正直わからない。真相から遠いだろうに」
弥はグラスを傾け、ちらりと目だけで六堂を見た。
「まず人質についてだが、今のところ無傷だ。丁重に扱われている」
「見たのか?」
軽く頷く弥。
「というより、会ったよ。怯えているが、強い子だね。必ず助けると伝えてある」
「そうか…よかった」
「“連絡”は時期来るはず。人質の命を助けてほしければ、とな。あなたと室富、あとは兵器ことを知る人間たちを連れて来いとね」
「…俺はどうしたらいい?」
「話に乗らなければ、人質は即殺されるだけだ」
「言っておくが、そっちが要求する人間を差し出す気は俺にはない」
「…とにかく君は指定された場所に行きたまえ。それでとりあえず人質の命は繋がるだろ?」
「場所を教えろ。こちらから乗り込んで、人質を救い出す」
「それは無理だ。“部隊零”の殆どが今夜その場所に集合している。五十人はいるぞ」
「部隊…零?」
「日本唯一の“軍”と言われる部隊。私もその存在の詳しいことは知らないが、政府にも知られていない、戦後の昭和から陰に存在している部隊だそうだ。庄司本社のセキュリティーサービスに成りすまして、本社ビルの警備をしてる。あなたも戦ったろ?社内工作をしてきた前田とその部下たちを全員狩った連中だ…」
六堂はビルで苦戦を強いられたことを思い出す。精鋭揃いだった。
「…じゃ、どうしろと?あんた一体何しに来た?」
「私がここに来たのは、私が本当に“味方”だと伝えるためだ」
「……」
「そしてもう一つ。今野だ。あいつを始末して欲しい」
六堂は正面を向いたまま目を広げた。
「…副長官を?」
持っていたブランデーグラスをコンッと置くと、弥は間を空け少し下を向いた。
「…兵器の開発元は、あいつだ」
それはあの兵器の謎の答えではない。だが、今野がただの黒幕ではないことだけは解った。
「…あの兵器は一体なんだ?」
「“G-weapon”、そういう名で開発されたサイボーグだ」
「サイボーグ?サイボーグなんて代物じゃいぞ、あれは」
「解っている。だが、あれは間違いなく機械で構成されたサイボーグ。ただ…その」
口籠る弥に、六堂は言った。
「…今の技術で出来ることではない。1999年現在、どの機関も組織も持ち得ない技術で造られてる…そうだな」
変わらぬ弥の表情だが、微かに強張る口元。
「…さっきも言ったが、その術を知ってるのは今野だ。もし、指定の場所に行けば、今夜は今野に会える」
「何?」
「来るはずだ。今夜は、大事な会議がある」
「…そうか。わかった。なら、今野に話を聞くしかないな。連絡が来たら、とりあえず言う通りにする。勿論、匿ってる人たちは差し出さないがな」
腕時計に目をやった弥に、六堂はもう一つ質問をした。
「ところで、人質を取ってるにも関わらず、俺が襲撃を受けたのはどうしてだ?」
「そのことか」
「…ああ、“命拾い”したのが気になってね。セントホークのように、いきなり頭を吹っ飛ばせばいいものを、格闘戦を仕掛けられた」
「それはあの兵器の任務が君の“捕獲”だったからだ。銃の類は装備してなかっただろ?」
「捕獲?」
「君を生捕りにしたい男がいるんだ。本社ビルの警備責任者を名乗っている奴だ」
六堂は、ナイフで佐藤の首を切り裂いた、“志賀”と名乗った男を思い出した。
「…あいつか」
「部隊零のエースだ。私立探偵に不覚を取ったことが許せないらしくてな。どうも聞いたところによると、君の事務所は簡単に侵入を許してくれない造りになっていたとか…」
先に調べに来た輩がいたのかと、六堂は肩を竦め苦笑した。
弥は、もう一度、腕時計を見ると、財布から一万円を出し、グラスの下に置いた。“釣りはいらない”とジェスチャーを出す弥。ラッドに気遣いをしてもらったことへの感謝も含めてのことであった。
「そうだ、ちょっと待て。もう一つだけ…」
六堂のその声に耳を貸さず、椅子から立った弥は、ウェイトレスから預けていたコートを受け取り着た。
「すまんな、リミットだ。明日生きていたら、話し合おう」
そう言い残し、扉が閉まる音と、それに付けている小さな鐘の音が鳴った。
「…行ったか」
六堂が難しい顔をしながらそう言うと、ラッドはブランデーグラスを下げながら「ええ」と答えた。




