第四十話 兵器
室富は、短くなった煙草の火を灰皿の上で消した。
そしてソファーに深く座り、背もたれと肘掛けに斜めに寄りかかった。
「…ところであんた、電話で、“ジョーと連絡が取れてない”と言ってたな。どう言うことなんだ?」
その質問に、難しい顔をする前田は、声色暗く返した。
「取れてない…というのは遠回しな言い方だ。君に動揺させたくなく、そう言ったんだ」
「あ?何だよ、つまり?」
「実際には…もう“死んだ”という認識の方がいいだろう。ロスの爆死から生きていた話をしたばかりで悪いのだが」
“死んだ”、その言葉を聞き、表情は変わらないが、室富の顔はやや強張った。
ジョーが、ロスの爆発から生きていた言っても、ただ一度の電話で声を聞いたのみ。実際に会ってはいない。
裏の世界に生きる室富とて、親しき者が生きていたと知った時には心から喜んだ。
だが、再会が叶わずに死んだと聞かされ、困惑した。
「…連絡が取れないだけで、何故、死んだと判る?」
前田は口を一文字にし、頷きながら、人差し指を振った。
「最もな質問だな。それはジョーが“ある人物”に戦いを挑んで、敗れた可能性が高いということだ」
「…ある、人物?」
「そうだ。ここ二、三週の内に、裏社会の凄腕の三人…いや四人が殺されている。ジョーはその四人を殺した相手に戦いを挑もうとしていたんだ」
室富は訝しげな顔で首を傾げた。
「…もう少し詳細に話せ」
前田はどこから話せばよいかを少し考えるため、間を空けた。
「…我が社には、いくつもの関連会社があるが、その内の何社かは、“悪しきことを行うため”に存在していてね…表向き、我が社との繋がりが判らないようになっている。その中で『株式会社ハイウェーブ』という幽霊会社があるのだが…」
前田の話によると、“ハイウェーブ”は会社として書類上存在しているし、毎月の損益も出ているが、住所のある場所には何もないらしい。
代表の人間も、実在していることになっているが、架空の人物であり、“物理的”に存在していない。
「まるで“ランドール・スティーブンス“だな」
ハイウェーブ代表の説明を聞くなり室富は言った。
「何だって?」
前田は、眉根を寄せ首を傾げる。
「ランドール・スティーブンス。ある映画の話さ。出生証明も存在し、社会保障番号もあり、間違いなく社会にいることになってる…架空の人物だよ」
前田はその映画のことは知らなかったが、頷いた。
「…まさにその通り。ハイウェーブの代表は、中山 一嵯という名だがね」
「で、そのハイウェーブとジョーに、何の関係があるんだ?」
ハイウェーブという会社は、裏社会の人間と接触をする時に使用する、“窓口”に当たるのだと、前田は説明した。
問題が起きそうな件や、汚れ仕事等、リスクを伴う件を裏の人間に頼む時に、庄司エンタープライズの名前は出さず、ハイウェーブを使うのだという。
「わからないな。汚れ仕事なら、カンパニーズアーミーがやりゃいいだろ」
前田は首を振った。
「使い分けだよ。大義名分があり、その言い訳が立てば嘘でもアーミー使ってといい。ただ、その言い訳が出来なさそうな件は裏の人間に任せた方が、都合がいいこともある」
室富は黒眼鏡を人差し指で上に上げ「なるほど。で、話を戻そう…」と言うと、前田は頷いた。
「…そう、そのジョーとのことだな」
殺された四人は、いずれもハイウェーブと接触があったことを説明した。四人とも相当に実力のある凄腕たちで、裏社会では有名且つ、実績も十分。
そしてそんな四人が、ハイウェーブから受けた依頼内容は全て同じだったという。
「ハイウェーブが、その四名と接触した理由は、“ある人物”と戦ってほしいという依頼だそうだ」
「つまり…ジョーが挑もうとした人物だな」
「そう。しかし、残念ながら、それが誰かは判らないままだ」
「そこまで判っていて、なぜ?」
前田は少し弱気な顔を見せた。
「潜入させている私の部下からの連絡が途絶えたのだ」
「……」
「これまで連絡が途絶えることなど、一度もなかった。私の部下が仮に…スパイとしての身分がバレのだとすると…考えられることは、私より力のある人間が黒幕にいるということになる」
「何だい?それって社長ってことか?」
前田は少し苦笑いを見せた。
「…嫌な話だがね、我が社の悪業には、社長も何かしら加担してるだう。この会社でどんな悪行も表に出にくいのは、トップがそういったことに力入れてるからだろう。しかし私の言う上とは、もっと上のことだ」
大企業のトップより上とは…室富は嫌な顔をした。
「政府か?」
「…“国そのもの”ではないだろうが、きっと防衛庁が力を振るっているんだろう」
「…それはまた面倒そうな話だ。何で防衛庁だと判るんだ?」
「我が社の企画六課…、兵器の研究開発部門は国の仕事も請け負ってる。要するに防衛庁からだ」
顎をさすりながら室富は納得し、頷いた。
「…なぁ、しかしあんたの部下が、スパイとして正体がバレたのだとしたら、あんたのことを、その、所謂あんたが社の膿だと思っている連中にバラしてるんじゃないのか?」
「さすがに君のように直に会ったりはしていないので、それは大丈夫だ」
前田は社内に連絡役として一人間を噛ませている。その人物はまだ無事とのことだった。
それにしても自分が呼ばれた理由がまるで見えてこないと室富はモヤっとしていた。
「本題はここからだ」
前田の顔がより厳しいものになった。
「六課では、秘密裏に何か危険な兵器を作っている」
「兵器?」
「ああ。それも、国を脅かすもの…らしい。設計データを受け取るはずだったが…それも叶わず、どんな兵器か判らないままだ。六課に忍び込ませていた部下からの連絡は、それを最後に途絶えてしまった…」
ジョーも外部からできうる限り、六課について調べていたが、内部からの情報源が絶たれ、打つ手を失くしたていたという。
しかし、そんなジョーのもとにハイウェーブから接触があったのだという。最初は、“ジョー・ローデッカーであることがバレた”のかとも思ったらしいが、接触は本当に偶然のようだった。
竹下と名乗る社員からの電話だったというが、前田曰く、おそらく偽名だろうと。
内容は、やはり死んだ四人と同じ、“ある人物”と戦って欲しい、だった。
ジョーはロス時代と異なり、“ロディの名”で、東京の裏社会で活動していた。
庄司エンタープライズに目を光らせる手前、極力目立たないようにしていたが、戦いや殺しの腕はよく、“あいつは凄いらしい”という定評はあった。
ハイウェーブの真の目的は不明なままだったが、すでに凄腕四名に接触をしていたことを考えれば、ロディ(ジョー)との接触も不思議ではなかった。
ジョーは、ハイウェーブが庄司エンタープライズの子会社であることは、前田から聞き知っていた。
「国力強化プロジェクト」
前田が唐突に口にしたプロジェクト名に室田は訝しげな顔をした。
「何だいそりゃ?」
「核保有ができない軟弱なこの国の戦力を何とかしようという、まぁ簡単にいえばそういうプロジェクトが、防衛庁内にあってね。そのプロジェクトリーダーは、副長官の今野 秀麿だ。これが問題でね」
「…何の問題がある?国の正式なプロジェクトなら、いいんじゃねえの?」
「いや…プロジェクトそのものは関係ない」
「……?」
「プロジェクトを利用して、副長官の今野が何か企んでいる…。“国家機密”という壁で囲い、これまでにない兵器を開発している…」
「…それは連絡の途絶えたスパイからの情報か?」
頷く前田。
「最近判ったことだが、六課の課長は、今野の元秘書だ。そしてそこの課長補佐だった江村という男が、一年ほど前に複合商業施設の責任者になったんだ。妙だろ?畑違いもいいところだ」
「しかし…それと俺と会いたがった理由について、話が見えてこないな」
前田は、ソファーから立ち上がると、自分のデスクの上にあるノートPCを持ち上げ、室富の前にテーブルの上に置いた。モニターには何か建物の見取り図が表示されていた。
「これは?」
「今言った江村という男が責任者を務める複合商業施設…セントホークタワービルの見取り図だ」
縦長構造で、何階か起きに吹き抜けになっているのが見て解った。
「…このビルが何かしたのか?」
「十二月一日、我が社の運営するこの施設ビルで、六課が開発している兵器の大掛かりな実験がある」
江村は前田の言ったことに、一瞬耳を疑った。
「それは…間違い無いのか?」
「これが部下が最後に入手した情報だ」
「…ちょっと待て。一般人を巻き込んでの兵器実験か?」
「飲み込みが早くて助かる。そのお膳立ては揃ってると思っただろ?」
「…裏社会の凄腕がやられたのはまさか」
「間違いなく、その兵器の試験使用だ」
「じゃ、ジョーはその兵器を持った奴が相手と知って、ハイウェーブの依頼を受けたのか?」
「ああ…。その時だ。彼に、“自分に何かあったら”君に頼るよう言われた」
難しい顔をする室富は、腕組みをして考え始めた。
「…なぜ俺だ?あんたらの会社の正義の改善活動とは全く無縁の殺し屋だぜ」
「…だからだよ」
「あん?」
「これまでは、上手くやってきた活動が、今回の兵器開発阻止については、まるで上手くいかない。部下と連絡が取れなくなることもこれまではなかった。つまりこちらの情報が漏れてる可能性が高い。だが君は、私の活動とは全く関係ない人間だ。そして…ジョーが最も信頼する人間」
「…で、俺に何をさせたい?」
「君は、その日、現場に行き、兵器の使用を阻止、兵器の破壊を行なってほしい。可能であれば使用者、関係者の抹消だ」
苦笑しながら、室富は首を横に振った。
「…どんな兵器かもわからないのに、どう阻止するんだ?しかも、そんな人気の多いところでよ」
「確かに…兵器については設計図も入手できず、どんなものかはわからない。だが、戦闘時に特化したものであることは想像できる」
「なぜだ?」
「ジョーはもちろん、死んだ四人は何においても戦いのプロだからだよ」
四人については知らないが、ジョーは室富の知る人間の中では、最高の戦闘のプロであることは間違いない。
「なるほどな。とはいえ、それでも“どんなものか”概要だけでも知っておかないと、やりようがないだろ?」
「…確かに。酷な頼みだとは思う。しかし君はジョーに借りがあるだろう」
室富は視線を落とした。黒眼鏡越しだか、それは見て取れた。
「…大きな借りだ」
「ならば、その借りを返すつもりで、受けてほしい。彼が命をかけたものに対して…」
――調子のいいこと言いやがって、このおっさん…
室富はその場でははっきりと返事をせずに、庄司エンタープライズ本社ビルを後にした。
えらく面倒なことを頼まれた、室富は強くそう思った。
標的も目的も曖昧で、どう対処していいかわからない。
人混みの中でのドンパチになるのだろうか。装備も考えにくい。
室富は宿泊先のパラゴンに戻ると、色褪せたベッドに倒れ込む。
十二月一日。前田が時間がないと電話で言っていた理由はこのことだったのだと、思わずため息が出た。
――まずは情報だ。この件に足を踏み入れるのは危険すぎる。
今日を入れても三日。室富は、それまでに可能な限りの準備を整えることに集中しようと考えた。
ポケットの中の携帯電話が振動する。
前田からだ。
新たな情報の提供だ。
庄司エンタープライズの江村が、ある宗教団体と接触したという。
――…クァ・ヴァーキ教?ふざけた団体名だぜ
宗教団体クァ・ヴァーキ教。浦林 明紀を代表とする新宗教団体。
宇宙を司る神の代行者を名乗り、「全ては私になれ」という教えを中心にしている。1995年から1998年かけて様々なテロ事件を起こし、法人格を剥奪された問題のある団体だという。
――そいつらに、兵器を持たせるってことか…




